そもそも須賀野守とは何者ですかな?
我も須賀野守についてある程度調べたことがある。彼女は県庁所在地S市の生まれ。父親が陸上自衛官で、かなり厳格な家庭で育ったという。
須賀野殿にはとんでもない奇癖があることで有名である。父親の職業柄なのかどうかわからないが、よく自分のことを軍人と思い込んでいるのだ。
風紀委員には邪神を名乗っていた櫻井先輩の他、現役委員にも荒神世音という自分の中に名も無き荒ぶる神と最高の神ゼウスを宿すと思い込んでいる中二病患者がいる。しかしこの須賀野殿には中二病どころか、別のちょっとシャレにならない病気ではないかと思わせる節があるのだ。
新学期のことだ。とある百合カップルが堂々といちゃつきながら校内を歩いていたことがあった。そこに風紀委員になりたての須賀野殿が飛んできて、
「貴様らそれでも誇り高き星花の軍人かーっ!!」
と一喝。勝手に軍人に仕立て上げられたカップルにとってはたまらなかったであろう。二人は空手部でちょいとばかし腕に自信があったもんだから、反省するどころか逆ギレして、すぐさま体育館裏に呼び出して生意気でイカれた新入生をシメてやろうとした。
我は直接見たわけではないのだが、目撃者によるとカップルは同時に襲いかかったのに、一瞬で制圧されて身動きが取れなくなったらしい。これも後に調べてわかったことたが、須賀野殿はいろんな武道の段位を持っていた。心はともかく肉体は客観的に見ても軍人そのもので、空手部とはいえ所詮はお嬢様学校の生徒が軍人に敵うはずはなかった。
その後、須賀野殿は二人に腕立て伏せ10回を命じて300回ほどやらせたという。二人をいじめ抜く姿は『フルメタル・ジャケット』に出てくるハートマン軍曹みたいだった、と目撃者は語っていた。
女軍曹というあだ名をつけられたのはこの日からである。公衆の面前で堂々といちゃいちゃする百合カップルがいなくなったのもこの日からであった。
もう一つ須賀野殿の逸話を紹介しよう。高等部三年生のCとDという生徒がつきあっているという噂を聞いた我は早速調査を開始した。この二人がデキているという事実はすぐに掴んだので、後はどれだけ愛し合っているのかを確かめるだけであった。
二人は別々の部活だったが共に自転車通学だったので、帰りはいつも駐輪場で落ち合っていた。ある日、二人はいつもより甘い雰囲気を漂わせていたから「これは今日何かありますぞー!」と我は鼻息を荒くしつつ、植え込みに潜んでそのときを待っていた。駐輪場には二人と我以外いなかった。
弾んでいた会話が急に途切れて、片一方が周りをキョロキョロ見回すと、もう片一方の後頭部に手を回した。これはキスの体勢! 久しぶりの激甘激アツ激エモシチュエーションに、ガッツポーズをしながらカメラのシャッターを切ろうとした瞬間、
「「きゃあっ!!」」
同極の磁石が反発しあって弾くように、二人の体が離れた。そして駐輪場を挟んで向かい側にそびえ立っているクスノキから、須賀野殿が飛び降りてきた。その手にはエアガンを持って。
「神聖なる学び舎で不純交友とは不届き千万! 貴殿らを風紀委員室まで連行する!」
「もしかしてそれで私たちを撃ったの!? ひどい!」
C先輩とD先輩は鼻を抑えながら抗議の声を上げた。須賀野殿が二人の鼻を狙撃したのだと理解したが、木と先輩たちとの距離は近くはないし風も吹いていたから狙いはつけにくいはず。それなのに正確無比なショットでキスを阻止したのだ。我は二人のキスを邪魔されて怒るよりも先に、須賀野殿の腕前に感心してしまった。
「口答えせずさっさと来い!」
須賀野殿は二人の足元をババババッ、と威嚇射撃した。恋人たちは両手を上げて「やめてー!」と懇願し、命を惜しんで渋々命令に従う他なかった。エアガンを持ち歩きBB弾を撒き散らす須賀野殿こそ風紀を乱してるんじゃないかとツッコミたくもなったが、よく校内に迷い込んでくる野良猫を追い払うという名目で所持を許可されているらしい。実に狡猾だと思った。
しかしながらこんな須賀野殿の強引なやり方に反発を覚える者も当然出てくるわけで、それが表面化したのは夏休みに行われる臨海・林間学校、通称りんりん学校のときであった。須賀野殿はここでとんでもない事件を起こした。




