キスと喧嘩と
約束の水曜日、ガイアの部屋のインターホンが鳴った。合鍵使って入ってくればいいのに、と思いながら、他人行儀な行動をさせてしまっているのも自分かと気づく。
ドアを開けると笑顔で立っていた彼にホッとして、家の中に引き入れながら、言われていた通りに彼に真っ先にキスをした──
「えっ⁉︎」
一瞬後、二人は同時に、弾かれるように離れた。
「な、なんで……いきなり……」
「いや、なんではこっちだよ! なんでハルトが、アラタの服着て……」
服だけじゃない。髪型もアラタに寄せている。ガイアはハッと気づいてもう一度ドアの外を見ると、スーツ姿でまるでハルトのようなアラタが、可笑しそうに笑っていた。
「思ったより気づくの早かったね」
「はぁ⁉︎ 何、こんなふざけたことしてんの⁉︎」
「ちょっとした復讐。でも俺のおかげで、ハルトくんとキスできたでしょ?」
「お前っ……」
ガイアが怒りも露わにアラタの胸ぐらを掴んで詰め寄ると、アラタはガイアの憤りなどさらりと流して、自然と近づいた彼の唇を優しく噛む。逃げられないように、頭もしっかりと掴まえていた。
自分と同じ顔で愛おしそうにガイアを貪るキスを見ていられなくて、ハルトはドギマギとしながら、目を背けた。
「ハルトくんが説明して欲しそうだし、とりあえず中に入れてよ」
入れてよ、と言いながら、アラタは返事を待たずに部屋の中に押し入った。狭い玄関はごちゃりと男三人がいるスペースはなくて、なんとなくリビングへと場所が移る。
当然のように気まずい空気が流れた。平然と笑っているのはアラタだけだ。
「まず、お前らが“双子が立場交換”みたいなマネしてるのが、意味わかんないんだけど……」
ガイアが床に座りながら聞いた。
「アラタさんが僕に連絡してきてさ。こんなに顔が似てる人なんてめったにいないから、ちょくちょく会って仲良くなってたんだよね。で、一度入れ替わってガイアを驚かそうって話になって……」
ハルトが答えると、ガイアは顔をしかめてアラタを見た。
「なんで、ハルトの連絡先知ってんの?」
「店の予約情報、こっそり見た」
「おい、個人情報!」
ガイアは、はぁ、とため息をつく。けれど、本題はそこではないことは、誰もがわかっている。ハルトが、おずおずと切り出した。
「え……と、二人は、その……」
「うん、さっき見ての通り、君が経験した通り、俺とガイアは付き合ってるよ」
アラタがこれまたさらりと言ったので、ガイアはさっきよりも大きなため息をついて、消えてしまいたいとばかりに、膝を抱えて顔を埋めた。
「……長年の謎が解けた気がする」
ハルトが言い、ガイアはそのままの姿勢で心臓をバクバクとさせながら固まった。
「イケメンに育ってそれなりに女の子にモテてたのに、ずっと彼女がいなかったのは……男を好きになるからってこと?」
「いや、気にするところ、そこ!? いっとくけどこいつ、彼氏はそれなりにいたからね!」
「あ、そうだったんだ」
「……ちょっとガイアに同情するわ……。この状況でも気づかないとか……」
「じゃあ、もう、同情ついでに、ここで話やめてくれる⁉︎」
ガイアは顔をあげてアラタに向かって叫んだ。
「いやだよ、決着つけにきたんだから。ガイアは、ちょっとでも俺に悪いと思うなら、黙ってて」
そう言われると黙るしかない。けれど、事態が良くなる予感がまったくしない。
「君そっくりな俺が、ガイアと付き合ってんの。それが、どういうことか、想像力はたらかせてみようよ」
アラタはもう一度、ハルトに向かっていった。
「とはいえ、なんか鈍そうだからはっきり言っちゃうと……。
俺、おまえの身代わりだったんだよ。ガイアはずーっと、ハルトくんが好きだったの。ハルトくん本人に好意を伝える勇気がなくて、他の男で、その気持ちの埋め合わせをしてたんだよ。“ハルト”を重ねながらね」
ハルトは頭を抱えた。突然ガイアにキスされて、ガイアには自分そっくりな彼氏がいて、痴話喧嘩に巻き込まれて、それなのに本当は自分のことが好きだったんだと言われて、一気にやってきた情報が処理しきれない。
「で、それを聞かされて、僕は、なんて言ったらいいわけ……」
ガイアは、やっぱり黙っていられなくなって、ハルトの腕をぐいっと引っ張って、立ち上がらせた。ハルトが後ずさるような素振りをみせたので、掴んだ手はすぐに離す。
「ごめん、ハルト、ごめん。何も言わなくていいよ。
オレは、ハルトとずっと親友でいたいんだ。お願いだから、アラタの言うことは忘れて。
お願い、もう、帰って。オレたちの問題に巻き込んで、本当にごめん」
ガイアは遠慮がちに、でも強引に、ハルトを玄関に押しやった。
「わかった。帰るよ。でも、これだけ、ガイアの口から聞かせて。
──僕のこと、好きだったの?」
「うん、好きだった。けど、もう、昔のことだから」