chapter3「昔みたいに」
「まさか駅で偶然会う上に、しかも初日から遅刻とはね……ぬっふっふ……さすがあんちゃん!!」
今日のハイライトを語る響夜、に対してこの〝妹〟は涙を浮かべながら大爆笑する。
響夜は夕飯の買い物をした帰りだったが、部活帰りであるこの妹と遭遇したのだ。買い物袋の中に入った今晩のおかずを覗き込むと、その頭から生えた小ぶりな尻尾を楽し気に揺らしていた。
「一美、悪いけど荷物は少し持ってくれ。」
「―――あれ、あんちゃんバイクじゃないの!?」
「学校に申請出してなかったら、しばらくお預けなんだ、明日と明後日ぐらいまでは。」
「ガーン!!それなら気づいても声かけなければよかった!!部活帰りの荷物持ちはしんどいからやだ!!やだやだやだやだやだ―――」
雷が落ちた様な背景が見えると共に、八重歯をむき出しにして抗議するこの狭間 一美は他の客に対してどんなに迷惑になろうとお構い無しだった。
「あれ、響ちゃんとミーちゃんだぁ!!やっほー!!」
思いがけない事もあるもので、先に帰ったはずの山吹 奏が買い物袋を片手に駆け寄ってくる。
「〝山吹さん〟はあの美人さんと一緒に遊びに行ってたんじゃないのか?」
「…………フラれちった。」
ペロッと舌を出しお道化る奏を響夜と一美は呆れた顔で見ている。
何が起きたのか2人には大体の予想がついていた。
初対面にも関わらずグイグイと距離を縮めすぎて、挙句の果てに相手に嫌がられたのだろうという想像が容易である。
奏との相性が悪い人間というのは大体、ここから先が無い。
「それはそうと響ちゃん、ミーちゃんいじめちゃだめじゃないの」
「……もういい、山吹も気をつけて帰れよ〝最近は物騒〟みたいだから。」
そう吐き捨てると響夜は手に持っている荷物のすべてを自分で持ち、奏を置き去りにしてそそくさとその場を後にする。
「あんちゃん……〝カナちゃん〟と……仲直りしてもよくない??」
「?……別に怒ってねぇよ……。」
溜め息交じりに響夜が呟く。
「そうじゃなくって―――」
「帰るぞ。荷物は全部オレが持つから、な?」
一見優しげな響夜の笑顔が、どことなく怒りを滲ませているように一美は見えていた事は、奏は知る由もない―――
何かを言いかけた一美の言葉は響夜の一言で伏せられてしまう―――
―――……一美は、奏に対して小さく手を振ると、響夜の後を追いかけた。
――― 一方その頃 ―――
アイリスは、唯一残っていた親しみのあるショッピングモールまで来ていた。
昔とはやはり違うものの、フードコートや、屋上にある小さな遊園地はそのまま残っていた事に少しの安心を覚えていた。
高い場所に来れば帰り道が見渡せると思ったアイリスだが、これなら「交番をここから探したほうが早そうだな」と感じ始めていた。
だが、アイリスはまだ帰ろうとは考えていない。
「結解が反応しなくなった……これはどういうことだ?」
とは言っても、結解そのものが壊されていた訳では無い様で、何かに「妨害されている?」と感じていた。
アイリス屋上から階段で1階まで下り、メインホールに来ていたのだが―――
「何者かの妨害を受けている?それもかなり強力な魔法や、魔術で……。」
しかし、よそ見をしていたせいか「むぎゅっ」と顔を押し付ける形で人にぶつかってしまった。
目の前にあるのは黒いブレザーを来た学生だ、仄かに卸したての洋服と同じ香りがしたのを感じて〝外面〟に切り替える。
「ご、ごめんなさい……。」
ぶつかった人間は同じくらいの年齢、そして同じ制服を着た学生だった。
両手一杯に、買い物袋をぶら下げている。
「いや大丈夫だよ。」
「あんちゃん、あんちゃん!!この人同じ制服じゃん!!顔知らないの?」
一美が盛大に話の腰を折る。
「あのなぁ……今日が初日だぞ?そう簡単に顔と名前が一致すると思うか?」
アイリスは男の顔を見てある事に気づいた。
(この男……今朝、盛大に遅刻をした男か、ちょうどいい、少し力になってもらおう。)
「あの……。」
兄妹の話に〝置いてけぼりにされた様な雰囲気〟を醸し出しつつ、遠慮がちに話を割った。
「あぁごめん、えっと……もしかして同じクラスの人で良かった?」
アイリスはここに来て何故か多少の違和感を覚えた。
先ほど「顔と名前が一致しない」と言ったばかりのこの男の発言と矛盾していたからだ。
「知ってますよ、今朝遅刻してきた方ですよね?」
ネコを被るアイリス。
「ふふっ」と微笑するアイリスを前に響夜は顔を引き攣らせた。
「どうも……仰る通りで。」
「ええ、フフッ―――こんにちは、君は妹さんかな?よろしくね。」
人見知りの一美は、ささっと兄の後ろに隠れてしまった。
「で、その様子だと何か探し物をしてる感じで良かったか?」
「あぁえっと…………うん、道が分からなくなっちゃって……初対面の方にお願いするのは大変申し訳ないのですが、もしよかったら道を教えてくれませんか?」
男はそれなりに驚いたのか目を丸くした後、目を逸らした。
「……わかった、駅まででいいか?」
女性がよほど苦手なのか、頭をぐしゃぐしゃと右手でかき回すとため息交じりに渋々承諾する。
「よろしくお願いします。」
ぺこりと頭を下げるとアイリスは二人の後に続いた。
「へぇ~遠くから越してきて、独り暮らしなのか……、大変だな。」
「いいえ、家族の仕事柄、転勤も多いので気にしては居ませんよ? 」
微笑を浮かべながら話しを続けるアイリスを響夜は受け流すように聞いていたが―――
―――やはりこの少女は〝なんとなく〟苦手であると、響夜は思った。
「ところで、放課後に山吹って女子が誘ってたみたいだけど、あいつとは……なんと言うか……合わなかったか?」
「ん、お知り合いだったんですね!!中学の同級生とかですか?」
アイリスの言葉を聞いて、響夜は眉間に僅かだが皴を寄せた。
「―――まぁ、昔から顔は知ってるんだ……ちょっとした腐れ縁なんだよ。」
「そうなんですか~……そういうの羨ましいです!!あぁでも安心してください、今日は買い物なんかも済ませてしまいたかったので少し早めに帰りたかっただけで……。」
額に青筋をたらし苦笑するアイリス、実際には「道が分からなくなるから困るから」なのだが、暗くなる前に既に迷っていたので、恥ずかしいので黙っておいた。
「なるほどね、山吹は初対面にもグイグイくるからな、きついときは『しつこい』って言っちゃっていいと思うぞ。」
「でも、初対面の相手にそれってかなり堪えるのではないですか?」
「大丈夫、そんなので折れるようならとっくにあの性格してないから……それに、その〝髪色〟とても珍しいと思うし、あいつもその辺が物珍しく感じたのもあると思うけど―――」
アイリスはその言葉を聞いて思わず足を止め、響夜を睨みつけた。
「……なに?」
―――人がこれほど集中している場所で、この星色の髪はあまりにも目立つのだ。
彼女の髪は確かに白髪である、周囲から見ればかなり目立つかもしれない。
だがそれを周りが認知しないのは、アイリスが結界の発動と同時に〝認識阻害〟の魔術も兼用しているからである。
緻密な魔力コントロールがなせる技能でもあるのだが、アイリスの魔法の腕は決して悪くはない。
大人の魔術師相手でも、まず引けを取らない。
件の会長や、特別な魔力を持った一部の魔術師のみが例外だ。
この程度の魔術を併用させて失敗する程度では、今頃日本へ派遣される事は無かっただろう。
魔術を解除する方法は主に2つ。
本人が意図的に解除するか〝第三者によってその魔術を看破される〟かである。
目の前いるこの男がした事を例えるのであれば―――その部屋を唯一開けることができる鍵を、部屋の中に部屋主が持っているという状況下で、鍵を使う事なく、その扉を真正面から開けて見せたのだ。
―――そしてこの魔術を使用していたのにはもう1つ理由がある。
「ッ……!!君はここがどこだかわかっているのか!?こんな大勢の前で結解を破れば……!!」
「そんなに怒るなって!!髪はもしかしてコンプレックスだったのか!?ごめん、悪かったよ……。」
「信じられん……自分が何をしたか分かっていないのか!?」
アイリスが言おうとしていた事はすぐに現実となる。
あたりの人間はアイリスの髪色を認識し始めていた。
先程からの言い合いをドラマの撮影か何かと勘違いしているのは好都合ではあるが、最早そちらは大きな問題ではない―――
―――響夜たちの周りに怪しげな霧が立ち込めようとしていた。
「……これは!?……みんな、逃げろぉ!!早ぁく!!」
誰よりも早く危険を察知して、叫んだのは響夜だった。
アイリスは最早、響夜の行動に対して驚く暇は無かった―――。
「くっ!!こんなに早く嗅ぎつけるなどと!!」
アイリスが身構え、戦闘態勢を取る。
「あれは―――!!」
「来たか……〝魔人〟!!」
―――2人が叫んだのとほぼ同時であるが、天井の方からガラスの割れる音がした。
その直後、頭を貫く様な轟音が響夜達を襲う。