キュン死不可避
オズワルドがシーザーお兄様に連れられてお出かけしてしまいました。可哀そうに、一体何の為に駆り出されたのか知りませんが、ロクな事ではありませんでしょう。
たまにある事なのですが、こういう日はわたくしは外出する事は許されず家で大人しくしているようにと口を酸っぱくして言われております。
オズワルドだけでなく、家の者みんなに言われ、もしこっそり外へ出ようとすれば誰かに見つかり即座に待ったが入ります。
あ、いえ、こそこそとシメオンの所に行こうとしたなどと、そんな……一回。一回だけですのよ。
「貴女は一度誘拐されたというのに懲りていないのですか」と氷風吹きすさぶような空気感の居間で、お母さまに懇々とお説教されたのでもう二度としないとか、そんな子供みたいな理由で大人しくしているわけではなくってよ!
わたくしこれでも人生やり直してますので、三十年近くルルーリアやっておりますのでね。そんな幼稚な……いえこれ以上は言わないでおきましょう。
仕方がありませんので、弟のアルーシュと共に本を読んだり、彼が剣術の特訓を受けているのを、「あらあら必死になっちゃってまぁ可愛いわねぇ」とのほほんと見守ったりしています。
「ねぇ」
ちなみに弟のアルーシュは将来槍使い(ランサー)になるのが夢なんですよ。お父様はちょっぴり不服そうでしたが、なりたい職業に就くのが何よりの幸せだと思います。
家はお兄様が継ぐのだから安泰ですしね。
まぁ将来、わたくしがドカーンと国ごと吹っ飛ばしてしまう予定なのですが。
「ねぇ、ルルーリア嬢。さっきからブツブツ何を言っているんですか?」
「えっ!?」
振り向くと、女の子のように可愛らしい顔が、こてんと傾げられた状態でわたくしを見つめておりました。
い、一体いつからそこにいらっしゃったのですか、ランベール……
自室に居ればオズワルドもお母さまだって文句はあるまいと、引きこもっていたせいで、侍女を含め何人たりとも入って来ないと思い込んでおりました。
自分の世界に浸りまくっていたわたくしは、ランベールが入ってきた事にも、話しかけられていた事にも全く気付きもしませんでした。不覚です。
「何か考え事ですか?」
「ええ、まぁそのような感じですわ。この国の展望について少々」
「政に興味がおありなんですか」
へぇーと感心したように頷いて下さっているランベールには申し訳ありませんが、政には毛ほどの興味もございません。
ここで否定すれば、わたくしの考える「展望」を話さなければならなくなるので有耶無耶な感じで流しますが。
「それで、ランベール様は今日はどういったご用で?」
特に約束などはしていなかったと思います。わたくしのスケジュール管理を行っているオズワルドも出掛ける前に何も仰ってませんでしたし。
「こ、ここには珍しい魔術書がいっぱいあったので、その……」
顔を赤らめてもじもじ。ランベールが女の子で、わたくしが男の子ならここでキスを仕掛けていたかもしれません。それくらいの可愛らしさです。ああ、わたくし女で良かったわ。
しかし成程。ご自宅では魔術の勉強がしたくても、父親や家族の目が気になって思うように捗らないし、魔術書も手に入れられないから手っ取り早くここへ来たと。
実は、以前のお兄様の誕生会でわたくしとランベールに接点が出来た事に、ハロウズ子爵は目ざとく気付いていて、あれから稀にですが、ランベールをここに寄越すようになっていたのです。
あわよくば、わたくしと婚姻を、なんて身の程を弁えない野望を打ち立てているのかもしれませんわね。
ふふ、本当に脳みその小さい野心家さんだこと。
そしてランベールのなんていじらしいこと。わたくしが否定しなかったというのが大きかったのか、あれからわたくしに対しては卑屈な物言いをする事なく、素直に魔術への想いを伝えて下さるようになりました。
この間なんてキラッキラした目で、いかに魔術が尊いものなのか。この世界の根幹にかかわる力であるのだと、シメオン以上に熱弁を振るって教えて下さったわ。
前の生では、シメオンとランベールは魔術師団に所属していた時期が被っていなかった事もあり面識は無かったようですが、二人を会わせてみたらどうなるのでしょう?
……あまりわたくしに利のある結果を産みだしそうにはありませんわね。止めておきましょう。
「あ、あのルルーリア嬢。ダメでしょうか……? 魔術書を貸していただくのは。えっと、部屋の隅とかお庭の端っことか、邪魔にならないようにしますから」
ひ く つ !!
この方の卑屈っぷりを甘く見ておりましたわ! お庭の隅っこって。この屋敷の隅っこが一体どの辺りにあるのか分かっていて仰っているのかしら!?
誰もダメだなどと言ってはいませんのに。ちょっと思考が他所に飛んでて黙り込んでしまったわたくしにも非はありますけれど。
「ランベール様!」
ぱちん、と彼の柔らかな両頬を平手で軽く叩くようにして押さえる。
ひよこみたいに、唇を寄せた顔も可愛らしい。ちょっとジェラシーを感じます。
「魔術書をお庭に持って出られては困ります」
「う、ごめんなさい」
「あと、お客様を部屋の隅に追いやっていたなんて知れたら、わたくしが怒られてしまいます。ですからどうか、わたくしの為と思って堂々と読書なさって下さい」
「はい!」
あら良い返事。大人になってからだと分りませんでしたが、ランベールって表情豊かな方ですのね。
シュンとしたり、パァッと明るくなったり、瞳をうるませてみたり、顔を赤らめてみたりと忙しない。
わたくしにお許しをもらってウキウキのランベールに、内心でほくそ笑む。
「好きな本を持ち出して頂いても構いませんが、ただし、一つ条件があります」
え、とランベールの表情が硬くなる。あら本当に素直な方。
「お勉強の前に、わたくしと遊んで下さいな」
それが魔術書と、勉強する場所を提供する交換条件です、と笑顔で突き付けると、ランベールは口を開けたまま暫く呆けていました。
ほほほ! わたくしがそう簡単にランベールに学ばせると思ったら大間違いでしてよ!
なんてったって、わたくしはランベールが優秀な魔術師になるのを阻止するという使命がございますもの。
こんな幼い頃から学術書を読み耽っておいでになられたら、前世よりも更に優秀になってしまうじゃないですか。それだけは断固阻止!
こうなったら大人しく楚々としたご令嬢の皮を破ってでも、共にお庭を駆け回って彼の体力を削ぎ、くたくたにして勉学どころでは無くしてしまう作戦です。
自分で言うのもなんですが、これ結構いい作戦だと思うのです。
わたくし自身の心象も落とさず、尚且つランベールの勉強の時間も削ぐ事が出来る。完璧です。
「ね、いいでしょう?」
まさか、嫌とは言わないですわよね? 断ったりしたら二度と魔術書かしませんよ? と無言の圧力をかけつつ両手を握って至近距離で尋ねる。
ほぼわたくし達の背は同じなので、少しだけ屈んで下から見上げるように見つめます。
するとランベールは目を泳がせて「んんんん」と悩むように唸った。
え、魔術書を目の前にぶら下げても、そんな悩むほどにわたくしと遊ぶのは嫌ですか? ちょっとショックなのですが。
「ぼ、僕と遊んでもちっとも楽しくないかもしれません」
あ、そっち。
わたくしとが嫌なのではなく、ご自分に自信が無かったのですね。さすがランベールですわ。
「そんな事は絶対にございません。今こうしていている間も、わたくしはランベール様と一緒ならとても楽しいですもの。でも……もしやランベール様はわたくしと居ても」
「僕は! 僕は、ルルーリア嬢と一緒で、楽しくなかった事なんてありません!」
「まぁ」
顔を真っ赤にしての告白に、思わず驚きの声を漏らしてしまいました。
常に、「はぁ」とか「ふぅ」とか溜め息交じりで喋る、世を儚んでいるのですかと言いたくなるアンニュイな表情ばかりの大人のランベールからは、全く想像もつかない可愛らしさです。
思わずギュッと抱きしめたくなるような愛くるしさですが、そこは自制心で押さえます。握っている手に若干力が入ってしまいましたが、このくらいは許容範囲でしょう。
「こちらからお願いします。僕と、遊んで下さいルルーリア嬢!」
うっ!! 可愛い!! キュン死する……!
本当にこの方は、あのハロウズ子爵と血の繋がった御子なのでしょうか。
結局その後、天使のような愛らしさに負けたわたくしは、弟のアルも巻き込んでお庭で追いかけっこをしたり、かくれんぼをして存分に子供らしくキャッキャと思う存分遊んだのでした。
そしてティータイムでお腹を膨らませた後、襲ってきた眠気に勝てず、三人寄添うようにしてお昼寝をし。(それをお母さまやハンナ達が微笑ましく見守っていたなどつゆ知らず)
その間に帰ってきていたオズワルドが、何故かものっすごく機嫌が悪くて驚いたり。お兄様が笑いを堪えながらそんなオズワルドの肩をバシバシと叩いたり。
そんなオズワルドに恐れをなしたランベールは、若干青褪めながらも、丁寧な挨拶を述べて帰っていったのでした。
途中から目的を見失っていた感が否めませんが、兎にも角にも、ランベールに勉強なんてさせないぞ大作戦、成功でございます!
ありがとうオズワルド。成功の功績の大半は貴方にあると思います。何故そんなに不機嫌なのか存じ上げませんけれど。
いつもと同じ無表情なようでいて、凍てつくようなオーラを発し続けるオズワルドを、平常通りにまで戻すのに途轍もない苦労を強いられましたが、わたくしの当初の目的は達成されましたので良しとしましょう。
オズワルドの機嫌を直すのに何をしたのかは……秘密という事でご容赦くださいませ。
色々とすみませんとしか言いようがないです…




