四十七章
彩夏とモンブランへ美里の手紙を探しに行ってから、一年と二ヵ月が過ぎた。月日が経つのは早いもので、彩夏は小学三年生になった。小学三年生になって学級委員に選ばれたみたいで、ますます生意気になった。去年とたった一歳歳を取っただけなのに、身長も伸び、なんだか少しお姉さんになったみたいで、ますます美里にそっくりになってきた。もちろん、半分は僕に似ているけれど……。それが少し嬉しいやら照れくさいやら、親になるということは、こういうことを経験していくものなんだと日々思う。
それはそうと、この間、びっくりすることがあった。清水亜由美と宮原悟が結婚したことを知った。その知らせにすごく喜んでいたら、もっとびっくりすることがあった。清水亜由美と宮原悟のためだけに、僕は彼女たちの実録ミステリーみたいなものを書いていたのだが、それができ上がったので、十ヶ月前に二人に贈っていたのだった。清水さんへの退院祝いだと言って。そしたら、宮原悟がその原稿をある出版社へ持ち込み、僕はなんとその社が主催するミステリー大賞を受賞したのだった。おかげで僕は、どうやら売れっ子作家になったらしく、いきなりあちこちから原稿依頼が殺到し、大賞を受賞した本も一ヶ月で十万部も売れたらしい。だから、今住んでいるボロボロの小さな借家を出て、もう少しましなところへ引っ越そうと思っていたら、僕の噂を聞きつけたのか、大家さんが、ちょうど家を処分したいと思っていたところなので、良かったら購入してくれないかという話を持ちかけて来た。彩夏は公立の小学校に通っているし、小春ちゃんがいるから転校したくないだろうし、僕も転校させたくなかったので、いい話だと思って、大家さんの話に乗った。
それで、このままこのボロ家に住んでも良かったのだが、せっかく大賞賞金や印税も入ったことなので、家を取り壊して、新しく家を建てようと思った。彩夏に少しでもいい暮らしをさせたかったからである。そういう訳だから、まず、仮住まいに引越さなければならなかった。だから、なんだかんだ家の中の物を荷造りしまくったり、いるものやいらないものや整理しまくっていたら、天袋の奥から、見慣れない箱が現れた。なんだろう?と思って、蓋を開けてみたら、ずいぶん古い写真が箱の中にいっぱい詰まっていた。そう言えば、父が亡くなったとき、田舎の家を片付けなくてはならなくなって、そのとき、ほとんどのものは処分してしまったけれど、写真やら、父や母が身に付けていた思い出深いものなどだけは残そうと思って、手元に残しておいたのだった。そのことを思い出した。写真はずいぶんたくさんあって、僕が幼少の頃、父が幼少の頃、はたまた祖父の幼少の頃のものまであった。中には明治、大正時代ではないかと思われる古いものもあって、写真を見ても、誰が誰だかいっこうに分からない人も大勢いた。写真の裏には、苗字と名前が書いてあったので、片桐なにがし~と書かれてあるものは、自分の血縁の先祖なんだろうなということは推測できた。
しかし、父も祖父も自分がこんな古臭い写真の中だけの存在になるなんて、写真を撮られた当時は思いもしなかっただろうから、僕も仕方がないなとは思うのだが、系図とか書いて残しておいてくれれば良かったのにと思った。そしたら、この箱の中の写真の人物が誰だか一挙に分かって、こちらとしては頭の中がすっきりしていいのにと思う。でも、古い写真は見ているだけで面白かった。古い建物や古い自動車、着物や袴、髪型も物珍しく興味深かった。そのごちゃごちゃになって箱に入っている膨大な写真を一枚一枚抜き取って見ていたら、はたと思うものがあった。裏書に「片桐みつ」と書かれてあるものがあったのである。みつ? どこかで聞いたことのある名前だなと思って、表に返して見てみたら、腰が抜けるほどびっくりした。その写真の日本髪の女性は、なんとあの魔鈴ばあさんだった! 日本髪だから、さっき見たとき、見逃していたのかもしれないが、彼女は紛れもなく魔鈴ばあさんだった。片桐みつなんだから、僕の先祖なんだろうが、一体彼女は誰なんだろう? そう思って、他の写真も調べまくった。調べまくったら、僕の祖父が子供の頃に魔鈴ばあさんと写っていて、裏を返したら、「片桐浩介 五歳 母 片桐みつ」と書かれていた。な、な、なんと、片桐みつは僕の曾祖母だった……。
僕は、祖父、片桐浩介のことをよく知らない。なぜならば、僕が生まれたとき、彼はすでにこの世の人ではなかったから。祖父の顔をかろうじて知っているのは、幼い頃、父親に「おじいちゃんがほしい!」とだだを捏ねたことがあったからである。見かねた父は、祖父の子供の頃から亡くなるまでのいろんな写真を持ち出してきて、「この人が浩紀のおじいちゃんだよ」と教えてくれたのだった。けれども、さすがに曾祖母までは教えてくれなかったのだった。
僕の曾祖母と片桐みつと魔鈴ばあさんと魔詐狐ばあさんと掃除婦と美里の居場所を夢の中で教えてくれるばあさん。すべて同じ人間だったんだろうと思う。美里を失い、迷宮の中に入り込んで右往左往している僕を、片桐みつは色んな人物になって、導いてくれようとしていたに違いない。清水亜由美と宮原悟に巡り会ったのも、僕が彼らを結びつけるという役目もあったのだろうが、何年も封印されたままになっていた美里の最後の手紙の存在を僕に知らせたかったんだろうと思う。あの手紙を読まなければ、僕は僕自身で作りあげた呪縛から解き放たれなかったことだろう。片桐みつのおかげで、僕は迷宮から抜け出せた。僕は不幸なのではなく、幸せなのだということに気付かせてくれた。美里は僕と結婚して幸せだったと言った。僕も彼女と巡り会えて幸せだった。その事実こそがすべてだったのである。