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「ねえ、君。ヴァンパイアって信じるかい?」
滴る血。真っ赤な口元。そう問うてくる瞳はおぞましくありながら、何よりも美しかった。
ことは数日前に遡る。
「おお、ミユリエ!!今日も母さんのために買い物かい?」
ミユリエがいつものように買い物をしていると、店のおやじさんが声をかけてくれる。ミユリエはこの町で一番美しく聡明な少女で人当たりもよく、みんなから好かれていた。
「ええ、あんまり調子が良くないみたいで。」
おやじさんはそれを聞くと悩ましげにため息をついた。
「ミユリエは偉いなぁ……。ほら、一個リンゴサービスだよ!」
おじさんは私の頭をポンポンと撫でて、売り場にあるリンゴを1つ差し出した。
「ありがとう!!じゃあ、またね。」
後ろを振り返るとおじさんがまだ手を振ってくれていたので、お辞儀をしてその場を後にする。
(本当はもうちょっと話していたいけど……)
なにせ今日、ミユリエは夜遅くまでの仕事があるのだ。彼女の母親が病に伏していなかったときはその必要もなく、なんとかやりくりできていたが、今はそうはいかない。急いで仕事場に向かうと、数人の少女が帰る支度を済ませて彼女を待ち構えている状態であった。
「ちょっと、ミユリエ遅いよーーー?」
「ごめんなさい。買い物に少し時間かかってしまって……。」
ミユリエは申し訳なさそうにそう謝る。
「しょうがないなぁ。じゃあ、今日私たちもう上がるから、店閉めるのおねがいね!」
そう言うが早いが彼女たちは店から飛び出した。ミユリエはいつものことにため息をつく。彼女たちは客が来ないからと言ってミユリエが来るとすぐに店番をサボって遊びにいってしまうのだ。
(もし母さんがあんな状態じゃなければ、ガツンと一言いってこんな店やめてやるのに。)
決して気が弱いわけではないミユリエが彼女たちにいいように扱われている理由は狭いこの町ではこの店以外に雇ってくれる場所がなく、辞めさせられたら母親を食べさせていくことが出来なくなるからである。そして、それを彼女たちもそれを心得ているためやりたい放題であった。
「よし!」
ミユリエは自分の頬をパシンと挟むと、頭を冷やすため店の掃除に取りかかろうとした刹那。カランカランと店のドアが開き、この町で見馴れない一人の若く背の高い男性が店の中に入ってきた。
「そのパンを1つ頂けるかな?」
彼は彼女の前に立つと、真っ青な瞳を優しげに細めてそう告げた。
彼女は男性のマスクを着けていてもイケメンとわかるほどの顔だちに一瞬呆けた後、
「わ、わ、わかりました!!」
と言って彼が指差したパンを袋に詰め込んだ。
(あ、これ母さんが好きなパンだ!)
そう思ってちょっと微笑むと彼が不思議そうにこちらを覗きこんだ。
「どうかしましたか?」
イケメンの顔が目の前に迫ってきたことに驚いて、
「いや、その……、母も同じパンが好きなものでつい……。」
そう言い訳すると、彼は笑う。
「そうなんだ!これ人への贈り物だから、僕が食べるわけじゃないんだけど……。」
そこで言葉を切ると、彼はショーケースに並んだパンをみて、
「じゃあ、同じやつをもう1つ貰えるかな?」
「あ、はい……?」
微笑む彼に何でもう一個頼んだんだろうと言う疑問が浮かんだが、口にはせず袋にパンを詰めて渡そうとすると、
「それ、あげるよ。お母さんに食べさせてあげて。」
と彼は1つウィンクを寄越した。
「いいんですか?!ありがとうございます!!」
彼の優しさに感動していると、彼はいいよと手を振ってドアの方へと歩きだした。ドアノブに手をかけたところで此方を振り向くと、思い出したように、
「そういえば今日蒼月らしいから、気をつけてね。」
「え?」
私が戸惑いの声を上げると、彼は悪戯っ子のように笑った。
「知らない?言い伝えだよ。蒼月の夜にはヴァンパイアがでるっていうやつ。」
「ヴァンパイアですか?意外ですね?そういうの信じているんですか?」
そう笑うと彼もにっこり笑って、
「どうだろうね。君って、ヴァンパイアとかは信じないのかい?」
と尋ねてきた。
「まあ、そうですね、あまり信じません。この目で見たら別ですけど。」
「見られるといいね。」
「……え?」
「ヴァンパイア。」
彼は凍りそうな声でそう言うと、青色の瞳を細めた。
「じゃあ、またね。」
ひらりと手を振って出ていくとき、一瞬その瞳が赤く輝いたように見えた。
(きっと、気のせいだよね……?)
彼の雰囲気に飲まれたように店の中はひんやりとした空気が漂っていた。