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僕はふう太ー猫族の王子

作者: 郡司 誠

 僕はふう太。元々の親が付けて呉れた名前は知らない。もうすぐ5歳の所謂⦅いわゆる⦆人間世界で言う処の牡の成猫である。

 僕は生まれて間もなく親から離され飼い猫としての躾⦅しつ⦆け教育を受け、とあるペットショップの檻の中に閉じ込められていた。回りには自分と同じだと思うのだが種類の異なる猫達、そして、その他の初めて見る自分とは姿形の違う様々な生き物がそこかしこの檻に入れられていた。

 うるさく臭いも厳しく身体の弱かった僕には堪らなかった。不思議と親から離された寂しさ悲しさは感じなかったが、これは僕の種族の性なのかも知れない。それにしても檻の中は退屈極まりない。苛立つ。どうにかして欲しい。結局眠るしか無かった。

 その日は寒かった。生まれて初めてのクリスマスにはまだふた月ほど有ったので、本格的な冬と言う訳では無かった。その頃の僕は一日の大半を暖房敷きマットの上で過ごして居た様でその時も気持ち良く熟睡していた。

「この仔猫の下に敷いてあるのがウォームマットです。鳥籠に入れたりハムスターにも使ったりします。今取り出しますね」

 ベテラン店員の中井さんだ。僕達の里親を真剣に探して呉れ仲間内でも至って評判の良い年配の人間の女性だ。

「お嬢さん、この仔猫を抱いていて貰えます。はいそうっと、大人しいでしょ」

「可愛い。お姉ちゃんお母さん見て見て。耳がこんなに小さくて目もまん丸。可愛いい」

 騒々しいなあ、眠いのに。この時はこの一人大はしゃぎしている人間の女の子にこんな感情を抱いたと思う。この子が後に僕と親友になる大好きなはるかちゃん、はるべえだ。僕はそれこそたらい回しに次から次へとこの一家の女性陣に抱かれた。みんなウォームマットはそっちのけで、

「ほんと可愛いね。この仔、本当に猫?」

「大人しい子やねえ。この仔、赤ん坊やね」

 そこに続いて、

「お父さんにも持たせて」

 何だ、このごつごつしてぎこちの無い抱き方は。それと何が持たせてや。僕は荷物か。これがこの家族との初めての出会いであった。

 僕はスコティッシュフォールドと呼ばれる猫族らしい。中井さんに拠ると、スコティシュフォールドは半世紀以上前に英国スコットランドで産まれた奇形で人間の勝手な研究に因ってこの世に誕生した垂れ耳で大人しく家猫専門の新種らしかった。その為か、3分の1の割合でしか耳が垂れ下がらず、無事に成長するのもやはり3分の1程度で、全般的にはひ弱な体質の種族だという事だった。現在、英国に於いては動物愛護の観点から僕の種族の繁殖は禁止されているとの事だ。

「それじゃこのウォームマット頂けますか」

 たらい回しの終着駅はやはりはるかちゃんだった。そして隣りには四つ上のお姉さんのまのあちゃんが居た。

「まのあ、はるか、もう帰りますよ」

 お母さんが言った。

「はるべえ、行くぞ」

 今度はお父さんが言った。お父さんは下の子を愉しげにいつもこう呼んでいた。

「もうちょっとだけ待って、お願い」

「だめだめ、ほら、17万円ってあるでしょ」 

「もうちょっとだけでいいから、待って」

「可愛過ぎると帰れなくなるでしょ」

「いやや、お姉ちゃんも何とか言ってよ」

「そうやなあ、そうやお母さん、はるかと二人で貯金して返すから、飼ったらあかん?」

 僕はうとうととしていた。抱き方が他の今までの人間と違う、この子とは完全に波長が合う、と言うより肌触り感触が妙に懐かしく思われたのだ。たった今から僕もはるべえと呼ぼう。はるべえが闘って呉れている。赤の他猫の少なくともつい先程までは全く見ず知らずであった僕の為に頑張って呉れている。嬉しい。飼い猫冥利に尽きる。

 はるべえの為、と言うより自分達の為に今しなければならない事は強敵お母さんに媚びを売る事だ。僕はあまりニャーニャーと鳴く種族では元来無いのだが、はるべえの応援の為に可愛い仕草と共に猫なで声を連発させてみた。

「取り敢えず今日は一度家に帰って皆で相談しましょう」

「でも他に飼い主が決まったらどうするの」

 見て居られない。はるべえの目から今にも涙が零れかけている。必死になって呉れている。しかしこれ以上この女の子を悲しませたく無いのも事実である。有り難うはるべえ、もういいよありがとう。本当にもういいよと言ってやりたかった。

「その時はこの仔と縁が無かったと言う事でしょう」

「何でそんなに冷たく言えんの。違う。ここで巡り逢ったのが運命なんや。絶対にいやや」

 僕も今度は自分の為に必死に甘えた。  

「うちの子になりたいと目で訴えてやるやんか。今度来た時に居らんかったらどうすんの」

「店員さん、中井さんと言われましたね。少し厚かましいんですが明日一日この仔猫を予約という事で置いといて貰えませんか」 

 流石はお父さんだった。置いといてと言う荷物扱いは頂けないがひとまず収まりそうだ。

「わかりました。勿論それで結構です。さあお嬢さん、涙を拭いてくださいね。屹度お待ちしていますから」

「はい」

「ありがとうございました」

 広いショップ内のあちらこちらより声がした。丁度閉店時刻となっていた。僕の運命は明日に持ち越された。明日必ずもう一度はるべえに逢いたいと心より願った、恋人を想う心境の様に。今直ぐこの檻から出て行き、一家の後を追い掛けて行きたかった。

―以下は、後日はるべえより聞いた話である―

 その夜一家で話し合いが為された。切り出しはやはりお母さんであったそうだ。夕食時は敢えてその事には誰もが触れず、皆黙々と食事を済ませた。それ程この一家にとっての大事案として扱って呉れた訳だ。

「あの仔猫の事だけど、お母さんとしては今の家の経済状態では無理をし過ぎると思うの」

「しかし可愛いかったよなあ」

「もうお父さんったら、駄目でしょう」

 関東生まれのお母さんは時々標準語を喋る。

「お願いお母さん、うんとバイトしてお金を貯金して返すから。飼ってお願い」

「どう見ても運命の出逢いやと私も思う。一人留守が多いはるかの良い友達になると思うし」

「お母さんもそれは考えたけどやっぱり家には贅沢過ぎると思うの。もしもどうしてもって言うならお友達に仔猫を貰って欲しがっているお家が有るから、それではいけない?」

「違う違う。ふう太でないとあかんねん。他の猫やったら要らん、飼いたくない」

「おいおい、ふう太って誰や。もう名前付いてんのかいな。まあええ名前やけどな」

「お父さん怒りますよ。いい加減なんだから」

「お母さん可愛い名前でしょ。あの仔にぴったりやと思うへん。あの仔私の弟みたいに思うの。今も一人で寂しく私達を待ってると思うと辛いねん。大事に世話をするから。はるかもこれから良い子になるから。お願い」

「可愛いのはお母さんも同じですよ。でもね,はるかの進学の事も有るしね。お金が要るのよ」

「だから私もバイトするって言ってるでしょ」

「受験を前にバイトなんかさせられますか」

「そうやなあ、お母さん。お母さんの言う事はその通りで最もやと思う。そうやから言うてはるべえもお姉ちゃんも気い変わらんやろ。後はお父さんに任せて今日はここまでにしとこう。明日いろいろと考えてみたい事が有るしね」

 その日の話し合いはこれで終わったそうだ。この家族には本当に稀な沈黙が続いた。それは各自が寝床に就くまで続いたそうだ。一人を除いて重苦しい雰囲気の侭、運命の一日が終わった。

 次の日、お父さんは既に僕を引き取る方向で一人着々と事を運んでおり、事前に集めた情報を基に勤め先より3度僕の店に電話を入れ、見事に駆け引きを成功させたのだった。

「仔猫を初めて飼われる方の為の小道具類、ペットケース、うんち箱、うんち砂、猫じゃらし、ウォームマット等全てお付けしての15万ですか・・・。解りました。それで結構です」

 家族の一員になる可愛い仔を値切って手に入れるのには若干抵抗はあったと、後日お父さんは僕を含めた皆に頭を下げていた事があった。

「お母さんか、お父さんやけどな、今から30分もせん内に家に着くから、出掛ける支度をして待っといて。皆でふう太を迎えに行くから」

「えっ」

 この日の僕は朝から不安で一杯だった。はるべえが来て呉れないのか店の入り口辺りにばかり視線を向けていた。あの子ともう一度逢いたい。その気配は夕方になっても全く無く、愛しさがピークに達した夜七時頃突然中井さんが檻かごの扉を開き僕を抱え上げ、

「良かったね、飼われるお家が見つかって。きれいきれいにしておこうね。君は猫族の王子様だからね。誇り高く威厳を持って生きて行って頂戴ね。名前は何と付けて貰うのかしらね」

 昨日の女の子、はるべえの家か。もし違ったらどうしよう。僕は最期の審判を待つ罪猫の如く怖かった。いつもは自分の舌と手足で身繕いするのだが、今日は中井さんが特別丁寧に丹念に世話をして呉れた。どうしよう。誰が来るのか、どこへ連れて行かれるのか、気が変になりそうだ。今更ながら自分達に里親を選ぶ権利が無いのが歯痒かった。入り口付近をずっと見ていた積りだったが一瞬見落としたらしく、突然目の前にあのはるべえが現われ、

「居た居た。ふう太、お姉ちゃんよ。今日から貴方は山川ふう太。私の弟よ。早く帰ろ」

 本当にあの下の子、はるべえだった。嬉しかった。ニャーニャーと鳴き続けた。はるべえは僕の顔に頬ずりをしながら抱きしめて呉れた。曇った顔の僕の様子を心配そうに見守って呉れていた周りの仲間も安心したのか思い切り拍手喝采をして呉れた。はるべえに続いて、お姉ちゃんお母さんと近づいて来た。レジで勘定を済ませてお父さんもやって来た。一家で迎えに来て呉れた。自分は幸せ者だ。店内を騒がせた僕を含めた家族はお世話になった皆に別れを告げ、山川家に急いだ。

 それにしてもはるべえが何度も呼んでいた「ふう太」って誰なんや。多分僕の事やろうな。     (了)                                                               



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