8. 平和でありたい
最近、日がのびてきている気がする。
春の訪れ、か。
また私のいやな誕生日がくるのか。
やめよう、こんなこと考えるのは。
今は詩乃と遊びに来てるんだ。
楽しもう。
私たちはまた『ルアポート』に向かっている。
ホラー映画はもう観ない(私が耐えられない)。
今回はショッピングしようと思った。詩乃は相変わらずモコモコ部屋着が好きみたいで、今日も着ている。でももう少し詩乃の服装のバリエーションを増やしてあげたい。
ショッピングエリアは映画館のあるアミューズメントエリアと場所が少し離れているため、前とはちょっと違う道を通ったほうが近いのだ。
「うぅ……」
「詩乃どうしたの?」
「なんでも、ない」
慣れない道が少し怖いのだろうか。
今通ってる道は灰色のタイルがつめ込まれたような道で、飲食店が連なっている。
夜になればさぞかし賑わうことだろう。
しかし今は朝の10時半だ。
酔い潰れてるバカはほとんどおらず、規則正しい生活をしていそうなカップルや家族連れが通るだけだ。
「やっと大通りに出れるよ!」
「……!」
私の袖を握っていた詩乃の手の力が強まる。
その意味を、大通りに出た私はすぐに気づいた。
「あっ……」
視界いっぱいに広がった大通りは、私たちが出会った場所に繋がる通り。
つまり詩乃が何回も通らされた場所。
夜、光を放ち輝くあの場所だった。
夜以外は滅多に通らないので全く気づかなかった。
それに気にも留めていなかった。
夜になるとこの街は化ける。
そのことを知ったのは、詩乃のような"当事者"に出会ってからだ。
ここでどれほどの人たちが春売りを強いられているのだろう。
どれほどの人たちが男野郎どもに捕まっているのだろう。
考えただけで腹の中がムカムカしてきた。
「……ごめん。違う道とおろっか」
「うん……」
遠回りになってもいい。
詩乃を野郎どもに近づけさせるな。
*****
あの大通りを避けて、無事ルアポートのショッピングエリアに到着した。
「すごい……!」
詩乃はすっかり元気になり、装飾で満ちた店やそこに置かれた新品の服に目を光らせていた。
「なんか買うよ。好きなの選んでいいよ」
「いいの!?」
「いいよ! なんでも!」
「わぁい!」
あまり高すぎるのはあれだけど、気に入ったらしょうがない。受け入れよう!
詩乃は私の身長より少し小さい。私が163センチくらいだから、詩乃は160くらいってことかな?もっと下かもだけど。
それでも、その身長なら高い服はいくらでもある。あんな服やこんな服まで。
「夏菜おねえちゃん!」
こんな感じで思い悩んでいると、詩乃は早速お気に入りを見つけたらしい。どれどれ。
「またモコモコ!?笑」
「これがいい!」
相変わらず好きなんだな、モコモコ。
モコモコとしててあったかそうなパーカー。
色はベージュの、可愛らしい感じのパーカーだ。
モコモコ大好き詩乃って呼ぼうかな。
「値段は……」
モコモコパーカーについてるラベルを恐る恐る裏返すと。
「7000円……」
たぶん、高い。
私の服、最高でも1着5000円いくかいかないかだもん。あんまりこだわりはないからかもだけど、よくある大手のリーズナブルな服屋で済ませてしまうことが多い。
今着てるインディゴ色の服も、前に映画行った時の色違いだし。これも5000円はいっていないはずだ。
「みてみて~!」
詩乃がモコモコパーカーを着て私に見せびらかしている。丈がヒラヒラと舞っていた。
可愛い……。
ええい、やめだやめだこんなケチな考えは!
買ってやるわ!! 喜べ詩乃!!
「やった、やった!」
自分でチョイスした服を持って大喜びする詩乃。
財布の中身を見る私。
意外と減ったな。
まあいいか。喜んでるし。
「なんか他にやりたいことある?」
「あれやりたい!」
そういって詩乃が指差した先には、
「ゲーム?」
「うん! ゲームしたい!」
UFOキャッチャーや、奥にメダルゲームなどが連なるゲームコーナーがあった。
これこそ気をつけなければならない。
私は以前、UFOキャッチャーで取りたい景品があって無我夢中に100円を入れまくったことがある。
たぶん、3000円以上……。
それでも景品はとれなかった。
その景品は音楽プレイヤーだったんだけど、後から知り合いに聞くと、音質は悪いし、すぐに壊れる詐欺紛いに近い物だったらしい。
無駄に消費した3000円使って、ネット通販かなんかでちゃんとした物買えばよかったって今でも思う。
でも、"後悔先に立たず"、なんだよね。
あれは、人を無駄に興奮させて金を吸い取る魔の機械だ。
要注意なのだ。
ちょっぴり覚悟を持ってゲームコーナーに入る。
私たちはUFOキャッチャーが並ぶ場所を進んでいく。
「これやりたい!」なんて詩乃が言い出したら、私は詩乃でも全力で止めてしまうかもしれない。
ドキドキしている。
しかし、詩乃はそんな魔の機械に目もくれず、最初にやりたいと言い出したのは、
「なにこれ、足にパネルがあるけど」
「これ、わかんないけどやってみたい……!」
足でパネルを踏むリズムゲームだった。
なんか、意外だった。
1プレイ100円で、しかも体動かすゲームだから確実に限界が来る。
許そう!
「遊びなさい!」
「やったぁ!」
詩乃に100円を渡した。
詩乃はパネルのある足場にすぐさま駆け込んだ。
「後ろのイスから見てるからね~!」
そう言って私は少し離れた向かって正面の長いイスに座った。
ちょっと歩くの疲れたというのは内緒にしておこう。
詩乃がパネルを規則正しく踏み始めた。
ゲームが始まったんだ。
おそらく足踏みリズムゲームをやるのは初めてだから、とてもぎこちない。
私は詩乃の、初心者にありがちな、ぎこちないダンスを楽しむことにした。
「ふふっ」
平和だ。
最初はまともに喋りすらしなかった詩乃が今では楽しそうにしているなんて想像もつかなかった。
このままこんな平和が続けば1番いい。
5分ちょっと経つと、詩乃はダンスをやめた。
そしてこっちに向かってきた。
「もっかいやりたい……!」
「はいはい、払ってあげるよ」
詩乃にとって足踏みリズムゲームはとても楽しいみたいだ。
私はこう見えて社会人だし、ゲーム代くらいなら払ってあげる。
私はまたゲームに駆け込む詩乃を温かな目で見守っていた。
「楽しそうだなぁ」
そんな独り言をつぶやけるくらい今日は平和な日だ。
ギシッ
「えっ?」
唐突に、イスを伝って衝撃がきた。
誰かが私の隣にきた。
突然のことにびっくりして反射的に横を見る。
『こんにちは。楽しそうですね?』
どこかで見覚えのある、金髪ボブの赤黒いスーツを着た人が座っていた。
ゲームセンターで光る赤の照明は、普段街の風景に相反するスーツをなじませていた。
その人は不自然なほどに、愛想が良かった。
顔を一切逸らさず真っ直ぐ私の方を向いていた。
私の目を、とりわけその奥の真実を覗くかのように。
ニタリ、と微笑みながら――。