未来の芽
ホームパーティー
と、聞いて皆さんはどんな印象を受けるかしら。
お家でこじんまりと、ささやかなパーティーを想像するのではないかしら。
しかしながら我がヘルツォーク家を舐めてはいけません。公爵家です。筆頭公爵家で御座います。
そんなわけで、本日は我が家がとんでもない事になっております。
今日はお兄様の十二歳の誕生日。そう、お誕生日パーティーなのです。
けれどただお兄様のご友人達を呼んでわいのわいのと騒げばいいというものではありません。
シーザーお兄様の、というか父の交友のある貴族の面々がぞろぞろとやって来て、所狭しと我が家にうじゃっております。
レオナルド様も来たがっていたのですが、それはなかなか難しいだろうと思われます。
まぁそのくらい、沢山の方々がいらっしゃって、大変賑やかです。今頃家令を始め、使用人達は今殺人的な忙しさに追われている事でしょう。
わたくしはと言えば、最初こそ弟のアルと一緒にホールの端でちょこんと座って大人しく食事を取っていたのだけど、ご令嬢達がやって来てアルが可愛いと構い始めたので、弟の世話は彼女達に任せてそっと輪を抜けまして。
やれやれと思っていると今度は男の子達に掴まって、かくれんぼをしようと半ば強制参加させられたのですが、それもまたそっと戦線離脱致しまして。
人気の少ない二階へと逃げてきました。
いつもはわたくしの傍をついて離れないオズワルドは、今日ばかりは家令に頼まれて色々と仕事を手伝わされているようです。
くれぐれも屋敷の外には出るなと口を酸っぱくして言われましたので、この中にいる限りは彼も文句は言わないでしょう。
きっと一歩でも外に出ようものなら、どこからともなくオズワルドが現れて首根っこ掴まれて送還されるのでしょうが。
それは嫌ですので、わたくしは大人しく屋敷の中でひっそりと過ごす事に致します。
二階に来たからと言って何をするわけでもありません。てくてくと目的もなく歩いていると、書斎の扉が半開きになっているのに気付きました。
あらまぁ、どなたかが入ったのかしら?
パーティーは一階とお庭を解放しておりますが、二階は暗黙の了解でお客人達は上がって来ないはずなのですが。
こそっと中を覗いてみる事に致しましょう。堂々と扉を開けて、大人のやましい秘め事が中で展開されていても気まずいですもの。
もしもそうなら、そっと扉を静かに閉じて差し上げましょう。わたくしったら何て優しい。
しかし、中を覗いたわたくしの目に飛び込んできたのは、綺麗な綺麗な、オレンジの髪の男の子の姿でした。
出窓の所に腰かけて、真剣な表情で本を読み耽っています。
わたくしは引き寄せられるようにフラフラと書庫の中に入ると、少年の足元にしゃがみ込み、下からそのご尊顔を見上げました。
「何を読んでいらっしゃるの?」
「え? うわぁっ!!」
こんなに近くにいるのに、わたくしの存在に一切気付いていなかったらしい少年は、掛けられた声にキョロキョロと辺りを見渡し、真下に居たわたくしに気付いて飛び跳ねました。
年齢はわたくしと同じくらいかしら。深い緑の瞳をこれでもかと見開いたあどけない表情がとても可愛らしい、美少女と見紛う程の男の子です。
男の子の手にしていたのは、魔術書でした。遠い昔、我がヘルツォーク家にも大きな魔力を持ち魔術師として活躍した方がいらっしゃったのだとかで、その方の蔵書が大量に保管されているのです。
わたくしも一通りは目を通した事がございますが、まぁ小難しくって殆ど意味は理解出来ませんでした。
彼の熟読具合から言ってもしかして、きちんと読解出来ているのかしら。
「それ、面白いですか?」
「あ、えっと、ごめんなさい」
何故謝られたのでしょう?
男の子は慌てて本をわたくしに付き返してきました。いえ別に要りませんが、と思いながらも取り敢えず受け取ります。うーん、わたくしそんな恐ろしい顔をしていたかしら。
「あなた、お名前は?」
「も、申し遅れました。ランベール・ルイス・ハロウズです。以後お見知りおきを、ルルーリア嬢」
「まぁ。ハロウズ子爵の」
頭に浮かんだ名前と爵位を口にすれば、彼はこくりと頷きました。
あらそう、あの子爵家の。あまり詳しくは覚えておりませんが、記憶を辿ってみると現当主……この子のお父様になるのかしら、その方はあまり良い噂を聞きませんでしたわね。
私腹を肥やす為、裏でかなりあくどい事もやっていたような気がします。わたくしが巫女であった時はやたらと擦り寄って来て、ジェイドが消失した際には一番にわたくしを罵った方だったと記憶しております。
あらそう、あの方のご子息。ふふふ
「ではランベール様、少しわたくしもここにいて宜しいかしら? 疲れてしまって、休みたいの」
「……あなたの家なので」
思い切り、一緒にいるのは気まずい、という顔をした男の子にニッコリと笑顔を向ける。
そしてわたくしが居座るのならと出て行くために腰を浮かそうとした少年の腕をガッシリと掴む。
あら嫌だわ、これから遊ぼうとしているのに逃げてしまうだなんて、許すはずがないじゃありませんか。
わたくしが解放する気がないと分かったのか、少年はわたくしの隣にすとんと腰を下ろして、遠くを見ながらふぅと息を吐き出した。
あら?
記憶の中のとある人物とこの子の表情が繋がったように思いました。
「ランベール・ルイス・ハロウズ……」
「? はい」
わたくしの呟きに彼は首を捻りながら頷きました。
そのサラサラな髪と、キラキラの瞳。女の子のように愛らしい容姿。
溜め息を零した際の愁いを帯びた表情。
「ランベール様!?」
少年の華奢な肩をガシッと掴んで、彼の顔を覗き込みます。
「な、な……!!」
「どうしてすぐに気付かなかったのかしら」
ランベール
未来の魔術師団長の名前ですわ。そして将来、闇の巫女になったわたくしの守り人になり、更にすぐに光の巫女の元へと去った方……
十何年後、大人になった姿でしかわたくしは知りませんでしたので、すぐに記憶と結びつきませんでした。
そして彼は確かにわたくしの守り人ではありましたが、大して接点は無かったのでどんな人となりなのかは存じ上げません。
真面目で、クソ真面目で任務には忠実でしたが、どうも息の抜き方を知らないといいますか、他愛無いお喋りに興じるような方ではありませんでしたので、彼との間に殆ど会話も……いえ、殆どではなく皆無でしたわね。
何と言いますか、この方の印象と言えば陰のある未亡人のような感じでして……。
常に憂鬱そうに表情を曇らせ、遠くを見つめていたかと思うと意味深な溜め息を零す……そんな造作が妙に色っぽいと一部の女性や男性に狂信的なファンを作っている不思議な方でした。
さすがにこのような幼い時分には、そのような雰囲気はございませんね。少し安心いたしました。生まれた時からあんな感じだったらと思うと恐ろしいです。
しかし一体何がランベール様を未亡人に変えてしまったのかしらね。いえ、男性ですし結婚もしていなかったと思いますが。
まぁでも、魔術書を熟読していたのもこれで納得ですわね。
「もう魔術の勉強をされているなんて、努力家ですのね」
魔力は努力で増えるものではありません。持って生まれた資質が物を言います。
元々この方は絶大な魔力量をこの小さな身体の中に内在させていて、それを上手く使いこなす事によって魔術師団長と言う地位まで登りつめるのです。
簡単なようでいて、魔力を使いこなすと言うのがまたとても難しく、人は往々にして魔力を暴発させてしまったり、魔力を持っていても発現させることすらできずに一生を終える方も多いのです。
ですのでランベール様も独学で魔術について学んでいるのでしょう。真面目ですからね。根を詰めているのでしょう。
そう思っての発言でしたが、何故か彼はわたくしを睨みつけて来ました。
え、ちょっとお待ちなさいな。わたくしまだ何も嫌味なんて言っていないと思うのですが。
「あなたも、無駄な努力だと思うのか……」
「無駄?」
どうして。わたくしは思わず彼の言葉を繰り返してしまいました。
ランベール様の努力が実を結ぶ事をわたくしは知っている。だから無駄だなんて思うはずがありません。
どなたかにそう罵られたのだろうと、さっきの言い方で想像がつきますが、いつでもどこでも、心無い方はいらっしゃるものです。
こんな幼気な男の子に向かって、無駄な努力だなどと。
わたくし、可愛いものと綺麗なもの、そして努力家な方は好きです。
ですからランベール様も少し好感を持ちました。以前は、失礼ながら持って生まれた才能に胡坐を掻いた方かと思って、あまり好ましく思ってはおりませんでしたが。
まぁ、魔力の才がこれっぽっちも無かったわたくしの、可愛らしい嫉妬心ですわ。
けれど……勘違いされて突っかかって来られるだなんて、鬱陶しいですわね。
「無駄だと言われて落ち込むくらいならば、止めてしまいなさいな。魔術を綺麗さっぱり諦めてしまえば、そんな心無い言葉をぶつけられる事も、やさぐれる事もありませんでしょう」
「なっ、貴女に何が分かる……!」
「知りません。知りたくもありませんが」
「僕にはこれしかないんだ! お父様は魔術師などなっても仕方がないと言うけど」
「あー面倒くさい方ですわね」
はいはい。話が見えてきました。別に見えたくもなかったというのに。
知りたくないと言ったではありませんか。何故ご丁寧にわたくしに説明しようとするのです、この方は。
放っておいてくれと言いながら、実は構ってほしいという七面倒くさい……こういう方を何と言うのでしたかしら?
「要するに、ランベール様はお父様に認められたいのですね?」
ぐ、と言葉を詰まらせたランベール様。その通りのようです。
なるほど、あれだけ過去疑問だった彼の愁いの元がこんな単純な話だったなんて。
あの子爵様ですからねぇ。自分の息子が魔術師になっても喜ばないでしょうねぇ。
本当にすごい事なのです。魔術師団に入る、しかもランベール様は確かわたくしと同い年。つまり二十歳で団長という地位まで登りつめていました。
シメオンが魔王になり、溢れた魔族に随分と魔術師団員も数を減らしていたとはいえ、異例です。
それでも認めてはもらえなかったのでしょう。お金にも爵位にも直結しないから。
子爵は爵位を上げる事にやたらと執心なさっておいででした。長男である次期当主、ランベール様のお兄様ですね、この方も子爵そっくりな野心家で、会えばいつも下卑た厭らしい目つきでわたくしやシーザーお兄様のご機嫌を取ろうとして来ていました。
魔術師団、騎士団、竜騎士団は清廉である事が求められ、貴族との癒着や政治的介入を禁止されています。
国を守護する武力が、個人の思惑に左右されては堪りませんからね。
だから子爵様にとっては、どれだけご子息の魔力が強かろうがそれは意味のない事だったというわけですね。
「なら選択肢は二つでしょうに」
わたくしが欲しくて、喉から手が出る程欲しくて、どうにもならなかった魔力を持っているくせに。その膨大な魔力でわたくしがしたくても出来なかった事を、何だって出来る可能性を持っているくせに。
こんなちっぽけな事で悩んで躓くなんて、腹立たしい。
やれやれ、とわたくしもランベール様を見習って意味深な溜め息を吐いてみましたが、上手くいったかはよく分りません。
「こんなコソコソ隠れて未練がましく魔術書を眺めるくらいに好きなのでしょう?」
ランベール様に渡された本を開いてペラペラと見てみても、わたくしにはやはり意味不明です。確かにこの国の言葉で書かれているはずですのに、さっぱり頭に入って来やしません。描かれている魔術の陣も難解すぎて紐解こうという気にもなれない。
「なら魔術を極めてお父様を意地でも認めさせるか、お父様に何と罵られようと挫けず信念を貫き通すか、どちらかでしょう!」
全く男がうじうじと。そんなだから未亡人のような色気を身につけてしまうのですわ!
女であるわたくしよりも艶やかとかどういうつもりですの!? とわたくしが何度地団太踏んだと思っておりますの!! もう本当に、わたくしの悔しさを返して下さいまし。
ぷりぷり怒るわたくしを、ランベール様は寝起きのようなぼんやりした表情で見つめていました。
「それは……僕は魔術を諦めてはいけないってこと……?」
「いけない事はありませんが、魔術師になりたいのでしょう?」
違いますの? 首を傾げて問うと、首が痛くなりそうなほど横に振られました。まぁ元気。
「どうしてもと望むなら、誰かの言葉に惑わされてはいけません。絶対に夢を叶えてぎゃふんと見返してやるのです!」
かく言うわたくしも、誰に何と言われようとも、この国を滅ぼすという信念を捻じ曲げるつもりはございませんもの。
「ぎゃふん……」
「あ、いえそこは繰り返していただかなくても」
さらっと流して下さって構わない部分ですわ。もっと他の所でわたくし結構良い事言いましたわよ。
「ありがとうございます、ルルーリア嬢。僕、やってみます。どこまで出来るかは分りませんが」
「何を弱気になっていますの。ランベール様は素晴らしい素質を持っているのですから、絶対に努力は実ります」
未来を知っているわたくしが言うのですから、これほど真実味のある言葉もないでしょう。
自信満々に伝えると、彼は初めてわたくしに笑顔を向けました。
どこかぎこちない、きっと今のランベール様の精一杯の笑みなのでしょう。
どれだけ家で肩身の狭い思いをして生活しているのか窺い知れる、けれど、とても晴れやかで綺麗な表情でした。
一人の少年の愁いを取り去り、未来の未亡人を救う事が出来てわたくしも晴れ晴れとした気持ちで明日を迎えられる。
晩、ベッドの中で自分の功績を反芻し――
救ってどうするわたくし!! どうして彼を奮い立たせてしまったの……っ!?
あまりにランベール様のうじうじ具合にイラッとしてやる気を出させてしまいましたが……あそこで上手い事言って魔術師になる事を諦めさせていれば良かったのでは!?
未来の魔術師団長になる芽をここで摘んでしまえば良かったのではないでしょうか!?
とんでもないしくじりに悔しくなって堪らずふかふかの枕を涙で濡らす、わたくしが七歳の時の出来事。
遅くなりました…
※ごめんなさい、年齢を間違えました。
兄:十四→十二
ル:十→七
です。歳の差は誕生日の関係だと思って下さい(適当)




