chapter8「引き合う者たち」
「あ、あ~~~!!響ちゃんと東君だ!!」
病院の入り口にはちょっとした階段があり、そこに奏が座り込んでいた。
様子からして響夜たちを待っていた様である。
ここは、山の中に片足を突っ込むような位置にあるため、女子高生一人が歩いてくるにはかなり応えるはずだ。
とは言えこの山吹 奏、かなりの体育会系である事を響夜も知っていた。
「……こんな所でどうしたんだ?」
「昨日のニュース見てすっっっっごく心配してたんだよ!?何度か家に電話もしたのに。」
「それどころじゃなかったんだよ察してくれ、叔母さんにもうまく伝えなくちゃいけなかったんだ」
昨日の事件の真相を話したところで、叔母にその意味を理解する事など到底できなかった筈である。
一美が事故に巻き込まれた時の事を納得してもらうための嘘をつくのは、かなりの神経を必要とした。
例え本当でも「いや~うっかり、体の上下がお別れするこトコだったんだよね~(笑)」等と、それこそ口が〝裂けても〟言える筈はない。
「まぁでも、学校から直で色んな所を歩き回ったから、家にも寄ってないしな……見舞いに来てくれたんだな……ありがとう……。」
「やっぱり〝ミーちゃん〟が入院してるんだ……氷室君が言ってたの聞いてた。」
「……あぁ。」
どうやら奏は、田辺との言い争いの場で〝あの様子〟を見ていたようである。
話を聞いて、この病院だと踏んだらしい。
「人探しは散々だったからなぁ―――とりあえず中に入らね?また、知り合いに出くわしたりしたらめんどくさいし。」
人探しに関しては4時間ほど掛けたにも関わらず、あの少女を見つける事はできなかった。
しかし、街を歩いていると……同じ学校の生徒が向けてくる〝あの視線〟を常に浴び続ける事になるため、断念せざるを得なかったのだ。
「そうだな、山吹も一美の顔見て行きたいんだろ?」
「……うん!!」
その言葉を聞いた奏の表情と瞳に輝きが宿る。
しょげたヒマワリが顔をあげる様に明るい笑顔を響夜に向けた。
受付で手続きを済ませ、病室に入ると一美がベッドから身を起こす。
「ミーちゃーん……。」
奏が、遠慮がちにゆっくりと横開きの扉を開けた。
「カナ姉にあんちゃん!!……ゲッ……太一もいる!!」
「え、俺だけその扱い!?」
一美の顔を見ると、奏は抱き着いて、頬ずりしはじめた―――。
ベッドを取り囲み奏と太一がぎゃいぎゃいと騒ぎ始める、様子を見る限り一美の体調は回復しつつあるようだった。
響夜は「ここが病院だと言う事を、忘れていないか?」と不安になる。
「一美、調子はどうだ?」
「うん!!もう大丈夫!!先生も明後日には一度家に帰ってもよさそうだって!!」
「そっか、じゃぁごちそう用意しなきゃな。叔母さんにも伝えとかないと帰ってこないだろうし―――」
「ふう……よかった~」
相変わらず、ぎゃいぎゃいと言い合いをしている太一と一美を余所に、奏が胸を撫でおろすと、壁にもたれ掛かるようにして、しゃがみこんでいた―――。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫……安心したらなんだか力が抜けちゃった、えへへ……。」
「心配かけて、ごめん」
響夜は壁に背中を預ける様にして奏の隣へやってきた。
「何それぇ……それは、ミーちゃんが言うやつ!!でもね……なんだか思い出しちゃって……ほら、おじさんとおばさんが亡くなった時……響ちゃん達、大変だったから……。」
「それは―――。」
「ごめん。でも心配だったの……ミーちゃんも勿論そうだけど、もしまた響ちゃんの周りで何かあったら、また〝あんな事〟が起きるんじゃないかって……もう嫌だったから、私。」
そう言って、「よいしょ」と膝を抱え込むように姿勢を変えた奏の瞳が、響夜を見上げるようにして見つめる。
奏は昔から〝人の悩みや悲しみに敏感〟な女の子だった。自分の事の様に響夜や一美の事を心配してくれるのだ。
だがそれは、知らずの内に彼女の心に負担をかけてしまう事を意味していて、響夜は、何よりそれを危惧した。
(奏の瞳をこんなに長い時間見つめていた事は無かった気がする……。)
こうして、見つめていると昔の事を思い出す様で―――。
「だから言ったんだよ……。『心配かけて、ごめん』って」
「?……なんか言った?」
響夜が呟いた言葉は、奏には聞こえていなかった様だ―――響夜は大きな溜め息を吐く。
「お前……それ男の役回りだぞ、本当なら。」
「よくわからないけどごめんごめん、ミーちゃん無事だったんだから暗い話はナシナシ。それはそうと響ちゃんさぁ……さっき気になる事を話してたよねぇ?『人探し』ってやつ、私も手伝ってしんぜよう!!」
「あ~その話ね……そうだな。」
こうして奏と笑い合い話すのは久しぶりで、響夜は言葉では言い表せないような優しい感情に包まれた。
窓から差し込む夕焼け―――その光が響夜の心に差し込んでくるようだった。
響夜は……奏に聞かれるがままに〝人探しの話〟をしようとした―――
―――その矢先、ふと少女の言葉が過った。
―――あの魔物の狙いは君だ!!―――
「……。」
「響ちゃん……?」
奏は「ん?」と首を少し傾け、優しく微笑むと響夜の瞳をまた見つめ直す。
優しい心の持ち主である彼女だからこそ、頼めばいつでも、必ず、力になってくれるだろう―――。
だからこそ、今回の騒動に奏を巻き込む訳には……いかなかった。
「響ちゃん……どうしたの?そんな恐い顔して?」
「…………すまん、それだけは無理だ、頼めない。」
奏から視線を逸らして向かいの壁を睨みつけている様にも見えたが、そうでない事は奏にも分かる。
今回の一件、少女を探し出す事で〝あの怪物〟に再び出くわす気がしてならなかった。
「そ……そっか!!じゃぁ私、そろそろ帰るね。」
奏は立ち上がると、荷物をまとめて早々に病室を出ようとして扉を開けた。
「久しぶりに、いっぱい話せて楽しかった……じゃあね。」
「あ、ああ……山吹も、気を付けて帰れよ。」
「何それ……―――。」
病室の扉を開けた奏が、そう口にした……表情は伺えない。
「今度こそ頼りにしてもらえると思ったのに……その呼び方だって……いつまでそう呼ぶの……?響ちゃんの、バカ……。」
「な―――。」
奏は、扉を閉じて病院を後にする。その足音が病室から離れて行くのを、背中を預けていた壁を通して感じていた。
「そんな顔するくらいなら、名前で呼んでやりゃいいのに」
「なんだよそんな顔って……。」
「……言って欲しいのか?」
「いいや、わかってる。」
壁に背中を預けた響夜は、地面に滑り落ちていく様にして、崩れた。
涙が頬を伝い、胸元に落ちる。
―――ふと、少女から受け取った指輪が目に入った。
「この指輪……あの日、父さんにもらった指輪と同じ物に見える……あれ?なんか字が書いてある?」
響夜は涙を拭うと指輪を夕日の光にあてながら、文字を読み始めた。
「―――輝きが―――導くままに―――なんだこれ??」
響夜がそう文字を読み上げると、指輪が激しく輝きだした。
「あれは!?」
時を同じくして、〝探し人〟であるアイリスは少年の妹が入院しているであろう病院を訪れていた。
―――……一際強い光が、1つの病室から漏れている。
「人足遅かったか……!!」
アイリスは病院の壁を踏んで建物を駆け上ると、病室の窓を覗き込んだ。
「ん?探し人現る……!?いやいやいや、ここ三階だぞ!!??ていうかミラーさん??なんで拳を握ってるの??嘘、嘘嘘!!やめて!?どわあああああああ!!??」
窓の傍にいたのは太一だった。
「あ、お前……!!」
アイリスは窓を叩き割ると、病室へ入り込んでづかづかと響夜に詰め寄り、胸倉を掴んでそのまま持ち上げる。
「君は……!!今度は何をしでかした!!」
「お、お前こそ何しでかしてんだよ!?いくらすると思ってんだあの窓ガラス!!弁償する事になったらどうしてくれる!?」
胸倉を掴まれた響夜は当然、言葉の意図を理解することはできなかった。
アイリスの瞳からその眼を逸らすことなく、なんとか捻りだした言葉を叩きつけて見せる。
しかし、アイリスの剣幕は凄まじい物だった。
響夜は何故、アイリスが怒っているのかは理解していなかったが、どうやらこの答え方は「不正解だった」と、理解した。
アイリスは持ち上げた響夜を、そのまま背後の壁に押し付けて更に問いを投げつける。
「その指輪は夕日に当てると魔力が発生するんだ、だがここまでの輝き……やったのはそれだけじゃないな?」
「も、もしかして……字を読んだからか?」
「字だと?」
「ほら、ここに書いてある字……。」
「〝!!〟……その字はどうやって読んだ?いくつかの国を転々として来た私ですら……読めないんだぞっ!!」
「ん??うわっコレ日本語じゃないし!?」
響夜は指輪の内側に書かれた文字をよく見つめ直した―――
そこには、どんな本やテレビ番組でも見た事もない様な文字が刻まれている。
無意識にそれを解読してしまっていた。
「もう~なんなんだよ~……なんか光ったと思ったらさ?美少女が窓を叩き割ってくるって……もう夢であってくれ―――ていうか、その場合どこから夢だろう……?」
二人が言い争っているのを余所に「全くもー」等と小言を呟きながら、どこから持ってきたのか分からない小さめのホウキと塵取りを使った太一は、ガラスを拾い集めている。
太一がふと目を窓の(あった)方へと向けた。
「あれ……??何かあっちで光ったぞ??だんだん大きなってる―――」
「―――!?しまった!!全員伏せろ!!」
咄嗟にに窓側に立つアイリス―――
―――その後、病室の壁は窓枠ごと吹き飛ばされ、響夜達はその轟音と共に凄まじい衝撃に襲われた。