魔術師団長
にこにこと笑うわたくしを、不審そうに見つめるアイリスの瞳がとても美しい。
わたくしは今、王の謁見の間というだだっ広い――まぁ玉座のある所ですが――お城と言えば一番に皆さんが思い浮かぶ、そこにいます。
何故かと問われれば任命式に参加させていただいるからですとお答えします。
なにのって、それは勿論、騎士団長と魔術師団長のです。
玉座から見て左側に魔術師達がずらり、右に騎士団員達がずらりと列を成して勢揃いし、また役職に就いた官吏の方々も出席しております。
団長の代替えは特に時期が決められているわけではございません。現団長が何か大事件を仕出かして罷免されるか、死亡又はその職を全う出来ない状態になるかで空席状態になるか、はたまた自らの意志で辞職を申し出るか。
その時々のタイミングで代替わりするものですので、今回騎士団と魔術師団の時期が被ったのはただの偶然でしかありません。
が、同じようなタイミングで代わるなら、面倒だし一緒にやって一気に片付けちゃおうぜ! という軽いノリでこの度このような大きな式になったというわけです。
一般に告知されているものでもなければ、内々に済ませるものですので、本来ならばわたくしのようなお子様が参加などするものではないのですが、ふふ、こんな時にこそ公爵家の権威を最大に使わせていただかなくてどうするのですか。
このルルーリア、生まれて一番ではないかというくらい、お父様におねだりをしました。もうあれは、ゴネたと言っても問題ない勢いだったと自覚しております。
新騎士団長はなんと! オズワルドのお父様。ついにホフステン家が騎士団を乗っ取る……いえ、仕切る時代がやって来ました。その事に一番反応をしたのは言うまでもなくレオナルド王子でして、是非生でガチムチを、いえ、ホフステンのおじ様の凛々しい晴れ舞台を見たいと言い出しまして。
わたくし、これに便乗させていただきました。
わたくしの目的はおじ様ではなく、魔術師団長の方です。そう、この度任命されたのは若干十七歳になったばかりのシメオンなのです。
シメオンと言えば。皆さんは覚えておいでかしら。わたくしが五歳に時間を逆行して少しした時にお話ししたのですが、彼はなんと未来の魔王様であらせられます。
わたくしが闇堕ちする切っ掛けにもなった方ですわね。
これは彼に近づく絶好のチャンスではないかと思ったのです。今までも実は彼に接触できないかと画策していたのですが、公爵家の深窓の令嬢と一介の魔術師でしかない青年が偶然にも出会う確率なんてこれっぽっちもありはしませんでした。
どれだけシメオンが実力主義の団の中でも抜きんでた才能を如何なく発揮し、化け物と恐れられる程の傑物だっとしても。そして先の北方での魔物討伐の遠征部隊で尋常ではない功績を上げていたとしてもです。
というわけで、お父様に無理を言って任命式に出席させていただいたのです。
実はわたくし、シメオン様をとても尊敬しているのです、ファンなのですと、熱のこもった目で訴え続けました。
彼の功績を列挙して褒め称え、一目でいいからお会いしたい、出来ればお話がしたいと数日間言い続けた結果、努力が実を結んだというわけです。
どちらかと言うと仕事一辺倒で家の事は妻であるお母様にすべて任せ、子供ともロクすっぽコミュニケーションを取って来なかったお父様ですが、一応自分の子供は可愛かったと見えます。
仕方がないと溜め息を零しつつも、頼られて少しばかり嬉しそうだったのをわたくしは見逃しませんでした。
しかしタダ遠くからお姿を拝見するだけでは意味がありません。ちゃんと接点を持たなければならないのです。
そこでわたくし考えました。レオナルド王子もそそのかしましてね、ふふふ。
任命式では、王より与えられた剣と杖がそれぞれ手渡されるのですが、その大役をわたくし達に譲っていただいたのです。
本来なら前団長より王へ返還され、それをまた新団長へと譲渡するのです。その、「はいよ」とお渡しする役をさせてもらう事になりました!
七歳の子供の背丈よりも長い、そしてジャラジャラと重い装飾が施された杖を持ち、ふらふらとよろめくわたくしを、大人達がハラハラと見つめています。
そりゃそうでしょうね。これ落として装飾の欠片でも破損しようものなら、修理にどれだけ掛かるか。
大役に、というよりも壊さないようにという点に全神経を集中させながらわたくしはゆっくりと、片膝をついて屈み、頭を下げているシメオンへと近づいてゆきます。
「お顔を見せて下さいませ。シメオン・ファーレル様」
ピクリと僅かに肩を跳ねさせて、シメオンは顔を上げて、わたくしを認めると目を見開きました。
なんでこいつが杖を持っているんだ。何故こんな子供が、と言いたげな表情に、してやったりとわたくしはもうニコニコです。
けれどこれだけで満足するわけにはまいりません。
「この度は就任おめでとうございます」
おじ様二人に支えてもらいながら、魔術師団長の証である杖をシメオンへと手渡す。彼は事情を飲み込めて無さそうな表情のまま受け取りました。そしてすぐ我に返って恭しく頭を下げたのです。
「わたくし、シメオン様に憧れていますの。また今度、是非お話を聞かせて下さいな」
顔をそっと近づけて耳打ちする。
弾かれたようにわたくしを見上げた、アイリスの双眸がとても美しい。わたくしはもう一度彼に笑いかけました。
「これからもこの国の為に力を尽くして下さいませ」
「……仰せのままに」
シメオンが返事をするまで少し間があった事にわたくしは気づきましたが、他の誰も気にした様子はありませんでした。
将来、彼はその膨大な魔力を持ってこの国をボロボロにしようなどとは誰も発想のしようもありません。
わたくしも誰に言う気もございません。言った所でわたくしが変な目で見られるだけですし。
そんな感じでシメオンとのファーストコンタクトは幕を閉じたのでした。
それからざっと三月程経ちましたかしら。
そろそろ団長になった慌ただしさからも解放された頃かと存じます。
というわけでですね、わたくしが前触れもなく団の庁舎を訪れても大丈夫ではないかと思ったわけです。アポなしで行ってやりました。子供のする事ですもの許して下さいませ!
どうせ前もって知らせを入れると、なんやかやと理由をつけて会ってくれ無さそうな気が致しましたので。
子供の相手なんぞしている暇はないわと。
渋るオズワルドを宥め、最終的に強行突破し、わたくしは今魔術師団の舎の前にやって来ております。
「オズワルド、その仏頂面をどうにかできませんの?」
「生まれつきです」
「あらそう。なら少しは愛想というものを身につけた方が良いわ」
「必要ありません」
全くもう。オズワルドがわたくしの護衛になってもうすぐ三年という所なのですが、本当にここ最近可愛げというおのが無くって困っております。
最初の内はもう少し従順で、わたくしに口答えなんてしませんでしたのに。
いつの間にやら、短い言葉でブチブチとわたくしとの会話を切る無愛想な男に成り果ててしまいまして。これはあれかしら。世に言う反抗期というものかしら。ウチの兄には大してそのような現象は現れていないようなのですが、世間の男子は年頃になると何もかもに反抗的な態度を取りたくなるものだと聞いた事があります。
オズワルドはこれだと思うのです。
やれやれと肩を後しながらも足を止めず、わたくしは団長室へと進んでおります。
擦れ違う魔術師の方々が、わたくしとオズワルドを見てギョッとして通路の端へ寄って道を開けて下さいます。まぁなんて気の利いた方達なのかしら。
そうですわ、世の皆様はわたくしの為に道を開け、そして頭を下げるがよろしいわ。
と、少しばかり悦に入っていると着きました。
わたくしが扉の前に立つと、半歩後ろにいたオズワルドが無言のままわたくしを追い越し、ノックをして扉を開けました。
「お仕事中、失礼いたしますわ」
何やら小難しそうなお話し中、ずかずかと部屋へ入って行きます。わたくしお子ちゃまだから空気なんて読めなーい。読んであげなーい。
わざとらしく、ふへ、と笑顔を作ると、シメオンは口をへの字に歪めました。
あらまぁ、この方ったら結構感情が豊かでいらっしゃる。以前お会いした時は彼も闇堕ちしていたからか、オズワルド以上に無表情でしたのに。
大人しそうだけれど、整ったお顔立ちのアイリスの瞳が美しい青年は、目を眇めてわたくしを観察していましたが、ふいと逸らすと近くにいた部下らしき方を下がらせました。
「貴女のような高貴なお方がわざわざ足を運ばれる場所ではありませんが。ルルーリア嬢」
「まぁおかしなことを。わたくしはちゃんと言いましたよ? お話を聞かせて下さいと。こちらが頼んだのですから、わたくしが足を運ぶが道理というものでしょう?」
「相変わらず口が達者な」
「はい?」
「いいえ」
シメオンは柳眉を顰めて暫く考えるように目を閉じ、仕方なさそうに苦笑しました。
「前例はないが、こういう事があってもいいでしょう。いや、それでこそか。歓迎しますよ、ルルーリア・ハン・ヘルツォーク」
シメオンが、わたくしの名を呼び捨てた事にオズワルドが僅かに反応したのですが、片手を上げて制しました。
そんな些末な事で目くじらを立てなくったっていいのです。
この方は、これからこの世界にとって、わたくしにとってとても重要な役割を担う方なのですから。
「よろしくお願いしますわ、シメオン・ファーレル」
未来の魔王様




