四十一章
私は死んだはずなのに、まだ生きていた。生きて今日もベッドに横たわっている。あの日、私は、宮原悟からプレゼントされた水色のワンピースを着て、ビルの屋上から飛び降りた。普段、滅多におしゃれをすることがないけれど、特に海外にいるときは、ディナーは正装するものなのじゃないのかと彼が心配して、買ってくれたものだった。確かにそうだった。私の持っている服の中で一番高価なものかもしれない。それより何より、最後に死ぬ時くらい、宮原悟を近くに感じていたかった。だから私は、あのワンピースを着たんだと思う。
今日、見知らぬ男性が私を訪ねてきた。私が自殺を図ったときに、身に付けていた手紙をその男性が届けてくれたのだった。私はそれを見て、急に現実に引き戻された。死にたくても簡単に死なせてくれないし、生き残ったら生き残ったで、人生がリセットされたわけじゃなく、また同じ辛い現実と引き続き戦わなければならないんだと思った。けれども、彼が訪ねてくれたおかげであることが分かって、うれしかったこともある。彼が実は、私が高校生のときに知り合ったペンフレンドの伊集院美里の旦那さんだったこと。美里とはすごく気が合って、私が愛媛から上京するときも、すごく喜んでくれていた。でもお互いなんだかんだ多忙で、頻繁には会えなかったけど……。でも彼女とは本当に仲良しで、あれこれ時間を工夫してけっこういろんなところへ一緒に貧乏旅行をした。その旅行をしているときが、美里と一番語り合えたし、お互いを分かり合えた時間を過ごせたんじゃないかと思う。けれども、二人とも就職してから忙しくなってしまって、私は年がら年中、国内や海外を飛び回っていたし、美里が妊娠していたときにたった一回会えただけで、ほとんどメールでのやり取りしかしていなかった。そのメールもある日を堺に突然来なくなった。なんだかすごく胸騒ぎがしていたので、美里の実家のほうに連絡してみたら、彼女が亡くなったことを知った。あんなにショックだったことはなかった。美里が結婚したことは知っていたけど、彼女が亡くなってから、彼女の旦那さんが一人で私に会いに来てくれるなんて思いもしなかった。しかも彼は、私が落とした手紙を持って現れた。あまりの偶然に本当に驚いてしまった。
昨日、美里の旦那さんと会ったおかげで懐かしくなって、彼女とやり取りしていたメールを久しぶりに読み返していた。その中のメールで、ファイルが添付されているものがあって、美里は「もし私が死んだら、これを開けて読んでください。亜由美には迷惑をかけるけど、お願いが書いてあるの」と本文に書いてあった。私はそのメールの存在をすっかり忘れていた。あんなに明るくいつも元気だった美里が「私が死んだら……」なんて、そんなことあるはずないと思っていたからだと思う。だけど、今思えば、これを書いた本人は、このときすでに自分の死を予感していたのだろうと思う。
添付されていたファイルはワードで、そのファイルを開けてみた。一ページ目は、私へ宛てたものだった。二ページ目が美里の旦那さんへ宛てたものだった。一ページ目のメッセージには、自分が死んだら二ページ目のメッセージを夫に渡して欲しいと書いてあった。なんでこんな手の込んだことをしたのだろう? だけど一ページ目の私宛てのメッセージに、「自分が死んでからじゃないと、夫に言えないことがあった」と書かれてあった。しかし、このファイルと、彼女が妊娠していたときに、彼女から頼まれた不思議な頼みごとがリンクしていたなんて、想像もしたことがなかった。多分、美里は深く悩んでいたからこそ、生前、夫に言えないことがあったのだろうと思う。だって、生きていた頃の彼女は、明朗快活で、正直で誠実そのものの性格をしていたのだから。きっと、余程の理由が隠されているに違いないと思う。だから、私は、このファイルを必ず美里の旦那さんへ届けなければならないと思っていた。