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6. 映画館

 日曜日。


 昨日あんなに暴れていた詩乃のお腹の調子は元に戻った。


 元気になったことだし、家ばかりいても仕方ないので、一緒に外に出てみようと思った。


「どこか行きたい?」

「うーん」

「じゃあ、映画観に行く?」

「えいが……」

「そ、映画! なに観たい?」

「……」


 困惑した表情を浮かべつつ詩乃が指先を差したのが……


「……これ」

「……これ?」


 "それ"は、ホラー映画だった。


「詩乃……怖いの大丈夫なの?」

「こわい、の?」

「そうだよ! ホラー映画だもん! 気持ち悪い怪物とか出てくるんだよ!? あんな不快なものなのに!?」

「たのしそう……」


 いかにも嬉しそうな顔をしている詩乃。

 意外だ。


「うむ……」

「だめ?」

「え!? いいよ全然! 詩乃がいいなら全然!」

「やった……!」


 せっかく詩乃との初お出かけだ。

 詩乃にあわせよう。

 詩乃に喜んでもらわないと。



 ***************



「……」

「……?」

「あ、ごめん!え映画楽しみだねぇハハハ」

「うん!」


 私と詩乃、初めての外出。

 詩乃はモコモコの部屋着を気に入ったのか、外でも着たいと言い出した。

 実は私が着てない白いモコモコの部屋着は2着あった。しかも外で着ても部屋着っぽくないと個人的に思ったのでもう1着のほうを外用に着せてあげた。

 私は、いつものジーンズと、薄茶色のトレーナーという至ってどこにでもいそうな普通の格好をしてきた。


 私たちは都会にある『ルアポート』に出向いた。

『ルアポート』は食べ物、服、雑貨、家電、さらにはアミューズメントパークまで、全てが揃った超巨大ショッピングモールである。遊びに行くとなったらまずはここ!となる都会のトレードマークだ。


 そこはとてもとても楽しい場所……のはず。

 しかし、今私は超緊張している。

 超絶緊張している。

 なぜかって?そんなの――


 ――ホラー映画を観るからに決まっている。


 私、怖いの、苦手。

 そのせいで緊張して、その挙句詩乃に構わずルアポートに着くまでかなり無言を貫いてしまった。完全に出会った時と立場が逆転してしまっている。



『お~有森さんじゃないですか~!』


 おっと、この声は……


「よっ水野。偶然じゃん。っとあと隣の……」

「岸です! よろしくお願いしまっす!」

「あーそうそう岸くんよろしくね」


 岸佑介(きしゆうすけ)

 水野の部下だ。若干筋肉質で暑苦しい印象。私の直属の部下ではないのでこいつのことはよく知らない。ただ水野とはよくつるんでるのを見るのでおそらく仲がいいのだろう。


「有森さんのお隣さんは……姪さんですかね?」

「そうだよ」

「……?」


 ここはでまかせを使うしかないだろう。何せ、知らない子だったけど心配だったから独断で保護しちゃってるのだから。実際の関係を聞かれるとかなりまずい。


「……ところで、水野たちは何しにルアポートに来たの?」

「それは、『ホーリーローグ』を観にきたからっすよ!!」


『ホーリーローグ』とは、ヒーロー大集結映画に出てきた1人の仮面ヒーローの単独作品だ。

 大ヒットは間違いないといわれている。ちなみに前に水野からなぜかホーリーローグのフィギュアを渡されたことがある。しかも何度も。私はそういうのはあまりハマっていないんだけど。

 しかし、岸が急に熱を持って語を強くしてきたので、私の中で彼に対する面倒くささが芽生えはじめた。


「あ、あぁあれね。最近話題のヒーロー映画ね。」

「そうっす! あの必殺技がたまらないっす!」

「あの……ドロップキックするやつだっけ?」

「『止めの(ラスト)破滅(ディストラクション)』ですよ! マジかっけえっす……!」


 かっこいいか? ただのドロップキックにしか見えなかったぞ……?


「というより有森さんヒーロー映画知ってるんすね!()()()()()()()()っすね!」

「は、はぁ」


 はい、(ちんぽ)あるある。

 男はすぐ女を形式化したがる。こいつも潜在意識の中で女をモノのように思っているから「女性なのに?」とか言ってしまうのだろう。

 勝手に女を支配するなよ。

 こういう(ちんぽ)は自分では異常なことを言ってることに気づいてないから厄介なのだ。


「ままま、ヒーロー映画の細かい話はまた飲み会とかで話しなよ。ね?」

「あ、そっすね!」


 私のイライラが顔に出てたのかもしれない。水野がうるさいヒーローオタクを制止してくれた。

 ナイス。


「(水野、つーかさ、この前もらったフィギュアってまさか……)」

「(あー……彼には秘密で)」困り顔でささやいてきた。

 絶対岸からもらったのを横流ししてるな。


「あとは姪さん」

「?」


 水野は大人の話について来れず私の後ろに潜んでいた詩乃に話しかけてくれた。


「今隣にいる有森さんは、面倒見のいい良きお姉ちゃんだよ? いい親戚をもったね。」

「なっ!?」


 水野は横目を私に向けていたずらににやついていた。

 詩乃に話してはいるけど、実際は私にちょっかい出してるだけじゃないか。

 小悪魔か。ナイスは取り消しだ。


「じゃ、有森さんまた明日。姪さんと休日楽しんでくださいね?」

「おう……」


 水野は笑顔で私たちに手を振って去っていった。

 ちょっとびっくりしていた。

 堅苦しい男だと思っていた水野が、実はこんなに喋るやつだったとは。

 たしかに色々な人に慕われてる気がするしなぁ……私が知らなかっただけか。


「おねえ……ちゃん」

「詩乃……?」

「夏菜おねえちゃん……!」

「へっ?」


 一方、詩乃は初めて言う単語に目を輝かせていた。

 詩乃は"おねえちゃん"という呼び方を気に入ってしまったみたいだ。

 水野、ものの数分で詩乃の心まで楽しませてしまうとは。また1人慕う人が増えてしまった。

 ところで、私は今、詩乃に初めて名前を呼ばれた。

 "夏菜おねえちゃん"か。まあ、変なあだ名よりはいいか。

 詩乃が呼びやすい名前で呼べばいいとは思う。でも"おねえちゃん"か…….。

 水野(あいつ)め。覚えとけよ。


「気を取り直して、さ、映画館入ろう!」

「うん!」


 かくして私と詩乃は、ホラー映画という名の戦場へ向かった。



 映画館はルアポートの三階にある。

 チケットを買い、従業員が案内する番号のシアターに入る。


 私たちの席は最後列から2番目。詩乃には言えないが、出来るだけ画面から離れたかった。

 それでも今、詩乃は映画を心待ちにしているようだ。さっきのように目を輝かせている。

 よし、Win-Winだ。


 シアターの席は半分くらい埋まっていた。1人、カップル、高校生4人、お爺さんお婆さんなど、客層は様々だ。

 まだ人はシアターに入場してくる。映画を待ちわびている人々の静かなる熱気が映画館を埋め尽くしていた。

 中には赤黒いスーツを装った異様な人もいた。金髪ボブで中性的な顔立ちだ。一瞬、その人と目が合った。その人は気のせいか微笑みながら私たちに向かって会釈をしているようにみえた。その後は何もなく、すぐさまその人の視線は他所へと離れていった。右人差し指を長い髪に絡ませる仕草をしながらその人は席についた。性別どっちなんだ……? しかもなぜそんな格好でここにきたんだ。ま、映画始まれば気にならなくなるからいいんだけどさ。


 シアター内が暗転した。

 はじまるぞ。

 私よ、頑張れ……!!




 ******************




 めっちゃめちゃ怖かったんですけど!!!?

 口から心臓飛び出るところだった。

 怪物が気味悪すぎた。

 急に静かになったかと思ったら――


 《Hellooooooo!!!》

『ワアァ!!!?』


 あそこでビビらないやつはいないだろう。私は思わず声だしてしまった。


「私めっっちゃ怖かったんだけど……詩乃は大丈夫だった?」

「うん! こわかったけどたのしかったよ!」

「そうなんだ……楽しかったなら良かった……」


 疲れた。仕事とはまた違ったベクトルの疲れだ。

 詩乃が心の底から楽しんでいたのが救いだ。

 観た人たち各々が感想を言いながらシアターを後にする。笑顔がみられるあたり概ねウケは良かったみたいだ。


(あ、赤黒いスーツの……)


 異様()()()人が通り過ぎる。

 すっかり忘れていたがこの超目立つ格好の人も座ってたんだった。

 そんな衝撃はホラーのせいで彼方へ消えていた。


「お腹すいた? どこかで食べる?」

「ッ! うん!」


 映画館を離れ、1階のフードコートへと向かった。



「詩乃は……ピザ!? どこにあったの?」

「あっちに……」

「そうなんだ……私フードコートにはあんまり来ないからな~」


 出かけるとき1人だったし。


「それ……なに……?」


 詩乃が私が買ってきた食べ物を指さして聞いてきた。


「これは『ちゃんぽん』だよ。野菜多めのやつにしてもらったけど……」

 思ったよりかなり多い。到底食べきれる量に思えなかった。


「詩乃、ちょっと食べてみる?」

「う、うん。いいの?」

「いいよ。1回くらい食べてみたら?」

 ちょっと助けてほしい、というのが正直なところだけどね。


「ありがとうござ……じゃなくて、ありがとう」

「ふっ、まだ堅苦しさが残ってる」

「なんかいっちゃいそうになる……」

「癖なんだね~」

「"くせ"……っていうんだ」

「そそ。思わずやっちゃいそうになることだよ」

「そうなんだ」

「麺のびるから早く食べないと! いただきます!」

「……」

「どうしたの?」

「なんでもない!いただきます!」


 ここにきてまた少し堅苦しくなった。

 詩乃は無我夢中にピザを頬張っていた。

 その目にはうっすらと光る何かがあるように思えた。


「食べる?」

「……うん」

「はい、あげる」

「え!?」

「いいからいいから! はい、あーん」

「あーん……」


 味の染みついた野菜と麺を詩乃の口に入れた。


「……」

「どう?」

「おいしい…!」

「よかったぁ」

「……グスッ」

「?」

「あったかい…おいしぃ…グスッ」

「また泣いちゃってんの? もう」

「うれしい……」


 詩乃は私と食事をするとすぐ泣いてしまう。

 昨日もそうだった。

 最初は焦った。何か私がやらかしてしまったのかと。

 でも悲しいわけじゃないみたいだ。

 むしろ嬉しいんだそうだ。

 詩乃は誰かと一緒に食べるという経験をしてこなかったんだ。

 詩乃は、食事の温もりを知らなかったんだ。

 温もりを知らないのなら、私が教えよう。

 私と分かち合おう。

 そう思った。


 それは、とてもとても幸せな時間だった。



 *****



「……ふーん? 小暮詩乃の隣にいるのは、誰だったんでしょうねぇ?」


 赤黒スーツに身を纏う者は、映画館を離れルアポートを出ようとしていた。その者は最近起きた出来事を整理する。ブタ男を手駒にした夜、小暮詩乃は家へは帰らなかった。元々母は小暮詩乃を放任してるといって差し支えはなかった。だから、小暮詩乃があの家へ帰る利点はほとんどない。だが、知らない人の家に行く利点はもっとない。小暮詩乃は保護施設へは行かずに、隣にいた女の家に行ったのだろう。

 なぜ保護施設へ行かなかったかがわかるのか。それは、赤黒スーツの監視下にあるからだ。保護施設は、彼等のビジネスではある種の競合相手でもあるのだ。


 しかしそこへは行かなかった。


 隣にいる彼女は、一体誰だ。


 赤黒スーツは物思いにふけながら人差し指を長い髪の毛先にくるくると絡ませる癖を表出させた。そして家族連れが賑わう日曜日の人混みに溶け込み、消えた。



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