大変なことになってしまいましたぞ
刑の執行猶予と引き換えに風紀委員のスパイになってしまった……だけど致し方なかった。縁楼寺送りの刑にされたカップルの末路を知っているから。
カップルというのは、我が調査しようとしていた高等部三年のC、D両先輩である。そう、駐輪場で須賀野殿に狙撃されたあの先輩たちのことだ。縁楼寺から帰ってきた二人は洗脳されたかのように張り付いた笑顔で「これからは真っ当に生きます」と言っていたらしいが、程なくして別れてしまった。たった二泊三日の修行なのにどんな目にあったのか、想像するだけでも恐ろしい。
好死は悪活に如かず、という格言がある。潔く死ぬよりみじめに生きる方が良い、という意味だと漢文の先生から教わった。縁楼寺に送られて我が我でなくなるぐらいなら、例え好きなように調査ができなくなっても、風紀委員にしっぽを振る真似をしようとも、我として生きていく方がずっとマシだ。
ただ、百合の花を摘む行為に加担するのは我の心が痛む。それも須賀野殿の狙いの一つかもしれない。我を苦しめるために。やはり、あの人は鬼であり畜生としか言いようがなかった。たとえ我のような問題児であろうと――我は決して問題を起こしているとは思っていないが――己の使命のためならば利用して、かつ苦しめようとするなんて人のすることであろうか。
きっと、あの人が風紀委員長になったら星花女子学園はディストピアになってしまうのではないか。我の頭の中で、カップルたちを磔刑にして高笑いを浮かべる須賀野殿の姿がありありと浮かんできた。まさに末法の世。アポカリプス……
「華視屋さん?」
「いっ、イエスマム!」
ハッと気づいたときには遅く、目の前にいるのは須賀野殿ではなく写真部の仲間、塩瀬晶殿だとわかって、我は大いに赤面した。
「うあああっ……今の言葉は忘れて欲しいですぞー……」
「う、うん。大丈夫? 魂が抜けてたけど。疲れてない?」
塩瀬殿は笑わず気を使ってくれたが、その態度が余計に我の羞恥心をかき立たさせた。
「いいや、我は元気いっぱいですぞー!」
と、照れ隠しに両腕で力こぶを作るポーズを見せた。
「それなら良いんだけど……ちょっと聞きたいんだ。どっちの構図が良いかな?」
塩瀬殿は二枚の写真を差し出してきた。いずれもひまわりと少女を写したものだが、片方では少女が花に愛おしそうに手を触れて、もう片方ではひまわりを背にしてたたずみ、遥か遠くの方を見つめていた。
「うーむ……こっちですかなあ?」
我は後者を指差した。
「その理由は?」
「こっちだと花に意識が向いているから、『花と少女』以外の何物でもないのだ。だけどこっちだと誰か人を待っている感じがして、想像が広がっていくのだ」
「なるほど! 待ち合わせという場面か……確かにそうも見えるね。自分で撮っておいて何だけど。わかった、じゃあこっちにするよ」
我らは部室で、星花祭で展示する作品の最終選定を進めていた。もちろん我もちゃんと撮るものは撮っている。我が写したいのは女の子どうし仲良くしている写真だが、それはあくまでも自分で楽しむもの。故に、あえて人物写真は撮らなかった。
我が出す作品は解体されてゆく建物を撮影したものである。かつて郊外にあった「空の宮健康ランド」というレジャー施設。天然温泉にゲームセンター、カラオケ、大衆演劇と一通り遊べる私設が揃っていたがバブル崩壊と娯楽の多様化で経営が行き詰まり、あえなく潰れてしまった。それから10年以上放置されて、廃墟マニアがちょくちょく侵入したりもしていたが今年になってとうとう解体されることになった。
建てるには年月がかかるが壊すのは全く簡単で、一ヶ月も経たないうちに更地に変わってしまった。それまでの経緯を撮影したのだが、施設に対して縁もゆかりもない我でも言いようのない寂しさを覚えたものである。跡地にはディスカウントストアと本屋ができるそうだ。
やっぱり、女の子どうし仲良くしている写真が良いなと改めて思う。廃墟となった建物が解体されていくのを写すのも、ひとつの歴史が終わりを告げる過程を記録するという点では面白い。だけど今このときを生きて、輝いている女の子を写す方がもっと面白い。もちろんベストは仲の良い女の子たち二人が自分たちの世界を構築している場面を写すことだ。
あああ、今からでも女の子たちを撮りに行きたい! どこのクラスの誰それがつきあっているという噂は山程聞いている。須賀野殿に目をつけられていなければ今からでも調査に行きたいぐらいなのだ! 部活なんかほっぽりだして!
「あの、華視屋さん? また魂抜けちゃってるよ」
「いっ、イエスマム!」
今度は塩瀬殿に思いっきり笑われたのであった。
ゲストキャラ
塩瀬晶(桜ノ夜月様考案)
『君に捧げる花の名は、』(桜ノ夜月様作)
https://ncode.syosetu.com/n8368fs/




