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chapter35「サモナーズ・デビル」

 

 ????年 ??月 ??日 王都・アルジェイレ 城下町


 大きな噴水がある。

 その噴水の前には、サーカス団がステージを開けるのでは無いか?と言うぐらいの広場もある。

 石造りの床が、渦を巻く様な模様を見せているのが特徴的だ。

 

 冒険者協会の建物から出て来たアイリスと大男の2人は、そこで向かい合っていた。

 

 「先に名前を聞いておこうか?私の名は〝アイリス・E・ミラー〟と言う。」

 「けっ……これから、売り飛ばす奴に名前なんざ覚えもらう必要はねぇ……へへっ!!」

 「なるほど、それが……あなた達流、と言う訳か。」

 

 ―――既に、多くの野次馬が広場に集まっている。

 アイリス達の行う決闘の結末を見るつもりだ、円形になって囲い込む様にしている。


 女、子供も関係ない。

 石造りの建物である背の高い集合住宅の窓からも人が覗いている。

 

 正真正銘、逃げる事は出来無い。


 「アイリス、大丈夫でしょうか……?」

 「多分、勝てる。」

 「ッ……随分と余裕ですね!?アイリスは魔法が使えないんですよ!?(小声)」

 「分かってるよそんな事は僕だって―――でも、もう成り行きに任せるしかないじゃないか!!(小声)」

 

 領真と早彩は完全にチップだ。

 今は縄で腕を縛られて大男の仲間に捕まったのだ……イーサンとフレイアも同じだが、大人しくして俯いている。

 

 「おい、暴れんなよ―――暴れんなぁ?」

 「なんだ?暴れると縄のしめ跡で傷ついた〝女〟は商品にならないってか!?」

 「氷室君……。」

 「いやぁ~……そうじゃねぇよ……。」

 「あ?」

 「―――違う、ちがぁ~う……暴れて傷つかれて困るのは……。」

 

 領真も、少し自棄になっている。

 両手を縛られているので、後ろを向くのが精いっぱいだが……領真の腕を捕まえている男もまた屈強な肉体をしている。


 アイリスが対峙している男に比べて、毛が少なく肌が木目細かいのが妙に気になるが……。

 その疑問は、すぐに払しょくされた。



 

 

 「―――オ・マ・エ……さ(ハート)」

 「………………え。(戦慄)」

 「そうそう……俺……〝そっち〟の方が行けるんだぜぇ―――。」

 「……あ……あああ、あ゛あ……あっあ゛……(絶句)。」

 


 


 ゼンマイのおもちゃが音を立てる様に領真の顔は再び正面を向いた、不思議と……歓声で盛り上がっていた筈の野次馬の声すら遠ざかって行くのだ。

 すぐ横に居る早彩と視線を合わせるが……まるで魚の様に、ひん剥いた目を見て早彩も……。


 「ひ、氷室君……気を確かに―――」

 「アイリスゥウウウウウウウウウウウウウウウウ!!勝て、絶対に勝てぇええええええええ、頼むッ―――うおおおおおおおおおおお!!」

 「お気の毒に―――くくっ……。」

 

 耳がキン、となるぐらいに声を出した領真を早彩も気の毒に思った―――いた、本当にいたのだ。

 フレイアが少し遠くで笑いを堪えていたのを、領真は気づいているのだろうか……。

 

 「お連れさんが慌ててるみたいだぜぇ?」

 「すまないな、騒がしい―――いつもなんだ。」

 「……何故、笑ってる。」

 「?……あれ……おかしいな……だが……フフ、どうやら私も、あそこに居る者達と大差ないらしい、少し安心したよ、自分の事なのにな、どうも。」

 「……いつまでヘラヘラしてんだ、アマァ―――あんまり俺を怒らせんなよ、ついついぶっ殺しちまうかもしれねぇぞ……。」

  

 アイリスは、自分でも不思議だと思った。

 構えていた白銀の剣を少しだけ傾けて鏡の様にすると……いつも固くなっている眉間が解れ、口角も少し上がっている。


 まだだ……〝まだ、人間でいられてる〟らしい。

 

 「勝負は、どちらかが武器を手から落とす―――もしくは降参をしたら決着だ!!」

 

 「―――いいだろう。」

 「はんっ!!」

 

 レフェリーのつもりなのか、噴水の上に腰を下ろした青年が大きな声でそれを言った。

 辺りは静まり返る、先ほどまで多くの感性が飛び交っていたにも関わらずだ。


 次の瞬間、青年は特に合図をするでも無く……宙にコインを投げた。


 そして……石畳に落ちた瞬間―――。

 

 「―――ッ!!」

 「―――だぁ!!」


 戦いの火蓋は切られた。

 先に駆け出したのはアイリスだ!!


 〝ガキィン!!〟


 その後、鳴り響いたのは激しくぶつかる金属音だ。

 

 「やっぱりなぁ……召喚獣を使えないお前なら、まず召喚をさせない様にすると思ったぜ!!」

 「お見通しか、流石だ―――。」


 奇襲を仕掛けたアイリスは、難無くその攻撃を防がれた。


 相手は、斧を持っている。

 満ツ穂が使う物と比べると大したサイズでは無いが……それでもその辺の樹木を一瞬で切り株に出来てしまいそうな迫力はあった。


 この武器は、本人の持ち味を良く出している。

 そう思ったのも束の間だった―――。


 「そぉら―――!!」

 「くっ!!」


 男は、アイリスの腹を蹴り飛ばした。

 アイリスも〝人間と争うのは初めてで無い〟ので、この程度は問題ではない。


 バランスを崩しかけたが、後方へ転がる様にして受け身を取った。


 両手をついて立ち上がろうとした、その時だった!!


 「「アイリス!!」」


 領真と早彩の叫び声が、聞こえたのとほぼ同時にその光景は飛び込んできた。

 大男が……斧を頭のてっぺんまで振りかぶっているのだ!!

 

 「くたばれぇええええええええ!!」

 「―――チィッ!!」


 〝ズ、ガァン!!〟

 

 幸いな事にアイリスは更に体を転がして、その場から動いたので問題は無かった。

 空を切り、大袈裟に振りかぶった斧は石畳の床に向けて振り下ろされた。

 

 

 

 〝―――斧は深々と突き刺さっている、今なら隙だらけだ。〟


 

 

 実際のところ領真はそう思っていた、早彩もだ。 

 今ならば、一気に距離を詰め、首根っこに刃を押し当てる事が出来る。


 だが、アイリスは「妙だ」と思った。


 荒くれの様なこの冒険者の大男は、数々の依頼やモンスター討伐に精を出した事だろう。

 そんな男が、そんな「誰でも期待してしまう様な隙」を態々(わざわざ)、晒すものか?


 実際、アイリスの戦闘センスは察知したのだ。

 大男は、地面に突き刺さった斧を―――

 

 「―――フヘヘ……どぉおおおおりゃああああああああああああああああ!!」


 ―――地面に斧をめり込ませた時よりも力強く斧を引き抜いた。

 だが、それだけでは無い。

 

 引き抜いた斧は、多くの〝石畳〟を剥がして、空中に弾き飛ばしたのだ!!

 空中に弾き飛ばされた、石畳は、ある一定の高さまで飛びあがれば……。


 当然―――


 「こ、これは―――皆、下がれぇえええええ!!」

 

 「うわあああああああああああああああああああ!!」

 「あのイカレ野郎、やりやがった!!」

 

 ―――落下する。


 建物が崩落したかと思わせるような瓦礫の雨が周囲に降り注ぐ。

 アイリスは、空中に弾き飛ばされた瓦礫を見定めながら回避する、尋常ではない瓦礫の雨が他の石畳を叩く……1つでも当たれば致命傷だ!!


 (ハッ……みんなは!?)

 

 10秒もすれば、瓦礫の雨は降り止んだ。

 アイリスは、後方を見やると領真や早彩……フレイアとイーサンが通路の方まで退避させられているのを見て、安堵した。


 「―――オォイ、てめぇ!!ここの修理費はどうしてくれんだ!!」

 「なぁに!!ガキどもを売り飛ばせば、ここの修理費くらいにはなるだろうよ!!」


 大男が、野次馬の1人と喧嘩をしているのが分かった。


 だが……同時に、ある事に気付く。


 「―――ッ……しまった、距離を!?」

 「もう遅い!!」


 気づけば、アイリスは大男から大袈裟なくらいに、かなりの距離を取っていた。

 およそ、60m程だろうか。

 

 アイリスは、全力で地面を蹴って迫ろうとするが……恐らく、間に合わない。

 魔力を使っての戦闘は怪しまれるだろうと言う事だ、アイリスは身体強化を行っていない。


 〝少し人よりも運動ができる女子高生〟では、大した足の速さにはならない。

 50mを詰めるのに……剣を持ったアイリスならば9~11秒はかかるだろう。

 

 ―――詠唱が始まる。




 「〝汝、常世に彷徨いし魂なり―――今こそ、我が前に出でよ!!悪しき魂を打ち払い、力を示せ!!〟」


 「―――くッ!!」


 


 アイリスは思わず、剣を持っていない右手で目を覆う様にした。

 石畳が剥げた場所だったり、未だに宙を舞っている砂埃は召喚獣の出現を迎える様に渦を巻いた。


 「サモン―――行くぜぇ、サーベラ!!」

 「―――ウゴアアアアアアアアアア!!」


 現れたのは、牙を刃の様に剝きだした獣だ。

 その姿は、サーベル・タイガーにも似ているが―――問題はその図体だ!!


 「―――なんてサイズだ……。」

 

 そんな言葉が出てしまうのも当然だ。 

 

 「サーベラ!!あの女を叩き潰せぇ!!」

 「ゴァアアア……!!」

 

 召喚獣の巨体は、以前戦った事のある〝ハウリング・ウルフ〟のそれと比べても圧倒的だ……乗用車1台分の大きさはあるだろう。


 爪は鋭利だ、それぞれが刀の様に輝きを放つ程に。

 石畳が、まるで羽毛布団にでもなってしまったかと言う位にすんなりとその刃を受け止めている。


 その時だ、遠くから声が聞こえた。



 「アイリス!!その男の召喚獣は『魔法を使えません』、あなたなら―――!!」


 

 だが……、逆に言ってしまえばだ。

 今まで数々の国を渡り歩き数多くの戦いを経験してきたアイリスにとって、その様な存在など―――


 「そうか……それが召喚獣か……詠唱も聞き終わった事だし、終わらせてしまおう。」

 「……テメェ……舐めた口ばかりききやがって―――俺は、冒険者だぁ!!それが……お前の様なガキに舐められたまま終われるかぁ!!」

 

 ―――取るに足らない。


 50m離れたこの距離からでも十分に分かる。

 大男が声を荒げて叫んでいるが、唾液が雨粒の用に目視できる程大きい。

 それが、辺りに飛び散っているのだ。

 アイリスが「汚いなぁ」等と思うのは当然なのだが……〝詠唱〟さえ知ってしまえば正直な所、目的の9割は達成したと言って良い。

 

 「殺せぇえええ、余裕かましやがって……このアマぁああああああ!!」

 

 アイリスは立ち尽くしていたが、絶望したわけでは無い。

 ただ、こう思っていただけだ。


 

 ―――「勝ったら何でも要求できる、さて、何を頂こう……」と。


 

 〝ガキィン!!〟


 「な、何ィ!!」

 「魔獣や動物を相手にしている事が多いせいで、人との戦いを心得ていないらしいな……まだまだだ……『殺す』なんてセリフを吐く人間は、大抵そうだ。」

 「な、舐めるなぁ!!俺はゴールド級の冒険者―――」

 「そういう物言いは、あんたの弱さを浮き彫りにするだけだ……それに―――」

 

 アイリスは飛びかかって来た、召喚獣の前足を剣で受け止めた。


 そのまま爪を受け流すと、召喚獣の足は深々と石畳を貫いた。

 斧が切り株に刺さるかの様だが、それよりも質が悪い。

 

 「―――息をするのに『息をします』なんて人間は……いないだろう?」

 「ッ……!!」

 

 大男はアイリスの目を見て、肝を冷やした。

 目が笑っているのだ、殺人者の目だ。


 大男はアイリスが「それをやってのける人間だ」と、嫌でも分かってしまった。

 思わず、後ずさりをする。

 

 占う様に大男へ向けられたその言葉は、他の野次馬には聞こえちゃいない。

 

 アイリスは、召喚獣の脇を悠々と歩いて抜けていく。

 歩調を速める事も無く大男の元までやって来た。

 

 剣の切っ先を向けて喉元に刃を押し当てようとした。


 「死にさらせぇえええええええええ!!」

 


 

 ―――振り上げた斧を見ても大して驚かなかった、「自分が煽ったせいで、どうやら本当に「その気」にさせてしまったらしい」と思ったぐらいだ。

 


 

 「ぐ、おおおぁあああああああああ……!!」

 「負けを認めて貰おう―――」

 

 斧の持つ手に向かって剣のフラーを叩きつけると、あっけなく斧を落とした―――大男の腕は鉢に刺された様に腫れる事だろう。

 膝をついて、骨が折れているであろう手を抑えながら歯を食いしばっている。

 審判役をしていた男にアイリスが視線を送ると、ようやく状況を読んだのか―――

 

 「しょ、勝負あり―――!!」


 ―――そう、声を張り上げた。

 

 斧は打ち上げられた魚の様に石畳へ転がる。


 アイリスは、そんな大男を尻目にして剣を腰に収めた。

 この場で、魔法を使って触媒を小さくしようものなら……たちまち、大騒ぎだ。


 領真、早彩、イーサン……そしてフレイアも無事だ、それぞれ拘束されていた様だが問題なく解放された。

 ただ、領真を拘束していた若い男性冒険者だけが……少しの間、名残惜しそうに領真を放そうとしなかったので、アイリスが睨みつけたところ。


 「ヒ、ヒィ……!?」


 しっぽを巻いて逃げた。

 アイリスは「きっと女性が苦手なんだろうな」等と、勝手に疑問を片付ける。

 そっと胸を撫で下ろした領真の態度には、気づかなかっただろう。


 歓声は起こらない、誰もがアイリスの勝利など信じていなかったからだ。

 だが、領真達が解放されると、皆、煙の様に散って行ったのだ。


 ある者は、吹き飛んだ石で家具や家が壊れていないか、店が壊れていないか、家族にけがは無いか、金をられていないか……そん事を気にし始めた。

 

 

 「はぁ……はぁ……助かった―――。」

 「氷室君、この世界に来てから1番焦ってましたね。」

 「ホッ、ほっとけぇえ!!」

 「アイリス、お怪我はありませんか?もしあるなら言って下さいね、屋敷で診ますから。」

 「ご心配には及びませんフレイア様―――ですが、ありがとうございます。」

 「治療なんて、必要ねぇだろうがよ、コイツらは―――」

 

 イーサンは解放されるや否や、アイリスに向けて皮肉を放った。

 

 「ッ、イーサン!!」

 「痛って、何だよ……。」

 「だいたい、あなたは―――」

 

 しかし、すぐにフレイアがイーサンの額を人差し指で突いてしまう……そのまま人差し指でイーサンを指さしながらダメ出しを始めた。

 ウキチの村で外から来た人間を毛嫌いしていたイーサンが、フレイアかなり打ちとけている(?)のを見てアイリスはなぜか安堵した。

 

 「2人は、平気か?」

 「あぁ、僕たちは大丈夫だが―――」

 「ええ、私も―――」

 


 

 〝ドゥッ―――!!〟


 

 

 一瞬だった。

 

 アイリス達が互いの安否を気にするのは後回しになる。

 何故なら、後方で〝大きな魔力〟が爆発的に発生したからだ。


 先ほどまで、アイリスが戦っていた広場の中央だ!!

 

 「グォオオオルルルルルル―――ガウゥッ、アアアウッ!!」

 

 〝サーベラ〟と呼ばれていた召喚獣は、未だ、そこに立っていた。

 

 黒々とした毛が逆立って、石畳に爪を立てる。

 ただ、さっきと違うのは目が赤々としていた事ぐらいだ。


 アイリスは、戦慄した。

 

 1度でも、考えておくべきだった。

 アイリスの知る地球側の世界で、動物に憑魔がついて〝魔物化〟するケースは勿論ある。

 動物の様に、欲望と呼ばれる質が単純であればあるほど、それは引き出しやすい。

 

 人が、憑魔に侵され同調し魔人とって支配されてしまうのであれば……そのケースも勿論把握している。

 身をもって経験済みだ。


 だが、油断していた。

 もし、その2つが成立するならば―――


 「な、なんだ!?」

 「おい、アイツの召喚獣が―――!!」

 「た、大変だー!!みんな逃げろおおおおお!!」


 ―――〝召喚獣〟が、憑魔に侵されてしまうなど……「ありえる話だ」と言う事に。

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セブンス・コードⅠ —Another world phenomenon-
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