chapter36「シミ」
????年 ??月??日(?) ??:?? 茨の迷宮
「そんな事が……。」
「父親が魔術協会の人間だった―――か。」
「早彩が魔力を持っているのは、お父さんのおかげなのかな?」
「私共にはわかりません……お嬢様の力を目の当たりにした事はこれまでありませんので―――」
泉田は、ベランダに出た。
遠く……彼方まで続く迷宮を見ながら言葉を続ける。
「早彩様にとって……この迷宮は唯一の居場所であったのかもしれません……幼いお二方がここに籠って遊ばれているのを私共はいつも見ておりました……千紗様に見つかれば大目玉。使用人の皆には黙っておく様に話をしていたのを覚えています―――私共は、お二人が遊ぶ姿を見ているのが…………本当に好きだったのですよ。まさか作りまで同じとは思いませんでしたが……こうして戻って来れたのは、そのためです。」
「〝!!〟待ってください、あなたは全ての使用人にその指示を出せる程、長く身を置いている……!?」
「私は、元執事長ですので―――早彩様が中学校に上がられてすぐ、私でないと『嫌だ』と言ったそうで。」
「そうなの!?」
「だとするなら、これを見て頂きたい―――」
「これは……。」
領真は胸ポケットからある物を取り出して、それを泉田に見せた。
「釦……。」
「そうです、これが誰の物なのか知りたい。」
以前に、響夜が街で何者かにの沿われた時、その場で発見された物だ。
響夜が抵抗した際、無意識に取ってしまった物でもあるが……。
(何で、アイリスじゃなくって領真が持ってるんだ……?)
単純な1つの疑問だった、その釦は昨日までアイリスが持っていた物である。
それがこうしてここにあると言う事は、アイリスが昨日の段階で領真に渡していたと言う事だ。
響夜はここへやってくるのに「アイリスに止められるから黙って来よう」と思っていたし、そこへ領真がタイミングを合わせるでも無くやって来ていたので……。
(オレの行動筒抜け……いや、最初からこうやってここに来るのばれてた……?)
「……裏切者(早口)。」
「フッ………今頃気づいたか。」
眉間にしわを寄せてじとり、とした目で領真を見る。
泉田がゆっくりと口を開いた。
「〝この男〟がやって来たのは7年前です、千紗様が社長に就任されるあの時……これがなんでしょう。」
「やはり〝ORIMITO〟に人間だったか―――……響夜に気取らせずに近づき、〝ORIMOTO〟の人間にそれを共有できる……更に、人払いの魔術を行使した痕跡があるとアイリスが言っていた……響夜の体質を考えれば魔法魔術が無効化されるのを知っていた事にもなる……それらを知って尚、それをやってのけ、響夜を襲った……そんな〝魔術師〟―――!!」
「いけない!!その男は……千紗様の〝秘書〟です!!」
「なんだって!?」
「今どこです!!その男は―――」
その時だった。
〝バガァン!!〟
扉を突き破って現れたのは、1人の少女の姿!!
その体中を植物に侵されている。
腕を覆っていた木の形を変えて螺旋状に絡ませると、大きく身を逸らせて響夜に襲い掛かる!!
「うわっ―――!!」
僅か数センチ、ギリギリのタイミングでそれを躱す。
頬を掠めた先で、地面に刺さった。
「―――!!――――――!!」
「く、くそ!!」
1回、2回、3回―――
何度も、その木のドリルを響夜の体を狙う、それら全てを躱していく。
「―――〝!!〟……そう言う事かよ……!!」
―――響夜はある事に気づいた。
少女の髪色は少し緑が掛かっていたのだ。
衣服こそは整っている。
だがよく見てみると、肌は青白く冷めているのだ。
少女は既に死んでいて、それを無理やり動かしているのだと気づいた。
こんな〝哀れな姿〟を、アイリスに見せるわけにはいかない―――。
(……許せない……こんな……!!)
次の1撃を見た時、響夜はその腕を掴んで背負い投げた。
「―――!!――――――!!」
「領真、頼む!!」
「ッ……凍れ!!」
床に背中を張り付ける様にして叩きつけた少女の巨椀を領真が氷漬けにした。
最早、じたばたと体を暴れさせることしかできない。
―――それとは対照的に、響夜の心は静かだった。
少女胸元に手を当てて、確認した。
確かにそこには、聞いていた通り……開いた穴がある。
とは言え、それは一振りの剣が通り抜ける事しかできない程に細かった。
もっと言えば、少女の体もそれ相応に小さかった。
5歳か……7歳ぐらいまでの年齢だろうか。
「ごめんよ…………〝トアナ〟……もう終わらせようね。」
領真は、泉田を庇っている。
もちろん、手を貸すこともできたが―――
(響夜……お前は……。)
〝コード〟を通して伝わって来た物は領真にそれを許さなかった。
手を汚させたくなかったのもあるだろうが……。
どちからと言えば、響夜が自分自身を試していたのも大きい。
「ブラスト―――レイ。」
左手が、金色の輝きを見せた。
徐々に高まって行く。
「―――!!」
「うおおおおおおおおおおお!!」
〝ドァン!!〟
次の瞬間には轟音と共に少女の体を跡形も無く吹き飛ばした。
今度は利用されない様に、一片も残さなかった。
「なんで……こんな事する必要あるんだよ……魔術師は魔族と戦うために力を合わせてんだろう?」
困惑。
「死んだ人間まで持ち出して、アイリスに見せるつもりだったんだな……!!」
怒り。
静かであった心が、少しづつ連鎖的に動き出した。
「……意外だ、お前はもっと拘るかと思っていたのに―――」
「そんな事ないよ……お母さんの元に早く生まれ変わらせてあげたいって思っただけだ……勝手なのは解ってるけどね―――〝5年前に死んでる〟ってわからなかったら……もう少し、グズグズしてたかも。」
響夜は、大理石でできた床を撫でた、血一滴すら残っていないのを確認している。
「僕も、覚悟はできているつもりだったが……まさか、こんな手を―――」
「―――この先、ずっとそうなのかな……?どんなに正しくても、どんなに清く生きようとしても……邪な力を持つ人間がちょっと〝シミ〟を作るだけで、全部台無し……こんなの……!!」
そして、最後は悲しみが覆った。
響夜の持つ疑問の答えを、内に眠る魂は知っている。
〝死こそが救済〟。
そう、語るっているのが分かる。
―――しかし。
「私は、そうは思いません。」
そう声を発したのは、泉田だった。
こんな事があったのにも関わらず、落ち着いた様にも見える。
彼も……早彩の身に何かあった時の覚悟が出来ているのだ。
「私たち大人も人間です―――私達自身も幼き頃があり……傷つき、傷つけられる事を知り……間違いを犯し、そして……人を愛する事を覚えた―――1人の人間でございます。」
彼は淡々と言葉を綴って行くが、そこには年相応の自信も伝わって来る。
「そして、後悔も―――」
そして、そこには後悔もある。
泉田は思っていた。
早彩が姿を消してしまった、あの日。
屋敷内に早彩を見かけなかった段階で「探しに行くべきであった」と、早彩が行方知れずになってしまったのはその後だ。
雨が降りしきる中、倉庫の様な所にずっと隠れていたのを見つけた時はどんな心地であったか……今でも覚えていた。
少年が命を落としてしまった事を知った時は、それを隠しもした。
早彩がこれ以上傷を負わない様に。
「時に、私達大人だけでは……あなた達、子供を守り切れない事もあります……ですが―――今は、貴方たちがいる。」
「オレ達……。」
「僕達……。」
泉田が歩み寄った。
響夜と領真の瞳をまっすぐ見つめる。
「早彩様は何か〝勘違い〟をされている様ですが―――人は〝不変〟ではいられません。……そして、私達大人の声が届かない事もある―――ですがもし……もしも、貴方たち2人の様に寄り添い合う事が出来る〝友〟がいれば……一緒に立ち上がる事が出来るのでは無いか、と―――それは、とても時間のかかる事になるかも知れません……ですが―――」
それは、ここまで間違いを犯し、重ねて来てしまった1人の大人から送られるメッセージだった。
「狭間様、貴方様の言葉を借りるのであれば……〝シミ〟は落とせるものでは無いか、と私は考えるのです。」
そんな言葉から続いて来たのは、そんな言葉だった。
泉田の声はしん、と響き渡り響夜達の心を打つ。
「僕達が間違えて折本を更に追い詰めるかもしれませんが……それについては?」
「その時は是非、私達大人を頼っていただければ―――」
領真は、つくづく自分が「嫌な奴」と思った。
だが、1人はこうしていないとそれこそ〝そんな大人達〟に足元を見られるのでは?と、考えてしまうのも自然だった。
「泉田さん!?」
響夜が驚のも当然だろう、泉田は頭を下げたのだ。
普段は寡黙で余りしゃべらないのだが、それを知る人間がこの状況を見たなら―――
―――「早彩お嬢様に拳銃を突き付けられ、脅されているのでは?」と、口を揃えて言うだろう。
「どうか、早彩お嬢様を助けて欲しいのです―――そして、その過ちを早彩様が認めた時、共に歩んで行ける友になって頂きたいのです!!」
響夜は早彩の笑顔を思い出した。
こんな、恐ろしい事を考えるのは……きっと〝トアナ〟を差し向けて来た魔術師に何かをされたからだ、と。
だが、その欲望に身を任せた早彩にももちろん非はある。
厳しい考えのようだが、それはどんな形にしても早彩には必要な物だと分かった。
いっぱい叱っていっぱい泣いたら、今度はめいっぱい笑って欲しい。
2人でスイーツをシェアした時の様に。
「……オレ、早彩には笑ってて欲しいな……―――まぁ、結局……やる事は変わらない訳だ!!行くぞ領真!!」
「おい!!」
ドアが無い入り口から廊下へ飛び出した!!
領真も後に続く。
「早彩様は、1階の広間にいるでしょう!!男が1人ついておりました―――ご武運を!!」
響夜は左手を振りあげて泉田に見える様にした。
やる事は変わらなくても、そこに掛ける想いはより強さを増したのだ。





