鬼神道中 創作伝承(フェイクロア)
あるところに、アカツキという鬼がいました。太陽の如き金の髪に、朝焼けの如き緋色の瞳、二本の白い角を見目麗しい男の鬼です。
昼は、金の髪と緋の瞳を黒に変え、額の角を隠し、人に化けて、人の世を旅していました。
夜は、鬼の世の頂点に立つ者として、虐げられた鬼たちを救いました。
ある時、マヨイという鬼が現れました。夜の如き黒髪、月の如き金の瞳、二本の白い角を持つ、美しい女の鬼です。
マヨイは人里を襲い、子供を攫いました。
悲しみに暮れる人々に、昼のアカツキは告げます。
「案ずるな。彼の鬼女は、このアカツキが成敗しよう」
そうしてアカツキは、マヨイが去ったという西の森へ向かいました。
西の森には、マヨイの手下が待ち伏せていました。
一人は、巨大な蜘蛛の鬼。鬼蜘蛛と呼ばれる、網状の巣で女子供を狙う鬼です。
鬼蜘蛛は言いました。
「貴様に俺を倒せるか? 近づけば我が巣に囚われるぞ」
嘲笑うように、牙をガチガチと鳴らします。しかし、アカツキは鼻で笑います。
「なら、近づかなければいい」
アカツキは腰の大太刀を抜き、手近な気を一振りで斬り倒しました。二人の大人が束になるほどの太い木です。
アカツキは剣の達人ですが、十人もの大の大人を軽々と持ち上げられる力も持ちます。
図抜けた剛腕をもって、一振りで斬った大木を片手で持ち上げ、鬼蜘蛛へ投げつけました。
大木は一陣の風の如き速さで飛来し、鬼蜘蛛を貫きました。
あっさり鬼蜘蛛を倒したアカツキは、先を進みます。
道中で、次の手下が立ちはだかります。
雪のように白い髪に、氷のように澄んだ瞳の鬼女は、雪国に住むといわれる雪女です。
「さあ、わたくしの雪で凍りなさい」
雪女は、アカツキを凍らせようと、吹雪のごとき吐息を放ちます。
しかし、アカツキには届きません。
アカツキの友である、火を操る狐の鬼・天狐が現れたからです。
千年の時を経た四本の尾を持つ、狐の鬼の中で最も強い鬼です。
天狐は言います。
「ここは俺に任せて先をゆけ」
「すまない。任せた」
アカツキは天狐の心意気に礼を言い、先を急ぎます。
あと少しでマヨイの住処へたどり着きます。
そこに、意外な者が現れました。
一人は、春空の如き薄青色の髪、夏空の如き深い青の瞳、白い角を持つ青年の鬼。
一人は、黄昏の雲に似た橙色の髪、夕焼けの如き赤の瞳、白い角を持つ少年の鬼。
青鬼と赤鬼。アカツキが助けた、二人の鬼です。
青鬼は問いかけます。
「何故、人の子を助けるのですか。奴らは我らを虐げ、我らの命を狙ったのですよ」
アカツキは諭します。
「人の世は、心とともに移ろう。いつか忘れ去られる日が来るだろう。その間に、我らの善行を知る者が一人でも多くいれば、いつか我らの尊厳を取り戻してくれるだろう」
その言葉に、赤鬼は訴えます。
「なら、我らの怒りは、憎しみは、どこへ向ければいいのですか。かつての親、友、すべてに裏切られ、打ち捨てられた我らの苦しみは消えませぬ」
憤りに染まった二人の鬼の目には涙が浮かんでいました。
夕日で煌く悲しみの光を見て、アカツキは告げます。
「だからこそ国を造るのだ。我らだけの理想の世界で。傷を癒すだけではない。時には勝負をし、時には宴を開き、酒を酌み交わす。そして、我らの理を踏みにじる人々と戦い、弱き同朋を守るのだ。ともに楽園を築こう」
アカツキの言葉は強く、二人の鬼の心に深く染み込みました。
「心の傷は消えませぬ。しかし、それを塗り替える喜びを与えてくださるのでしたら、我々はあなたに続きましょう」
「我らを導く王ではなく、我らの行く末を照らす神として」
そうして青鬼と赤鬼は跪き、アカツキに忠誠を誓いました。
彼の築く未来に、きっと幸福があると信じて。
夜の帳が降りる頃、とうとうマヨイの住処へたどり着きました。
夜のアカツキは鬼の姿。その姿を見た囚われた子供たちは怯えました。
だが、それよりもっと恐ろしいマヨイに恐怖します。
子供を攫ったマヨイは、日ごとに一人の子供を食べたのですから。
マヨイは言います。
「私のやや子を取り戻すのです。人の子を腹に溜め込めば、いずれやや子が蘇るはず」
かつてマヨイには、愛しい鬼との間に子供がいました。
しかし、人々に夫と我が子を亡き者にされたのです。
アカツキは言います。
「そのようなことをしても子は生き返らない。生き返ったとしても、子が喜ぶとは思えない」
アカツキの言葉に、マヨイは怒りを露にしました。
禍々しい靄がマヨイの体から漏れ出て、マヨイの白い角が真っ黒に染まります。
それを見て、アカツキは悲しみます。
「憎しみに呑まれ、邪鬼に堕ちたか」
憎悪に心が支配された鬼の行く末は悲しいものです。理性を失い、己を見失い、人も鬼も見境なく襲う怪物になってしまうのです。
アカツキは、清浄な力を大太刀に纏わせます。
マヨイは、禍々しい力を長刀に纏わせます。
互いに得物をひと振りして、放たれた力で建物を破壊しました。
陽の力と、陰の力。
二つの力がぶつかり合い、鋭い音と衝撃が空気を震わせます。
――激しい戦いの末、決着がつきました。
勝ったのは、アカツキでした。
「お前の苦痛も憎悪もわかる。だからこそ弔おう。いつか再び、我が子を抱けるように」
アカツキは、壊れた住処から鍬を持ち出し、墓穴を掘りました。
マヨイを優しく埋めて弔うと、囚われていたはずの子供たちが墓に花を供えました。
年上の女の子は問いました。
「あの鬼はお母さんだったの?」
「そうだ」
アカツキが頷くと、女の子は続けます。
「向こうで会えるといいね」
いずれ食べられていたはずなのに、女の子はマヨイを思いやりました。
その優しさに、アカツキは思いました。
「ああ。私は間違っていなかった」
戦いが終わり、夜が明け、アカツキは子供たちを連れて人里へ戻りました。
数人の子供は残念ながら助けられませんでしたが、せめて骨だけでも親もとへ帰すために風呂敷に包みました。
子供たちとともに親へ帰せば、人々はアカツキに感謝して、宴会が開かれようとしました。
しかし、アカツキは鬼です。夜になれば正体がばれてしまいます。
代わりに秘蔵の酒を貰い、人里を後にしました。
鬼の世へ帰ったアカツキは、マヨイとの戦いで助けてくれた天狐と酒を酌み交わしたのでした。
その後、人里に帰った子供たちが大人たちに言いました。
「あの人、きっと鬼の神様だよ。悪い鬼をやっつけてくれる、いい鬼の神様なんだ」
‐了‐




