take1
時代設定としては、中世っぽい感じですね。未開の大陸に西の大陸の人々が進行し、大半が西の大陸の支配下に置かれた時代。基本的に魔法などはありません。魔法といわれるものは種のあるマジック。あと、錬金術が盛んです。これは後世に科学と呼ばれる分野で、現実の中世に近い設定ではないでしょうか。
初めて書いた異世界ものです。
ガチャと異世界と救世主と
神はどこにいるのか、という話になることになる。神など存在しないという者もいるが、神と言うのは本質的に存在する。それについての詳しい話はまたの機会に。
そこは神のいる世界。人々のそばにありながら、それを認識させない、かといって現実でもないどこか。十一ある次元の一つ。
「最近暇だなあ。」
神の一人が言った。
「もう一度黙示録を起こすのはどう?」
別の神が言う。
「あれってさ、派手なだけで大したことなかったじゃん。」
不満そうに初めの神は言った。
「そうだ。」
その神は何かを思いついたように言った。
「ガチャだ。」
そんな感じの神の気まぐれによって、その世界にガチャが現れた。
自分の汗の臭い。それをシンプソン・アーニーはずっと嗅いで来た。もう一年である。
「もう、いやだ。働きたくない。」
シンプソンがこの町に来て毎日のように吐き続けた言葉である。シンプソンは顔を上げる。そこに見えるのは大きな城塞。商業都市パルム。シンプソンは一年前からずっとここで働かされていた。
「おい。ぼさっとしてんじゃねえ。」
現場監督の怒号が飛ぶ。その声にシンプソンはしぶしぶ働き始める。
シンプソンは貧しい農村に生まれた。母親が一人と妹が一人。父はシンプソンが幼い時に死んだ。シンプソンは商業都市パルムに行くことを心に決めていた。農地を守ってもらいたい母親には何度も泣かれたが、それでもパルムに行った。
都会に行けば何でもできる。やりたいことなんて対してなかったシンプソンだったが、自由という夢だけで都会までやってきた。しかし、彼に降りかかったのは奴隷のような生活であった。
シンプソンは再び顔を上に向ける。その先には宮殿とそれを取り囲むかのように上級都市が並んでいる。金持ちや貴族はその上級都市に住み、シンプソンなどの農民や低所得者は下級都市、つまり、スラムに住まうことになる。
そんな商業都市パルムの王宮では一大事が起きていた。
「ガチャを回して世界を救え。」
そんな神託が世界中の予言者のもとに訪れた。最初は人々も何のことかさっぱりわからなかったが、あらゆる場所から謎の遺跡が一斉に発掘され、それがどうもガチャであると分かってからガチャを手に入れた都市は大変であった。
「世界を救えとあるんだから、きっと世界の危機なんだろう。」
そんな程度の考えでしかいなかったが、それでも危機感はあった。
「どうも、このガチャと呼ばれるものは運の要素が大きいようです。」
「うむ。」
パルムの王、シュバイッツァーは何も考えていないにも関わらず、それどころか軽く居眠りしていたが、荘厳に頷いた。
「民に募集をかけてガチャを引かせるというのはどうでしょうか。」
「うむ。」
参謀の言葉に王は頷く。
「すぐに国民に告知せよ。」
「なあ、今王宮ですごいことやってるんだってよ。」
仕事が終わり一休みしているシンプソンに仕事仲間のマイケルが話しかけた。
「すごいこと?」
王宮で行われていることなど自分には関係ないと思いつつもシンプソンは耳を貸さないわけにはいかなかった。
「誰でも一回は引けて、引くと大金持になれるかもしれない籤があるんだとよ。」
そんなバカな、そんなことがあるなら汗水たらしている自分は一体何のために働いているんだ。シンプソンはそう思った。
「それは俺達でも引けるのか。」
「ああ。放浪者でも引けるらしいぜ。」
「でも、俺たちに休日なんてない。」
「明日逃げちまおうぜ。このまま働いたところで俺たちはこのどぶ臭い宿から逃げられはしないんだ。だったら、一か八か賭けるほかないだろう。」
「よし、乗った!」
シンプソンは迷うことなく言った。
「うーむ。」
パルム王シュバイッツァーは国民たちが引き当てたものを見ながら唸った。王の目の前にあるのはハズレの数々である。石ころであったり、安っぽい刀であったり、使い方さえよく分からない物体だったり。
ガチャが発掘されて以来、パルムでは様々な研究が行われてきた。未だよく分からないことも多いが、ガチャというものが基本的に何かを対価として何かを召還する装置であるということは判明した。だが、その対価が今一釣り合わないということもまた判明する。何も対価を支払わずに回すこともできるが、金銀財宝などの貴重なものほどよい結果が生まれる。だが、そうでない時もある。これは運としか言いようがないか、というのが錬金術師たちが出した答えであった。
「わしの場合、どれだけ高いものを対価にしても大したものが出ないからのう。」
シュバイッツァーは運がなかった。
「このゴミ、どうしよう。」
長蛇を成している国民は収まることはない。ガラクタはますます増えていくばかりである。
「こりゃ失策じゃったのう。」
能天気にも王は言った。
「これはこの世界を救う救世主を見つける儀式であり――」
長蛇の列の中、シンプソンと仲間は並びながら自分の番はまだかと待ちわびていた。
「もう眠らず三日だぜ。」
仲間が言った。
「だが、もうすぐ俺たちの番だ。」
励ますようにシンプソンは言う。
どうも話を聞いていると、これは世界を救う者を選定する儀式のようであった。ガチャというものから珍しいものが出れば合格であるという。何が出ればいいのか誰も分かってはいないようだった。
シンプソンにとっては救世主などどうでもよかった。今よりいい生活ができればそれでいい、またスラムに戻るくらいなら全てをなげうってしまった方がマシだ。そんな気持ちでしかなかった。
「なあ、あいつら、なんだ?」
ガチャの順が近づいてくると、ガチャの近くに四人の男女が座ってガチャの様子を見ていた。
「うん、どれだよ。」
そう言って仲間の指す先を見たシンプソンがまず目を奪われたのは一人の女性であった。綺麗な金色の髪を緩くカールさせた、高貴な衣服に身を包んだ女性。一目で貴族であると知れる。
「まつ毛まで金色だ。」
シンプソンは思わず言っていた。自分が一生関わり合うこともない、パルムに来てからは一章お目にかかることさえないと思っていた存在がシンプソンの目に映っていた。あまりじっと見ていると不審がられると思いシンプソンは隣の人物に目を移す。
初め、シンプソンはその人物を男だと思った。見慣れないデザインの甲冑を見に纏っていたからだ。しかし、首から上は見事な黒髪を頭の後ろで一まとめにした、見目麗しい女性であった。その意志の強い黒い眼とシンプソンの茶色がかった目が合った。自分の醜さを覗かれるような気がしたのでシンプソンは思わず目を逸らしてしまった。
「おい、あれってエンチャンター商会のバカ息子じゃないか?」
仲間の視線の先を追うと、洒落たスーツを見に纏った若い少年がいた。この少年も金色の髪と青い目を持っていたが、好奇心旺盛といった風の貴族の女性とは違い、シンプソンたちを見下すように意地悪く目を細めている。絶対に嫌な奴だとシンプソンは直感した。
「で、ありゃなんだ?」
一番端でそわそわしている男を見てシンプソンは言った。
「ありゃ俺たちと同類だな。」
仲間は言った。シンプソンも同じ意見だった。服装はシンプソン達より汚れてはいないものの、安い麻でできたものであった。農村から上京したての若者であろう。
「あの四人はなんなんだろうな。」
「さあ。」
四人は真剣にガチャの行く末を見ていた。四人のさらに上に座している王よりも。
ようやくシンプソン達の番が来た。少しドキドキして眠気が吹き飛ぶ。
「これ、どうするんだ?」
「え?俺に聞かれても・・・」
シンプソンは戸惑いながら答えた。仲間が全て知っていると思っていたからだ。
「お前たち、説明を聞いていなかったのか。」
ガチャの近くにいた兵士が怒鳴った。
「いいか、もう一度よく聞いておけよ。」
官憲が威張りくさって、と思いながらも黙っておく。
「ガチャは何かを代償として回すことができる。代償が無くてもできるが、ある方がいいものが出やすいらしい。」
代償――シンプソンには重い言葉だった。彼に差し出すほどのものは持っていなかった。
「おし、俺から行くぜ。」
仲間が前に歩み出た。
「これが俺の全財産だ。」
仲間は紙幣を一枚取り出した。一か月分の給料である。
「お前!死ぬ気か!」
シンプソンは全力で止めようとした。
「止めるな!これが俺の覚悟!運命のタクトでショウタイム!」
仲間の必死さに泣きそうな顔になりながらシンプソンはガチャを見届けた。
今、挿入口に千ゼニー紙幣一枚が挿入される。
そして、勢いよくレバーが回される。
「これで貧乏からおさらばだー!」
仲間はガチャから出てきたものを天高く掲げ、高らかに言った。
「ハズレです。」
「うそっ!」
兵士から発された言葉に仲間は膝から崩れ落ちた。
「そこらに落ちてるものと同じなのでハズレです。」
仲間が引き当てたのはガチャの近くに放棄されている手のひら大の黒光りする謎の物体であった。
「ちくしょう!必ずリベンジしてやるからな!」
頑張れよ、と言い残して仲間は去って行った。
シンプソンには何も残っていなかった。お金はある。仲間と同じ額。でも、それでは二の舞であることを思い知らされた。なら、何も支払わず回そうか――それができれば苦労しない。
後ろの人々が早くしろとまくしたてるので、シンプソンは意を決した。胸に大事にしまっていたものを挿入口に入れる。
目をつぶって祈った。
俺の世界を変えてくれ――と。
コロンっ、と玉のようなものが出てきた。
ああ、ダメだったのだな。
シンプソンがそう思った時であった。
玉が光り出し、シンプソンの目の前に一人の少女が現れた。それは一瞬の出来事にも関わらず、印象深かったせいか、走馬灯のようにゆっくりと繰り広げられた。
どこの国の人か分からない桃色の髪。それを器用に頭の上部に左右二つ括りにしている。ツインテールというやつだ。その髪から漂う良い臭いがシンプソンが初めにその場に誰かが現れたことを知った瞬間だった。陶器のような白い肌に不気味なほど整った顔。そして、面積の少ない布に隠されたはちきれんばかりの山。綺麗なカーブを描いた胴、そして、光るばかりの形の良い双脚。
そんな少女が目の前に現れ、シンプソンを倒した。
「いててて。」
「ひっ。」
シンプソンに馬乗りになった少女が声を発したことにシンプソンは思わず奇声を発した。誰がガチャから人が出てくると思っただろうか。
「ここどこ?」
お前は誰だ、とシンプソンは問おうとしたが、少女も突然どこかへ飛ばされてきて戸惑っているだろうと思い、問いを後回しにした。
「ここは東極の商業都市パルムだけど。」
「トウキョク?パルム?」
どうやら状況が飲み込めていないらしく、少女は首を傾げている。
「つまり、あなたが私のご主人様なのですね?」
可愛らしく問われたのでシンプソンは思わず頭を縦に振ってしまうところであった。
「お前は誰だよ。そもそも俺はお前のご主人様なんかじゃ――」
「私の名前はミリカです。ご主人様のお名前は?」
「だから、俺はお前の――」
「おめでとうございます。あなたは救世主に選ばれました。これをどうぞ。」
兵士は言い争っているミリカとシンプソンの間に割って入り、強引にシンプソンの手へ何かを押し付けた。
「これは?」
「ガチャ玉でございます。ガチャから出たものをそれぞれ収納することができます。」
兵士は恭しく言った。
「つまり、こいつをこの中に入れられるってことだな。」
兵士は頷きはしなかった。
「よし、お前。この中に入れ。」
ガチャ玉を見せてシンプソンは言った。
「嫌です。」
ミリカは断った。
「断られたっ。」
シンプソンは少し傷ついた。
「無理矢理こいつを入れられないのか?」
シンプソンは兵士を見つめたが、何も示さなかった。
「これで救世主が五人揃った。」
やたら大きい声で王は言った。
「というか、お前退いてくれない。」
シンプソンはミリカに言う。
「世界の危機が訪れようとしている中、幸運を持って引き当てし――」
「ええっ。嫌ですよ。」
「これからそなたたちには――」
「重いから退いてくれよ。動けないだろう?」
「あの――」
「重いとは失礼ですね。ご主人様。」
「すいません。わしの話を――」
「いいから退けって。」
そう言ってシンプソンは無理矢理ミリカを退けた。案外簡単に振り落とすことができたので、思ったより軽かったのだとシンプソンは思った。
「僕の話を聞いてよぉ。」
王は涙声で言った。
「で、なんなの?」
「もう一回話すの面倒だから端折るよ。つまり、君たち五人には世界を救ってもらうの。ガチャは君らに貸すから好きに回して。以上。」
「まだ早いですよ、国王様。」
参謀が慌てて止める。
「ええっ⁉でも、もう僕やる気なくしちゃったなあ。」
「分かりました。私がやればいいのでしょう?」
参謀が国王の代わりを引き継ぐ。
「聖剣バターナイフを引き当てし者、ラクサ。」
「はい。」
甲冑を着た女が返事をした。
「機械人形を引き当てし者、パニエ・ラットス。」
「は~い。」
間延びした声で貴族の女が言った。
「魔龍を引き当てし者、ジャン・エンチャンター。」
「フン。」
鼻で返事をする。
「魔道具を引き当てし者、カプサル。」
「はい!」
田舎者は元気よく答えた。
「そして、えーっと、踊り子?を引き当てし者――名前は?」
「え?俺?」
ミリカが目を輝かせてシンプソンが名乗るのを待っていることが気になったが、仕方なくシンプソンは答える。
「俺の名はシンプソン。」
「シンプソン様!ご主人様!」
いきなりミリカがシンプソンに飛びつき、突然のことで対処のしようがなく、シンプソンは地面に倒れてしまった。
「おいっ。止めろ。」
顔を擦りつけてくるミリカにシンプソンは言った。
「はははは。傑作だな。」
悪意のこもった笑い声が響く。何事かをシンプソンは周りの様子を窺うと、ジャンが笑っていた。
「踊り子なんて引き当てるヤツは品格が知れているな。」
「どういう意味だよ。」
「なんか文句あるのか、貧民。」
シンプソンは奥歯を噛みしめた。
「お前なんか金で買えるんだ。なんなら今ここで買ってやろうか?そしたらお前は晴れて奴隷になれるじゃないか。はははははは。」
心底面白いという風にジャンは笑った。
「てめえみたいなボンクラには売らねえよ。」
「なんだと?」
シンプソンとジャンは睨みあう。
「なんなら今ここで消してやろうか?僕のハイイロドラゴンの火でな。そこの淫売もろとも。」
「てめえ!」
シンプソンは走ってジャンのもとに向かおうとした。一発殴ってやろうかと思った。
「まあまあ、ケンカはだめですよー。」
パニエの緊張感のない声に、シンプソンは興をそがれてしまった。
「別に止めなくても、僕のもとに奴隷の拳が届くことはありませんよ。」
ジャンは隣に座っているパニエに言った。
「でもー、聖剣使いさんの剣は避けられなかったですよねー?」
どういうことかとジャンがパニエの向こうに座っているラクサを見ると、椅子から退き、腰の剣に手を添えていた。抜刀の準備が整っていた。
「なんなんだよ。俺が何したって言うんだよ。」
ラクサは自分の席に戻った。ジャンは恐怖のあまり、椅子から動けなくなった。
「じゃ、まあ、適当に世界を救っといて。」
王は無責任にも言い放った。
「世界を救うってどうするんだよ。」
シンプソンが皆を代表して聞いた。
「いや、予言者が言ってただけだから、適当に聞きまわったりとかさ、まあ、色々あるじゃん?」
それでこの場はお開きとなった。
「どうして私があのボンクラを斬ろうとしているのが分かった?」
立ち去ろうとするパニエの後ろ姿に向かってラクサが言った。
「ああ、それですかー。それは簡単なことですぅ。」
そう言ってパニエはガチャ玉を取り出した。
「この子が教えてくれたんですよ。」
ガチャ玉から出てきたのは人型の機械人形であった。パニエの頭の高さに機械人形の肩があった。
「機械人形のおーちゃんですぅ。」
「ワタシハ“おーちゃん”デス。ヨロシクオネガイシマス。」
「これが機械人形だと?」
一般的な機械人形はゼンマイで動くおもちゃのようなものだった。
「まるで人のようじゃないか。」
「イイエ。ワタシハオートメイル、デス。」
「それと、気を付けてくださいねー。おーちゃんは私に危害を加えようとすると、自動的にその相手に攻撃してしまうんですぅ。だから、さっきも危なかったんですよー。もうおーちゃんは何人も殺しちゃってるんですぅ。」
ほんわかな笑顔とは裏腹に殺伐とした言葉が発せられて、ラクサは思わず顔を引き攣らせた。
シンプソンは町を歩いていた。パルムに来てから一度も訪れなかったので、全てが目新しかった。
「まず、こいつの服を買わなければな。」
ミリカはシンプソンの後をついてきていた。ついてくるなと言うとミリカは路頭に迷ってしまいそうな気がしたので、仕方がなく見過ごしている。
「しかし、物価が高い。」
服の一着も買えそうになかった。
「ねえねえ、これなんですか、ご主人様。」
恥ずかしいからやめてほしいとシンプソンは思っているのだが、口げんかでは勝てそうにないと諦めていた。そういえば、母と妹にも勝ったことはなかった、とシンプソンは故郷のことを思い出していた。
「それはコグロだよ。」
「コグロ?何ですか、それ。」
「うーん、俺もよく知らないけど、魚だよ。俺は食ったことないけど。」
「魚って何ですか?」
「魚も知らないって、嘘だろ?お前、どこから来たんだよ。」
少し首を傾げてミリカは言った。
「私にも分からないです。」
「それって――」
「それより、これですよ。ご主人様。このさかな?で世界を救うんですよ。」
「どうやってだよ。そもそも俺は世界を救う気なんて少しもないの。」
「あらー。それは困りましたねぇ。」
第三者の声がしたので二人は後ろを振り向いた。そこにはパニエと鋼鉄の鎧が立っていた。
「あんたは確か――」
「パニエ・ラットスですぅ。よろしくお願いしますね。ブライトさん。」
「いや、俺は艦長じゃないから。」
「あらー。申し訳ありません、ハロマゲドンさん。」
「いや、ハロウィン限定じゃないし。」
「まあ、ちゃんと覚えてますよー。それより。」
きっと覚えていないんだろうなとシンプソンは思った。
「お茶しませんか?」
馬車に揺られてたどり着いたのは、廊下がピカピカの豪邸であった。
「おお、凄い!石に顔が映るぞ。」
大理石に映る自分の顔を不思議そうに見つめながらシンプソンは言った。
「つるつる、すってん!」
ミリカは廊下を滑りながら遊んでいる。
「おやまあ。」
そんな二人の様子をパニエは微笑ましく眺めていた。
「貴族ってすごいんだなあ。」
シンプソンはパニエに言った。
「いやあ、そんなことないですよ。うちはこれでも落ちぶれている方です。貴族でないエンチャンター商会の方がお金持ちですから。」
「あのぼっちゃんか。」
シンプソンはジャンに味合わされた屈辱を思い出していた。
「さあ、こちらにどうぞ。」
パニエに案内された部屋にシンプソンたちは入る。そこは屋外かと疑うような広大な部屋であった。きらびやかな装飾はシンプソンにとって目に痛みを感じるほどであった。
「このお屋敷はご先祖様が作ったものなので、私たちはこの屋敷から想像できるほどお金持ちではないんですよねぇ。」
シンプソンにはお金持ちの違いなど分からなかった。
「お茶の用意ができるまで時間があるので、彼女はお着替えをしましょうかー。」
「ええ⁉着替え嫌です!」
駄々をこね、助けを求めるような目でミリカはシンプソンを見つめた。だが、逸らされた。
ポンポンとパニエは手を叩く。すると、数名のメイドが現れ、ミリカを担ぎ上げた。
「ご主人様あ。」
涙目でシンプソンに助けを乞いながら、ミリカは部屋の外へ連れられて行った。
「ではぁ、私も行きますねー。」
のっそりとした足取りでパニエも部屋を出て行った。部屋に残されたのはシンプソンと機械人形と老年の執事だけであった。
「お茶でも召し上がりながらお待ちください。」
執事はそう言って向かい合って座っているシンプソンと機械人形にお茶を出した。
「あれ?さっきは時間がかかるって――。」
「おっほっほ。あれはご口上でございます。」
「そうでございますか。」
「はい。」
機械人形がお茶を啜ったので、シンプソンも慌ててお茶を啜る。とても熱かった。そして、妙にスース―する飲み物であった。
「ミリカに着替えをって言ってたけど、いいんですか?」
お金の心配をしながらシンプソンは執事に聞いた。
「ええ。お嬢様の御厚意ですから。それに、今頂いておられるお茶の方が高くございますよ。あなたのような下町の方なら何回も人生を繰り返せるお値段です。」
思わずシンプソンはお茶を吹き出しそうになった。
「おっほっほ。お菓子は皆さまがお揃いになってからお出しいたします。お二人だけでしばらくくつろいでいてください。」
そう言うと、執事は部屋を出て行った。
部屋にはシンプソンと機械人形だけが取り残された。シンプソンはお茶をすすりながらちらちらと機械人形を見た。騎士の鎧に似た外見。動きは中に人が入っているのではないかと疑うくらいに滑らかであった。噂で耳にしていた機械人形とはどこか違った。
「なにチラチラ見てるんだ?」
突然粗野な声が聞こえたのでシンプソンは部屋中を見渡した。
「ここだ、ここ。」
その声は機械人形から発せられていた。
「しゃべれるのか?」
シンプソンは思わず聞いていた。
「ああ。まあ、お嬢の前ではロボットのふりをしているがな。」
「ロボット?」
聞いたこののない単語であったのでシンプソンは聞き返した。
「いや、なんでもない。忘れてくれ。」
そう言って機械人形はお茶をすする。
「お茶、飲めるんだな。」
「ああ。俺は一応人間だからな。」
「人間なの?」
驚きの連発にシンプソンは何が何やら分からなくなっていた。
「まあ、体は外見だけじゃなく、中身も機械だからな。もうサイボーグと言っていいかもしれない。合成人間のくせに身体がサイボーグだなんて、笑えてしまうがな。」
よく分からない単語が出て来てシンプソンは半分も理解できなかった。少なくとも理解できたのはその会話の中に笑えるような要素はなかったということだ。
「なあ、少し質問してもいいか?」
「いろいろな事情で答えられないかもしれないが、いいだろう。」
甲冑の奥の合成人間は言った。
「お前とミリカは一体どこから来たんだ?」
合成人間はひとしきり唸った後こう言った。
「答えられない。」
「どうして。」
「俺もここがどこなのかがさっぱりだからだ。俺のいた世界と地続きであるなら、不用意な答えは避けた方がいい。」
「つまり、別の世界から来たってことか。」
納得したように言ったシンプソンであるが、その口調とは裏腹にひどく困惑していた。他の世界とは何なのか自分でもよく分かっていなかった。
「まあ、そういうことだ。」
「ミリカもか?」
合成人間は顔のない顔をシンプソンの方に向けた。それはまるでない眼でシンプソンの目を見続けているかのようであった。しばらくの沈黙の後、合成人間は言った。
「さあな。俺には分からない。」
そう言って合成人間は立ち上がる。
「もうすぐお嬢が帰ってくる。またオートマタにかえらなくちゃいけない。」
「最後に一つだけいいか?」
「なんだ?」
「どうして俺に正体を教えたんだ。」
すると合成人間は体を大きく仰け反らせ笑った。
「ははは。それは俺がお前を今すぐにでも殺せるから、だよ。」
シンプソンの体は凍り付いた。
「俺からも最後に忠告だ。お嬢はとんでもないキレモノだ。俺の正体がばれるのも時間の問題だろう。そして、人から食事を貰う時には十分に気を付けることだ。毒物が入っていたらどうする?」
⁉
シンプソンは思わず胃液を吐きだそうとした。自分の不用意さを呪った。だが、冷静に考えてみれば毒物が入っていればもう既に死んでいてもおかしくはない。
恨みを込めた眼差しで合成人間を睨む。しかし、そこにはもう合成人間はおらず、そこに立っていたのは主人の命令に忠実な機械人形であった。
「おやー?ハマウチさんはおーちゃんと話していたのですか?」
ノックもなしにパニエが部屋に入ってきた。
「う、ん?いや?」
決して話すんじゃないという無言の圧力を機械人形からシンプソンは感じ取った。
「あ、そうそう。ミリカさんの着替え終わりましたよ。」
パニエが扉から身を退けるとそこからミリカが出てきた。目立たない程度にレースのついた白いブラウス。腰の上部まで引き上げられたスカートは胸を強調する役割を担っていた。
「どうです、ご主人様。似合ってますか?」
その場でスカートをたくしあげクルクルと回る。ニーハイソックスとスカートの合間から除く白い太ももが何とも魅力的であった。
少し唸った後、シンプソンは言った。
「そんな大人しめの服装はミリカには似合わないなあ。」
「がーん!」
オーバーにミリカはアクションした。
「もうー、素直に可愛いって言ってあげればいいのにー。」
そう言ってパニエはシンプソンの向かい側のソファに腰を下ろす。ミリカはシンプソンの隣に座った。
「どうですか?可愛いですか?きゃわうぃいですか?」
目を輝かせながら聞くミリカの頭を軽く叩きながら、シンプソンは「可愛い、可愛いから少し大人しくしていようか。」と言った。ミリカは顔を餅のように溶かしながら嬉しそうに姿勢を正した。
「さて、お茶にしましょう。」
パニエが言うと、すぐさま部屋のドアがノックされ、執事やメイドが入ってきた。瞬く間にテーブルに様々なお菓子とお茶が並んだ。
「うわおう!おいしそうです!」
ミリカが歓喜の声を上げた。
「たんと召し上がれ。」
パニエの言葉を皮切りに、シンプソンとミリカは飢えた獣のようにお菓子を食べだした。
「これは甘くてうまいな。」
「ご主人様はいつもこんなものを食べてるんですか?」
「そんなわけないだろう?お菓子なんて干し芋が出ればご馳走だった。」
「干し芋?」
ミリカは首を傾げる。
「その干し芋ってなんですかー?」
パニエも同じように首を傾げた。
「サツマイモを干しただけのものなんだけど。」
そう答えながら、ふとシンプソンは先のことを考えていた。自分の分の生活費だけでも手一杯であったのに、これから女性一人を養っていかなければならない。職も失い、今晩寝るところもない有様。
シンプソンはカップを手に取り口に着けようとしてはたと止める。先ほどの合成人間の言葉を思い出したのだ。
「大丈夫ですよー、くりすぺぷらーさん。毒なんて入ってませんから。」
シンプソンはパニエの言葉にどきりとした。確かに鋭いな、と合成人間の意見に賛同した。
「いただきます。」
否定するのもすこしバツが悪かったので、シンプソンは恐る恐るお茶を飲む。さきほどと味は変わらない。今からして思えば、お菓子に毒が入っていなかった時点で危険はなかったのだ。
「まあ、有名な手法はカップの口に毒を塗っておくんですけどねー。」
シンプソンは咽た。この従者あれば主人ありである。やけに殺伐とした人たちだとシンプソンは思った。
「ところでー、お伺いしたいことがあるんですよー。」
「何?」
「そうですねー。先ほどミリカさんからは着替えの中でお伺いしましたので、ラスカルさんにお伺いしましょうかー。」
シンプソンは少し警戒する。にっこりとした笑顔の中に何が隠されているのか分かったものではないとシンプソンはパニエをそう評価した。
「シンプソンさんは何を引換えにガチャを回されましたか?」
雰囲気が変わるのをシンプソンは感じた。それは得も言われぬ威圧感。目に見えない何かに圧倒されそうになる。
「それだけは言えません。今は。」
横でおいしそうにお菓子を頬張っているミリカをシンプソンは見た。どうかしたのか、というようにミリカはシンプソンの顔を覗き込む。シンプソンは顔をパニエの方に向きなおす。
「そうですかー。無理強いは出来ませんしねー。では、私が何をかけたのか気になりませんかー?」
「少し。」
なるべく声を低くしてシンプソンは答えた。
「それがですねー、何もかけなかったんですよー。」
一気に場の緊張がほどけた。
「何もかけなかったのに他の何かを引換えにした方々よりいいものを引き当ててしまったのはどうしてかなーって不思議に思っていたのでチャクラさんにお伺いしたかったんですよー。」
「それは不思議ですね。」
シンプソンは適当に答えておいた。
「あ、それと。今日泊まっていかれませんかー?」
それはシンプソンにとってまたとない幸運であった。
「どうして。」
「もしかしたら、泊まるところにお困りじゃないかなーって。この近くにお住まいですかー?」
「いや。貧民街に住んでる。」
「そうですかー。まだ明るいですけどすぐに暗くなりますから、泊まっていかれますー?」
「それなら、よろしく頼む。それと――」
「いえいえ。構いませんよ。」
力になれなくて申し訳ないとシンプソンが言う前にパニエは答えた。
夜空には大きな三日月が浮かんでいた。三日月であるというのに明るく、屋敷の庭まで明るく照らしている。そんな月をシンプソンは眺めていた。屋敷の廊下である。ミリカは疲れてしまったのか早々に寝てしまった。見知らぬ街で眠るのはどんな心地であるのか、とシンプソンはミリカを思った。
「お眠りにならないんですかー?」
廊下からパニエの声がした。
「誰かさんのおかげでね。」
部屋のベッドは今まで見たことがないくらい大きかった。そして、一つだった。ベッドにはすでにミリカが横たわっている。
「それより、こんなことまでしてくれているのに力になれなくて済まない。」
「言えなかったのはミリカさんがいたからですよね。」
この女は心でも読めるのか、とシンプソンは驚いた。
「いえー。心なんて読めませんよー。」
読んでるじゃないか、とシンプソンは思った。
「ミリカさん、記憶がないらしいですね。」
「やっぱりか。」
薄々は勘付いていたが、言葉にされるとその現実が骨に染みる。
「ミリカがどこから来たのかを知ろうとしてたんだろ?」
「すごいですー。心が読めちゃうみたいですー。」
アンタほどではない、とシンプソンは思った。
「おーちゃんも覚えていないみたいですので、困りましたー。」
「どうして困るんだ?」
「いえー。単に興味があったというだけですー。」
少し肌寒い夜風が庭の草花を揺らした。
「あいつ、凄いよな。」
「ミリカさんですね。」
「ああ。」
こくりとシンプソンは頷く。
「記憶がなくって、よく分からない場所まで飛ばされて。でも、あんなに元気に振舞って。俺がパルムに来た時は不安で眠れなかった。」
三日月の近くで流れ星が瞬いた。
「ネヤガワさんは何が不安なんですか?」
シンプソンはパニエの核心をついてくる言葉に慣れた。
「何をすればいいのか分からないんだ。」
そんな言葉にパニエは笑顔で答える。
「私も分からないんですよー。救世主なんて言われてもー。」
そういうことではない、とシンプソンは思ったが黙っていた。
「分かってますよー。世界を救う気なんてないんですよねー。」
シンプソンはこくりと頷く。
「俺は昨日まで自分一人が生きることで精一杯だった。それがミリカを合わせて二人になった。自分自身さえ救えない人間が世界なんて救おうなんて考えられないから。」
うふふ、とパニエは笑う。
「何がおかしい?」
シンプソンはつられて少し笑った。
「本当に優しい方だなー、と思っただけです。」
「どういうことだ?」
「いやー、私も悪魔にはなりたくないですからー。気が付かない方が幸せなこともありますー。」
やはり物騒な物言いだな、とシンプソンは思った。
「まあ、私がアドバイスできることといえば、頑張ってガチャを回すことですかねー。」
「どうして?」
「いえー。世界を救わないまでも、英雄とかになればお金持ちになれると思うんですよ。私たちにはそれができますからー。」
「うん?」
「エンチャンター商会の息子さんや私のような強い味方が出てくるかもしれないじゃないですかー。」
「なるほど!」
力があれば身分や出身など関係はない。
「となると、ミリカでは難しいということか。」
今夢見心地でぐっすりと寝ているおてんば娘を思い出してシンプソンは言った。
「ああ、それとー、フシワラさん以外は知っていることなんですけどねー。」
自分以外の救世主のことなのだろう、とシンプソンは思った。
「どうも希少価値の高いものを代償にした方がいいものが出やすいみたいですよ。エンチャンターさんは魔法石を使って何回も回してたんですよー。」
「流石国庫よりも金があると言われてるだけはある。」
きっとわがままを通したのだろうとシンプソンは思った。あの王であれば簡単に承認しただろう。
「しかし、魔法石なんて、下手をすれば国一つ変えるほどの希少なものだからなあ。俺には難しいな。」
「同じくらい珍しいものだったら、大丈夫ですよー。例えば、この世界に一つしかないものとかー。」
「ますます難しくなってきたな。」
「それなら、魔道具を引き当てた方に相談してみるといいかもしれませんよー?」
「カプサルとか言うやつか。」
「そのタングステンさんですー。」
「数秒前に言ったことさえ間違えるとか。どんだけ凄いんだよ。」
シンプソンの言った言葉の意味をパニエはよく分かっていなかった。
その異変に気が付いた者は極わずかであり、それが何を意味しているのかをその時理解できていた者は誰一人としていなかった。
夜空の三日月の横に小さなひび割れができていた。それは月にひびが入ったわけではなく、空にひびが入ったのであった。そのひびから地上に向けて欠片が一つ降り立った――




