雪原ノヴァ
僕は雪の世界を進んでいた。
あても無くといえば聞こえはいいが実際のところは本当に困っていた。
PGYフロイド・レナが誤作動を起こしていたからだ。
普段は勝気なくせにこういった不測の事態で壊れてしまっては困るのだが……。
「誰が壊れたデスデス?」
意味もなくデスを二つ付けてる時点でそれはもう壊れているだろう。
僕は体感的にもひんやりきている頭で冷静に否定した。
「そりゃどう考えても君だよ、だいたいこの雪山には君と僕しかいないんだから僕が第三者に対して言及したらそれはどう考えても君だろう」
「ナルナルナル、それは気づかなかったデスデス てっきりご主人様が怪しい電波を送信してしまったのかと思ってましたデスデス」
そのデスデスっていうのやめてくれないかなあと言おうとして僕は開きかけた口を止めた。
大体もう何度そう言っただろうか、このポンコツHABに。
「全く僕がもしエンジニアだったら 絶対君みたいなHABは作らなかっただろうな」
「光栄デスデス!」
「褒めてない」
ほんとうにやれやれだ、このやけにロリ顔で、妙に憎めない愛らしい極めて精巧で人間の少女に近い身体を持っているこのHAB。そしてその僕をやけに困惑させるその身体以外にこの娘の価値なんてあるんだろうか。
僕は内心のイライラを抑え込むのに必死で、そんなことしか考えられなくなっていた。
う〜ん……ムカつく しかし……可愛い
「どうしたデスデスか? 私の顔に何かついてましたデスデスか?」
「い、いや〜 何も……限りなく何もない…………」
「…………」
嫌な沈黙が続く、というかそのあどけない顔で見つめるのは反則じゃないか。
なんか僕が悪いような気になるじゃないか。
そもそも政府のHAB運用プログラムの一環として、このメチャ寒なノースエリアで僕は今はもうほとんど失われている永久凍土に眠る古代生物のDNA採取に来たっていうのに。
来てみればこのポンコツHABに出会ってしまったわけで。
「大丈夫デスデス!」「任せて下さいデスデス!」「大型空母に乗った気でいて下さいデスデス! あ、なお空母っていうのはですね古代世界の……」以下etcのようなことを言っていた、そんなコイツが最低限のGPSシステムすら内臓していないポンコツだと知ったのは探索開始30分後だった。
「えーと、悪いちょっと迷ったみたいだ このザフトラスっていうエリアに行きたいんだが案内頼む」
「え!?」
「…………GPSで方角だけ調べてくれればいいんだけど」
「じぃーピィーエス? なんかの調味料デスデスカ? あ、料理は得意です任せてください」
「…………」
というようなやりとりがあったのだ。
僕たちは絶賛迷子である。
しかもめっちゃ寒い凍土の世界で。
「うぃや〜寒い」
僕は右手の人差し指を軽く曲げた、皮手袋の上に薄く貼られたパネルの上に残りの燃料がアイコンで表示された。
まあ、まだ軽く70時間は持つだろう。
曲がりなりにもコイツはHABだし、食料の心配もない。
「ご主人様見てみてクダサイ! すっごいトサカの生えた歩く鳥みたいな生物がいますよ」
そりゃペンギンだろという言葉を引っ込めて、僕はそのとびっきりの笑顔が迎えるほうに歩いていく。
とても不思議な気分だ。
最初こそ面を食らったが、コイツとこうしていると結構いろんなことがどうでもよくなる。
今頃都市では何時何分で、コミニティでは何が行われていて、HABの定期メンテナンスはどうなってるんだろうかとか、DNAの新しい革命的運用法は誰か思いついているだろうかとか。
まあ、そんなことはどうでも良いのだ
そう思えてくる。
※
ワタシはご主人様をペンギンの元に連れて言って、彼が視線をペンギンに写した隙に残りの燃料を調べていた。
もちろんHABであるワタシは誰に悟られることもなく、そう言ったことは出来る。
だけどしたくはなかった。
燃料は十分だ、まだ半年はいける。そして、GPSで現在地を確認してまた少し目的地に近づいてしまっているのを確認した。
もう少し、もう少し遠回りがしたい。
ワタシが運用されるのはこの北の大地のプロジェクトの間だけなのだ。
それが終われば、またワタシは長い長い眠りにつかなっきゃならない。
HABであるワタシが夢を見ることはない。
だから今この瞬間をもっと楽しみたいのだ。
素敵な人と。
「ご主人様、見てくださいデスデス! ここに綺麗な花があるデスデスよ」
ワタシがそういうと彼は呆れたように頭を掻いたあとこちらに一歩を踏み出した。