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長い長い夢の中で  作者: 早瀬 薫
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二十一章

 僕が亜由美と初めて出逢ったのは、三年前に起こった南海沖地震にたまたま遭遇したときに遡る。僕は高校の教師をしていたのだが、夏休みなどいつも長期の休みを利用しては、少しずつ四国八十八ヵ所参りをしていた。徳島県、高知県を回って、愛媛県の松山市に辿り着いたときに、たまたま地震に遭遇してしまった。僕は、普通のお遍路さんのように白装束ではなく、Tシャツにジーパン、バックパックと寝袋を背負っているというラフな格好をしていた。だからだと思うのだが、たまたま通りかかった避難所に指定されていた小学校で、ボランティア活動をしている若者に間違われてしまった。確かに避難している人の様子が気に掛かってはいたのだが、明日はちょうど帰省を予定していた日で、ボランティアをする余裕がなかった。だから校門のところで、中の様子をそっと覗っていたら、外から帰ってきたご婦人達に、「さぁ、今からお昼ご飯ですから、遠慮せずにどうぞ、どうぞ」と腕を掴まれ、学校の中に引き込まれてしまった。仕方がないので、おばちゃんたちの言われるがままにしていたら、そこで炊き出しをしていた亜由美に、「どうぞ」と味噌汁とおにぎりをご馳走され、「昼食が終わったら、次は隣村に居残ってるおばあちゃんたちを助けに行きますね」と言われたのだった。

「え?」

「あ、あの、車の運転はできますよね」

「……ええ、まぁ」

「じゃ、昼食が終わったら、私に着いて来てくれますか?」

 僕は内心、「えーっ?」と思ったのだが、亜由美の言葉には有無を言わせない魔力のようなものがあった。それに彼女は、じっと眺めていたいと思うほどの美しい容姿の女性だった。彼女の服装も僕と同じただのTシャツにジーパンという質素な格好なのに、彼女の周りだけ花が咲いたような雰囲気に包まれていた。でも、僕が亜由美の申し出をその後一週間も断れなかったのは、そんな理由からではない。彼女はそんなことを一切鼻にかけない素朴で誠実な人柄で、一生懸命地元の人々に尽くす彼女の姿に僕は感銘を受けたのだった。

 昼食を食べた後、僕達が軽トラックを運転して向かった場所は、落石の酷い川沿いにある地区だった。途中、車を何度も止めて、石を除きながらその地区へ向かった。

「本当はね、消防から連絡があって、危険だから行かないほうがいい、僕たちが行きますから、と言われたんですよ」

「ふーん、そうだったんですか……」

「だけど、待ってたらいつになるのか分からないじゃないですか。今からお伺いするお宅には、足の悪い奥さんと旦那さんがいらっしゃるんです。ご飯だって食べられてないかもしれないし、急がなくちゃ……」

「そうですね。それは大変だ……」

「だから、すみません。危険なのに着いて来ていただいて……。えっと、……」

「あ、名前ですか?」

「は、はい。すみません。お名前もお伺いしてなかったですね」

「宮原悟といいます」

「宮原さんですか……。私は清水亜由美といいます」

「清水さんの地元は松山なんですか?」

「ええ、そうなんです。だけど、今は東京で働いているんですよ。ちょうど休みをもらって、帰省してたんですけど、そしたらたまたまこんなことに……。東京に帰るに帰れなくなってしまいました」

「そうなんですか……。それで、ご実家は大丈夫だったんですか?」

「ええ、家は屋根が破損したみたいですけど、幸い両親とも怪我もなく無事でした」

「それは良かったですね」

「ええ、でも素直に喜んでいたら、なんだか他の方に悪いような気もして……」

「それはそうかもしれないですね……」

「とにかく、少しでも困ってる人のお役に立てればと思ってます」

 そう言って、亜由美は僕の顔を見て笑った。彼女の笑顔は輝くように美しかった。これが、僕と亜由美の出逢いだった。

 それから、一ヶ月くらいして、どうにか震度三を超える余震もおさまり、避難所も閉鎖されたので、ボランティア活動をしていた者たちは、それぞれの帰るべきところに帰って行った。そのときは、その後再び亜由美と会うこともないだろうと思っていた。しかし、ちょうど一年後、巨大台風がもたらした大洪水で被災した長崎でボランティア活動をしていたとき、偶然彼女に再会することとなった。南海沖地震で亜由美と出逢ったおかげで、ボランティア精神に火の点いた僕は、その後、機会があるごとに、積極的に被災地のボランティア活動に参加するようになっていたのだった。遊びに来たのではないのだから、そんなことを思うのは甘えた話なのかもしれないが、やはり初めての場所で知っている顔があると何かと心強い。今回もお役所の人たちと喧々諤々やりながら、僕たちは一生懸命被災者の人々の役立つよう力を尽くした。

 亜由美は、誰から見ても、美人で聡明で人柄もよく、男性からもてる人だった。当然、彼女に恋人はいるだろうと思っていたのだが、そんなことを気にせず付き合える男友達のような気さくさに僕は惹かれていた。当時、僕と亜由美とはただの友人関係で、彼女が最愛の人を亡くし、その気持ちを紛らわすかのように、ボランティア活動に勤しんでいたことなど、そのときの僕は知る由もなかった。


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