「罠なんて踏みつぶせばいい」と追放されたAランクの【盗賊】だけど、今はBランクの美少女パーティに誘われて楽しくやっています。そういえば前のパーティのやつらを最近見ないけど、あいつら今頃どうしてるかな
「クリード。お前をパーティから追放する」
俺に向かって、パーティリーダーの【剣士】ジェラルドがそう言った。
その後ろでは【重戦士】ダニエルが、冷ややかな目で俺を見ている。
【賢者】ルーシーは、ジェラルドに寄り添うように付き従っていた。
冒険者ギルド併設の酒場は、昼間には人が少なく、閑散としている。
「パーティから追放? どうしてだ。理由を聞かせてくれ」
俺はジェラルドに問いただす。
【剣士】の青年は鼻で笑い、こう切り返してきた。
「決まってるだろ。お前が役立たずの無能だからだ」
「役立たず……? 俺がか?」
「お前以外に誰がいるよ。お前、今日のダンジョン攻略でのモンスター撃墜数はいくつだ?」
「……ゼロだが」
「だよな? ちなみに俺は五体。ダニエルが四体で、ルーシーが五体だ」
「待て、それは」
俺ことクリードは【盗賊】として、このパーティではずっとサポート役に徹してきた。
パーティメンバーとの相性を考え、俺が攻撃に回るよりはサポートに徹したほうが望ましいと考え、そうしてきたのだ。
パーティのために最善になるように、俺なりに工夫も努力もしてきたつもりだ。
ダンジョンに潜らない休みの日には、技量を磨くべく盗賊技術の修練に努めた。
罠の発見と解除の技術、鍵開け技術、索敵のための隠密行動や、聞き耳の技術、隠し扉を探す技術、弓矢による戦闘援護の技術などなどだ。
ダンジョン攻略で得た報酬も、生活費を除いた大半は技術指導を受けるために使った。
そればかりじゃない。
ダンジョンでのマッピングをはじめとした細々とした進行管理や雑処理なども、あらかた俺が務めてきた。
実際にもそれで、パーティはうまく回っていると思っていた。
成功を続けたうちのパーティは、今やAランクパーティとして迷宮都市の冒険者ギルドでも屈指の注目株にまで登り詰めている。
そのすべてが俺の力だとはもちろん言わないが、俺のサポートがなかったら絶対にここまで来られなかったはずだという自負はある。
だが──
「ルーシー」
「はい、ジェラルド様」
【賢者】ルーシーは、懐から一巻の羊皮紙を取り出し、ジェラルドに渡す。
ジェラルドは羊皮紙を広げ、俺に見せつけた。
そこには、ここ一ヶ月のダンジョン攻略でパーティメンバーそれぞれが討伐したモンスターの数が、一覧となって記されていた。
ジェラルド、ダニエル、ルーシーの三人の欄には、一回のダンジョン攻略ごとに五体前後の数字が並んでいるのに対し、俺の欄だけはゼロが並んでいる。
たまに討伐数がある日でも、一体か二体だ。
「クリード。いくら頭の悪いお前でも、これだけはっきり数字で見せれば分かるだろ。お前は俺たちのパーティの寄生虫なんだよ。とっとと失せろ」
つまり──どうやらジェラルドたちは、俺の仕事を認めてくれていなかったのだ。
もっと分かりやすく、俺が普段何をしているかを、はっきりと自己主張するべきだったのだろうか。
ダンジョン探索は、モンスター討伐だけがすべてじゃないと。
いや、そんなものは一緒にダンジョン探索をしているのだから、三人ともずっと見てきたはずだ。
ジェラルドと【重戦士】ダニエルの二人は性格が大雑把で、ダンジョン探索中に細かい注意をする俺のことをずっと煙たがっていた。
ときには声を荒らげて「俺に指示をするな!」と言われることもあったが、何しろ命に関わることだし、俺としても小うるさく言うしかなかった。
【賢者】ルーシーはジェラルドを慕っているようで、基本的にジェラルドのイエスマンだ。
内心では何を考えているか分からないが、いずれにせよ彼女は常にジェラルド側に立つ。
そんな三人が俺を除け者のように扱っているのは、ずっと承知してはいた。
だが仕事上の人間関係なのだから、お互いに多少の我慢は必要だろうと、俺も多少の不満は飲み込んできたのだが……。
「分かった。そこまで言われてこのパーティに居続けられるほど、俺も図太くはない。だがジェラルド、俺がいなくなって大丈夫なのか?」
「はあ? 大丈夫って、何がだよ」
「例えば、俺がいなくなったらダンジョンに仕掛けられた罠はどうする? 俺以外の誰も、発見も解除もできないだろ」
俺がそう問うと、【重戦士】ダニエルが笑った。
「ハハハハハッ! なんだ、そんなことを心配していたのか。ビビりのクリードらしいな。──いいか、罠なんて踏みつぶして進めばいいんだよ」
その言葉に、ジェラルドも追随する。
「そういうことだ。回復魔法さえあれば【盗賊】なんて必要ない──これがダンジョン探索の真理だ。ま、ほかのパーティのバカどもには、そういう発想の転換はできないみたいだけどな」
「……そうか、分かった。今まで世話になったな」
この調子じゃ、何を言っても無駄だろう。
俺は大きくため息をついて、ジェラルドたちの前から立ち去った。
なお俺が去った後で、新人らしき若い女性冒険者が一人、ジェラルドたちに接触をしていたのが視界の端に見えた。
どうやら【射手】のようで、ダニエルがその新人冒険者に獲物を狙うような目つきを向けていた。
【射手】の少女もまた満更でもないのか、ジェラルドやダニエルと嬉しそうに話していた。
……なるほど、そういうことか。
しかしまあ、なんであんな奴らがモテるかね。
確かに、金も地位も名誉もあるかもしれないが──
ま、俺にはもう関係のないことだ。
俺は一人、冒険者ギルドをあとにする。
その後、酒場に繰り出して酒を浴びるように飲んだのは、いろいろとむしゃくしゃしたからであることを認めないわけにはいかなかった。
***
「それにしても、どうしたもんかね……」
数日後。
俺は冒険者ギルド併設の酒場で、昼間っぱらから一人、酒をかっ食らっていた。
パーティからの追放を受けてからこっち、俺は何もやる気が起きずにいた。
盗賊技術を磨くことにすら、意義を見出せなくなっていた。
ジェラルドたちのパーティで過ごしてきたのは、五年間。
十五歳で成人してすぐに冒険者になり、二十歳となった今になって、俺は生きる意味を見失いつつあった。
金はしばらく暮らしていけるだけの額が残っている。
だからこうして、何もせずに毎日のように飲み暮らす生活も、いくらかの期間であれば続けられる。
だが自分が腐っていくような感覚は、拭えない。
どこか別の冒険者パーティに拾ってもらおうか。
だが上位ランクの冒険者パーティはたいていメンバーが固まっていて、新規の募集などはあまり行われない。
パーティメンバーに犠牲者が出て補充が必要なときぐらいだが、それにしたって──
『回復魔法さえあれば【盗賊】なんて必要ない──これがダンジョン探索の真理だ』
あのときのジェラルドの言葉が、俺の頭の中でぐるぐると回っていた。
そんなわけあるかと思いながらも、拭い切れない疑念。
もしかして俺は、ずっと無駄な努力を続けてきたのか──
そんなことを思っていたとき、飲んだくれていた俺に話しかけてきた者がいた。
「あの、クリードさんですよね? Aランクパーティ『ペイルウィング』にいた」
ぼんやりと見上げると、そこには三人の若い女性冒険者が立っていた。
見たところ【武闘家】と【神官】と【魔導士】で、年の頃はいずれも俺より二つか三つ下──十七か十八か、そのぐらいに見える。
こいつらは、確か──
「Bランクパーティの『エンジェルランサー』だったか? 最近ぐんぐんランクを上げている、新進気鋭のパーティだって」
「わあっ、ありがとうございます! ボクたちのこと、覚えていてくれたんですね!」
「いや、そりゃまあ……目立つからな」
たった三人のパーティでBランクまで登り詰めたことも注目ポイントだが、何よりも目立つのは三人の容姿だ。
三人ともがずいぶん整った容姿を持っている。
ありていに言うと、美少女というやつなのだ。
さっきから話しかけてきている黒髪ポニーテールの【武闘家】少女は、元気さと健康的なみずみずしさが魅力だ。
その後ろにいる、たおやかな金髪ロングの【神官】少女と、銀髪セミショートの眼鏡をかけた【魔導士】少女も、天からどれだけ愛されたのかと思うほどのいずれ劣らぬ美貌ぞろいである。
無論、そんな彼女たちのパーティに入りたがる男どもは後を絶たないと聞く。
だがそうした男どもは、あっさりと門前払いにされるらしい。
彼女らはいずれもかなりの実力者であり、自分たちの実力に見合う冒険者しか仲間にしたがらないのだそうだ。
そんな話題の尽きない少女たちから、声をかけられた。
光栄なことだろう。
だがこのときの俺は、変にやさぐれていた。
「で、俺みたいなパーティ追放されたダメ冒険者に、何か用か?」
「ダメ冒険者……? そうなんですか?」
【武闘家】少女がきょとんとした顔で、遠慮のないオウム返しをしてくる。
「自分ではそのつもりはないけどな。【盗賊】としての技量に自信はある。だがそもそもダンジョン探索に【盗賊】は必要ない──それが真理なんだそうだ」
「……何ですかそれ?」
「俺がいたパーティ『ペイルウィング』のリーダーの受け売り」
「えっと……ひょっとしてその人、バカですか?」
これまたまったく遠慮のない言葉が飛んできた。
いや、俺もそう思うけどさ。
だが俺が苦笑していると、次にはもっと鋭い一撃が、俺に向けて飛んできた。
「で、まさかとは思いますけど。そんなバカのたわごとを真に受けて、やさぐれて昼間っぱらから飲んだくれているのが今のクリードさん──なんてことはないですよね?」
「…………」
図星すぎて何も言えねぇ……。
何なんだこの娘は。
容赦なく抉り込んできすぎだろ。
俺は大きくため息をついてから、【武闘家】の少女に言葉を返す。
「癪なことだが、大当たりだよ。ところでキミ、口さがないとかよく言われないか?」
「えへへーっ、そっちも大当たりです。性分なんですよ」
「初対面の人間に言うこっちゃないんだよなぁ……」
だが見た目がかわいいので、こうして笑顔を向けられると許せてしまう。
美人は得だなちくしょう。
【武闘家】少女は、こほんと一つ、咳払いをする。
「失礼しました。それで、ここからが本題なんですけど──クリードさん、是非ボクたちのパーティに入ってもらえませんか?」
そう言われた。
まあ接点のない俺に話しかけてくる理由なんて、それぐらいしかないだろうとは思っていたが、自己評価が絶賛駄々下がり中だった俺にはにわかには信じがたい話だった。
「キミたちのパーティに入りたいって男は掃いて捨てるほどいると聞いているが。なんでまた俺なんだ?」
「なんで……? それはもちろん、クリードさんが欲しいからですけど」
【武闘家】少女は、あっけらかんと言った。
後ろで【魔導士】の少女が「ユキ、言い方」と叱責すると、【武闘家】少女は「あっ」と言って頬を赤らめる。
「あっ、とっ、そっ……ち、違いますからね! そういう意味じゃなくて、クリードさんの【盗賊】としての技量を買って、という意味です。腕利きの【盗賊】を探しているって言うと、この街ではクリードさんの名前を挙げる人が圧倒的に多いので」
「ふぅん……そうなのか。それは知らなかった」
少し嬉しい。
そうか、腕利きの【盗賊】を聞くと、この街では俺の名前があがるのか。
ずっとコツコツ修練を続けてきた身としては、冥利に尽きる話だ。
まずいな……顔がニヤニヤしてしまう。
「う、嬉しそうですね……。えっと、それで、どうでしょう? ボクたちも腕には自信があるので、クリードさんとパーティを組む仲間として見劣りしない……と、たぶん、思うんですけど……」
最後のほうは、少し自信なさげだった。
いやまあ、三人でBランクにまで登り詰めた実力者たちなのだから、彼女らの冒険者としての実力は正直まったく疑っていない。
むしろ卑屈になっていた俺は、彼女らに俺が釣り合うのだろうかと、そんな余計なことを考えていた。
だがこの機を逃す手はない。
ここで彼女たちの手を取らなければ、これから俺はどこまでも腐って堕ちていくだろうという予感があった。
「分かった。俺でよければ、是非とも君たちのパーティに参加させてくれ」
俺がそう答えると、三人の少女たちは嬉しそうに顔を見合わせ、喜んだのだった。
***
その翌日、俺は新たにパーティを組んだ少女たちとともに、ダンジョンに潜った。
ダンジョンは、いまだ解明されていない謎が多い、不思議な領域である。
長期的に見れば、ダンジョンはモンスターや宝箱などが、半ば無尽蔵に湧き出てくる場所だと言える。
一度探索しきったダンジョンでも、一定の期間を置けば、またモンスターや宝箱などが湧いて出てくるのだ。
そこを定期的に探索し、宝物などを持ち帰ることで生計を立てているのが、俺たち冒険者である。
迷宮都市の周辺には、そういったダンジョンが無数に存在する。
いや、無数はさすがに言いすぎだが、相当の数が存在するのは間違いない。
俺たちは今、そのうちの一つに潜ってダンジョン探索をしていた。
「どう、クリード先輩……? 罠ありそう?」
【武闘家】ユキが、俺の作業の様子を気にかけてくる。
ユキは黒髪ポニーテールの、元気なボクっ娘少女だ。
やや中性的な容姿だが、その端正な顔立ちは十分にかわいらしい。
武闘着を身に着けた体は、そのボディラインの曲線こそなだらかなものの、健康的なアスリート少女の魅力であふれている。
ちなみに彼女の俺への呼び方は、いつの間にか「クリードさん」から「クリード先輩」へと代わっていたし、敬語も抜けていた。
俺たちが今いるのは、ダンジョンに踏み込んでから最初に見つけた扉の前。
俺はその扉の周辺や扉そのもの、あるいは鍵穴や取っ手などを注意深く調べていた。
ダンジョンには、モンスターや宝箱ばかりでなく、罠も存在する。
これもまた、以前の探索からある程度の日数がたつと湧いて出てくる種類のもので、その配置も変わる。
というかダンジョンの壁なども移動してその構造自体が変わるので、同じダンジョンでも入り口が同じだけで、中身はまったく別のダンジョンへとなり変わるわけだが。
「……もう少し待ってくれ。足元や扉そのものにはないが──これか。取っ手を捻ると作動するタイプだな。三人とも、後ろに下がっていてくれ」
「「「はぁい」」」
俺は仲間たちが指示通りに後退したのを確認すると、扉の取っ手を捻り、同時に俺も素早く飛び退る。
直後、扉の前の天井がカパッと開いて、三日月斧の刃のような大型の刃物が高速で落下してきた。
刃はカーンと音を立てて、ダンジョンの床にぶつかる。
その後、刃を吊るすロープが、ゆっくりと天井穴に向かって戻っていく。
「ひぇぇっ……。ギロチンじゃん。入り口から殺意たかっ……」
ユキがゾッとした様子で、降ってきた刃を見ていた。
俺は短剣を使って、刃を吊るすロープを切る。
天井に戻ろうとしていた刃は支えを失い、そのまま床に転がった。
「これでよし。あとは安全に通れるぞ」
俺はそう言って、扉を開いてみせる。
あらかじめ聞き耳も済ませて、扉の向こうにモンスターなどがいないことは確認済みだ。
「「「おおーっ」」」
すると三人の少女たちが、賞賛の拍手をしてきた。
えっ、拍手とかされるの……?
「さすがです、クリードさん。Bランクダンジョンの罠だというのに、何ら危なげもなく切り抜けるとは。【盗賊】なら誰でもできるものではないと聞き及んでいます」
そう手放しで褒めてくれるのは、【神官】の少女アデラだ。
金髪ロングヘアーの美女で、戦を司る神の信徒らしい。
彼女の神官衣を押し上げる立派すぎる胸には、いつ見ても自然と目が行ってしまう──とかは横に置いて。
「褒めすぎだよ、アデラ。俺はずっとAランクのダンジョンを相手にしていたからな。このぐらいならお手のものだ」
「ふふっ。そんな風に言えるのは、この迷宮都市の冒険者の中でも、クリードを置いてほかにいないんじゃないかしら」
そう言って笑いかけてくるのは、【魔導士】のセシリーだ。
銀髪をセミショートに切り揃えた少女で、眼鏡がチャームポイント。
理知的な態度のせいかともすれば冷たい印象を受けがちな彼女だが、こうして笑顔を見せてくれると、つぼみから花が咲いたようでとても魅力的だ。
「んなことないだろ。俺以外にも、このぐらいやってのけるやつは何人かいると思うぜ。ちなみにこれまでは、罠はどうしてたんだ?」
「あー……」
ユキが気まずそうな声を出して、アデラやセシリーと視線を合わせる。
アデラは困ったような顔をして、セシリーは苦笑した。
ユキが言う。
「ボクたちも、その……罠があったら踏み潰して進んでいたっていうか……。ぎりぎりのラッキーで、どうにか生き延びてこれたっていうか……ほんっとにね……罠は良くないよ……良くない……」
そう言っていくうちに、ユキの瞳から光彩が失われていく。
「ははは……」と乾いた笑いを浮かべる彼女には、何かトラウマがありそうだった。
セシリーが、これまた気まずそうに言う。
「本当、何度罠で死にそうになったことか分からないわ。主にユキが」
「それに治癒魔法を使う魔力にも、限りがありますから。良いところまで行ったのに、罠のせいで退却を余儀なくされたことが何度あったことか」
「ボクたちの実力なら、モンスターはだいたい何とかなるんだけど。罠がね……」
「「「はあっ……」」」
三人そろって、大きくため息をついた。
何だか知らないが、三人は罠には良くない思い出があるようだ。
ちなみにダンジョンの入り口は基本的に転移式となっており、一度入ったダンジョンにはしばらく入れないようになっている。
一度の探索でダンジョンボスの討伐までいけなければ、そのダンジョンにある宝物の大部分はパーになってしまうのだ。
だがユキはそこで、ぐっとこぶしを握る。
「でもこれからは、クリード先輩が罠を見つけてくれるから安心! もうあんまり罠に苦しまなくて済む! これはヤバい!」
ずいぶんと嬉しそうだ。
それに俺は、苦笑いしながら答える。
「とはいえ百発百中ってわけにいかないから、そこは承知しておいてくれよ。最悪、二十個に一個ぐらいは見逃すものと思っておいてくれ」
「もちろんもちろん。適正レベルのダンジョンで、罠を八割見つけられたら腕利きの【盗賊】だって聞いてるし」
「その分だけ、私の魔力の消耗も抑えられますしね」
アデラがそう付け加えた。
俺はそれで、「治癒魔法があれば【盗賊】なんて必要ない」と言ったジェラルドの言葉を思い出してしまう。
そのあたりはどうなのか。
あるいは【神官】が二人いたほうが有利なのだろうか。
最悪、罠で命を落としてしまう可能性も考えれば、罠を踏んでも治癒魔法で回復すればいいというジェラルドの理屈は成り立たないと思うが。
それに【盗賊】の仕事は、何も罠の発見や解除に限ったものではない。
俺たちの仕事は、もっと多岐にわたるものだ。
***
その後もパーティは、順調にダンジョン探索を進めた。
ユキ、アデラ、セシリーの三人は、何かとしきりに俺を褒めてくれる。
一方で、彼女らの冒険者としての腕もまた、期待通りかそれ以上に優秀なものだった。
俺たちがダンジョンに入って最初に出遭ったモンスターは、デスドッグという名の双頭の猛犬が五体だ。
デスドッグは一体一体、決して侮れるモンスターではない。
大型の狼に匹敵するかそれ以上の大きな体を持ち、二つの頭部が鋭い牙で同時にかみついてくる。
その上、牙はかみついた相手の体調を狂わせる毒を帯びている。
まともに戦うと相当に厄介な相手なのだが、三人の少女たちの手並みは鮮やかなものだった。
「燃え盛る火球よ、爆炎となりてわが敵を焼き尽くせ──ファイアボール!」
デスドッグの群れと交戦に入った直後、【魔導士】セシリーが爆炎魔法を放ち、五体の双頭魔獣すべてを巻き込んだ。
Bランク相当かそれ以上の実力を持った、高位の【魔導士】でなければ使えない強力な破壊魔法。
爆炎の直撃を受けたデスドッグたちは、それ一撃で力尽きることこそなかったにせよ、いずれもかなり大きなダメージを受けてよろめいた。
そこに──
「よぉし、いっくよー! ──やぁあああああっ!」
「戦神ドラムトよ、汝の敬虔なる信徒に力を! ──はぁああああっ!」
爆炎がやむのと同時かやや早いぐらいのタイミングで、【武闘家】ユキと【神官】アデラが突撃。
二人は弱ったデスドッグたちに、次々と攻撃を仕掛けていく。
連接棍棒を振るって戦うアデラもなかなか見事な戦いぶりだったが、より鋭い動きを見せたのがユキだ。
「はあっ! ──てりゃああああっ!」
ユキは【武闘家】らしい俊敏な動きでデスドッグたちを翻弄し、拳や蹴りによる連続攻撃で次々とデスドッグを屠っていく。
その戦いぶりは、Aランクパーティ『ペイルウィング』の【剣士】ジェラルドや【重戦士】ダニエルと比べても、大きく遜色のないものであるように見えた。
倒されたデスドッグは消滅し、あとには「魔石」と呼ばれる宝石が残される。
ユキとアデラの二人は、一つ、二つ、三つ──と、デスドッグたちを次々と魔石に変えていった。
ちなみに俺はというと、後方から弓矢を使って二人の戦いを援護していた。
二人が別のデスドッグと戦っているとき、彼女らの死角から襲い掛かろうとする個体に対して、出鼻をくじくようなタイミングで矢を放つ。
そうすることで、デスドッグたちはユキたちへの攻撃の機会を、何度か逸していた。
やがてすべてのデスドッグが魔石へと変わり、つつがなく戦闘が終了する。
結果として、撃墜数はユキが四体、アデラが一体。
俺とセシリーの撃墜数はゼロだ。
だがそんなことを、彼女たちはまったく意に介さない。
「いえーい、完全勝利―っ!」
ユキたち三人は互いにハイタッチをして、戦闘の勝利を喜び合う。
と思っていたら──
「ほら、クリード先輩も、手ぇ出して」
「お、おう」
俺のところにもハイタッチの要求が来た。
戸惑いながらもユキに言われたとおりに手を出すと、ユキはその両手を俺の手に合わせてくる。
「クリード先輩、いぇーい!」
「い、いぇーい」
俺は少し気恥ずかしく思いながら、セシリーやアデラともそれぞれ手を合わせた。
このノリは何というか、こそばゆい。
しかし前のパーティでは俺は何となく除け者にされていたから、嬉しくないと言えば嘘になる。
「いやしかし、見事なもんだな。『ペイルウィング』の連中の戦いぶりと比べても、ほとんど遜色ないと思うぞ」
俺は少女たちに、本心から賛辞の言葉を贈る。
ジェラルド、ダニエル、ルーシーの三人も、性格や協調性はともあれ単純な実力は低くなかったから、Bランクでこれならユキたちは大したものだ。
しかしユキとアデラは、少し釈然としない様子で首を傾げていた。
「でも……なんか妙だったんだよね、今の戦い」
「ええ、ユキさん。私も思いました。何というか、すごく戦いやすかったとでも言えばいいのか……」
「そうそう、そんな感じ! 邪魔が入ってほしくないときに邪魔が来ないの。すっごい戦いやすかった」
「それはきっと、クリードの仕業ね」
そう口をはさんで俺のほうをちらと見たのは、近接戦闘には参加せずに俺の隣で様子を見ていたセシリーだ。
「クリード先輩の仕業……?」
ユキの疑問の声に、セシリーはうなずく。
「ええ。横で見ていて分かったわ。クリードが弓矢で、おそろしく的確な援護射撃をしていたの。デスドッグがユキやアデラの隙をつくタイミングは何度かあったけど、その全部がクリードの射撃で出鼻をくじかれていたわ。あれは並大抵の援護技術じゃないはずよ」
まあおおむねその通りなんだが……こうしてあらためて解説されると、こそばゆいな。
しかもアデラとユキは、俺にさらなる尊敬のまなざしを向けてくる。
「なるほど、そういうことですか。個人の功を求めるのではなく、パーティの全体効率を考えての的確な援護。まさに見事というほかありません」
「へぇーっ。さすがクリード先輩、いぶし銀っていうか、何かカッコイイ! ていうか探索だけじゃなくて戦闘でもすごいってどんだけ?」
「ねぇクリード。どうしてあなた、パーティ追放なんてされたの? どこからどう見ても、超一流の腕前じゃない」
セシリーがそう聞いてくる。
だがそれには、ユキが答えた。
「だから、元いたパーティのリーダー──ジェラルドっていうんだっけ? そいつが『【盗賊】なんてダンジョン探索に必要ない!』なんてバカな事を言ったんでしょ」
「……本当に頭悪いわね、そいつ。ほかのパーティメンバーも、誰か止めなかったのかしら?」
「きっとクリードさんが整えていた環境を、当たり前のものだと思ってしまったのでしょう。自分のことを大きく見せたい人なら、そうなるのも分かります」
「嫌だよねー、そういう自分が全部みたいな人。──でもクリード先輩、ボクたちは絶対、そんな風にはならないからね! ずっと感謝するから、そのつもりでいてよね♪」
「お、おう、そうか。……ありがとう」
「えへへっ。こっちこそ、ボクたちのパーティに入ってくれてありがとうね、先輩♪」
褒められすぎて、何だか居たたまれない。
あとユキは距離感が近いから。
美少女が満面の笑顔で迫ってくるものだから、どうしてもドギマギしてしまう。
すると、そんな俺の様子を見てか、ユキがにやりと笑う。
「あっ。……ははーん。クリード先輩、さてはボクの笑顔に惚れたな?」
こいつ……!
くそっ、反撃してやる。
「ああ、そうだ。俺はユキの笑顔に惚れたよ。ユキはめちゃくちゃかわいいから仕方ない。不可抗力だ」
「ふぇっ!?」
すると反撃が来ると思ってなかったのか、ユキの顔が真っ赤に染まった。
【武闘家】の少女は、あわあわと慌てふためく。
「あっ……え、えっと……それは、ど、どういう意味で……」
「──と言ったら、ユキはどうする?」
「えっ……? ──あーっ! 先輩、ボクのことからかったな!?」
「最初にからかってきたのはユキのほうだろ」
「ぐぬぬぬぬっ……!」
ユキの表情が次々と変化して、妙にかわいらしい。
俺はくつくつと笑ってみせる。
一方、それを横で見ていたセシリーが、大きくため息をつく。
「ちょっとユキ。いつまでもクリードとイチャついてないで、ダンジョン探索を続けるわよ」
「い、イチャついてないし! ないし……ないし……ない、よね……?」
「ああ、ないな」
「ムッカーッ! 少しぐらい迷ったらどうなのさ! ボクってそんなに女の子として魅力ない!? やっぱりクリード先輩も、アデラみたいに胸がボーン、お尻がボーンって女の子が好きなの!? 男ってみんなそうなの!?」
「はいはい、ユキさん。落ち着いて。好意が駄々洩れですよ」
「なっ、なっ、なっ……!?」
顔を真っ赤にして、口をパクパクさせるユキ。
何をやってるんだか。
だがすごく楽しい気分だ。
前のパーティにいたときには、なかった感覚。
ジェラルドには、追放してくれたことに感謝してもいいぐらいだ。
あいつら今頃、どうしてるかな──
***
──ある【射手】の少女が見た風景──
十三歳の「加護識別の儀」で【射手】の加護が与えられたことを知った私は、生まれ育った田舎を出て冒険者養成学校に入り、十五歳でこの迷宮都市へとやってきた。
迷宮都市──この国のすべての冒険者が成功を目指してやってくる、冒険者たちの聖地。
この国で冒険者の加護を得た人は、国営の冒険者養成学校で二年間基礎を学んだあと、たいていはこの迷宮都市を訪問する。
私も「英雄」と呼ばれる存在になれる日を夢見て、新品の弓矢と革鎧だけを頼りに、この迷宮都市へとやってきた。
でも最初から英雄だなんて高すぎる目標を見ていては、足元をすくわれるだろう。
まずは地道に、新人のFランク冒険者として堅実な第一歩を踏み出すことだ。
さて、いい仲間が見付かればいいけど──
なんて思っていた私に、望外な誘いが飛び込んできた。
迷宮都市の冒険者ギルドでパーティメンバーを探していると、なぜだかAランク冒険者のパーティに誘われてしまったのだ。
Aランク冒険者といえば、熟練の冒険者たちの中でも幾多の苦難を乗り越えた人たちだけがようやくたどり着ける、一握りのエリートたちだ。
最初は何かの間違いだと思った。
私なんかがAランクパーティに誘われるわけがないと。
でも話を聞いてみると、新人を一から育てて戦力にするつもりらしい。
パーティメンバーが一人抜ける予定なんだとか。
そのAランクパーティの名前は『ペイルウィング』。
私は唾をのみ、意を決した。
こんなチャンスは二度と来ないだろう。
運を最初から使い果たしてしまったようで怖かったけど、私は思い切ってその誘いに乗った。
パーティメンバーは【剣士】のジェラルドさんと、【重戦士】のダニエルさん、それに【賢者】のルーシーさんの三人だ。
抜けたパーティメンバーは【盗賊】のクリードという人らしいけど、ジェラルドさんたちの話を聞いている限り、ろくな人ではなかったみたいだ。
ジェラルドさんたちは、その人の能力が自分たちとは見合わない低さであるにも関わらず、ずっと我慢して育ててきたらしい。
でもそのクリードという人は、いつまでたっても成長しないどころか態度も大きくて、自分が実力者だと勘違いしていたのだという。
それで温厚なジェラルドさんたちもついに堪忍袋の緒が切れて、思い切ってその人を追放したのだとか。
その話を聞いた私は、冒険者の世界でもやっぱり人間性って大事なんだなと思った。
そして私は、ジェラルドさんたちに愛想を尽かされないよう、必死で頑張ろうと思った。
ところでパーティリーダーのジェラルドさんは、いわゆる「イケメン」というやつだ。
パッと見でかっこいいし、笑うと歯がキラッと光りそうな感じ。
あの甘いマスクで微笑まれると、田舎娘の私なんかはそれだけでドキッとしてしまう。
でもパーティの人間模様を見ていると、彼はどうもルーシーさんと恋仲のようだった。
ジェラルドさんはみんなを引っ張るタイプで、ルーシーさんはジェラルドさんを慕ってついていくタイプ。
お似合いの二人だ。
私の入る隙はないし、ジェラルドさんからイケメンスマイルを向けられても勘違いしないようにしないといけない。
一方で【重戦士】のダニエルさんも、私にいろいろと親切にしてくれた。
私が分からないことは、ちょっと乱暴ながらも嫌な顔一つせずに教えてくれるし、親身になって相談にも乗ってくれる。
ダニエルさんは豪放で大雑把だけど、気のいい人だ。
少しスキンシップが多い気もするけど、それは私が気にしすぎなんだと思った。
私の腰を触るダニエルさんの手つきがいやらしいだなんて、思っちゃいけない。
そもそも私をパーティに誘うようジェラルドさんに提案してくれたのも、ダニエルさんなのだという。
良いパーティに誘ってもらえたと思った。
私は皆さんの期待を裏切らないよう、精一杯に頑張ろうと心に決めた。
……いや、どうだろう。
本当にそうだったのか。
ひょっとしたら、私が「そう思おうとしていただけ」なのかもしれない。
私の中で、彼らに対する疑念は、少しずつ膨らんでいった。
***
「あの……いきなりAランクダンジョンですか? 私、あまり戦力にはなれないと思いますけど……」
私は失礼かなと思いつつも、ジェラルドさんたちにそう問わずにはいられなかった。
パーティに誘われた翌日。
私がジェラルドさんたちに連れられてやってきたのは、Aランクダンジョンの入り口だった。
新人を一から育てるというから、もっと低ランクのダンジョンから始めるのかと思ったけど、いきなりの超高難易度ダンジョンからのスタートだ。
ジェラルドさんは、私に向かって例のイケメンスマイルで笑いかける。
「大丈夫。最初から討伐数を求めたりはしないから、安心して。実戦を経験しながら、少しずつ実力を身につけていってくれればいいよ」
「は、はい……できるだけ頑張ります!」
不安だったけど、それだけ期待されているんだと思うことにした。
できるだけ足を引っ張らないように頑張ろうと思った。
緊張している私に、ダニエルさんが声をかけてくる。
「なぁに、心配するな。俺たちは実質三人で、ずっとこのAランクダンジョンに潜ってきたんだからな。それにお前のことは、俺が守ってやるからよ」
ダニエルさんはそう言って、私のお尻をパンと叩いた。
その際に一瞬だけ、いやらしくお尻をなでられた気がした。
「んひっ……!? ──は、はい! よろしくお願いします!」
き、気のせい気のせい……。
ていうかそもそも、お尻を叩く時点でどうかとも思うんだけど……。
まあダニエルさんなりに、そういう気やすいスキンシップで、私の緊張をほぐそうとしてくれているんだろう。
悪いほうに捉えちゃいけない。
ポジティブに考えよう。善意善意。
そんなわけで私は、おっかなびっくりジェラルドさんたちのあとについて、初めてのダンジョン探索を始めた。
そして、ダンジョンに踏み込んでから思った。
──あれ、これやっぱりまずいんじゃないの、と。
うっかり罠とか踏んだら、ジェラルドさんたちは大丈夫かもしれないけど、私は即死なんじゃないだろうか。
あるいは、遠隔攻撃をしてくるモンスターに出会ったら、とか……。
でも今さら帰りますとも言えないし、ジェラルドさんたちにも何か考えがあるんだろうと思って、Aランクの熟練冒険者である彼らを信じることにした。
それにダニエルさんが守ってくれるって言ってたし、大丈夫だろう、うん。
──そう思っていた矢先のことだった。
「ぐわぁーっ!」
ダンジョンの通路を歩いていたら、私の前を歩いていたダニエルさんが「落っこちた」。
落とし穴だ。
通路がカパッと開いて、ダニエルさんがそれに対応できなくて落ちたのだ。
同じく前列を歩いていたジェラルドさんは、落とし穴が開いた瞬間にとっさに跳び退って、落下を回避していた。
でも青い顔をしているから、本当にギリギリだったのかもしれない。
「ぐあああっ……! くそっ、痛ぇぇっ、痛ぇよ……!」
ダニエルさんの苦痛を訴える声。
私は穴をのぞき込んでみて、ゾッとした。
落とし穴の下には、先端が鋭く尖った金属製のスパイクが、剣山のようにずらりと敷き詰められていた。
ダニエルさんはそこに、真っ逆さまに落ちたのだ。
重装甲の鎧のおかげでダメージは軽減されたみたいだけど、それでも何本ものスパイクがダニエルさんの両脚やお尻や背中に突き刺さっていたようだった。
「おい、ダニエル、何やってんだ! ──ちっ、ルーシー、ロープだ!」
ジェラルドさんがそう言うけど、言われたルーシーさんはきょとんとしていた。
「えっ……ロープ、ですか……?」
「そうだよ! じゃなきゃこの落とし穴から、どうやってダニエルを引き上げるんだ!」
「え、でも……ロープなんて持ってませんけど」
「えっ?」
「えっ?」
ジェラルドさんとルーシーさんが、互いに顔を見合わせる。
その間にもダニエルさんは「痛ぇ、痛ぇよ」とうめいている。
ジェラルドさんが、ルーシーさんに向かって怒鳴った。
「はぁ……!? なんでロープごとき持ってないんだよ!」
「な、なんでと言われましても……すみません。これまでそういった細々とした道具は、すべてクリードさんが用意していたものですから……」
「くっ……! あいつはもういないんだから、そういうのは全部お前が用意しておかないとダメだろうが! ったく、気の利かないやつだな!」
「で、でも……! ……すみません」
ルーシーさんは納得いかない様子ながらも、不承不承、謝った。
私はそのやり取りを見て、気持ちが一気に冷めていくのを感じていた。
……これが、Aランクパーティ?
こんな人たちが?
だいたいジェラルドさん、責任を全部ルーシーさんに押し付けているけど、自分だってロープを用意していなかったわけで。
どうしてルーシーさんのことばかり責められるの?
そんなやり取りをしている間にも、ダニエルさんは「痛ぇ、痛ぇよ」とうめいている。
ああもう。
結局、落とし穴に落ちたダニエルさんは、ルーシーさんが空中浮遊の魔法を使って救出した。
人を空中に浮かせる、中級クラスの魔法だ。
高レベル冒険者だからできる力技だけど、魔法の無駄遣い感がすごい。
救出されたダニエルさんのダメージは、ルーシーさんが治癒魔法で癒した。
だけど──
「ぐはっ……! くそっ、何だこれ……毒かよ……! ふざけやがって……げほっ、ごはっ……!」
傷を癒されたはずのダニエルさんは、なおも青い顔をして横たわり、苦しんでいた。
落とし穴の底に仕掛けられたスパイクは、よく見るとぬらっとした紫色に染まっていた。
どうもあのスパイクには、毒が塗られていたらしい。
そこでルーシーさんが解毒の魔法をかけ、さらにもう一度、治癒の魔法を使った。
ダニエルさんはようやく、まともな状態を取り戻した。
「チッ……何やってんだよ、バカが」
少し離れた場所でジェラルドさんが舌打ちをし、悪態をついていたのを、私は聞き逃さなかった。
私のジェラルドさんに対する印象は、この一件で最悪になった。
たとえAランクであっても、こんな人と一緒のパーティでは冒険したくないと思った。
でもそれも、私の潔癖症なんだろうか?
もう少し寛容になるべきなのかもしれないけど……。
それにしても、ルーシーさんはダンジョンに入ってすぐに、魔法をたくさん使ってしまった。
こんな調子で魔力は大丈夫なんだろうか?
私はジェラルドさんたちと冒険を続けることに、大きな不安を抱きはじめていた。
***
ジェラルドさんたちについてダンジョン探索を続けていく。
正直に言って私は、今すぐにでもパーティを離脱して、迷宮都市に帰ったほうがいいんじゃないかと思い始めていた。
でもここまで来て帰るとは言いづらく、私は惰性でジェラルドさんたちについていってしまった。
だって、帰ると言って理由を聞かれたら、どう答えたらいいんだ。
ジェラルドさんたちのことが信用できませんので、なんて新人の私が言ったらどうなる?
とてもじゃないけど、そんなことは言えない。
だから私は、状況に流された。
ダンジョンで次に遭遇したのは、モンスターの群れだった。
少し大きめの広間に、動物型のモンスターが四体。
そのモンスターは虎に似ているけど、上あごから伸びる二本の犬歯がナイフのように鋭く伸びていた。
冒険者養成学校の授業で習った覚えがある。
あれは確か、サーベルタイガーというモンスターだ。
「よし。さっきは後れを取ったが、今度は戦闘だ。挽回するぞ」
「おうよ」
「……はい」
ジェラルドさんとダニエルさん、それにルーシーさんの三人がすぐさま戦闘態勢を整える。
心なしか、ルーシーさんに元気がないように見えるけど、気のせいだろうか。
まあ、あんな扱いをされたら元気がなくなるのも当たり前だと思うけど。
「お前さんは適当に援護してくれればいいぜ。ここのモンスターは、俺たち三人で問題なく倒せる相手だからな」
「は、はい。ダニエルさん」
ダニエルさんに言われ、私は精一杯の返事をする。
ジェラルドさんたちへの信頼は薄れていたけど、それでも私よりも遥かに実力あるAランク冒険者であることに違いはない。
足手まといにならないことを最優先に考えて立ち回ろう。
私は背中の矢筒から矢を一本取り出し、手にしたショートボウにつがえる。
サーベルタイガーたちが、こちらに向かって駆けてきた。
その速度はさすがに素早くて、すぐに接近戦に持ち込まれそうだったけど、それよりも早くルーシーさんの魔法が発動した。
「燃え盛る火球よ、爆炎となりてわが敵を焼き尽くせ──ファイアボール!」
ルーシーさんが杖の先から魔法を放つと、生まれた大きな火の玉は、こっちに向かってきていた四体のサーベルタイガーたちのど真ん中の地面に着弾、大爆発を巻き起こした。
でも爆炎がやみ終わる前に、それなりのダメージを負った様子のサーベルタイガーが四体、炎の中から飛び出してきた。
「くっ……!」
私は構えていた弓から、矢を放つ。
サーベルタイガーの一体を狙ったけど、わずかに狙いが逸れて、私の攻撃は外れてしまった。
「ははっ。いいよ、気にしないで」
「あとは俺たちに任せな!」
ジェラルドさんとダニエルさんが、それぞれ大剣と斧を手に駆け出していく。
そしてそれぞれ、二体ずつのサーベルタイガーと交戦に入った。
こうなると、さすがにAランク冒険者だ。
二人とも相当な腕前の戦士で、一人につき二体のサーベルタイガーを相手取っても、遜色のない戦いぶりを見せる。
だけどそれにも、さすがに限界があった。
「──ぐぁあああっ! バ、バカな。この俺が、こんな雑魚にてこずるはずが……!」
「がっ、くそっ……! サーベルタイガーごときが、何でこうも動きやがる……!」
ジェラルドさんもダニエルさんも、無傷とはいかない。
幾度か攻撃を受けながらも、どうにかという様子で四体のサーベルタイガーを倒し切った。
私はというと、最初の一射以外は、何もできずにいた。
二人が接近戦をしているところに下手に矢を打ち込むと、最悪味方に誤射しかねないから、怖くて撃てなかったのだ。
戦闘が終わった後、ジェラルドさんとダニエルさんは不機嫌さをあらわにしながら、私とルーシーさんのもとに戻ってきた。
「くそっ、どうなってるんだ。どうしてサーベルタイガーごときに、こんなに苦戦するんだ。いつもはもっと楽に勝てていたじゃないか!」
「まったくだぜ。──おい、お前ら手ぇ抜いてんじゃねぇだろうな! 援護はどうした援護は!」
ダニエルさんに至っては、私とルーシーさんに向かって怒鳴りつけてきた。
さっきはあんなことを言っていたのに──と思っていると、ダニエルさんははたと気付いたように、私に愛想笑いを向けてくる。
「っと、わりぃわりぃ。今のはお前さんに言ったんじゃねぇんだ。──おいルーシー、魔法の援護少ねぇだろ。何やってんだ」
ダニエルさんの怒りの矛先は、ルーシーさん一人に向かった。
でもその肩に、ジェラルドさんが手をかける。
「おいダニエル、人の女に何好き勝手やってんだよ。俺の許可を取るのが筋だろうが」
「ちっ……。わーったよ。だったらてめぇがちゃんと躾けろ」
「言われなくてもそうする」
──そこから先は、もう聞いているのも嫌だった。
ジェラルドさんはルーシーさんに、どうして魔法の援護をしなかったのかと詰めた。
ルーシーさんは、すでに魔力を使いすぎているから、今後の探索を考えて温存したのだと答えた。
ジェラルドさんは、言い訳をするなと言って、ルーシーさんを引っぱたいた。
私はもう、それを見ているのも聞いているのも嫌になって、耳をふさいで目をつぶってその場にしゃがみ込んだ。
そんな私の頭を、ダニエルさんがなでてきた。
私の胸の中はもう不快感でいっぱいで、わけが分からなかった。
でもダニエルさんの手を払いのけたら私も嫌な目に遭わされる気がして、何もできず、されるがままだった。
ルーシーさんが、どうしてジェラルドさんを慕っているのか分からなかった。
私がこのとき思っていたのは、ただただ一刻も早く、このパーティから離れたいということだった。
ただ一つ幸いだったのは、ジェラルドさんとダニエルさんの怪我を治癒魔法で癒したらルーシーさんの魔力が残り少なくなってしまって、ダンジョンから帰還せざるを得なくなったことだ。
私は迷宮都市に帰り着くと、できるだけ不自然にならないように三人に別れを言って、冒険者ギルドをあとにした。
応援して送り出してくれたお父さん、お母さん、ごめんなさい。
私には、ここで冒険者を続けていくことは、できそうにありません。
──ただ、私が去り際に見た風景で、一つ印象的だったものがある。
それはルーシーさんの姿だ。
ジェラルドさんの隣にたたずむルーシーさんの目は、私には、狂気の色に染まっているように見えたし。
その口元はたしかに、薄く微笑んでいたように見えたのだ。
***
──ジェラルド視点──
前回のダンジョン探索は散々だった。
いったい何が問題だったのか──
俺たちは状況分析のために、酒場で話し合いをしていた。
と言っても、メンバーは俺を含めて三人だ。
新入りの【射手】の娘は、ダンジョン探索を中断して帰還した後、なぜかパーティを抜けていってしまった。
やはり新人をいきなりAランクダンジョンに連れて行ったのは、無理があったかもしれない。
俺たちAランク冒険者なら難なく踏破できるダンジョンも、新人のFランク冒険者にとっては怖かったのだろう。
「ちっ、せっかくの上玉が、逃げ出しやがってよぉ。俺たちはAランクだぞ。ありがたく玉の輿に乗っとけよクソガキが」
ダニエルはエールをかっ食らいながら、しきりに愚痴をこぼしていた。
あの【射手】の娘をパーティに入れようと言ったのはダニエルだ。
俺とルーシーの間柄を見て、自分も女が欲しいとずっと思っていたらしい。
もっとも俺とルーシーは、幼い頃からの付き合い──主人と従者の関係だ。
俺たちが加護を受けて冒険者になるよりもずっと前、貴族家の息子と召使いの間柄だった頃からずっと調教して躾けてきたのだから、そうそう俺たちのようにはいかないだろう。
俺はダニエルに言ってやる。
「バーカ、お前はいきなりがっつきすぎなんだよ。まずは時間をかけて手懐けろ。食うのはそれからだ」
「ちっ、めんどくせぇな。こっちはすぐにでもヤりてぇってのによぉ」
「ハハッ、もっと女の扱いってものを考えるんだな」
「あー、クソッ、腹立つ! せっかくクリードのやつを追い出したってのによぉ」
「そうだな。そっちのほうが問題だ」
便利だから飼っていた足手まといのクリードを追い出して、一発目のダンジョン探索があの無様な結果だ。
まさかルーシーが、あんなに早く魔力切れを起こすとは思わなかった。
だが魔力を回復するマナポーションは高価だし、使ったらなくなる消耗品に高い金を払うのはバカのやることだ。
何か別の策を考える必要があるだろう。
「つぅかよ、あのサーベルタイガーども、強さがおかしくなかったか? いつもはあんなめんどくせぇ動きはしなかっただろ」
ダニエルがソーセージを食いちぎりながらぼやく。
それだ。
今回のダンジョン探索で遭遇したサーベルタイガーの群れは、これまで戦った同種のモンスターとは段違いの厄介な動きを見せてきた。
姿形の似た新種のモンスターかもしれないと思ってギルドにも報告してやったが、これまでにそういった報告は受けていないと言われた。
それに落とした魔石も、通常のサーベルタイガーのものと同じだという。
だとすると、ダンジョンのあの部屋に、何らかの魔法的な力が掛かっていたのだろうか。
真相は分からないが、厄介であることに違いはない。
そう滅多に遭遇するものでもないだろうが、一応視野に入れておく必要はあるな。
と思っていると、ルーシーがボソッと、こんなことを口にした。
「ダニエルさん。それはたぶん、これまでとは違ってクリードさんの援護射撃がなかったからではないかと」
「……ああ? 何だそりゃ?」
ダニエルが不機嫌そうに返すと、ルーシーはおずおずと答える。
「クリードさんはいつも、敵の動きを妨害するように的確な援護射撃を行っていました。それがなくなったせいで、これまでよりも敵が強く感じられるのではないかと……」
そのルーシーの言葉に、俺は強い不快感を覚えた。
無能のクリードを評価する言葉だったからだ。
そしてルーシーの言葉を不快に思ったのは、ダニエルも同じだったようだ。
「……はあ? そんなわけあるかよ。じゃあ何か、ルーシー? 俺やジェラルドには、クリードの野郎がいなけりゃサーベルタイガーごときに苦戦するような腕しかねぇってのか?」
「…………はい」
「ふざけんな!」
ダニエルが拳でテーブルを叩いた。
テーブルがひっくり返り、料理の乗った食器や酒が床に落ちた。
周囲の客が騒めいて、俺たちのほうを見てくる。
従業員の一人がやってきた。
「あ、あの、お客様……」
「チッ……! んだよ、金払やいいんだろ! オラさっさと片付けろ! あと新しい料理だ、早く持ってこい!」
「は、はい」
くそっ、ダニエルのやつ、荒れやがって。
だが気持ちは痛いほどわかる。
「おい、ルーシー」
「……はい、ジェラルド様」
俺が声をかけると、ルーシーはびくっと震えた。
俺の機嫌が悪いかどうか、声色一つでルーシーには分かるはずだ。
「ダニエルが怒るのも当然だ。俺たちの実力がその程度なわけないよな。ルーシー、お前、いつからクリードのやつに肩入れするようになった?」
「……すみません、ジェラルド様」
「すみませんで済むか。あとで折檻だ、いいな」
「……はい」
最近、心なしかルーシーが反抗的な態度を見せることが多くなった気がする。
あらためて躾けなおして、誰がご主人様であるかを思い出させてやる必要があるだろう。
「だがどうするジェラルド。あの【射手】のメスガキがいなくなって、パーティが三人になっちまった」
「そうだな。別に三人でも大きな問題はないが、雑用と保険のために、もう一人【神官】あたりがほしいところだな」
ルーシーの魔力消耗の大きさは、治癒魔法をやたらと使ったせいだろう。
今回はたまたま運が悪かっただけだと思うが、治癒魔法の専門家がいればそれなりに役に立つのも確かだ。
もっとも戦力にならない分だけ、報酬配分は減らす必要があるだろうが。
俺、ダニエル、ルーシーがそれぞれ三・三・三で、【神官】の報酬を一にするぐらいが妥当なところだろう。
そういう意味では、クリードのやつも報酬を減らして使ってやっても良かったかもしれないな。
……いや、ダメか。
あいつは無駄に口うるさいし、自分を有能だと勘違いしているせいか、やたらと上から目線でムカつくところがある。
こっちのストレスも踏まえれば、報酬配分ゼロでも釣りが来るぐらいだ。
今思えば、便利だからといってよくあんなやつを使っていたものだと、自分の忍耐強さに感心してしまう。
今頃クリードのやつは、どうしているだろうな。
自分の実力でAランクになったと勘違いしている奴だから、どこのパーティからも相手にされずに、日銭も失って残飯漁りでもしている頃かもしれない
そう思うと、あんなやつでも少し可哀そうだと思ってしまうのだから、俺の心優しさも底抜けだなと思った。
***
──クリード視点──
「「「「かんぱーい!」」」」
今日のダンジョン探索を終えた俺たちは、酒場で色とりどりの料理が並んだテーブルを囲んで、ジョッキを打ち合わせる。
そして全員で、ジョッキのビールをごくごくと飲み干した。
「ぷはぁーっ! いやぁーっ、ダンジョン探索が大成功した後のビールは最高だね!」
「そうね。クリードがすごすぎて、ずいぶん楽をさせてもらった感じだけど」
「分かります。こうも簡単に大成功できてしまうと、驕ってしまいそうで怖いですね。クリードさんのおかげだということを、しっかりと心に刻んでおきませんと」
【武闘家】ユキ、【魔導士】セシリー、【神官】アデルがそう言って、冒険の成功を喜び合う。
俺もまた、その美少女冒険者たちの輪に混ぜてもらい、楽しく飲んでいた。
なんかめちゃくちゃ褒められるし、こんなにいい想いをしていて罰でも当たらないかと思うぐらいだ。
そんなわけで、ユキたちとパーティを組んでから最初のダンジョン探索は、これ以上ないほどの大成功に終わった。
出てくるモンスターには、ほとんど完封勝利。
こちらの損害は皆無に等しく、赤字の原因となる消耗品の使用も一切なしだ。
そればかりか、ダンジョンボスのフロストジャイアントを倒した段階で、セシリーやアデラの魔力が半分も残っていたほどの余裕ぶりだった。
収穫もBランクダンジョンにしては上出来だ。
四人で分配しても、一月はダンジョンに潜らず豪遊できるほどの成果である。
ユキが上機嫌で言う。
「何がすごいって、こんなに楽にダンジョンクリアできたのに、稼ぎを四人で分けても三人のときより多いことだよ。ヤバくない?」
「クリードが隠し扉を見つけたのが大きかったわね。奥の隠し部屋にあった財宝の量、ボス部屋の財宝の次に多かったんじゃないかしら」
と、これはセシリー。
「宝箱に爆発の罠などが仕掛けられていても、中身が破壊されずに手に入ることも大きいですね。……これはやはり、クリードさんの報酬配分を多めにするべきかもしれません」
アデラもそう言って、俺に視線を向けてくる。
一方の俺は、苦笑しつつ答える。
「いや、いいって。俺も麗しき美女たちに囲まれて、楽しくやらせてもらってるしな。報酬は十分すぎるぐらいもらってるよ」
「うわっ。クリード先輩ったら、やらしいんだ」
俺のちょっとした軽口にも、ユキはにひひっと笑ってからかってくる。
思っていたことが、つい口に出てしまった。
我ながらどうかとも思う発言だったが、ひとまず怒られなかったのでよしとしておこう。
「いや、すまん。でも実際のところ、前のパーティにいたときと比べたら、美女とか抜きにしても天国だからな」
「……そんなに扱いがひどかったんですか?」
アデラが聞いてくるので、俺は以前のことを思い出しながら答える。
「扱いがひどいっていうか、俺だけ除け者みたいな感じだったな。まああいつらと俺とじゃ、そもそも性格も合わないだろうし、仲良しこよしをしても仕方なかったとは思うが」
「じゃあ私たちとは、性格が合うのかしら?」
セシリーが微笑みつつ、そう聞いてきた。
彼女の少し妖艶に見える仕草は、意識的にやっているのかどうなのか。
「ああ。まだ知り合ったばかりだけど、三人といると楽しいよ」
「ボクもクリード先輩と一緒にいると楽しいよ。仲間、仲間♪」
隣に座っていたユキがそう言って、その両手で俺の手を握ってきた。
にへらっと笑った少女の頬は、真っ赤に染まっている。
……ったく、酔ってやがるな。
俺も酔っているから、お互い様ではあるが。
「あら、攻めるわねー、ユキ」
「酔ったふりなのか、実際に酔っているのか。私も真似でもしてみましょうか」
「だっ、だめっ……! アデラが真似したら、ボクなんか毛虫じゃん! こんな大きな凶器を二つもぶらさげて、ずるいよ!」
「ひゃっ……!? ちょっ、ちょっとユキさん……!? んんんっ……!」
俺の手を離したユキが、今度はアデラに襲い掛かった。
見てはいけない気がする光景が、俺の眼前に広がっていた。
何やってんだ……何やってんだ本当……。
セシリーが、ユキにジト目を向ける。
「ちょっとユキ、クリードの前だってこと忘れてない? 三人でいるときと同じノリでやったらまずいことぐらい考えなさいよ」
「あっ……てへへっ、そういえばそうだった。楽しい気持ちだったから、つい抜けちゃったよ」
ユキは恥ずかしそうに、自分の席に戻る。
だがその頃には、ユキにさんざん揉みくちゃにされたアデラは、頬を真っ赤に染めてはぁはぁと荒く息をついていた。
目に毒だ……。
さて、それはいいとして──
「ところで三人に、相談があるんだが」
「ん、なになに? 相談?」
ユキが乗っかってくる。
セシリーとアデラも、俺に注目した。
「いやな。今日のダンジョン探索の結果を見て思ったんだが。このパーティで一度、Aランクダンジョンに挑戦してみないか?」
「「「Aランクダンジョンに!?」」」
「ああ。三人の実力ならたぶん行けると思うんだが、どうだ?」
三人はきょとんとした顔を見せた。
不意を突かれたという様子だ。
「Aランクダンジョン……最近Bランクに挑戦し始めたばかりだったから、考えてもみなかった……」
「でも、そうね……クリードのおかげで、今日のダンジョン探索は楽勝と言える結果だった……確かにAランクも、行けるかもしれないわね」
「私は賛成です。戦神ドラムトは、新たな挑戦もまた戦いと捉え、尊きものとします」
「うん、ボクも賛成! クリード先輩とボクたちの力なら、きっとやれるよ」
「ええ。実際にやってみて、無理そうだったら撤退も視野に入れて。やってみましょう」
「よし、決まりだな」
そうして俺たちは、Aランクダンジョンに挑戦することになった。
ジェラルドたちでやれたのだから、彼女たちでもきっと及ぶはず。
俺はそう確信していた。
***
──ジェラルド視点──
後日、俺たちは三人パーティで、Aランクダンジョンに挑んでいた。
俺、ダニエル、ルーシーの三人だ。
ダンジョンの通路を歩きながら、俺は内心の苛立ちを言葉にする。
「くそっ、回復しか能のない【神官】ごときが、足元見やがって……!」
治癒魔法の使い手を求めて声をかけた【神官】たちは、どいつもこいつも、あろうことか報酬配分折半を要求してきた。
つまり、ダンジョンについてきてちょっと回復役を担うだけで、俺たちと同じだけの報酬を寄越せというのだ。
あり得ない。強欲もいいところだ。
このAランクパーティ『ペイルウィング』に加入できるだけでも、栄誉だとは思わないのだろうか?
そもそも冒険者の間での慣習がおかしい。
敵をどれだけ撃墜しているかに関係なく、【盗賊】も【神官】も同割合の報酬配分を受けるという、何も考えていないバカどもの論理が幅を利かせている。
だから【神官】の連中も、疑いもなくそれを要求してくる。
冒険者の間の意識改革が必要なのに、うちのパーティメンバー以外の誰も、それを分かっていないという由々しき状況だった。
「まあいいじゃねぇかジェラルド。だったら三人でやるまでだろ。その分だけ一人当たりの報酬は増えるんだ、構いやしねぇよ」
「……まぁな」
ダニエルの言い分は一理ある。
細々とした面倒事を押し付けられる相手がルーシー一人なのは心もとないが、まあルーシーは俺に逆らわないから、適当にこき使えばいい話だ。
そしてAランクダンジョンを踏破するだけなら、俺とダニエル、ルーシーの三人だけで問題はないはずだ。
何せ、役立たずのクリードがいたときは、それで回っていたのだから。
『例えば──俺がいなくなったら、ダンジョンに仕掛けられた罠はどうする? 俺以外の誰も、発見も解除もできないだろ』
クリードの声がよみがえる。
ダニエルと俺が「罠なんて踏みつぶせばいい」と言ったら、あいつは心底呆れた顔をして、ため息をつきやがった。
今思い出しても腹が立つ。
あの勘違い野郎の上から目線のすまし顔が、どうしてこんなに引っかかるのか。
と、そのとき──
「「あっ……」」
いつぞやと同じだった。
足元の床がカパッと開いて、ダニエルが落下したのだ。
落とし穴。
あのときと違うのは、考え事をしていたせいか、俺までもがそれを回避できなかったことだ。
落ちなかったのは、後衛を歩いていたルーシーだけ。
またもう一つあのときと違ったのは、落とし穴の底の仕掛けだ。
そこにあったのは、毒の塗られたスパイクではなく──
──ザッパーンッ!
俺とダニエルは、落とし穴の底にあった何かの液体に飛び込んでいた。
「「──ぐぁあああああっ!」」
液体の中に落ちた俺は、全身を焼けただれさせるような肌の痛みに叫び声をあげていた。
ダニエルも同じだ。
その落とし穴の底にあったのは、強酸のプールのようだった。
立ち上がっても腰から下が浸かるほどの酸のプールは、身に着けている鎧など何の関係もなく、俺たちの肌をあっという間に爛れさせていく。
痛い、痛い、痛い──!
これはもう、まずいどころの話じゃない。
しかも落とし穴はかなり深く、穴の壁も凹凸が見当たらないつるつるのもので、自力では到底登れそうになかった。
「ぐわぁああああっ! くっそぉおおおおおっ! ル、ルーシー、早く助けろ! 俺が先だ!」
「ぐぅうううっ、ジェラルド、ふざっけんなよテメェ! おいルーシー! 俺を先に助けろ!
「はあっ!? ルーシーは俺の女だ! 俺を先に助けるに決まってんだろうが!」
俺とダニエルが互いに言い合いをする中──
落とし穴の上からのぞき込むルーシーの目は、かつて見たことのないほど冷たいものだった。
その目を見て、俺はゾッとした。
あんな目をするルーシーを、俺は知らない。
いや、冷たい目というのも、少し違う気がする。
どちらかというなら、あれは──
そう、狂気に侵された目だ。
俺たちを見下ろす【賢者】の口元が、薄く吊り上がる。
「なぁんだ、こんなに早くチャンスが来るなんて。──ジェラルド様、私も一度は、本当にあなたを愛していたんですよ。でも──さすがに私だって、人間じゃないですか」
ルーシーはわけの分からないことを言いながら、杖を掲げて呪文の詠唱を始めた。
空中浮遊の魔法を使って、俺を浮かせて引き上げるつもりなのだと思っていたら──
「燃え盛る火球よ、爆炎となりて、かの人たちを焼き尽くせ──ファイアボール」
ルーシーが掲げる杖の先に生まれた火の玉が、なぜか俺に向かって落ちてきた。
火の玉は俺の顔面に直撃して、ダニエルも巻き込む大爆発を引き起こした。
その後もルーシーは、瀕死の重傷を負った俺たちに向かって、何度も何度も爆炎魔法を叩きつけてきて──
***
──クリード視点──
結果から言おう。
俺たちのパーティによるAランクダンジョンへの挑戦は、見事、大成功に終わった。
さすがにBランクダンジョンのときほど楽ではなかったが、それでも誰一人欠けることなく、安定したダンジョン攻略を成し遂げることができた。
はっきり言って、ジェラルドたちとパーティを組んでいたときよりも、円滑に攻略が進んだぐらいだ。
ユキたちは、個々人の単純な実力ではジェラルドたちにはわずかに及ばないものの、協調と連携によって本来以上の戦果を発揮してくれる。
俺の援護とも合わせて動いてくれるので、やりやすいことこの上ない。
このダンジョン探索は、三人と息を合わせたダンスを踊っているような心地だった。
獲得した財宝の総額も、Bランクダンジョンのときの二倍ほど。
文句なしの結果だ。
ほくほくの収穫とともに帰還した俺たちは、酒場に繰り出し、宴会に興じる。
「「「「──かんぱーい!」」」」
飲めや歌えの大騒ぎ──とまではいかないが、ユキたち三人と飲む酒はうまく、楽しかった。
ちなみにユキなどは、少し飲むと酔っぱらって、俺に妙に絡んでくる。
「クリードせんぱぁい、ボクってそんなに魅力ないですかぁ~?」など言ってすり寄ってくるのだ。
俺にそれをどう解釈しろと。
酔った勢いでからかっているだけなら、こっちが本気で勘違いしないうちにやめてほしいところだ。
まあともあれ──
今の俺はとても充実している。
前にも思ったが、追放してくれたジェラルドには感謝したいぐらいだ。
「そういえば──」
「ん? どうしたの、クリード先輩?」
ユキが俺にしなだれかかるように抱きつきながら聞いてくる。
本気で襲うぞこいつ──とかは置いといて。
「最近ジェラルドたちの姿を、この街で見掛けないなと思って」
「ジェラルドって、クリード先輩の前のパーティのリーダーだったっけ。会いたいの?」
「いや、まったく。ただ、今頃どうしているのかと思ってな」
迷宮都市には、ほかにも【盗賊】がいないパーティなんていくらもある。
だがその場合は、あの程度の実力でAランクダンジョンの攻略は難しいだろう。
それに何より、『ペイルウィング』では戦闘以外のことは軒並み俺が一人で担ってきたから、あいつらがまともにダンジョン探索できている光景がちょっと想像できない。
ルーシーが一人で苦労している感じだろうか。
だとしたら少し気の毒だ。
ストレスを溜めていないといいが──
などと思っていると、キィと音を立てて、酒場の扉が開いた。
扉の向こうには、俺が見知った一人の【賢者】の姿があった。
その【賢者】──ルーシーは、俺の姿を見つけると、俺に向かって歩み寄ってきた。
ルーシーと言えばいつもジェラルドの後ろにくっついていたから、一人でいるのを見るのは少し不思議な感じだ。
「よぉ、ルーシー、久しぶり。一人とは珍しいな」
「はい、クリードさん、お久しぶりです。今日はクリードさんに、最後のお別れのご挨拶をしようかと」
「最後のお別れ……?」
どういうことだろう。
彼女もジェラルドたちに愛想を尽かして、パーティからの離脱でもしてきたのだろうか。
一方でルーシーは、俺に寄りかかっているユキの姿をちらと見る。
……あ、これって何か勘違いされるパターンでは?
だがそれを見たルーシーは淡い微笑みを浮かべ、こう続けた。
「私もクリードさんみたいな人を好きになっていたら、こんな風にはならなかったんでしょうか」
「い、いや、これは──って、こんな風?」
「……いえ。それではクリードさん、お元気で。もうお会いすることはないでしょうが」
「お、おい、ルーシー!」
ルーシーは俺の呼び止めに応じることなく、優雅に一礼をして立ち去って行った。
本当に、ただ挨拶に来ただけのようだった。
「いったい何だったんだ……」
「先輩。あの人も、前のパーティの仲間? ……ひょっとして、先輩の元カノさんだったりする?」
ユキがよく分からない質問をしてきた。
俺は苦笑しつつ答える。
「何でそうなる。──ルーシーはジェラルドのことを慕っていたんだ。彼女が何を考えているのか、俺にはついに分からず終いだったが」
「うぇえええっ……!? ジェラルドって、例の人だよね……? あ、悪趣味な人がいるもんだなぁ……」
ユキにもまた、ルーシーの気持ちは分からないようだった。
まあ、直接彼女の様子を見ていた俺でも分からなかったんだから、伝聞だけで分かるはずもないか。
──なお、その後のこと。
俺ことクリードは、ユキ、セシリー、アデラの三人とともに冒険を続け、やがてはSランク冒険者の地位にまで登り詰めることとなる。
一方で、ジェラルドやダニエル、そしてルーシーの姿を迷宮都市で見掛けることは、以後は一度もなかったのだった。