十章
池袋周辺の出版社を調べてみたら十数件あったので、片っ端から電話を掛けて女性カメラマンのことを知らないかと訊いてみたが、どこにも手がかりはなかった。仕方がないので、次は電器店をあたってみることにした。まずは池袋駅の東口にある電器店のカメラ売り場を訪れた。池袋駅近辺の電器店は大型店舗で、店の中に入った途端、うんざりするくらいの人がいっぱいいて、店員の数もけっこういたから、誰に何を訊いたらいいのか、一瞬頭が真っ白になったが、とにかくすぐ近くにいる一番暇そうな店員をつかまえて、事情聴取することにした。僕は亜由美の写真を引き伸ばしてビラのようにし、「この人を知りませんか?」と写真の上部に大見出しをつけていた。その写真をカバンから取り出して店員に突き出し、「この人を知りませんか?」と訊いてみた。店員はその写真を受け取るとマジマジと眺めた。
「うーん、綺麗な人だから、見たことあるような気もするなぁ」
「見たことがあるんですか?」
「ええ、でもはっきりと確信があるわけじゃないです。僕は接客したことはないと思います」
「そうですか……」
僕はあからさまに落胆した。すると彼は僕を気の毒がってくれたのか「この方、行方不明になられてるんですか?」と訊いてきた。僕は一瞬戸惑ったが、「そうです」と答えていた。
「そうですか……、ご心配ですね……」
「ええ……」
「ちょっと、待ってください。売上げナンバーワンの男に訊いてみますから。彼なら知ってるかもしれないし……」
それを訊いて、あ、そっか、暇そうな人間を選んではいけなかったんだと気付いた。その店員は亜由美の写真を持って、忙しそうに接客しているもう一人の店員に「接客が終わったらちょっと時間を下さい」と伝えてくれていた。売上げナンバーワン店員の彼を待っている間に、鍵の掛かったガラスのショーケースに入っている高額カメラを見ていたが、その値札の数字の桁の多さに眩暈がした。しばらくして暇そうな店員は、売上げナンバーワン店員を連れて戻ってきてくれた。暇そうな店員の顔は少し嬉しそうだった。売上げナンバーワン店員は僕が渡した亜由美の写真を見るなり「ああ、この方、清水さんじゃないですか! 彼女にカメラを購入していただいたことがありますよ」と笑顔で何の迷いもなく答えてくれた。
「ほ、ほんとですか!」
そうか名字は清水というのか。意外にも早く名字が分かって、僕は内心狂喜乱舞していたが、行方不明者を捜しているという設定なのだから、彼女の名字も知らなかったということを店員に悟られてはならぬ。なんだかややこしいことになっているが、どうにか切り抜けなければ……。
「ええ。女性の方なのにカメラに詳しくて、しかも高額商品を購入してくださる方は珍しいものだから、最初から特に印象に残ってました。その後も二回ほど買ってくださったと思います」
「そうなんですか。彼女はやっぱりカメラマンをやってるんですか?」
「ええ、そうおっしゃってましたよ。村上修司という写真家をご存知ですか?」
「ああ、あの有名なフォトジャーナリストの……。名前だけは僕も知っています」
「彼に師事していると清水さんはおっしゃってました。彼の助手をされてたんですよ」
「そうでしたか……」
「僕もカメラ売り場を担当しているせいか、カメラにすごく興味があってですね、彼女とはよく話が弾みました。そんな僕のことを気に入ってくれたのか、村上氏の個展のチケットを何度かいただいたりしたんですよ。だから彼女のことは間違いようがないです。でも彼女がうちの店に来られたのはもうずいぶん前のことで、最近はお見かけしていないんですよね……」
「そうですか……」
「ちょっと待っててください。今、顧客記録を調べてみますから」
そう言って、売上げナンバーワン店員は、レジカウンターの横に設置されているパソコンに向かった。しばらくして「ありましたよ!」と顔を紅潮させていた。
「えっと、フルネームは清水亜由美さんですね。お知らせするのは、携帯番号と住所でいいですか?と言いたいところだけど、残念ながら個人情報を他人にお教えすることはできないんですよね」
「え?」
「あ、でも、ちょっと待っててください。僕が彼女に電話して確認してみますから」
「は、はい! ありがとうございます!」
「あ、でも、購入記録が四年前になってますね……。もう引越されてるかもしれませんね。ま、今ちょっと携帯に電話してみます」
そう言って彼は亜由美に電話してくれたのだが、「この電話番号は、現在、使われておりません」と無情にもアナウンスが流れたと彼は語った。
僕はそれを聞いて酷く落胆した。もちろん、二人の店員も困惑している。
「あのぉ、さっきおっしゃってたけど、清水さんは行方不明になっていて、それで捜しているんですよね?」
その問いに、僕は黙って頷いた。
「ご家族の方に頼まれた、とか?」
僕は顔をしかめて内心ドキッとしながらも、またもや黙って頷いた。
「もしかして興信所の方?」
僕は、眉間に皺を寄せ、目玉を上に向けて考え込んだが、やっぱり頷いた。
「だったら、仕方ないかな……」
しめた!と思った瞬間、「僕、実は探偵事務所に勤めているんです。清水さんのご両親から捜してくれと依頼がありまして……。だからその、申し訳ないんですけど、住所を教えていただくことはできませんか? 教えて下さったら、もちろん誰に教えて貰ったとかは、誰にも口外いたしません」とスラスラと嘘が口を突いて出た。
「はぁ、そうですか……」
「彼女は、実は十八歳で家出してまして……これ以上はそのぉ……。お察しいただければと思うんですが……」
売上げナンバーワン店員と暇そうな店員はしばらく顔を見合わせていたが、なんとなく納得してくれたのか、二人とも不安そうではあったが、頷いてくれた。そして、僕は自分の免許証を財布から取り出すと彼らに見せた。「そして、コピーして保存して頂いて結構です」と言うと、それならという感じで、売上ナンバーワン店員は亜由美の住所を教えてくれたのだった。その後、僕は「本当に助かりました」と何度も何度も二人にお礼を言って、後ずさるようにして売り場を離れた。
とりあえず、亜由美という女性の素性の一端が知れたことが嬉しくて、電器店を出ると急いで電車に飛び乗り、亜由美の住所へ向かった。彼女のマンションに辿り着き、部屋の表札を確かめたが、そこには「清水」ではなく「坂本」とあった。僕は酷く落胆したが、気付けばインターフォンを押している自分がいた。応対に出てきたのは女性ではなく男性で、当然のごとく「前の住人のことは何も知らない」と答えた。マンション周辺での聞き込みをしようかと思ったが、駅に近いこのマンションで聞き込みが出来そうなところは、この間、もう既に済ませてしまっていることに気付いた。しかも、ここから自宅へ帰るには、一時間弱を要する。今すぐ電車に飛び乗らなければ、どう考えても彩夏の帰宅時間までに家に帰れないと判断した。今日のところは一旦帰宅して、インターネットで村上修司氏のことを隈なく調べてみるしかないと思っていた。