大地と彼と
ガイアは二日酔いの酷い頭痛に起こされた。大きな欠伸と伸びをして、無理やり身体を起こす。
ジュウと油の焼ける音と匂いが、寝室まで漂ってくる。ベーコンでも焼いてるのかな、と思いながらベッドから出ると、床に落としていた服を着た。
「おはよう」
「おはよう、ガイア」
キッチンに立っていた彼は、フライパンの様子を見に来たガイアに、おはようのキスをした。
「朝食、放っておいてくれてよかったのに」
「俺も食べたかったし、たまにはね」
「ん、ありがと」
感謝の言葉とともにキスを返し、ガイアはコーヒーを入れる準備をした。
狭いリビングのローテーブルにテキパキとお皿を並べて、座椅子も座布団もない床にすわると、二人で朝食を食べ始めた。
「ガイアさ、昨日帰ってきてからのこと、覚えてる?」
「あぁー……うん。覚えてるよ?」
これはたぶん、ほとんど忘れてるな、と思いながら、彼はため息をついた。
「うちに泊まったってことは、今日お前は仕事休み? だよな?」
ガイアが聞いた。
「そうだよ。どうせ俺がいることわかってるから、深酒して帰ってきてるくせに」
「そ。甘えてんの」
ガイアは、ベーコンエッグの半熟の黄身がついた彼の唇を舐めた。
「……まだ食べ終わってないんだけど?」
「やっぱり、朝ごはんより新太が食べたい」
アラタと呼んだ彼の肩を、ガイアは軽くトンと押す。簡単に床にころりと寝転んだ彼に覆いかぶさると、ルルルル〜プルルルル〜プルルルル……
「……ガイアの電話だろ。出れば?」
「ああっ! もう! 空気読めよ!」
ガイアは乱暴に起き上がって携帯をひっつかむと、不機嫌そうに目を細めて画面を睨んだ。画面に表示された名前を確認して少し表情を緩めると「もしもし?」と、電話に出る。アラタは内心、本当に出るのかよ、と思いながら、ボタンを掛け直して食べかけの朝食にとりかかった。
ガイアがあの顔をして電話に出るのは、決まって“親友”からかかってきた時だ。ガイアからは、小学生のときからダラダラ付き合いがあるだけの友人と聞いていたが、アラタが知っているのはそれだけ。詮索したいわけではないけれど、それにしたって付き合い始めて二年間、名前ひとつ出てこないのも不思議で、アラタにとっては、なんとも面白くない相手だった。
「親友くん、なんて?」
ガイアが電話を切った直後、アラタはトゲのある声音で聞いた。ガイアは電話の相手がバレていることにちょっと決まり悪そうに肩をすくめた。
「店の予約の電話だよ。会社の同僚や後輩、何人か連れてきてくれるってさ」
「ふぅん……」
どうにも雰囲気が壊れて「さっきの続き」とはならない空気になったので、ガイアもさっさと朝食を食べてしまうと、出勤の準備を始めた。
今日は予定がなくて暇なアラタは、ガイアにくっついていく気満々で、こちらも身支度を始める。
ガイアは三十歳手前で念願の自分の店を持った。一等地とは言えないけれど、そこそこ人の入りが見込める裏路地に、こじんまりとした、一人、二人くらいで切り盛りするのに丁度いい広さの場所。料理人になりたいと思うきっかけをくれた思い出にちなんだ、こだわりぬいた外装と、デートにも使えそうなオシャレな内装の、隠れ家的なレストランだ。