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5. 打ち解け合い

「上がって。特に何かあるわけじゃないけど」


 結局私の家に連れてくるしかなかった。

 私の家は二つ部屋がある。住まわせようと思えば住まわせられる。この子には私の趣味部屋を貸してあげようと思う。


「……」

「いいって。遠慮しなくて、ほら。あ、靴は脱いでね」

「……はい」


 小暮詩乃は靴を脱いで部屋に上がった。


(……あれ?小さい?)


 そうか、靴で身長高くしてたのか。さっきの身長より5センチくらい縮んでる気がする。


「とりあえず、シャワー浴びる?」

「……はい」


 いつも敬語の水野の顔がチラつく。堅苦しいのは少し苦手なのだ。かといって水野のように軽々と指摘できそうにない……。


 暖かそうな部屋着を詩乃に渡して風呂場に案内した。

 風呂場の使い方を詩乃に教えた私はリビングのテレビをつける。


 〈――区で今日未明、顔のない女性の遺体が〉

 〈――今日の天気は……〉

 〈――連続殺人事件の〉


 どの局を見てもニュースしかやっていない。

 しかも何かと物騒な話題ばかり。そして犠牲になるのはいつも女性。

 気になってしまう。周りは気にしてないのかもしれないけど、男より女のほうが犠牲になる確率が大きい。

 女が犠牲になる前に助けたいとよく思う。

 でも何をすればいいかわからない。どうすればあの(ちんぽ)どもを懲らしめられるのか。

 それに私は……非力……。


 それにしてもこんな遅くに帰ってくるのは久々か。もしくは初めてかもしれない。

 酔い潰れていつの間に帰ってきてたのはノーカンである。



「……ん?」


 シャワーの音が未だにしない。リビングからでも十分聞こえるはずなんだけど……。


「し、詩乃さん? 入ってる?」

 さん付呼びに少々戸惑いながら呼びかける。

 年下とわかった以上どう呼べばいいんだろうか。

 名前だけでいいのかな?


「詩乃……? そっち入るよ?」

 何かあったのだろうか。

 不審に思いながら風呂場のドアを開けた。



「あっ」

「……ッ!!」


 詩乃は裸を晒していた。

 見られたのに気づくと慌ててタオルで華奢な体を隠した。


「……」

「……ッ!」


 びっくりして双方硬直してしまっている。

 側から見たら縄張り争いによる膠着状態だ。

 もちろん敵ではない。

 私はそっとドアを閉め、隙間から話しかけた。


「なんか、あった……?」

「……ッ」


 同性でも素っ裸がいきなりお出ましになるとびっくりしてしまう。

 それはそうと、なぜこんなことに……


「つかいかた……わからない……」


 ……………。


 ……これ一緒に入ったほうがいいのかな?




 * * *




 一緒に入った。


 たぶん自分の家のタイプと風呂場が違くて混乱してしまったのだろう。

 それにしても誰かと風呂場に入ることなんて何年ぶりだろう?? しかもお年頃の女の子と入るのってどこか現実離れした感じだ。


 困惑しつつも詩乃を見てて気づいたことがある。


 詩乃の体には拳とかで傷つけられた痕がなかった。


 売春というのは、金と暴力で成り立っているのかと思っていた。

 だけど、乱暴に扱われた痕跡はない。

 暴力的でない(ちんぽ)? 訳がわからない。どういう性癖なんだ。

 ……いや、売春を強いられてる時点でそれは暴力なんだ。殴られるのと変わりはない。やはり許されるべき行為ではない。



 私が思いを巡らせる原因となっている詩乃は、白いソファの上で足を抱えて座っていた。


 風呂上がりで少し縮れた黒い髪。私があげた部屋着から手首は出ず袖が下を向いている。

 そういえば私も大きくて着れなかった部屋着かもしれない。


「大丈夫?リラックスした?」

「はい……」


 まだ堅苦しいな。言ってみるか。


「『うん』でいいよ。私には気軽に接していいよ」

「……ッ」


 詩乃が横目で私をみている。

 彼女は戸惑いながらも少し間を置いて、


「……うん」


 と言った。


 やっと一つ打ち解けたかな。


 さて、そろそろ眠たくなってきたので寝よう…。


「詩乃、疲れた? もう寝よう?」

「……」


 うっ、まただんまりか。

 相当喋りが苦手みたいだ。

 …………ん?


「スゥー、スゥー」


 すでに寝ていた。

 こんな時間だししょうがない。しかも、あの夜街で酷いことをさせられて、疲れていないはずがないんだ。

 毛布を詩乃にかけてソファに寝かせてあげた。


 〈容疑者の男は、黒のフードをかぶっ――〉


 鬱陶しいテレビの電源を切り、私も趣味部屋の寝床に入る。


 詩乃を助ける初期段階はクリアした。

 あとは詩乃に巣食う(ちんぽ)どもをどう撃退するか。


 どうすればいいのか。


 非力な私に何が。


 私より力の強いやつら……。


 私はあいつらが……。


 …………。




 ***************




 時刻は10時。


 起床すると同時に彼女は考えていた。


 小暮詩乃の身に初めて起こった出来事。


 それは、他人から何らかの"温もり"を受け取ったということ。


 体だけでなく心まで温められたような陶酔感。


 初めての感覚に彼女は困惑していた。


 そして迷っていた。


 突然話しかけてきた出会って間もない人にこんなに頼っていいものなのかと。


 衣食住、全て揃っている場所。

 おまけに隣の部屋を見渡すと、仮面を被っているヒーローのフィギュアがいくつも並んでいることに気づいた。おそらく家主の趣味だろう。ここには自分を表現できる場所もあった。

 こんな理想の場所があっていいものなのかと。


 自分にとって『本来いてはいけない場所』と心の奥底で感じていた。


 ずっと頼ってはいられない。

 自分で生きなければ。


「おかね……」


 仕事をしなくては。


 ダイニングにいる家主に目を向ける。


「ング、グガッ……」


 机に伏して物静かなイビキをかいている。


 しばらく起きそうにない。


 自分がいると迷惑だ。


 早く抜け出すべきだろう、そう判断した。


 しかし朝食は取る。詩乃は1人で家の中にある食べ物を仕方なく拝借した。


 身支度を整える。


 部屋着を家主のそばに畳んで置き、いつもの露出の多い()()に着替えた。

 肩が透けた黒い服。その上に白いコートを羽織る。膝から下は厚手の肌色スパッツのみ。

 帰り道にいつも体を震わせていた。しかし仕方のないものだと。

 あえて自分から口を出すことはなかった。


 身支度おわり。


 何かされたらありがとうと言えと男に教育されていた詩乃。家主は寝ている。

 感謝の印として置き手紙と朝食代金1000円札をリビングの机に添えた。


 すると、またもや不思議な感情が詩乃に芽生えた。


 温もり。


 暖かい服。

 寝心地のよいソファ。

 家主の心遣い。


 ここから離れたらもう味わえない感情。


 ――はなれたくない。


 ――でもここにいたら……。


 詩乃は苦悶の顔を浮かべていた。

 感情のせめぎ合いが彼女を苦しめる。


「………ッ!」


 彼女は自分の望みが叶うことを知らない。

 だから彼女自ら願いを乞うこともない。



「ファァ……」


「!」


 家主が起きた。

 同時に詩乃は反射的に玄関へ向かった。


 ここにいるとよくない。


 ここにいてはいけない。


 ――いちゃいけないんだ。


 詩乃は感情を殺し玄関のドアを開ける。


 しかしその顔には殺しきれない迷いがはっきりと映されていた。




 ***************




「ファァ……」


 多分よく寝た。

 何時だろうか。寝床の横にある時計を見る。


 10時32分。


 そんな寝てないな。

 なぜか期待外れになりながら目線を逸らした先に畳まれた部屋着があることに気づく。

 モコモコの部屋着。

 詩乃が着てた部屋着だ。

 うそ、詩乃は何処へ……?


 焦りを感じた私はすぐさまリビングに駆け込んだ。


 するとテーブルに謎の1000円札と文字の書かれた紙が置いてあった。


 〈お めで とうござい ます  しの〉


「……え?」


 懸賞か? 1000円を当てたってこと??

 詩乃を救ったで賞???


 いやいや待て待てどういうことだ。考えろ。周りを見渡せば何か……

 ……ん?台所に置いておいた食べ物がなくなってる。あれは確か…まさか――


 嫌な予感と同時に、玄関の方からドアが勢いよく閉まる音が聞こえた。

 今、詩乃が外に出たのか!?


「ちょっ……待ってッッ!!」


 ツッコミどころが多すぎる。またもや頭が追いつかない。


 とりあえず詩乃を追わねばッ!

 急げ!



 闘牛のような勢いで玄関のドアにタックルして開けた。


()った……! あっ詩乃! ちょっと待ってッ!!」


 詩乃はすぐ近くにいた。

 私が声をかけると同時に詩乃は駆け足になった。


 整っていない髪が暴れる。

 なりふり構わず追う。


「ちょっと……なんで逃げる……のッ!!」


 手を伸ばし、詩乃の腕を掴んだ。

 指と指がついてしまうくらいに細い腕。

 その腕はかすかに震えてるように思えた。

 また嫌な仕事に向かうのか。

 怖いに決まってる。

 でもさ……。


「そんなにいやならさ……」

「……ッ」



「はっきり『いやだ!』って言って!!」



 ――――――。

 日織区の朝に私の声が響いた。

 思わず言ってしまった。

 まるで自分の子を叱るように。

 外にいた周りの人たちが声に反応して私を見ている。

 かなり声を大きくしてしまったみたいだ。


 少しきつい言い方をしてしまったかも。

 何をしてるんだ私は。


 当の詩乃は……

 私の方を向いて……?


「……グスッ」


 やばい、泣きそうだ……。


「ご、ごめんほんと……いいすぎた。」

「……うん……」


 今ので私のこと怖がらないか心配だ。

 そんなことになったら本末転倒だ。


 それでも、今のは本心だ。

 詩乃には自分の意思を示してほしかった。

 嫌なことを無理してする必要はないってわかってほしかった。

 無理強いするようなやつはクズなんだと。


 私の元を離れてしまっても、それをわかってくれるなら、私は少しは役に立てたかも。


「ごめん……なさい……グスッ」

「いやいや、私のほうがごめん……」


 ……あっ、すっかり忘れてたけど言わなきゃ。


「そういえば多分詩乃が食べたやつ、腐ってるやつだよ……」

「えっ……?」


 ギュルルルゥ…


 ショッキングな事実を教えたと同時に詩乃のお腹から活発な音がきこえた。


「おなかいたい……」

「さ、もどろ!早くトイレ行かないと!」

「うん……」


 急いで私の家に駆け込んだ。


 そして詩乃はトイレにこもった。



 *



 30分は出てきていない。

 かなり腐ってたみたいだ。私の管理が杜撰すぎた。まさか他人に私の天罰が下るとは思わなかった。


 それはそうとあの置き手紙。

 拙い文字で書かれた『おめでとうございます』。

 おそらく書きたかったのは『ありがとうございます』だったのだろう。

 詩乃の教養は想像以上に足りていないようだ。

 このままでは社会で生き残れない。


「ごめっ……なさい……ッ!」


 悶絶しているのがトイレのドア越しに伝わってくる。


「いや、謝らなくていいよもう。完全に私のせいだし」

「ちがう……!」

「……?」

「あたしがここにいちゃいけないのに……はやくはなれなきゃいけないのに……」


 詩乃はここにいることに責任を感じていたみたいだ。

 いつも1人で生きてきたのだろうか。

 ……そうか。

 人に頼ることを知らないんだ。


「あたしはいなくならなきゃ……」


 いや、そんなことはない。

 あってはならない、そんなこと。


「私に頼っていいんだよ?」


「……ッ!」

「私は詩乃の味方。つらくなったら言って」

「………」

「頼りきりでいいんだよ。詩乃はまだ子供なんだから。子供は大人に頼るのが当たり前だよ?」


 私が理想の大人かどうかは置いとく。

 とにかく詩乃には心のよりどころが必要だ。


「だから、私の家にいていいんだよ?」

「……」


 詩乃は黙った。

 ……いや、接していて気づいた。

 これは喋らなくなったのではない。

 何か言おうとして考えているんだ。


「ありがとっ……ございます……うぅ」

「ふふ、泣き虫だなぁ全く」

「ごめ――」

「あー謝らなくていいから! というかお腹は大丈夫?」

「……」

「?」

「……ふふっ」

「?」


 詩乃は悶絶して泣きながらも


「だめ…かも…ッ! おなかすごいいたい……!」


 笑いながら突然冗談を言ったので、


「……ぶふっ!」

「ふふ……!」


 私もつられて笑ってしまった。

 私たちは初めて笑い合った。


 そんなにだめなら詩乃は今日はトイレから出られそうにない。

 心配だな……。


 これは今日は家から出られないな。




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