take3
下々の者どもの朝は早い。陽が上り、手元がはっきりとし始める前には準備を済ませておかねばどのような起こし方で起こされるか分からない。仲間の知る限りでは、棍棒の打ちどころが悪くて死んだヤツがいるという。そのときお目付け役の一言が、損なことをした、である。殺してしまって申し訳ない、という気持ちまでは期待していなくとも、殺してしまった、上からなんと言われるだろうか、というくらいには怯えて欲しかった。だが、お目付け役の上司も人の命をアリのそれと同じくらいに考えていないのだから仕方がない。
その日も仲間は夜が明ける前に起きた。そうしなければ殺されるほどに殴られなければならないのと、飯を食う暇もなく働かされる。陽が上れば始まり、暗くなれば終わる。夏が近づけば近づくほど労働時間は長くなる。夏に向かっていく今が一番きつい。西の大陸では夜でも明るくなる装置ができたそうである。そうなると夜まで働かされ、自分たちは骨と皮になるまで働かされるだろう。商人が言っていた。この町、パルムには多くの商人が訪れる。各地から品物が運ばれ、値を付けられてまた各地へと向かっていく。それゆえ商人が多く訪れ、お土産話をひっさげてスラムにもやってくる。その商人が仲間たちに食料を売りに来るのだが、スラムの人間がどれだけの金を貰っているのかを熟知しているので、手元に一銭も残らないような金額で売る。これでも富民街よりは安値であると言い張り、実際富民街へ行った仲間はスラムで売られている額よりも二倍は高いことを確認している。しかし、それらの食料は売れ残りであることは必然であった。もう食べ物の臭いや味がしていない。塩の不足が原因で腐っちまう、とスラムの住人たちは言っていた。塩でそんなに変わるのかどうか、仲間は実際に知らない。
「もう朝だぞ。」
その声に新たな同居人はすぐに目を開ける。まるで一睡もしていなかったかのようである。
「こんな早くから働くのか。」
一睡もしていないにしては元気であるので、仲間はその可能性を捨てた。
「ほら。お前も食うか。」
黒いカサカサのパンを同居人に投げる。それは当然仲間のものではなく、前の同居人のものだった。
「いや、僕は食べなくてもいいんだ。」
「そうか。」
後で回収しておこう、と仲間は思った。同居人はまだ月光揺らめく藍色の空を呑気に眺めていた。その姿はただ平凡としか形容しようがなく、どこの世界にも必ず一人はいるようなそんな雰囲気ぐらいが特徴かもしれない、と仲間は思っていた。
「それって美味しい?」
同居人は言った。
「うまいわけないだろう?黒パンだぜ。お前、食ったことないのかよ。」
「うん。食べ物を口にしたことはない。」
「そうか。」
この男の纏う、平凡というより影の薄い雰囲気により、どれほどの爆弾発言でも思わず右から左に受け流してしまう。
「初めての朝は眠れたか。」
「いや、一睡もしていない。」
「だろうな。」
昨日から急に流れ込んできたこの平凡に奇妙な男に仲間は慣れてしまっていた。
「今日は石畳の舗装だ。」
富民街でのうのうと暮らしていながらもスラムの貧民を監督するのを嫌がっている贅沢な監督責任者から今日の仕事内容が一堂に発表される。仕事は原則として日替わりとなっている。大抵は荷卸しと荷積みであるが、たまにこうして仕事が変わることがある。
「ちぇっ。一番大変なやつじゃんかよ。」
周りからそんな声が上がる。
「てめえらは黙ってこき使われてりゃいいんだ。」
監督の怒号が響き渡る。
「昨日、スラムと富民街との間の道で暴れやがったやつがいて、道がぶっ壊れたそうだ。どうやったら道がぶっ壊れるのかだと?知るか。お前らは道だけを直してりゃいい。周りの壊れた建物は気にするな。」
この男もまだ現場は知らず、情報を聞いただけなのだろう、と仲間は思った。そして、この男はただ貧民たちをまとめるだけの役職だから、現場に顔を出すことはない。至って楽な仕事のように思えるが、貧民たちが問題を起こした時には真っ先に責任を負わされる。一年に一回は責任者が変わるのは、荒くれもののご機嫌を取り損ねたか、胃に穴が空いたかのどちらからしい。
「現場の場所は分かるか?」
仲間は同居人に聞いた。
「いや、全然。」
「西門の方なんだが。お前も聞いたことがあるだろう?生ごみの道だ。」
「いや、知らないけど。」
「そうか。まあ、実際見てみた方が分かるだろう。」
それはただ仲間が説明することを嫌がったためであった。そもそも、形容すべき言葉さえ見つからない。
「わかった。楽しみだ。」
きっと楽しみにしてるのはお前だけだ、と現場を言い渡された瞬間に青ざめた若者たちの表情を見ながら仲間は思った。
どうしてこんな場所に商業都市を作ったのか。一説には百年前、先住民が都市か城下町かを作っていて、攻め入った将軍がその城やら町を気に入ったか気に入らなかったかで建てたのだという。その名残として、面影一つもない城が建っているのだとか。貧民街の方は百年前から手つかずで、未だ百年前の木造建築である。木造なので百年ももつわけもなく、屋根が残っている家の方が珍しい。パルムの建っている土地には致命的欠陥がある。それが、近くに水源がないことである。水は数少ない井戸水でなんとかしているらしい。井戸を掘る財政力のない貧民にはあまり関係がない。貴族やら成金は水を売るだけで安定した収入を得られるのだとか。食器や食材を洗うための水も碌にないというのだから、水の豊富な田舎で暮らしていた仲間には考えられないことだった。
水がないうえで一番困るのは、排泄物である。それらはどうしているのかというと、人どころにまとめて、放棄される。その放棄される場所は、第二の城壁の外である貧民街である。パルムは貧民街と外を区別するために風で倒れそうな城門と城壁、そして、出世の見込めない兵士が入国審査官をしている。ぶっちゃけ、誰でも入れる。それ故に田舎の村々に噂が集まり、田舎者がまず目指すことになるのがパルムであった。その後の過酷な現状を知らずに。
そして、何より頑丈にできているのが、さらに内側にできた第二の城門である。それは貧民街と富民街とを隔絶する、強固な城壁であった。その城壁の向こうから、糞尿は垂れ流される。それは主に南門である。その糞尿を富民街から貧民街へ廃棄させられるのも貧民であり、貧民街から城門の外に運ばされるのも貧民である。そして、糞尿以外のゴミは西門と東門に廃棄される。北門だけは貧民街とは思えないほどに整えられている。何故かと言うと、北に宗主国タンムリがあるからである。宗主国の使者が訪れる際には必ず通っていただくのだ。
「うぅ。臭い。」
西門の道についた貧民たちは口々に言う。中には嘔吐するものさえいた。腹の中身をぶちまけて朝飯を無駄にしてしまってさぞかし悔しかろう、と仲間は思った。
「やっぱり平気そうだな。」
仲間は同居人を見て言った。
「まあ、臭いを感じることはないからね。でも、数値から見ると、僕らの宿舎も十分健康を害するレベルだよ。」
「そうかい。」
仲間は同居人の話を真剣に聞くことをしなかった。
「まず初めは生ごみ撤去だ。」
「うへえ。」
吐く音なのか、気の抜ける音なのか判別しない物音が一同から発せられる。
「お前らはまだ幸せな方だぞ。南門の糞尿地獄なんざ、変な病気が蔓延するって話だし、東の粗大ごみ山なんざ、生ごみや糞尿みたいに消えてなくならないから、住めるエリアさえ減ってきているんだからな。」
現場を仕切っているのは貧民の中でも富民に実力を買われたものであった。他の貧民よりかは優遇されているが、富民街へ行けることはない。
「ほら。職人どもが到着する前に片づけるぞ。」
一同は渋々働き出す。木製のショベルでゴミをほじくり出すと、さらにひどい刺激臭がする。どの労働者も目から鼻から粘液を出して働いている。そうすれば臭いは大分マシになる。今麻袋に入れたものがもとはなんであったのかを極力想像しないようにしながらショベルでゴミの山を崩していく。なぜか不思議なことに、生ごみや糞尿は温かかった。朝でも冷えるこの頃でも、その温かい臭気に触れると暑いと感じる。至ることろから炭鉱のような湯気が噴き出していた。それが霧のようになって、前が見えにくい。
「おい、新入り。なんだか元気そうじゃねえか。」
ああ、やっぱりか、と仲間は思った。新人いびりである。そして、それが行われているのは確実にあいつだ。
「まあ、大したことはないですから。」
ああ、そんな癪に触るような言い方をして。とはいえ、仲間に助ける意思はない。貧民街の住人は皆そうであった。誰とも仲良くはなく、集団でまとまることはない。なぜなら、それぞれがそれぞれ生き残ることしか考えられない。仲間は同居人がどうなろうと関係がなかった。自分に災厄が降りかかってこなければそれでいい。
「てめえ、余裕にも手を休めず話しやがって。このスッタコ!」
地方の人間が多いせいか、よく分からない方言も飛び交う。中には異国の人間なのか、話が全く通じない人間もいた。霧といっていいのか、臭気の蒸気によって周りが見えづらく、現場監督には見えていないようだった。
「僕はまだこんな生活を続けていたくてね。問題を起こしたくないんだ。だから、僕には触れないでいてくれるとありがたい。」
さくっ、さくっとシャベルで生ごみをかき分ける音がする。手を休めず話しているようであった。となると、相手は当然、手を休めていることになる。
「でも、四人目に遭った人間が君たちでよかったよ。」
ああ、それも聞き覚えがあった。
同居人になる前の彼に仲間が出会ったのは昨日のことであった。荷物の運搬作業が終わり、辺りも暗くなったころ、同居人は疲れはてて、邪魔にならないところで休んでいた。まだ若い彼は労働力としてかなりこき使われ、その体もまだ成長期ゆえに、見た目ほどの体力もなく、体力を維持するための栄養さえ足りていない始末であった。歪む景色の中、仲間が考えていたのは前の同居人のことだった。ガチャにより幸運を味方につけた同居人は今や救世主だそうな。
「君は、あの人たちを恨んでいるのかい?」
突然の声に仲間は驚いた。いつの間にか隣に男が座っていたのだ。それと言って特徴はなく、強いてあげるなら、この世界にどこにでもいそうな平凡な存在。仲間が抱いた第一印象はそれだった。
「あの人?」
そう言って城壁を見つめる。そこには寝静まった町が一つ。高嶺の花、富民街であった。
「俺は別に誰も恨んだりはしてない。」
それは本心であった。
「運のツキやら産まれの身分やら、そりゃいっぱい壁はある。でも、恨んでたら何も始まらないし、そのくらい乗り越えていかなければな。」
それが仲間が未だパルムに残っている理由であった。
「君が三人目に会った人間でよかったよ。」
男は恥ずかしげもなく言った。
「運命を否定するのではなく、受け入れて、それでも抗って行こうとする。神が人を愛でた理由がなんとなく分かってしまった。」
何やら宗教的なのか哲学的なのか分からない言葉を男が言ったが、仲間は大して気にも留めなかった。
「お前、ここに来た田舎者だな。」
第二の城壁の向こうへは田舎者では特別な事でもない限り開けてはくれない。
「ここで生きていくためには仕事をしなきゃならない。働き口はあるのか。」
「ないよ。」
「じゃあ、俺の部屋に来るか?同居人が去ってベッドが一つ余っている。」
「うん。それも一興だね。」
労働力が一人増えたことに誰も文句は言わない。文句が出るのは減った時だけである。
「よろしく。」
握手も交わさず、お互い名乗りもしなかった。
「かんとくぅ~。サボってるやつらがいますぜ~。」
仲間が現場監督に聞こえるような声で言った。
「ふう。どうせ新人いじめだろ。」
監督は霧の中を怒鳴りに行く。監督は富民街の住人とは違い、きちんと対処をしてくれる。貧民であるゆえ、あらゆる経験から自分自身と照らし合わせているのだろう。
「きちんと働け。給料減らすぞ。」
奴らは確実に給料を減らされるだろう。現場監督に同情という感情はない。同居人まで減らされていなければいいが、などと柄にもない心配をしていた。
霧も晴れてきたころ、職人たちが到着した。
「商人どもがたどり着くまでに直さにゃならん。面倒臭い。」
開口一番、職人はそう言った。どうも職人たちにとっては早いみたいだが、貧民たちは所詮は富民だと罵った。生ゴミ撤去の作業から解放された一同は安堵した顔であったが、本番はこれからである。職人などといっても所詮は指示を出す存在でしかなく、重い石を運ぶのが今日の主たる仕事だった。
数人は生ゴミの処理をそのまま続けることになり、数人は別の入り口からの荷物の搬入に狩りだされた。仲間と同居人は道の修理の担当になった。ちなみに、北の入り口には商人さえ通らせない。
「くそっ。どうやったらここまで壊せるんだよ。」
線を描いたように亀裂の入った道路を見て仲間は悪態をつく。重い石を運んでいるせいで、腰に負担がかかっていた。
「撤去だけでも大変だってーのにっ。」
仲間は他の貧民が石を切り出しているのを見る。そちらもなかなか大変であった。
「撤去組が早くしないと、全てが遅くなるんだぞ。」
多くが石の切り出しに動員されているため、撤去するのに人手が足りない。石の切り出しが終わった後もまだ撤去が終わっていなかったので、切り出しをしていた労働者は手伝う羽目になった。もっと早くしろよ、という小言を仲間は耳元で言われた。
石の撤去後はみんな仲良く石を嵌めていく。その作業は危険を伴う故、職人が前に出て細かい指示を出した。石を長時間持つ羽目になったので、労働者たちにとってマイナスにしかならなかった。
昼時、もう数時間で道路の工事は終わりそうであった。商人のたどり着く時間には結局間に合わなかった。上も滅茶苦茶な設定をするから、と職人と現場監督が嘆いていた。
「飯食べます。」
そう言って一人ずつ持ち場を離れて食事を採る。本来ならば誰一人食事を採らず働く計算らしいが、現場監督はそれが不可能であることを知っているから、黙認している。
手早く食事を済ませようと思いながらも仲間は一人黒パンを食しながら感慨に耽っていた。
俺はこのままずっとこうしているわけにはいかないだろう。そのうち体を壊して終わってしまう。そうなる前に村に帰った方がいい。
「あらぁ、まだ、工事中でしたかー。」
変に間延びした声がする。一体何が起こったのか、と仲間が首を出して探すと、西門の方から馬車が来ていた。その窓から金髪の貴族風の女が顔を出していた。年の頃は仲間と同じくらいであった。
「申し訳ありません。迂回して別の入り口から出ていただければ幸いです。」
現場監督は恭しく頭を下げた。
「分かりましたー。」
馬車は器用に迂回して去っていく。女の姿に仲間は見覚えがある気がした。馬車はそのまま去っていくかと思われたとき、馬車から一人の男が出てきた。
仲間は始め男かと思ったが、鎧を着たような姿のそれは、あまり人ようには見えなかった。まるで噂に聞く機械人形のようなそれは、静かに仲間たちの方へ向かって来る。
「お前、一体何者だ。」
男のような声で驚いたように聞くので、一同は息をのんで機械人形を見つめていた。その機械人形の見つめる先には、仲間の同居人がいた。
「どうして簡単に見つかっちゃうんだろうなあ。僕の顔に何かついてる?」
その直後、同居人を起点として突風が吹き荒れる。せっかく作った道路が粉々になっていた。
「ソニックウェーブか。そのなりからして、合成人間だね。でも、まだ僕と君とが敵対する理由なんてないでしょ?」
「どうしてだ。命中したはずなのに。」
「ああ。僕に触ろうとだけはしないほうがいい。」
同居人は近くにいた現場監督に触れて言った。
「こうなるから。」
現場監督は同居人の触れたヵ所を中心として渦のようにねじ曲がり、奇妙な赤黒いオブジェと化した。
「僕はしばらく平穏な生活を営もうと考えていたんだけど、時が来たってことだろう。」
合成人間に背を向けパルムの外に向かいながら同居人は言った。
「神の役目は人に罰を与えることだろう?それを僕が奪ってやるよ。僕は神を憎んでいるからね。明日の正午。僕は北門からパルムを滅ぼすために進撃する。予告しておいてあげるよ。それまでに僕を倒せる準備を整えておくことだ。」
合成人間は自分の目の前で起こった不可解な現象が自身の演算装置から答えが導き出せないことに恐怖を抱き、一歩も動き出せないでいた。
シンプソンに負ぶわれていたミリカは目を覚ます。
「ふわぁ。ここ、どこですか?」
先ほどまで龍と戦っていたはずなのに森の中にいたのでミリカは思わず声を上げていた。
「ニッコウ村に向かう道の途中だ。」
「え?もしかしてお母様に私達のお付き合いのご報告を⁉」
「お前の頭はどうなっとるのだ。」
シンプソンはミリカを下ろす。
「ええ。もっと負ぶわれたかったです。」
「重たいんだよ。」
ミリカは力のないパンチでシンプソンの背中に攻撃する。こんな非力な少女が俺の命を救ったのか、と少し驚く。服装はミリカが意識を失った後すぐにもとに戻った。ガチャ玉はその後色を失い、石のような色になっている。
「わがままを言うな。」
ミリカを振り切った後、シンプソンは道端にケツを突き出して倒れている女に声をかける。
「おい、大丈夫か。ラクサ。」
「気安く私の名をよぶにゃっ。」
どうも噛んでしまったらしい。うがあああ、とラクサは顔を赤くして悶えている。
「なんですか、このギャップ。とんでもなく強敵感マックスでござる。」
「いや、無理にキャラ作らんでいいから。」
ミリカとシンプソンが話している間にラクサは立ち上がり、歩き出そうとする。しかし、数歩歩いたところで、先ほどと同じ格好で倒れることとなる。
「最強のパンツ見せキャラ誕生です。」
「言ってやらんでくれ。」
シンプソンはそう言ってラクサに手を差し伸べようとする。
「貴様の手など借りん。」
「でも――」
体中傷だらけの少女を見捨てるわけにもいかなくなった。
「ラクサさんの身になにが起こったんですか?」
「いや、多分、こいつ、みんなの前で毅然とした態度取ってるけど。」
「きゃああああ。」
気が付くと道を外れた坂の下からラクサの悲鳴が聞こえた。
「超ド級のドジっ娘なんだ。」
溜息を吐いてシンプソンはラクサを探し始めた。
そんな三人を見つめる十四の瞳――
「やっと見つけたぞ。俺たちセブンスターズの初めての獲物だ。」
「しかし、親方。大丈夫ですかね。」
「怖気づいたのか?」
「いや、だってここ、鬼が出るって噂じゃないですか。」
「鬼って、お前らまだまだガキだなあ。」
「親分に言われたくないですよ。」
「必ずあいつらの身ぐるみを剝いでやるぞ。そのためにはわなを仕掛けなければならない。」
「どんな罠ですか。」
「今から考える。」
十二の瞳はその場でこけた。
「ここらは鬼が出るって言われてるから、危ないんだって。」
坂の下に転げていたラクサを見つけてシンプソンは応急処置をしていた。持っていた布で出血ヵ所を抑えるだけだったが。
「足に刺さった枝を自分で引き抜くなんて、正気の沙汰じゃないですよ。」
ミリカに言われては仕方がない。
「そう言えば、ミリカ殿。あの治癒の力は使えぬのか。」
シンプソンはガチャ玉を取り出して見た。色が少し戻っているようだった。
「まだみたいだな。」
シンプソンは言った。
「ミリカ殿。あの力はなるべく使わない方がいい。」
「どうしてですか?」
ミリカは不思議そうに聞く。
「人を治すなど、神の所業です。きっと代償が大きいに違いない。その証拠に、この下衆を治療し終えた瞬間に意識を失われたではありませんか。」
そのことに一番罪悪感を覚えたのはシンプソンであった。ミリカは何事もないような顔をしている。
「ラクサちゃん。私のことはミリカ殿じゃなくて、ミリカ様って呼んで。」
「お前、何様だよ。」
「ミリカ様。一生涯あなたの奴隷でいることを誓います。」
「お前も悪乗りすな。」
シンプソンは二人の女子の頭を叩く。
「冗談はさておき、殿はやめてよね。」
「じゃあ、なんと。」
「ミリカはご主人様専用だから、他ので。」
「じゃあ、ミリカ・・・ちゃん?」
「死ぬ。そのデレデレ、死んでまうわああ。」
赤面しているラクサを見てミリカは発狂した。
「漫才は終わったところで、どうやって上に上がろうか。」
降りてきた道から元に戻るのは一苦労である。それなら、近くを探して坂の小さい場所から降りるのが賢明だろう。
「待て。こんなところに縄があるぞ。」
端に丁寧にも滑り止めのため丸結びされた縄が垂れ下がっていた。
「いや、明らかに不自然だろ。」
まさかラクサが縄を引っ張るとは思ってもみなかったのでシンプソンは止めはしなかった。
「うん?上から何か落ちてくるぞ?」
縄を思いっきり引っ張ったラクサは言った。
「引っ張っちゃったの⁉」
まさかと思ったシンプソンは上を見る。竹林のどこからか落下音が聞こえてくる。
「おい、逃げるぞ。」
「いや、大丈夫。私には聖剣がついている。」
ラクサは聖剣の柄に手を伸ばし、構える。そして、落下物をぶった切った。その瞬間、ガーンと気味のいい音が辺りに響いた。
ラクサはその場に倒れた。ラクサの頭に直撃したのは金盥であった。
「こいつ、重くねえか?鎧脱がそうぜ。」
「何を言ってるんですか。前から思ってましたけど、ご主人様にはデカシリーが足りません。」
「デリカシーな。」
うっすらと聞こえた声にラクサは目を覚ます。
「重たくて悪かったな。」
「おおっ。」
シンプソンは驚いて一瞬飛び上がる。ラクサは二人が自分の腕を肩に回して運んでくれたことに気が付いた。
「大丈夫だ。もう立てる。」
ラクサはまだ頭が痛かったが、我慢した。
「それより何故私を助けた。」
「何故って――」
「お前も聞いていただろう。私はこの国の転覆を狙っていると。」
吐き捨てるようにラクサは言った。
「ああ。で、そんなヤツが俺の故郷に近づこうってえから、追ってきたんだ。」
「では、何故助ける。」
「何故って、そんなもん知るかよ。」
ラクサは先に進んでいく。どうやら元の道に戻れたらしい。感謝の一つも言えなかった自分をラクサは恥じた。
そして、またこける。
「いい加減にしろよ、もう。」
「まあ、落ち着いて行こうぜ。俺だったらこの道、よく知ってるから。」
「力など借りん。」
そう言ってラクサは再び進み始める。
「ラクサちゃん、大丈夫でしょうか。」
「大丈夫じゃないだろ。罠を仕掛けた奴らも気になるしな。」
「見ろ。」
ラクサが指す方向には縄が垂れ下がっている。どうやら木の枝に括りつけてあるらしく、それを引くことで木の枝の上に載っている何かが落ちてくるというものらしい。
「子供だましもはなはだしい。」
ラクサが横に避けたその時である。
「きゃああ。」
シンプソンの背後で声が聞こえる。何事かとシンプソンが振り向くと、ミリカが逆さまで宙づりになっていた。
「私のパンツはラクサちゃんみたいに安っぽく見せていいものじゃありません。」
そう言いながら必死でパンツが見えることを阻止している。
「そこにいるのは何者だ!」
ラクサは吠える。それと同時に小さな影が三人の前に姿を現す。
「俺たちは盗賊、セブンスターズだ。」
「子供、だと?」
現れた七人の子どもにラクサは困惑した。
「ねえちゃんを離してほしければ、有り金全て持っていきな。でないと――。」
いつの間にか子どもの数名がミリカ周りに集結しており、枝で突っついている。
「いやああ。ご主人様ぁ。私の貞操があああ。」
「子供の前でそんな言葉を使うな。」
シンプソンは顔を真っ赤にして言う。
「早くしないと、次は猫じゃらしだぜ。」
「猫じゃらしはらめぇ。ああん。そんな、いっ――」
「ダメだ。そこから先はダメなのだ。」
シンプソンは諦めて有り金(といっても大した額ではない)全て渡そうとした時、何か重たいものが坂の上から滑り落ちてくる音がした。
「まさか、獣か?」
ゲッコウ村のイノシシを思い出してシンプソンは震え上がる。
「あれは鬼だ!」
一番年長の恐らくリーダー格の少年が言った。三人の鬼は、瞬く間に子どもたちを包囲する。その手の刃物で脅しているのだった。
「こいつらは鬼などではない。正真正銘の盗賊だ。」
「おい、兄ちゃんたち。」
盗賊の一人が言った。
「有り金全て置いていきな。そうすれば命くらいは助けてやるよ。もっとも、その後どうなるかは分からないがな。」
がはははは、と盗賊一同はたくましく笑い出す。
「今、バターナイフで成敗してくれよ――」
「助けてー!」
リーダー格の少年が盗賊が笑っている隙に、逃げ出す。
「お前だけ逃げたら――」
そう言うラクサとぶつかり、二人は道を外れて坂の下に転がっていった。
「え?」
一同が一斉に言った。そして、視線は唯一自由であるシンプソンに注がれる。
シンプソンは見つめられるとラクサたちと同じように道を外れた坂の下へと飛び込んだ。
「ご主人様のばか!」
ミリカの声が虚しく響いた。
「ぐへへ。可愛いお嬢さん。俺たちと楽しい夜を過ごそうじゃねえか。」
宙づりのミリカに盗賊は言った。
「誰も子供の見本になる大人はいないみたいね。」
子供の中の誰が呆れて言った。
三人が決死のダイブを行ってから一時間もかからないうちに日が暮れる。木々に覆われていることで日光が届きにくいということもあるのだろうが、ここ最近は追い立てるように気がつけば日が暮れている有様であった。
「つぅっ。」
シンプソンは足をひねったラクサの右足首に包帯を巻いていた。これで持ち合わせぬのはなくなった。負傷の多い環境で働いていたので、常に携帯していたのであった。
「早くミリカちゃんを助けなければ。」
「こんな足では無理だろう。」
シンプソンは言う。リーダー格の少年はシンプソンたちのそばで一人膝を抱えている。
「ふん。意気地のない男どもだ。」
ラクサは一瞥した。
「お前、なんで盗賊の真似事なんかしていたんだ?」
「真似事じゃない。俺たちは盗賊だ。」
シンプソンの言葉に少年は答えた。
「あれが本物の盗賊だ。血も涙もない。」
「くっ。」
どうやら少年は泣いているらしかった。
「泣くんじゃない!」
ラクサは怒鳴った。
「泣いていたって何も変わらない。むしろ、泣いているうちに大切なものを失ってしまう。」
ラクサは不自由な足で歩きだそうとする。
「おい。無理はするな。」
「お前こそ何をしている。ミリカちゃんが捕まったんだぞ。それでも男か。」
「俺ではあいつらには勝てない。」
「俺は、みんなを助けに行く。」
泣き止んだ少年は言った。
「俺たちは親が死んで山に捨てられた。だから、死ぬときは一緒だって、親とは一緒に死ねなかったからって。」
「ふん。お、俺だって、行ってやるぜ・・・怖いけどよ。」
「まあ、少しはお前らを認めてやってもいい。」
ラクサは言った。
「お前らでは山賊には勝てん。あいつらはもとは何か力仕事でもしていたのだろう。この中であの体格に勝てるものはいない。私の聖剣を除いては。」
「でも、その足じゃ――」
「軟弱者ども。私を担いで行け。」
ラクサは鎧を脱いだ。重いものが落ち葉の上にザクリと音を立てて落ちる。
「この鎧はガキどもにくれてやる。後で捕りに来い。必ず全員生きて還す。」
実に力強い一言であった。まさか自分が武士の誇りである鎧を脱ぐことになるとはな、とラクサ自身が一番自分の心境に驚いていた。
右肩をシンプソンが、左肩を少年が支えて坂を上り、みんなが連れ去られた場所まで辿り着く。
「山賊がどこにいるのか分かればな。」
シンプソンはなにか手がかりがないか探す。
「大丈夫。これを辿って行けばいい。」
少年が地面から拾ったのは鈍い色の金属であった。
「それって鉛だよな。」
「ああ。」
三人は少年に従い進んでいく。
「なあ、お前らどこの出身なんだ?金盥といい、鉛といい、鉱山の近くだろう。」
「ササヤマだ。」
「隣村じゃねえか。」
「兄ちゃんはどこの出身なんだ?シカタか?」
「いや、ニッコウだ。」
「採鉱場じゃん。結構儲けたんじゃないの?」
「俺が四歳の時に閉山しちまった。」
「嘘だろ?」
「ホントだ。」
「じゃあ、俺らんとこで作ってたのは一体――」
「錬金術師だ。」
「へ?」
ラクサが急に言ったので二人は間の抜けた返事をする。
「どうも鉱山の近くで錬金術師がなにやらしているらしい。石ころを金属に変えているとかな。」
「お前、ケンザン連峰の向こうから来てるんだろ?なんでそんなに詳しいんだ?」
「私はお前たちが鉱物を採るために空けた穴から来た。私がニッコウ村に行こうとしているのはそのためだ。」
「どういうことだ。」
シンプソンは嫌な汗をかく。
「ニッコウ村のサツキ鉱山道から我らミカド国は東極大陸中央部を攻め落とす。」
「そんな――」
話の飲み込めない少年だけが難しそうな顔をしている。
「と、思っていたが。」
急にラクサは切り返す。
「それぞれの国に住んでいる人々には何の罪もない。また、我らミカド国も今のままでもなんの不自由もない。ま、いろんな場所を見て回って、それから答えを出せばいいさ。」
ラクサに抱いていた印象とは大分違う返答だったので、シンプソンは驚いた。
「まあ、私一人で大陸を占領し、女子だけの国を作るのもよかろう。」
「お前ってやっぱそっち系の人なの。」
「男は死に絶えろ。」
さいですか、とシンプソンは投げやりに呟いた。
何をされてしまうのだろう、と連れ去られたときにはひどく不安であったミリカであったが、男たちはミリカと子どもを山の奥に連れ去った後、急に年相応に老いてみえた。彼女たちに何をするでもなく、火を焚いて料理を作り始める。
「ほら。食えよ。」
器に入った汁ものを出されたときにはどんないかがわしいものかと思ったが、ミリカは空腹には決して抗えない。無抵抗にも口の中に入れてしまった。何が入っているのかは分からないが、思いのほか上品な味がした。
「全部奪ったものだから、そこらの村人よりかはいいものを食ってる。」
寂しげな背中で盗賊は言った。
「私たちはどうなるんですか?」
ミリカは少し警戒心を解いて言った。
「売る。」
盗賊は短くそれだけ言った。そのあっけなさにミリカ達は少しの間呆気に取られていた。
「俺たちには嬢ちゃんやこのちっこいのくらいの子どもがいたのさ。でも、色々な事情で村を追放されてな。きっとガキも生きてはいないよなあ。」
大人の背中というのはこんなにももろいものなのか、と子どもたちは少し悟った気分になった。
「本当は身売りなんていやなんさ。でも、やらんと生きられん。おまいら全員を養うことはできんっちゃ。」
たき火で強調された深い堀には悲しみが染みついていた。
「お前ら。その人に近づくな。」
振り向いた瞬間地面に落ちた盗賊三人の表情は穏やかなものであった。
「おじちゃんたちは私たちに優しくしてくれたのに・・・」
子供の一人が泣きながら聖剣をしまうラクサに言った。
「これが世界なんだよ。」
吐き捨てるようにラクサは言った。そして、皆から背を向ける。
「少年。お前は世界に負けずに皆を守ってゆけよ。」
ラクサは何かを抑え込むようにして言った。少年はその言葉は彼女自身に向けて言われた言葉のように感じた。
盗賊たちの首は焚火の炎に呑まれていった。




