9話:聖女様からお食事のお誘い
ここはマンションの十階のため、眺めはそれなりに良い。天宮が扉を開けて樹を中に入れる。
「ここが私の家です。どうぞ中に」
「お邪魔します」
そう言って中に入ると、女の子特有の甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ソファーにでも座って待っていてください。着替えてきますので」
天宮はそう言い残し、部屋の奥へと行ってしまった。ここで天宮の着替えを覗けば、と一瞬考えてしまった。そんなことをしてしまえば、天宮が樹に寄せる信頼は一瞬で消えて無くなるだろう。
(まあ、そんな勇気は俺にはないけどね)
樹は部屋の中を見渡すも至ってシンプルだった。女の子らしさと言えば、数体のぬいぐるみがある程度だろうか?
それからソファーでぐてーっとくつろぎ少しすると、着替え終わった天宮が戻ってきた。
「お待たせしました……覗かなかったのですね?」
着替えてきて早々にそんなことを言い出した。
そんな天宮の服装は白を基調としたシンプルな服だった。
「覗くわけがないだろ……」
「紳士ですね。てっきり桐生さんは覗いて来るのか思ってました」
「俺を馬鹿にするな。そんなことをしたら天宮が俺に寄せているだろう信頼が無くなる」
「ふふっ、そうですね。私は桐生さんを信頼してますから」
天宮は樹にそう言って微笑んだ。その笑顔に樹は思わずドキッとさせてしまう。
なら余計に、天宮が樹に寄せる信頼が消えて無くならないようにしなければいけない。
紳士童貞である樹には出来ないのだが。
「そりゃあどうも。でもこんな俺を信頼してもいいのか? まだ話して間もないだろ?」
「はい。ですが話していて分かりました。桐生さんはとても優しいなの方だと」
「そんなのでいいのかよ……」
「ええ。家族を見て分かりましたから」
「そうか。ありがとうな」
樹は素直に礼を言う。
天宮はそのままキッチンへと移動をする。
「それでは支度をはじめますね」
「俺も手伝うよ。タダ飯ってわけにはいかない」
料理が出来ないが、何か出来ることくらいはあるはずだ。
そう思い立ち上がって手伝いに行こうとする樹を天宮は止めた。
「桐生さんは大丈夫ですよ。座って待っていてください。夕飯をご馳走になったお礼と、話を聞いていただいたお礼なんですから」
「そう言われるとな……それなら食後の洗い物だけでも手伝ってもいいか?」
家に来た時に洗い物を手伝ったのだからこれなら公平だろう。
天宮も「それなら」と了承してくれた。
樹はキッチンにいる天宮を見る。
学校一の美少女で聖女様と謳われる天宮の自宅に招待され、手作りの夕飯までご馳走になったと言えば、樹は学校で天宮ファンの手によって悲惨な目に遭うだろうことは確かだ。
一条だと「良かったじゃないか」と言われるだけで済むかもしれない。
(言うつもりはないけどな)
そんな考えは捨て、樹は思った事があった。これはまるで――新婚みたいだと。
樹はもうこんなことは無いだろうと、この光景を脳に焼き付けていた。
手慣れた手付きで次々と作っていく天宮。どうやら天宮は料理が得意の様であった。
「──出来ましたよ~」
少しして天宮が料理をテーブルに運んできた。
ご飯に味噌汁、メインは魚の煮付けのようだ。
「おお、美味そうだな」
「ありがとうございます」
樹も料理を運ぶのを手伝い、二人は席に着いた。
「冷めないうちに頂きましょう」
「そうだな」
「「いただきます」」
樹は最初に魚の煮付けを一口サイズにし口に運んだ。その光景を天宮はただじっと見つめていた。そして食べて飲み込んだ樹。
「──美味い! 母さんにも負けない、いや、母さん以上じゃないのかこれは?」
「ふふっ、ありがとうございます」
そんな樹の感想に天宮は顔を綻ばせた。
「ですが、桐生さんのお母さんの方がおいしかったですよ」
「いやいや天宮の方が」
「いえいえ桐生さんのお母さんの方が」
「「……」」
そんな会話をして無言になった。二人は顔を見つめ合わせ――
「ぷっ、ふふふっ」
「あはははっ」
互いに可笑しくなり笑った。
「食べるか」
「そうですね」
ちょっとした談笑などを交えて食事が始まるのだった。
夕食が食べ終わり、樹と天宮の二人で洗い物をして終わる。ソファーに腰を掛け、天宮が淹れたお茶を飲んでいた。
「洗い物ありがとうございました」
「これくらいはさせてほしい。料理はからっきしダメだから洗い物くらいしか出来ない」
「ふふっ、そんな感じがします」
「おい……まあ、家事全般からっきしダメだからいいけど」
馬鹿にされたが構わない。家事全般が苦手なのは本当のことなのだから。
「私、家に招待して食事を作ったのは初めてです」
ふふっと笑う天宮。
(ということは、俺が天宮の手料理を、しかも家でご馳走になったのは学校で俺だけなのか)
取り敢えず樹は学校の友達を家に誘ったかを天宮に聞いてみる。
「友達とかは?」
「行ってもいいかと聞かれましたが断りました」
「それまたどうしてだ?」
「桐生さんに相談、というよりは家庭の事情を話すまで、帰りはいつもあんな感じでしたので……」
「つまりは泣いていたと。泣き虫聖女様だな」
その言葉に、天宮がバッと樹の方を向いて慌てて口を開いた。天宮の顔は熟れたリンゴのように耳まで真っ赤に染まっていた。
「ち、違いますよ?! 泣いてなんかいませんから! それに聖女と言わないでください!」
泣いていたのかと一人納得する樹に、天宮は誤解だと何度も言って来る。
誤解が解けないことを悟ったのだろう天宮は、樹に聞こえないくらいの声量で愚痴った。
「もう、違いますか……勝手に勘違いしないでください……」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもありません! 早く帰って下さい!」
「いきなりだな……」
「桐生さんが悪いんですよ」
「俺が?」
天宮は「そうです!」と言いながら樹を玄関まで追いやった。玄関まで追いやられた樹は靴を履いて天宮に向き直った。向き直った樹に天宮が不思議そうにしていた。
「どうしたのですか?」
「天宮今日はありがとう。ご飯美味しかったよ」
「……はい。お礼ですから」
樹の言葉に微笑む天宮。まだ顔の赤みは消えていないようだ。
「それじゃあ帰るよ」
「あの……」
背を向けて帰ろうとする樹を天宮は呼び止めた。
天宮に呼び止められた樹は振り返り尋ねるが、天宮はソワソワしているようで落ち着きがないように見えた。
「その……また、食べに来てくれますか?」
「急にどうした? 熱でもあるのか?」
「違います! その、こうやって気軽に話せる人が学校にはいなくて……」
「そうか。それなら構わないよ。それならついでに俺に料理を教えてくれないか?」
「桐生さんに料理を?」
首を傾げる天宮に樹は説明をする。
「俺料理出来ないって言ったろ?」
「はい。それがどうか?」
「作ってもらうだけでは申し訳ないし、それなら俺も覚えた方がいいと思ってな。母さん達に自慢できる」
「ふふっ、なるほど。それなら分かりました」
「ありがとう。それじゃ俺はも――」
「あの……」
帰ろうとする樹を再び呼び止める天宮に、「まだ何かあるのか?」と樹は尋ねる。
すると、天宮の顔は再び赤く染まっていた。
何があったのだろう、と思いながらも天宮が口を開くのを待っていた。
「れ、連絡先を、交換、した方がいいかなと……その、学校では話しませんから」
上目遣いで樹を見つめる天宮に、樹はドキッと心臓を跳ねさせた。本日二回目のドキッである。
(これは反則級の可愛さだろ……)
天宮の表情はどこからどう見ても聖女様からのお願いだ。樹は、聖女に頼まれて魔王を倒しにいく勇者の気持ちが少しはわかった気がした。
樹も自身の顔が赤くなっているのだろうと思いながらも、口を開く。
「……その方がいいよな」
樹の返事を聞いた天宮はぱぁーっと顔を輝かせて笑顔になる。これはもう百点の笑顔だろう。
待っていてください、といって天宮はリビングに戻って行く。そして、すぐに戻った天宮の手にはスマホが握られていた。
こうして天宮と連絡先を交換した樹は家に帰るのだった。
ご愛読頂きありがとうございます。
真白ちゃんの可愛さを徐々に出てきましたね(ニッコリ)
次の更新は明日の朝頃にする予定です。
今日出来ればもう一話更新したい所です。
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作者が喜びますん!
これからも『聖女様』をお願いします。