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第1章 農夫の子(1)

 

1

 どうだこの世界の素晴らしさは――。


 山の中腹から(なが)めるそれは、見渡す限りの大自然だ。

 ところどころに見える湖の湖面が降りしきる太陽の光に照らされてきらきらと輝いている。

 そしてその周りに敷き詰める緑の絨毯(じゅうたん)は、風が吹くのにあわせて優雅に波打つのである。

 これほどまでに圧倒的な自然の情景を私は今までに見たことがない。


 しかしこの世界は危機にさらされている。


 この先の私たちの作戦の首尾いかんによっては、この自然豊かな大地、いや、我々の世界を含めた生きとし生けるものすべての世界は永久に失われるかもしれないのだ――――。

 

 私は、自身の肩にかかる重圧をひしひしと感じたが、周りの仲間の顔を見ることで、ふっとその重圧も軽くなったような気がした。


 大丈夫だ、みんなとならなんだってできる。きっとうまくいくさ――。





 聖歴(せいれき)163年9月

 私はソルスの町にいた。


 私はこの町のはずれの農家に生まれた。ソルスは小さな町で酪農と小麦畑しかないただの辺境(へんきょう)の町である。とくになにも見るべきものもない田舎町(いなかまち)で、町の人間の話題と言えば、隣の家の娘がだれだれと昨日一緒に海岸を歩いてただとか、牛乳屋の看板がどこかに風で飛ばされたらしいとか、とにかく、どうでもいい話題ばかりだった。


 私はと言えば、毎日小麦畑の雑草刈だとか、問屋への野菜の納品だとかで家の手伝いをさせられるばかりだった。


 そんなある日のことだ。


 一人の風変わりな男がこの町を訪れた。人の身の丈ほどもある特大剣(とくだいけん)を背中に担ぎ、その風貌はまるで野生の虎のような威圧感をそなえ、その眼光は飢えた狼のようにギラギラとしている。一目見て、ただの剣士ではないと分かる。


 彼は町につくやいなやどこか食事ができるところはないかと尋ねまわっていたが、その圧倒的な威圧感のせいで、だれもが首を横に振りそそくさと逃げてゆく。


 そうしているうちに、私と目が合ってしまった。


 づかづかとこちらに歩み近づき、私はまるで蛇ににらまれたカエルのように立ち止まったまま、彼が近づいてくるのをただじっと見ていた。


 近づいてくるにしたがって奇妙な感覚に襲われる。


 たしかにその威圧感はとてつもない。だが、じつは遠くで見ていたほど、その背丈は大きくなく、私の父とさほど変わらないぐらいであることに驚いた。私の身長は175センほどだから、その男は大きく見積もっても190セン足らずだ。もしかすると、父より少し低いかもしれないとさえ思った。年齢は父と同じくらいか、40代半ばというところだろう。


 食事ができるところはないかと、やはり思ってた通り同じ質問を投げかけてくる。


 私はなんだかこの男のことをもっと知りたいと思ってしまった。明らかにこの町にはいないタイプの人間であり、私のこのとても退屈な日常とは無縁な世界線を生きているような彼に、なにか自分の日常を変えるきっかけを求めてしまったのかもしれない。


 町には酒場すらないため、仕方がなく私は自分の家に案内することにした。


 町はずれの我が家はただの農家であり、とても人さまを満足させることができるほどのごちそうはない。ただ、小麦と野菜はたっぷりあるので、何かしら母が用立ててくれるだろうと、後先考えずに申し出てしまった。あとで、こっぴどく叱られるのはいたしかたないであろうが、なによりもこの男のことが知りたいのだ。どうしたらそんな風貌になり、そんな威圧感をまとうことができるのか。そして、どうすれば、この退屈な日常から脱却できるのか。


 家の前で男を待たせておいて、先に家の中に入る。母に事情を説明しなければならない。話を聞いた母は拍子抜けするぐらいあっさりと事情を呑み込み、私に父を呼びに行けと命じる。父は畑にいるはずだ。いくつかの野菜をみつくろって持って帰ってくるようにと伝言をことづかった。


 私は畑に向かい、父に事情を話した。父は、やや困惑した表情を浮かべたが、すぐに覚悟を決めたような表情で先に帰ってろと私に言った。父も後を追ってすぐ帰るということだった。


 家に戻るとすでに男は台所にとおされており、ゆっくりとくつろぎながら、母が入れたであろうアルグレイ茶をすすっていた。背中の大剣は部屋の入り口付近に立てかけてある。母は調理場でコトコトと鍋を沸かしている。父が持って帰ってくるであろう野菜をポトフにでもするつもりだろう。


 そして穏やかに言葉を発する。私はその言葉を聞いた瞬間、事態が全く呑み込めない状態になった。母はこう言ったのだ。


「ルシアス、久しぶりね。とうとう見つかってしまったわね」

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