chapter7「交錯」
2020年 4月2日 (木)
次の日、アイリスは再び街を訪れていた
「どういう事だ……魔物の気配は強さを増す一方なのに何故姿を現さない?」
アイリスは立ち入り禁止になっていた建物の屋上から町を見渡す。
先日と違い結界などは使っていない、むしろその逆の手段を用いていた。
魔力を放出し高い建物から垂れ流せば大抵の魔物は引き寄せられる、焦っているのも当然である、日が落ちれば魔物の活動はより活発になるだろう、そうなる前に多少強引にでも手負いとなっているあの魔物との決着を付けてしまいたかった、にも関わらずアイリスは魔物の強い気配は感じていたが魔現れる様子は微塵にも感じられなかった―――
―――が、一つだけ心当たりがあった。
「今もどこかであの〝森〟を作って、身を隠しているのか……?」
アイリスの中で既に結論は出始めていた。
先日、クラスメイトを巻き込んでしまった際に現れた、正体不明の〝森〟は魔物を退けるのと同時に消え失せていた、メディアに等の情報がいち早く目につくような場には、そのような言葉は一つも転がっていない。
「あそこまでの手負い、人を殺して傷を癒そうとする筈……危険だが指輪を使うしかないか……。」
指輪は夕日に翳すと微量ながら魔力を帯びる事が分かっている、その魔力は特殊なもので、瞬く間に魔物を引き寄せてしまうので、本来ならば使わない。
この指輪自体も太陽光があたらない魔術協会本部の地下深くに保管されていた物だ。
「あれ、指輪がない……。」
昨日の一件で頭に血が上っていたアイリスは、件の少年から指輪を回収し忘れていた事に気が付いた。
―――時刻は13:00を回ろうとしている。
同時刻、彩山高校では先日のショッピングモールで起きた大事故、その話題で持ちきりだった。
町にあるショッピングモールで起きた大爆発……。
そして〝この高校の生徒がその事故に巻き込まれた〟という噂は瞬く間に校内を駆け巡った。
もちろんニュースなどでも報じられたが〝事故〟の犯人は不明とされて上に〝どこの誰〟の仕業なのかも不明―――
―――幸か不幸か、マスコミが響夜の自宅に突撃することはなかった。
昼休みにも関わらず、この1年1組だけが他とは違う緊張した空気に包まれている、響夜は自分の席で太一と昼休みを過ごしていた。
「なぁ響夜、お前もしかして……。」
「……知らないよ。」
こういう時の太一は鋭い、薄々だが響夜の置かれた状況を理解し始めたらしい。
治療を受けたとはいえ生傷と包帯だらけの彼を見れば、どんな人間にもそのように映ってしまうだろう、その得体のしれない事件に巻き込まれた〝当事者〟なのだと。
周りの目を引くのも当然と言える、ましてや入学初日に遅刻をしてクラスに馴染めていない響夜にとってはあまり良い状況とは言えなかった、廊下の方からは同級生が響夜に湿った視線を送りながら噂話などをしている。
例の白髪の少女はこの状況を読んでいたのか、欠席していた。
「なぁ、君……狭間君だよな?」
「そういう君はたしか、田辺君だな……なんだよ?」
太一が不機嫌そうにしながら響夜と田辺の前に立ちはだかる。
「響夜はお前の話なんて聞く道理はねぇぜ?」
「君には聞いてないんだよねぇ、狭間君に用があるんだよ」
「太一、いいよ」
「おい!?」
「オレに用ってなんだ?」
響夜が席から立ちあがって、睨み合っている。
「ズバリ、昨日のニュースで事故に巻き込まれたのって君だろう?」
「オレは、何も知らないよ。」
シラを切る。
「訳の分からない怪物に襲われて、妹は病院送りになった」等と馬鹿正直に答えていてはおかしな人間と思われるだろうがそれは響夜にとってはどうでも良かった。
妹の一美が日々部活動や勉強に励み今までしがらみ無くなんとか過ごして来たのだ、もしも〝退院して中学校に登校したら、知らない内にこのような話題で持ち切りになっていて、周囲の生徒からは気味悪がられ孤立する〟そんな生活を強要する等、響夜には到底容認しきれる物ではない。
この、彩山高校の生徒の中には兄弟や知り合いが、一美と同じ中学校に通っている事も考えられる。
今後、この学校で共に過ごす時間が多くなる太一にしても、このような視線が注がれるような日々は送ってほしくない。
この噂を放置すれば後々になって厄介な癌になる、響夜はそう思った。
「ふぅん……居た事までは否定しないんだ……。」
1年2組の生徒である田辺は、父親が大企業の重役であるという事もあり、かなり気が大きい男である。
一言で表すのなら〝触らぬ神に祟りなし〟という言葉一つで説明できる男だ。
「僕はさ、今回君が事件の発端なんじゃないかって考えてるんだけどさ、どうだろう?」
「何を言ってるんだ?オレはただ巻き込まれただけだぞ。」
「そうかなぁ?君、あの場で不可解な事を言ってたそうじゃないか?『逃げろ!!』って大声で叫んでたんだろ?君にだけ、あの場で何が起こるか分かっていたみたいじゃないかっ。」
ケタケタと笑うようにおどけながら響夜の疑心を周囲に人間へ煽った。
「なるほどな……お前がそんな風に言いふらしていたから、今朝から学校中の雰囲気が違ったわけか……つまり君はオレが犯人で、あそこで何かしでかしたって言いたいんだよな?」
「その通りだよ~。」
今までおとなしく話を聞いていた太一が顔色を変えて男に詰め寄る。
「てめぇ……!!黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがってぇ!!」
田辺の胸ぐらを太一がつかんでいた。
「響夜が何かした証拠でもあんのかよ!?いいや違うな、お前は響夜に個人的な恨みがあってやってるだけだ、響夜の何が気に入らねぇんだ!!」
「い~やいや、ただ似てるなぁって思ってさぁ……君、小学生の時にもこんな事故に巻き込まれた事があったけど、その時は『悪魔が~化け物が~』って言いふらしてたんだろ?自分の席からもほとんど動かないし、いつも何考えてるか分からないしねぇ?」
「なんでお前がそんな昔の事を知ってる!!」
「おおぉっと……僕は君たちと違って〝友達〟が多いんだよねぇ、ていうか僕も被害者なんだよぉ、あの事故で僕が将来的に持つはずだったお店もなくなっちゃったしぃ。」
「それが理由か!?呆れた野郎だな……!!自棄になってるからって響夜に当たんなよ、いい加減にしねぇとぶっ飛ばすぞ。」
「なんにしても、みんな思ってるよ……!!〝君がその事件とやらに関係してて、例えばこの学校を巻き込んで爆発でもさせるんじゃないか〟ってね!!」
「ッッ!!この野郎!!」
「太一、やめろっ!!」
響夜が太一を抑えるが太一の怒りは収まりそうにもない、教師が駆け付け大事になるのは時間の問題だった。
「―――邪魔だ、どいてくれ。」
一人の生徒が田辺の後ろに立っている。
「お前……領真か!?」
声の主は氷室領真である。
勉強と理系分野にしか興味がないような男で、人とあまり関係を持たない。
響夜達とは小学校が一緒であるが、〝ある出来事〟をきっかけに友人としての繋がりはほぼ絶たれてしまっていた。
中学校は別々になり、今この場で再開する事となった。
「なんだよ、今いいところなんだ……邪魔するなよ、情報提供者君。」
太一は先程まで田辺に向けていた怒りの矛先を、領真へと向けた。
「氷室!!お前が教えたのかよ……!!」
領真は一連の流れを察したようで、「呆れた」と言った具合にため息をつく。
「フン……興味ないね……怪物だとか魔法だとか、まったくもって下らない。」
「そうだよねぇ、君もそう思うかい。」
「だが下らないのは君もだ、田辺君。」
この時、太一の拳が少しだけ緩むのを響夜は感じていた。
「第一、狭間が何かをしでかしたなら、自分が一番の大けがをする理由は全くない。ましてや自分に関係のある人間を巻き込む等と……。」
「でも、君は僕の話に乗り気だったじゃないか、だからあの話だって教えてくれたんだろう
?」
「勘違いしないでくれよ、君が〝狭間 響夜〟という人間があまりにも気味悪いと言ったから、その身の上話を少しだけしたに過ぎないよ……まぁ最も、僕も君の意見には賛同だけどね、狭間が騒ぎの原因か何かだって言うのは。」
田辺は思いもしなかった邪魔者の出現と、その言動により先程までの勢いを失う。
それどころか、妄想から飛躍させただけの虚言を振りまいた事を暴かれたので、居心地の悪さを感じているように見えた。
響夜に注がれていた冷ややかな視線は、いつのまにか田辺が独り占めにしていた。
「あ、あぁ……わかればいいのさ、離してくれよ東君……!!」
田辺は太一の腕を振り払うと、そそくさとその場を後にした。
「……助かったよ、領真」
「何の事だ?さっきも言ったが狭間が何か大事を引き起こしてると思ってる事に変わりはないよ、魔法や怪物……そんな非科学的な物は信じられないと感じているからな、ほとぼりが冷めるまでは学校に来ない方がいいかも知れないな。」
領真はそれだけ言うと響夜達とは違うクラスなので、別方向へ歩き去ってしまった。
(実際ただの噂話だ、次第に誤解は解けていく筈だ)
「あいつ……相変わらずマジで感じ悪ぃな……。」
「まぁ、仕方ないだろ。」
「あいつも昔はもっと……まぁいいや、ところで響夜さ、さっきから気になってたんけど……首になんか下げてね?指輪??」
「ああそうだな、昨日返し……じゃなくて……拾ったんだけど、学校に来れば会えると思ってたらいないんだもんな……しょうがない、今日は帰って一美の見舞いにでも行こうと思うよ。」
「まぁ、確かに?学校にいても気まずいだけだけど?」
「あと、その落とし主……知ってるから病院に行く前に、探しに行って返したいんだけど……。」
「学校で会えるなら今日じゃなくてもいいんじゃね?」
「いや、できるならすぐにでも返したい……手伝ってくれないか?太一。」
ここ数年で響夜が誰かを頼るところは見ていない、それだけ人を避けているという事なのだが、人に頼ってまで「人を探す」と言ってきているのだから余程の要件なのだろう。
クラスメイトの視線は響夜と太一にも相変わらず注がれていた、どちらにしてもこの状況で学校に残っていても仕方がない、とそう二人は考えた。
二人は荷物をまとめると、学校を後にする。