chapter6「無謀」
―――響夜が目を覚ますと、ショッピングモールの休憩用ソファに身を沈めていた。
雑踏の中から色々な人の声が飛び交っている―――周辺を見渡すと、通報を受けて到着したであろう救急隊員や警察官がそこかしこを走り回っていた。
「―――目を覚ましたようだな。」
声の主は件の少女だった、すぐ近くの柱にもたれ掛かっている。
「……………オレ達は、確か〝森〟で……魔物?に腹を思いっきり刺されて…………?いつ〝森〟から出たんだ?」
まだ意識はハッキリとしていないが、なんとか思い出せる限りの事を言葉にして整理しようとする。
「君の傷は私が治療した。あの森については私が魔族を追い払った途端に消え失せたよ。」
「傷の治療って……ギブス巻いてるじゃないか……あの魔法とかで治せなかったのか?」
「君がかなりの深手だったからね……治療に殆どの魔力を割いたんだ、おかげで魔力は底をついてしまったよ。」
アイリスはあの後どのように事態を切り抜けたのかを淡々と話した―――
―――響夜が魔物の爪で貫かれ、すぐに意識を失った事。
そのタイミングで自身の傷がある程度の治療を完了した事。
蓄えていた魔力を放つ事で魔人を追い払った事。
ショック死寸前で、ギリギリ響夜の治療が間に合った事。
〝森〟の脱出後、運よく救急隊が到着していた事。
「運が良かったとしか言いようがない、救急隊にやってもらった事と言えば精々……輸血をしてもらったぐらいだ……それも幸運と言っていい。」
「どれくらい……………酷かったんだ……?」
「聞きたいか……?」
「うん。」
アイリスは「やれやれ仕方がない」と言った様子でため息を吐いて、口を開いた。
「もう少しで上半身と下半身がお別れするところだったよ。」
「…………!!」
響夜は傷が治ったはずの個所を見るのが急に恐ろしくなり、顔から血の気が失せ、やがて嘔吐した。
「で、も、なんとかなってよかった、ハァ、ハァ……命を捨てる覚悟で挑んだんだ、二人とも助からきゃ嘘だ……。」
「―――ッ。」
アイリスが目を細めた事に、響夜は気づかなかっただろう。
つい先ほどまで、アイリスは「与えられた任務も、人間1人も守れないなど、私は魔術師失格だ」と自分を激しく追い込んでいた。
一般人を巻き込み、命の危険に晒し、ましてや戦わせてしまったのだ。
この少年の魔力を覚えた魔人が、再び彼を襲うかもしれない―――自分の無力が人の一生を狂わせてしまったのかもしれない、と。
〝目の前の人を守りたい〟そう強く願った時、アイリスにはその力がなかった。
目の前の少年は、例え自分に特別な力が無くとも、事態を切り抜けようと懸命だったように思えた。
あの瞬間、死を覚悟していたアイリスには、その気持ちが痛いほどに分かっていた。
だからこそ指輪を託したつもりだった。
そして、この少年が魔人の腕を切り落とし、魔力をその身に宿していると分かった時に「恐らくは無意識で振るったであろう〝その力〟が、勇気によって振るわれた物である」と思ったアイリスは、この少年に希望を感じていたのだ。
それは、ある意味でアイリスが目指し、心に思い描く〝ある魔術師〟の姿そのもであった。
その片鱗を、この少年に見たのだ。
「―――君は……自分の命を勘定に入れなかったのか?」
しかしそれは大いなる間違いだったと知る。
この少年、はただの〝自己犠牲〟で動いただけに過ぎず、そこに勇気などは微塵も存在していなかったのだ。
それはアイリスがこの世で最も嫌う振る舞いであった。失った仲間の多くはそれ故に命を落としているからである。
次第に〝このような男に身を守られていいたのだ〟と思うと、無性に腹がたった。
「一時とはいえ、君のような命を預けようとしたのは私の間違いだった、な……。」
「そ……そんな言い方しなくてもいいだろ!?オレが戦わなかったら2人とも死んでたんじゃないのか!?」
「ッ―――!!」
「うわっ!?」
それを聞いたアイリスは、ソファでもたれかかった響夜の胸ぐらを掴んだ。怒りで染まったアイリスの瞳は、響夜の自惚れた心を見通していた。
「その通りだ……私がミスを犯した結果でこの様だ。たかが一介の高校生である君に結解を破られ、魔物に感づかれ、君たち2人を巻き込んだ!!……だがな、私は君に言ったはずだ『狙いは君だ』と―――私の指示を聞いて大人しくしていれば誰もケガをする事も、死にかける事もなかったんだ…………それが『自分が戦ったから助かった』だと、自惚れるな!!」
響夜は、少し前までどこかのお嬢様と話していた様な気がしていたが、今の彼女を見ているとそれすら夢ではなかったのではないか、と考えてしまう。
目の前にいる少女の気迫に圧倒された響夜は何も言い返せず、頭の中が真っ白になって、崩れるようにソファに腰を落とした。
アイリスは響夜を見下ろしていたが、響夜は目を合わせられる気がしなかった。
「―――だが、さっき言ったように、巻き込んだのは私のミスだ、それは……認めなければな……。目を覚まさない様だったから妹は病院に運ばれたよ、会いに行ってやってやると良い……今後君たちの周りには私の手配した人間が密かに護衛をしてくれるはずだ、これに懲りたら二度ととあんな無謀な真似はしないでほしい……わかったね。」
響夜はそのまま歩き去っていく少女を、ただ見ることしかできなかった。