二十二章
久しぶりに夢を見た。僕はまた池袋のど真ん中に立っていて、美里を捜していた。なぜだか、僕は池袋で道に迷っていた。どこへ行ったらいいのか分からないので、ぼーっと立っていたら、どこかで聞いたことのある声がして、振り向いたら見たことのある老婆だった。美里がいつものカフェで待っていると教えてくれた老婆だった。でも待てよ、ほかでも見かけたことがあるなと思って、その老婆の顔をじっと見ていたら「人の顔をジロジロ見るんじゃないよ!」と怒られた。その怒りようでそれが誰だか分かった。
「魔鈴ばあさん!」
「はぁ? 誰のことを言っているんだい? あたしは魔鈴なんて名前じゃないよ!」
と怒られた。服装と髪型がちょっと違ってはいたが、けれども、彼女の顔はどう見ても魔鈴ばあさんそのものだった。
「だから、この間も言っただろ! あんたは美里を捜してるんだろ? 彼女はここを真っ直ぐ行って、その先の角を曲がったカフェにいるって言っただろう?」
「?」
「だから、あんた達がよくデートの待ち合わせで使ってたカフェだよ。何回言わせるんだよ。さっさと行きなよ!」
僕は頷きながら、また同じことを言われてる、と思っていた。でも、どうして彼女は僕と美里のことを知っているんだろう? だけど、魔鈴ばあさんに言われたように急がなくちゃ、また何かが起こってカフェに辿りつけないかもしれない。目が覚める前にどうしてもカフェに辿りつかなければならなかった。それなのに、この間、魔鈴ばあさんに言われた「僕の探してるものは、大きなお屋敷の本がいっぱい置かれている部屋にある、とは一体なんの話なのか?」と彼女に訊ねていた。案の定、老婆は「そんなの知るかよ。あたしゃ、魔鈴じゃないって言ってるだろ!」と言った。仕方がないので、僕は、彼女に促されるまま、カフェへ美里を捜しに行くことにした。
池袋は相変わらず、人が多い。若者でごったがえしている。夢の中でもそうだった。僕は必死に人ごみを掻き分け、待ち合わせのカフェに行こうとするのだが、全然たどり着かない。亜由美という女性が飛び降りたビルが遠くに見え、あそこまで行けば、目の前にカフェがあるのになと思うのだが、歩いても歩いても全然たどり着かなかった。ふと気が付くと、僕の前を中学生と小学生らしき二人の女の子が手を繋いで歩いている。よく見ると、二人は前を歩く男を尾行しているみたいだった。僕はその二人の少女が気になって、彼女らに追いついて横顔を確かめたら、冬美ちゃんと小春ちゃんだった。びっくりした……。僕はもしかしたら、彼女達に僕のことを気付かれたかもしれないと思ったが、二人は全然僕に気付いていないみたいだった。僕も彼女達を尾行しようと思っていた。
男は繁華街の中のパチンコ店に入った。冬美ちゃんは携帯を取り出すとパチンコ店の写真を撮った。冬美ちゃんと小春ちゃんは、彼が出てくるまでずっと外で待っているつもりらしい。その男は小一時間ほどして出て来た。どうやら男は勝ったようで、ずいぶん機嫌のいい顔をしていた。男はパチンコ店を出て、十分ほど歩くと、やがて大通りを逸れ、裏道に入った。冬美ちゃんと小春ちゃんもその男に続いた。道を進めば進むほど、人通りが少なくなってきた。二人に、「あまり近付きすぎたら、気付かれてしまうよ」と声を掛けたかったのだが、何せ自分も二人を尾行しているものだから、それができないというジレンマに陥っていた。とにかく、ハラハラしながら二人の少女を見守った。なんでよく知りもしない人間のことをそんな風に思ったのか分からないのだが、この男は碌でもないやつだという直感が働いていた。どう見ても二人が追いかけている男の人相は悪かった。顔の造りは整っているほうで、ハンサムな中年の男性なのに、とにかく目付きが普通じゃないのである。まるでその男の姑息な性格を、その人相が物語っているかのようだった。
五百メートルほど追いかけて、その男は、目立たないひっそりとした雰囲気の建物の二階に続く階段を上って行った。その年季の入った二階建ての建物自体は地味だったが、そこから出されている騒音は尋常でない派手さがあった。そこは雀荘だった。またしても、冬美ちゃんは雀荘の写真を携帯に納め、そこでも二人は男が出てくるまで外で待つつもりらしい。麻雀なんて一晩中でもやってる輩もいるんだから、待つなんていう無謀なことはやめておいたほうがいいと彼女達に忠告しようかと思った。けれども、その男は一時間もしないうちに雀荘から出て来た。しかも血相を抱えていた。男はある男に罵声を浴びせられていた。「おまえ、今度やったら、本当に東京湾に沈めてやるぞ!」と言われていた。僕が推測するに、この男はイカサマの常習犯なんだろう。
その様子を冬美ちゃんも小春ちゃんも呆然と見ていたが、二人は凝りもせず、また男を尾行しはじめた。今度は、昼間は喫茶店、夜はバーになる店に男は入って行った。夢だからできたことだと思うのだが、さっきは冬美ちゃんと小春ちゃんに声を掛けるのも躊躇していたのに、今度は大胆にも僕は窓に張り付いて、中の様子を見ていた。それなのに、冬美ちゃんと小春ちゃんにはばれていないようだった。その男はカウンターに座り、ママと見られる女性をしきりに口説いていた。冬美ちゃんはその様子も携帯に収めていた。十分ほど様子を覗っていたら、一人の少女がその店のドアを勢いよく開けて入っていった。二人の会話から推測するに、どうやらその少女は、ママの娘らしい。見たことのある顔だなと思って、その少女の顔をマジマジと見て驚いた。彼女はなんと、この間、冬美ちゃんを中学校の部室で虐めていた親分格の少女だった。その少女は男を見るなり、ものすごい形相になった。今すぐ帰れ!と言わんばかりの敵対心丸出しの表情をしていた。やがてその少女は暴れ始め、僕は慌てて「やめろっ!」と叫んで、中に入って二人を止めようとしていた。その「やめろっ!」という僕自身の大声で僕は夢から覚めたのだった。
ここまでお読みくださいまして、ありがとうございました。この物語は実は二十三章から二十六章まで、データを失ってしまっています…(泣)。データの復旧しだいアップしたいと思っていますが、このまま二十七章から最後まで載せております。
ご了承ください。