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長い長い夢の中で  作者: 早瀬 薫
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三十二章

 あの奇跡的な救出劇から二ヶ月が経った。亜由美からの報告によれば、あの後、助けられた赤ん坊は順調に回復しているそうである。今までに体験したことがないほど大きな惨状を和歌山で目の当たりにしてから、僕たちボランティア仲間の結束は強まり、今では災害がなくても定期的に顔を合わせるようになっていた。僕は週末の休みを利用して、ボランティア仲間が多く住む東京へ度々足を運ぶようになった。

 ボランティア仲間の集りに名前が付けられた。みんなで喧々諤々やって、やっとのことで付けられた名前は「あすなろの会」。「明日には今日より良くなっていよう」という願いが込められてつけられた名前だった。「あすなろの会」では、会員が顔を合わせれば、どうすればもっともボランティア活動をスムーズに行えるか、問題点や改善点を主に話し合ったが、そういうボランティア活動に関することだけでなく、ただ単に集ってお互いの近況報告をしたり、ハイキングやバーベキューをしたりと、仲の良い若者のサークル活動的なこともしたりした。そんなことでもしなければやっていられないくらい、ボランティア活動は気の滅入ることも多かったからである。ボランティア活動は、体を使う仕事が多いので、体を使って協力し合うだけで、おのずと信頼関係も一緒に築けた。そういうところは、体育会系のクラブ活動と同じかもしれない。会員どうしの信頼関係は日を追うごとに強まった。

 僕と亜由美との関係も、あの和歌山での体験から急速に狭まった。亜由美から、しょっちゅうメールをもらうようになった。たまに、「あすなろの会」の集いをすっぽかして、二人だけで会うこともあった。それは亜由美の住む東京だったり、僕の住む京都だったりした。中間地点の静岡や名古屋だったりしたこともあった。

 ある日、京都で僕の下宿に近い鴨川沿いを二人で散歩しながら、いろんなことを話した。

「学校の先生って大変でしょ?」

「大変に決まってるよ」

「そっか」

「うーん、でも中学校よりましかもしれないね」

「中学生は反抗期のど真ん中だものね」

「うん。高校の教師も体力的に大変だとは思うよ。風邪なんて引いてられないからね。どんなことがあっても、毎日学校に行ってるよ。授業をすっぽかすわけにいかないから」

「そうだね……、大変だね」

「でも楽しいことも多いよ。体育祭や文化祭はほんとに滅茶苦茶だからね。中学校じゃ、ああはできないと思うよ。文化祭の前夜祭みたいなのを体育館でやるんだけど、毎年、床が抜けるかと思うくらい騒ぐんだよ。初めて参加した一年生は、びっくりして、みんな目をぱちくりさせてるよ。その様子を見てるのも面白いんだけどね」

「ふーん。でも、先生っていい仕事だね」

「そうだなぁ、僕もそう思うよ。愛情をかけた分だけ、彼らは返してくれるしね。卒業式も終業式も毎年感動的だよ。泣かなかった年なんてないと思う」

「へー、宮原さんが泣くんだ。私も宮原さんが泣くところを見て見たいな」

「いや、涙を流すんじゃなくて、目が赤くなる程度だけどね」

「だと思った」

 そう言って亜由美は笑った。

「清水さんは? 探してた仕事は見つかった?」

「うん、ちょくちょく来るようになったの。知り合いのスタイリストさんに声を掛けてもらって、スタジオでモデルさん相手に写真を撮ってる。食べていかなきゃならないからね。でもフォトジャーナリストを諦めたわけじゃないから」

「そっか……。和歌山の助かった赤ちゃんも写真に撮れば良かったのに……。あんな感動的な出来事に出くわすことなんか滅多にないだろうに……」

「あのときは……あのときは、カメラに触ることもできない時期だったから」

 亜由美のその言葉を聞いて、僕も返す言葉がなくて黙り込んでしまった。杉下綾子の「恋人が亡くなったらしいよ……」という言葉を思い出していた。恋人は戦場カメラマンで、彼女は彼の助手をしていたことも杉下綾子から聞いていた。

 亜由美の夢は戦場カメラマンになることで、戦場カメラマンとして第一線で活躍しているもっとも尊敬する人物が彼女の恋人なら、とてもじゃないが僕はその人に敵わないと思った。彼が、すでにこの世の人でなかったとしても……。僕は、この時点で、亜由美以外の女性と恋人として付き合いたいとは思わなくなっていた。けれども、彼女に「付き合ってください」みたいなことも一言も言えずにいた。友達として付き合えるだけで十分だと思っていた。亜由美が、僕のことを本当はどう思っているのかは分からない。多分、仲の良い友人の一人だと思っているだろう。だけど、そんなこと、どうでもいい気がしていた。亜由美と一緒にボランティア活動し、こんな風に二人で色んな話ができるだけで、僕は十分満足していた。亜由美がわざわざ足を運んで、僕に会いに来てくれる事実が、何よりも嬉しかった。


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