chapter9「覚悟」
響夜の目に最初に飛び込んできたのは点滅する蛍光灯だった、火花が散っているようにも見える。
わずかな視界から飛び込んできたのはそれだけである。
「……ゲホッゲホッ……!!みんな平気か?……一美は!?」
瓦礫の下から響夜が這い出だした。
「心配するな、私が魔力衝壁で守った。」
「あんちゃん…………あたしは大丈夫……。」
「俺もぉ~………平気だ!!」
太一は空きベッドを盾にして無傷だったようだ、廊下からは非常ベルが鳴っている。
「なんだよ!?この有様!!」
「魔法による遠距離攻撃だ」
「「魔法!?」」
一美と太一が驚いて、次に響夜を見つめる、響夜も一美の気持ちを察し、頷いた。
響夜と一美にとって〝魔法〟という言葉はそれほどの重みがある。
「魔物が放った物だ、この間より数段にも魔力量が跳ね上がっている」
「うわわわ!!どうしたら~!!ミラーさん、このままじゃ俺たちそろってお陀仏だぜ!?」
「わかってるなら、この子を連れてさっさと逃げる!!」
「あ、ああ分かった!!」
アイリスは一美をベッドから降ろし太一に背負わせると、勢いよく太一の尻を叩き、避難させようとする。
「そして君は私と来い!!」
「え、なんで!?」
「こうなった以上君をここへは置いて行けない、このままでは……この場にいる全ての人間を巻き込む事になるぞ!!」
そう言うと、アイリスは響夜を小脇へ抱え窓から飛び降りた。
「うわあああああ…………嘘だろ、お前正気かぁあああああああ!?」
「このまま人気のない所まで君を使って誘い込むしかない、そこで決着をつける!!」
「勝機はあるのか!!??ここは逃げたほうが……!!」
「かなり厳しいがやるしかない!!この間負った傷を癒すため……そして君を殺すために、奴はこの先で何人も人を殺して回るつもりだ!!」
「そんな……!!」
「悪いけど君には奴をおびき寄せるためのエサになってもらうしかない、まだ……私が呼んだ増援もこの国に到着していないしな。」
「一人で戦うってのか!?」
首根っこを掴まれ地面を引きずられたままの響夜とそれを引きずるアイリスはそうこう言っている内に広場へと出た、一面草が押し茂っていて、広場が途絶えた先は暗い林へと繋がっている。
「気配が近づいてきた―――上!!」
「ぐぉえっ!!??」
アイリスは響夜を乱雑に投げ飛ばすと、自身も来る魔物の攻撃を回避するため、地面を転がり見事に躱して見せた。
投げ飛ばされた際に、首へワイシャツを食い込ませて息を詰まらせた響夜が咳き込みながらゆっくりと立ちあがる。
砂埃を巻き上げ、先ほどまで二人がが立っていた場所が小さめのクレーターを作っているた、そこに、〝怪物〟は立っていた。
先ほどまで夕焼けが差し込んでいたにも関わらず、まるで魔物の出現を迎えるように夕焼けの空を暗雲が塗り潰す。
「お、大きすぎる……!!」
「デビル=グランデか……!!」
「こ、こいつ…………この間のとは違うやつだよな…………?」
「いいや、同じ個体だ……その証拠に―――」
砂埃が晴れると二階建ての一軒家と同じ大きさはある〝魔物〟がそこに立っていた。
アイリスが指さした個所は、恐らく二本程あったであろう角が片方側だけ折れていた。
この間、響夜が切り落とした部分はその傷がまだ癒えていないのである。
先日まで鋭い爪をもった人型の魔物は巨大な〝魔人〝である、それが〝デビル=グランデ〟へと変貌を遂げていた、外皮に覆われていた顔は露出し、以前にはなかった赤く大きな目がそこにはあった。
「なんでこんなに大きくなってるんだ……!!」
「魔力を蓄えたんだ……たったの一日で、いったいどれ程の人間を殺したというんだ!!」
「こ、殺……して……??」
「ソコニ―――イルナ―――タイヨウノ―――オウ」
「人の言葉を発したか、会長が言っていた魔物……いや〝魔人〟……!!」
―――とうとう嗅ぎつけたか―――
以前よりもはっきりと青年の声が聞こえる。
「誰だ、オレに語りかける奴は!?姿を現せ!!」
「何を言っている、ふざけてる場合ではない!!」
「ふざけてない!!誰かがオレに……!!」
「ダガ―――タイヨウノオウ―――オマエハサイゴダ」
グランデの意識が響夜達から病院の方へへ向けられる。
その先には、病院から退避したばかりの太一と一美の姿があった
「まさか……!!やめろおおおおおおお!!」
先程まで目の前にあった巨体は重機を思わせるような力強さで地面を蹴り、デビル=グランデはあっという間に太一と一美の元まで接近した。
「んなっ!?なんだこいつ……危ねぇ!!!!」
太一はとっさに一美を自分の体から投げ飛ばす。
―――次の瞬間、太一はグランデの腕に振り払われ、その体は宙を舞った。
グランデの腕は、乗用車の大きさと同じと言っても差し支えないほどに巨大だった。
「……!!太一ぃいい!!」
気を失っているのか碌に受け身をとれないまま太一は地面に叩きつけられた、芝生の上とはいえただでは済まない。
そのまま太一が起き上がる気配はなかった。
「そ、そんな!!う、うわあああああ!!どうして、狙いはオレなんじゃないのかよ!!」
本来の目的である響夜を差し置いて、周りの人間から殺そうとすると言うのはアイリスからしても想定外であったが―――
「指輪から発せられた光を二人が浴びていたからだ!君の残り香を嗅ぎつけている。」
気を失った一美にグランデの魔の手が迫る
「ぜぇ…………はぁ…………ミーちゃああん!!」
林の中から、制服と体のあちこちがボロボロになった奏が現れ一美に覆いかぶさる形で庇った、そのまま一美を抱きかかえようとするが既に遅く、奏と一美はグランデに鷲掴みにされていた。
「い、いたぃいい…………離して……!!」
奏と一美が握り潰されようとしている。
響夜は目の前の現実を信じられず、ただ立ち尽くしている。
「ホーリーレイン!!」
アイリスの放った魔法の球体は、弾けて散弾の様にグランデの顔面に叩きつけ両目を潰す事ができたが、強化されたグランデの魔力は恐ろしいスピードで破壊された部位を再生させる。
アイリスがこれ程の魔物を相手取る場合、5人以上の編成で挑むため元々一人では無理がある。
「せめて、体が万全ならば……この状態ではまともに剣も握れない……。」
骨折したアイリスの左腕は魔力を使って回復させるのにも限界があり、昨日、響夜が負った致命傷を回復させるので精一杯だった。
「―――ナラバ―――ツギハ―――オマエノ―――バンダ。」
グランデは握っていた奏と一美を響夜の元へ投げ飛ばした。
「―――…………ハッ、カナ、一美……!?」
遠のいていた響夜の意識が引き戻され、事態を認識し始めたが、響夜が受け止めようと前に出たは言い物の、間に合うことはなかった。
二人は響夜の真上を通り過ぎ、後方にある木に勢い良く叩きつけられた。
「一美…………?…………カナぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
響夜が駆け寄ると奏が辛うじて息をしている、二人は助かっていた。
しかし、致命傷であることに変わりはない、内臓に深刻なダメージが入っているのか口から血を吐き出している、一美は奏が懸命に庇っていた事で大事には至っていない。
「―――キョー、ちゃん。」
「カナ、大丈夫だケガを治せる奴がいる……だから気をしっかり持て!!」
出した言葉は出まかせではない。
この窮地さえ乗り切り全員で生き残る事ができれば、この程度の傷は後遺症も無くきれいさっぱりに治る。
恐らくはアイリスの〝魔法〟がそれを可能にする。
奏は響夜の声を頼りに、ぼんやり映し出された響夜の顔を見つめていた。
「響ちゃん、私、知ってるよ……。私たちをあんなのと近づけたくないから、距離を置いてた事、おじさんとおばさんみたいに、なってほしくなかったんでしょ?寂しがり屋なのにね。」
奏は肩を揺らしながらふっくらとほほ笑みながら、そう言った。
その笑顔は、戻らなかった〝あの二人〟が見せた最後の笑顔によく似ていた。
「……オレ、怖かったんだ……5年前の父さんや母さんみたいに、オレの大事な人を失うのが、たまらなく怖かった、だからオレはお前にあんな事を言ってまで遠ざけたのに……!!」
「ありがとう、響ちゃん……。」
「なんで礼なんて言うんだよ!?結局、オレはお前らを巻き込んで……これじゃあ5年前と同じだ!!」
「そんなこと…………ないよ。」
涙をこぼすだけだった響夜の瞳が、再び奏を捉える。
「私、今なら見えるよ……響ちゃんの〝真ん中〟にすごく暖かいものを感じるの、おじさんとおばさんは死んでない、今でもそこで、響ちゃんを守ってるんだよ。」
「父さんと、母さんが……。」
「だから、約束して。」
「約束?」
奏の眼差しは、ぼんやりとしていた響夜の顔をくっきりと捉え、空を仰いでいた奏の左手は響夜の右頬にそっと添えられた。
「響ちゃんはきっと勘違いしてる…………おじさんとおばさんみたいに、自分が犠牲になればみんなが助かるって思ってるでしょ?二人は絶対、絶対に、犠牲になるつもりで響ちゃん達を守ったんじゃない、〝同じ家で笑いあって、一緒のお布団で眠って、明日も一緒に美味しいご飯を食べたい〟って思ったから頑張ったの!!だから……絶対に〝生きる〟って約束して!!〝そこ〟にいるおじさんとおばさんと、それから私たちと〝一緒に生きる〟って約束して!!」
響夜が握っていた右手は奏が弱々しく、そっと握り返していた。
だがきっと、その手を通して伝わる〝心〟は奏の方がより大きくそして強かった事だろう。
響夜の瞳に今までにはなかった〝芯〟が宿る、奏の心は確かに伝わった。
涙で濡れるだけだった瞳には、〝光〟が宿った。
「カナ…………、わかったよ、約束する……!!オレは父さんと母さん、それからカナと、一緒に生きるって約束するよ、それにオレは……お前と話したい事がまだいっぱいあるんだ!!」
「響ちゃん……やっとそうやって呼んでくれたね、うれしい。」
「これが終わったらいくらでも呼んでやるよ!!」
「うん、待ってる。」
奏が見た響夜の顔つきは、父と母を失う5年前の響夜へと戻っていくように見えた。
「―――カナ!?」
安心した奏は眠るように瞼を閉じる。
「心配するな、死んではいない……グフッ……!!」
木陰から出てきたアイリスが響夜の前に姿を現した。
ギリギリのタイミングで奏と一美を受け止めてたいたのはアイリスだった、本人も相当なダメージを負っているようである。
正しく満身創痍だ、口から血を吐き出している、人間二人分の衝撃を受け止め木に叩きつけられる事がどういうことなのか、その衝撃を物語っていた。
立って歩けるのが不思議なくらいであるが、アイリスは木に体重を預けるようにして崩れ落ちてしまった。
「お、おいお前は!?」
「すまないが肺をやられてしまったらしい、木の枝が刺さってしまったようだ、私はもう……戦えない。」
「―――どうしたらいい?」
「……3人を救いたいか?」
「何言ってるんだよ『自分の命は勘定に入れてないのか?』ってこの間、お前が言ったんだろ!?……〝4人〟だろ。」
響夜の瞳を見たアイリスは、今までの自己犠牲を望む少年がそこにはいない事を理解した。
「あの指輪に書かれていた文字だが……君だけが読めていたのにはきっと何か意味があるはずだ……そして、君だけに聞こえている〝声〟……恐れず、耳を傾けてみるといい。」
「よく、そんな身も蓋もないことを信じられたな、根拠はあるのか?」
「フフッ……勘だ。」
「命のやり取りしてるって時に……冗談言ってる場合かよ。」
響夜は鼻で笑うように苦笑した。
「冗談ではないさ、魔法の強さは心の強さなんだ……今の君になら賭けてもいい……!!」
アイリスは悪だくみをする子供の用に鼻で笑う。
二人の間には、〝死の覚悟〟など微塵も存在していなかった。
「今更だけど自己紹介だな……オレの名前は〝狭間 響夜〟だ。」
その名を聞いたアイリスは、思わず息をのんだ。
開いた口が閉じると、じんわりと微笑む。
「響夜……今度こそ、その指輪は君に託す。私の名前はアイリス……〝アイリス・E・ミラー〟だ。」
グランデは両目を完全に再生させると、地面をえぐり、人間数人を押しつぶすのには十分すぎる程巨大な岩を、響夜達に狙いをつけ勢いよく投げ飛ばした
「メザメヌママシヌガイイ―――タイヨウノオウ―――!!!!」
その瞬間、今まで淡い輝きを放っていた〝指輪〟が輝きを増し、あたりを包み込む、響夜の意識はしばし光に吞まれた。





