彼と恋敵と
普段は一人で行く仕入れのちょっとした買い物も、こういう日はアラタも一緒だ。店に着いてガイアが仕込みをはじめると、アラタは店内の掃除をする。
「給料、出ねぇぞ。お前は休日なんだから、手伝ってないで座っとけよ」
「楽しくてやってるんだからやらせてよ。なんかいいじゃん、夫婦で切り盛りしてる店みたいで」
「いや、ここはオレの城だから。城主一人がいりゃいいの!」
「そこは譲らないよねぇ。俺はいまの仕事やめて、それもいいなぁと思ってるのに」
「お前の人生まで責任もてねぇから」
「つれないね。一緒に苦労しようよ」
「もうさ、手伝うなら黙ってやって」
将来を匂わせるような話になったとたん、冷たく突き放すのはいつものことだ。アラタにとっても、もうこの程度では傷つかないくらいには慣れていた。それでも多少はヘソを曲げてモップを放り出すと、カウンター席の一番隅に座った。
きっとガイアは、長期的な約束とか、永遠の愛みたいなものを信じていないタイプの人なんだろうと、アラタは納得することにしていた。だからこそ、まったく心配がないと思えるくらいにガイアが自分を求めてくれていたとしても、油断せずに捕まえておく気でもいたし、ガイアとの将来も、考えたかった。
──考えたかった、けれど、昨夜のことがあったから、今はその気持ちがものすごく揺らいでいる。
「お前はさ、夢には一途だけど、人間関係となるとなんだかふらふらしてるっていうか。付き合ってもすぐに別れてを繰り返してたのも知ってるし、すごく惚れやすいか移り気の多いやつなのは、知ってるよ?」
下ごしらえをしているガイアをじっと見ながら、しかし独り言のようにぼそりと、アラタは言った。ガイアは気づいて手を止める。
「ん? 急にどうした? お前とは、まあまあ長いじゃん」
「そこそこ長いからこそさ、ちょっと気になることもありまして」
「まどろっこしい言い方だな」
「じゃ、ズバリ言うけど……。“ハルト”ってだれ?」
ガイアの表情が、明らかに硬直した。
「新しい男? それとも元カレのどれか?」
「いや、どれでもないけど……。なんでアラタがハルトのこと知ってんだよ」
「は……よく言うわ。名前呼び間違えたの、やっぱり覚えてないか自覚なかったんだ?」
「いつ。どこで?」
「昨日。ベッドで!」
──いちばん、一番、間違えちゃいけないタイミングで!
「うっそ……!」
「嘘ついてどうすんだよ。で、誰? どういう関係?」
ガイアは頭をかきながら、ため息をついた。
「ただの幼なじみだよ。
名前、は、ほんとごめん。ちょっと仕事のことで頭いっぱいでさ。そいつからの予約の電話、メモるの忘れてたの、思い出したのかも」
「ふぅん?」
言い訳がましいガイアを、アラタはじろりと睨んだ。
「ただの幼なじみっていうか、“親友くん”が“ハルト”なんでしょ? つーか、その予約の電話、今朝来てたじゃん。動揺しすぎ」
「……まあ、隠してたわけじゃないけど、親友くんがハルトなのは、合ってるよ。けど、本当に、彼とはただの幼馴染で、これまでもこれからも、恋愛関係になるのはありえないから。不安にさせちゃってごめんな」
さっきまでの冷たさはどこへやら。ガイアは笑顔をつくって、ふわりと優しい雰囲気で言った。
「なんかそれって……」
つまり、実らなかった初恋が忘れきれていないということだ。
それが分かって、アラタが今までモヤモヤと不安に思っていたことが、色々と腑に落ちた。たとえば、好きだとか愛してるだとか、その類の言葉をガイアの口から聞いたことがないこと、だとか。
きっと、どこまでいっても自分は二番目にしかなれなくて、それを納得しなければ、ガイアとは付き合い続けられないのだ。親友くん改めハルトくんへの嫉妬心がさらにつのって、アラタはカウンターテーブルに不機嫌な顔を伏せた。