青年期
昼間のカフェのアルバイトを終えて、ガイアは店の外に出た。もう夕方に差し掛かっているけれど、遅くなったお昼ごはんを食べるために、仕事場近くの公園のベンチに向かった。カフェのバイトの後は、まかないがわりのサンドイッチを、いつもここで食べている。この後は、居酒屋でバイトだ。
特等席には先客がいた。遠目から制服姿の彼を見て、ガイアは「げ!」と一歩後ずさる。けれど、こっそり去ろうとしたところを、見つかってしまった。
「おーい! ガイア! ひっさしぶり!」
「……ハルト、高校は?」
「今日はテストだったから、午前中で終わった」
ざまあみろと言わんばかりの笑顔を向けられて、ガイアは観念してハルトの隣に座った。
「バイト先、なんで知ってんの?」
「地元の友達に聞けば一発だったよ」
それもそうか、と、ガイアはため息をついた。
「最近忙しいみたいだね」
「うん。この後も居酒屋バイト。だから、来てもらって悪いけど、そんなに時間ねえよ」
「そんなに頑張って、身体壊さない?」
「大丈夫。とっとと金貯めて、早く料理の専門学校行きたいし……」
「そっか。料理人になってレストラン開くのが、夢だもんな」
ガイアは答えずに、サンドイッチの包みを開けると、ぱくりと頬張った。もうガイアに会話をする気がないということが、ハルトにもひしひしと伝わる。しばらく居心地の悪い沈黙が流れた。
ハルトは落ち着かなげに両手をあわせて、指をくるくるとまわす。俯いてその自分の指を眺めながら、ぽつりと、沈黙を破った。
「僕、なんかしたかな……」
「……べつに?」
ガイアはガイアで、斜め上の空を眺めながら答えた。
「じゃあ、なんで僕のこと避けてんの?」
「避けてるつもりねえよ。お互い忙しいし、高校生とフリーターで生活パターンも違うし、それだけだ」
「でも、それって、メール返さなかったり、電話に出なかったりする言い訳にはならない」
「なんだよそれ。お前、オレの彼女なわけ? そんなもんだろ、男友達なんてさ。そんなに頻繁に連絡とるもんじゃなくね?」
「いやいや、男友達だって、普通こんなに無視しないから!」
「恋人だったら最優先してあげるけど?」
「そうやって、のらりくらり! 本当はなんなんだよ! 僕がなにかしたなら教えてくれないとわからないし、僕はただ……」
ハルトの言葉は喉につっかえた。それにつられてうっかりハルトの方を見てしまうと、彼は目に涙をうかべて、その目を真っ直ぐにガイアに向けている。
「僕はただ、前みたいな親友でいたいだけなんだ」
ガイアは、慌てて、もう一度顔を背けた。
「ごめん。ハルトは何もしてないけど、前みたいは、たぶん無理」
「だから、じゃあ、理由は⁉︎ 言えないの⁉︎」
「言った。一応、言ったよ、さっき。前みたいっぽく戻る方法は」
「はぁ?」
「……食べおわったし、俺もう行くわ」
立ち上がったガイアの右腕を、ハルトはがしっと掴んだ。
「お前がどういうつもりで僕のこと避けてるのか知らないけど、言う気になってくれれば聞くし、原因が僕ならいくらでも謝るし……。とにかく、ずっと親友のつもりでいるからな!」
「よーく、よーく、覚えとくよ」
ガイアはハルトの手を振り払うと、足早にその場を去った。ドキドキとしながら、左手は無意識にハルトに掴まれた箇所を触る。
──ずっと親友で、いたくなくなってしまったから、避けていたのに。
今、自分は、普通にできていただろうか。今まで通りにハルトに接することができていただろうか。
目をまっすぐ見られただけで、腕を掴まれただけで、冷静ではいられなくなってしまうようなこの感情を、ハルトに知られたくなかった。ハルトに彼女ができたときに自覚してしまった、彼への恋心を、劣情を。
いつか、ハルトと親友でいたいと思える日がきたら、その時はまた会いたかった。本当の本音を言えば、今すぐに駆け戻って、ハルトを抱き締めたい。けれど、それをしてしまえば、きっと、親友に戻るチャンスすら失ってしまう。
バイト先の居酒屋はとっくに通りすぎて、足は、独り暮らしをしているアパートへと向かう。
嬉さと申し訳なさと悔しさと愛しさと罪悪感と痛みと後悔と、どうしてこんなことになってしまったんだろうと、色々な気持ちが一気に押し寄せた。どんなに我慢しても、一歩、一歩と足を動かすたびに、涙がこぼれ落ちた。