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新たな護衛


 先生の執務室を出て、魔術師団舎の通路を歩いていると隣に侍る護衛さんが大人げなくむくれながら言いました。


「お嬢様の姿が消えたと気付いた時に俺、五年くらい老け込んだと思うんですよ」


 口を尖らせながら言っても、全然可愛くも何ともありません。


「あら、では無事な姿を確認出来て、一年分くらいは元に戻ったのではなくて?」

「消えた四年分をどうしてくれるんですか。俺がおじさんみたいになって女性に相手にされなくなったらお嬢様のせいですからね」


 あら嫌だわ。ご自身がモテない事実をわたくしのせいにされても困ります。

 先生とのランチを終えて執務室に戻ると、予想通り顔面蒼白になったわたくしの護衛さんがいらっしゃいました。


 先生と二人であればわたくしの身に危険が及んでいる可能性は極めて低いとは言え、護衛であるにもかかわらず主を見失うのは失態に違いありません。

 執務室で待つべきか、王宮内をくまなく探すべきかと狼狽えている最中でしたようで、空間転移で突然現れたわたくしを見て、泣きそうなお顔で縋って来たのです。


 大の大人に縋られるという、ちょっぴり気味の悪い体験をしているわたくしを見て、先生が可笑しそうに目を細めたのに気付いていたのですが、それを追及する余裕もないくらい、護衛さんを宥めすかすのに苦労させられました。


 気を取り直した護衛さんは、今度はこうしてネチネチとわたくしに文句を言い続けているというわけです。


「護衛さん、そんな小さな事を気にしているから結婚出来ないのではないですか?」

「うっ、心臓が痛い」


 護衛さんが胸のあたりの服を掴んで前屈みになりました。

 彼は、もう結婚適齢期と言っていい年齢だったはずです。オズワルドの代わりにわたくし付の護衛になった彼は、ホフステンのおじ様の私設部隊の方で、優秀な人材ではあるのですが……まぁこの通りの方です。


「ところでお嬢様、もしやとは思ってましたが俺の名前まだ憶えて下さっていない……?」

「まぁ何を言うの。護衛さんは護衛さんでしょうに」

「ああそうですか。俺の事なんてどうでもいいんですね。どうせそういう役回りですよ俺なんて。オズワルド坊ちゃんの足元にも及びませんよ」


 実に面倒くさい大人ですわね。いい歳して子供のようにいじけないで頂きたいわ。まぁそうなるように仕向けているわたくしが言うのもなんですが。


「あ! わー見て下さいお嬢様、あそこに綺麗な女性がいます」

「いたら何だと言うの」


 どうせ自分から声を掛けるなんて芸当出来やしないくせに。

 女性に相手にされないだなんて言って、この人は向こうから話しかけて来てくれるのを待っているばかりなのだから。

 そんなに女性にモテたいのであれば、自分から行動すればいいでしょうに。


 綺麗だ美人だと遠くから見て騒ぐだけだなんて、なんて意気地のない。


「あら、本当お綺麗ね」


 やれやれと思いながら前を見ると、少し離れた部屋から出てきた女性に目が行きました。

 長い黒髪の、大人しく真面目そうな清楚な女性です。

 護衛さんが思わず浮き足立ってしまうのも頷ける美人でした。


 魔術師団の団服を着ているので、魔術師さんのようです。全くいらっしゃらないわけではないのですが、女性は珍しいですわね。魔術師だけでなく騎士もそうですし、昔ほどではないにしろ女性がある程度の地位のある職業に就くというのはなかなかこの国には浸透しておりません。


「今なら彼女お一人のようですわよ。お声を掛けて来てはいかが?」

「え!? そんな急に話し掛けたりしたら不審者だと思われるじゃないですか!」


 このヘタレが、と視線で一喝します。

 少し怯んだ護衛さんでしたが、「でも」と未だ二の足を踏む。主であるわたくしに対しては軽口を不必要なくらい沢山叩くくせに、肝心な所では何も言えなくなるなんて、ヘタレ以外の何者でもありませんわね。


「それにあんなにお綺麗な方ならきっと、素敵な相手の人もいるでしょ」


 護衛さんの脳内妄想が一人歩きどころか旅行にまで行ってしまいそうな勢いで突き進んでしまいました。

 綺麗だから決まった異性が居るという、全く論理的でない方程式は一体なんなのかしら。

 わたくしは他の追随を許さない程の美貌の持ち主ですし、前世の二十歳で結婚適齢期と言われる年齢でありましたが、将来を誓い合うような男性は居ませんでしたよ。


「……そうやってモタモタしている間に、本当に横から掻っ攫われてしまうのがオチですわよ。そして後に彼女が他の誰かと結ばれてから「実は貴方の事何度かお見かけして素敵だと思っていた時もあったんですよ」なんて過去形で語られるのですわ。ああなんて可哀そうな護衛さん」

「ぐっ……本当にありそうだから余計に心が抉られる……」


 などと言っている間に、彼女との距離がどんどんと短くなってまいりました。もうすぐ追いついてしまいます。

 彼女は部屋を出て、手に持っている書類の束を確認してから、ドアに鍵を掛けていましたので、その間にわたくし達がとことこと歩いて距離を詰めたわけです。早く決意を固めないと、彼女を追い越してしまいます。


「よ、よし。行きますよ、ダメだったら慰めて下さいねお嬢様!」

「分りました。分りましたから当たって砕けて来て下さいまし」

「砕けたくねぇ!!」


 あらごめんなさい、つい。けしかけておいて何ですが、俗にいうナンパというものが成功するだなんて思えなくて。


「行ってきます!」


 いよいよ護衛さんが、女性を口説きに行こうというそのタイミングで、先に彼女に声を掛けた方がいらっしゃいました。わたくしと護衛さんは思わず同時に、「あ」と声を出して立ち止まってしまいました。


 しかも彼女に声を掛けたのは一人ではなく三人。全員が魔術師団服を着ています。同僚の皆さんでしょうか。


 完全に出鼻を挫かれた護衛さんは、手を上げたり降ろしたりと若干挙動不審です。


「今日の所は……退散しましょうか」

「そ、そうですね」


 そっと護衛さんの腕に手を置いて、優しく声を掛けました。ちょっぴり護衛さんが涙目になっていたのは見なかった事にして差し上げましょう。

 こんなに出来た主人は他にはきっといないでしょうね。


 何事もなかったかのようにして、女性達の傍を通り過ぎようとした時でした。


「君に頼んでおいた仕事、まだ終わらないの?」

「三日後が期限ですよね? 今日やろうと」

「はぁ? そんなギリギリまで放置されると困るんだけど」

「すみません、先に頼まれたものからやっていたので。今日中にお渡しします」

「こんな事務処理程度さっさとやれよ。それとも何? 女だからって優しくしてもらえるとでも思ってんの? ここは実力主義なんだからそんなん期待されてもさ」

「なんであんたみたいな平民の女風情が優遇されてんのか分かんねぇわ」

「ほんと、よくそんなでこの魔術師団に入れたね。あ、もしかしてお偉いさんにその身体使ってお願いしたの?」


 男性達が寄ってたかって女性に詰め寄っている会話が耳に入って来ました。とてもとても耳障りなノイズとして。


「良かったですわね護衛さん。あの方々に比べたら貴方の方が百万倍は素敵な男性ですよ」

「全然嬉しくないというか、同じラインに立って比べられる事がもう不愉快なような」


 護衛さんもさっきの会話を耳にして、随分と気分を害したようでした。

 それもそうでしょう。人を叩くしか取り柄のない無能な人間はどこにでもいるものですが、自分が言われても他者が言われているのを聞くのも、精神衛生上よろしくありません。


 わたくしも前世では随分と誹謗中傷を浴びせられたものですが、こういったものはいつまで経っても慣れないものですわね。


「少しばかりレオナルド王子にお会いする時間に遅れるやもしれませんが、よろしいかしら?」

「ご心配には及びません。俺が責任を持って間に合わせます」


 まぁ頼もしい。なかなか護衛さんも話の分かる方で嬉しいわ。

 というわけで許可もいただきましたので、わたくしはピタリと足を止めて身体を反転させました。


 女性に難癖をつけている彼らは、わたくし達に気付きもせず頭の悪い雑言を吐き続けていました。


「あの、ちょっとよろしいでしょうか?」


 わたくしは無垢な子供の仮面を被り、邪気のない笑顔で彼らに近づきました。

 それを間近で見ていた護衛さんの表情が僅かに凍ったような気もしますが放っておきましょう。


「今、皆さんの会話が聞こえて来て少し気になったものですから」


 突然話の腰を折って割って入ってきた美少女に、彼らは一様にポカンと口を開けて間抜けな表情を晒しました。


 そしてすぐに全員、わたくしの正体に気付いたようでした。魔術師団の舎を我が物顔で闊歩するか弱き美少女など、そうそう居るはずもありませんので、わたくしの存在はかなり目立つし有名なようです。


 まさかヘルツォーク家の御息女を無碍にも出来ず、戸惑いながらも彼らはわたくしを追い払おうとしませんでした。


「なんだか、その女性が不正に魔術師団に入団したというようなお話が聞こえて来たように思えたのですが。皆さんを騙しているのなら、それはいけませんわね」

「ち、違います! そんな事してません!」


 女性がすかさず否定しました。まぁそうでしょうとも。

 わたくしも本気で疑っているわけではございませんが、とりあえずとぼけて見せませす。


「と、仰っておいでですが? ですがまさか何も確証もないのに皆さんもこの方に酷い仰りようをしたわけではないのですよね?」

「え? いえまぁ……ですがヘルツォーク家の御令嬢にお聞かせするような話ではありませんし」

「わたくしには皆さんの手助けが出来るような力がございませんが、何か思う所があるのなら仰っていただければ、シメオン様にそのままお伝えする事が出来ますわ」


 わたくしがシメオンを先生と慕い、通い詰めているのは周知の事実。

 直接彼に物申す事が出来ないのなら、わたくしが間に入りますと笑顔で優しさのごり押しをします。

 何の裏もない子供の善意であるという顔をして。


 シメオンの名前を出すと途端に狼狽え出しました。それを心の中で嘲笑しつつ、表には一切出しません。


「それともシメオン様のお耳に入れると貴方達の方が不利になるようなお話しかないという事かしら?」


 ふふ、と笑うと隣で護衛さんが「さむっ」と身震いしました。当然無視です。


「ここが実力主義だと仰ったのは貴方達ですもの。不正を行って入団出来ない事くらい百も承知でしょう。自分よりも若い女性の方が認められている事実にみっともなく嫉妬でもしましたか? 明らかに一人の手に余る量の仕事を押し付けて、出来ないと詰るなどという幼稚な苛めは楽しいですか? 下らない苛めで喜ぶのは心が不貧しい証拠ですわ。そんな事だからうだつが上がらないのです。折角、その団服を着られるだけの能力と頭脳がおありなのなら、もっと建設的な考えを持ってもよろしいのでは?」


 わたくしからすれば、喉から手が出る程の魔力を持っているのは男性陣も同じ。

 だというのに、ネチネチと年下の女性をいびるなどと反吐の出る行為に明け暮れるなど、許せるはずがありません。

 そんな暇があるのなら、もっとこの王都を効率的に落とすにはどうすればいいか、どこが弱点なのか等々を会議の議題にでも挙げて真面目に語り合ったらどうなのです。


「シメオン様は書類を見れば誰が作成したものか判断出来ると言うようなことを以前仰っておりましたので、遅かれ早かれ貴方がたの行為は見破られていたと思いますし、これを機に彼女に嫌がらせをするのは止める事をお勧めしますわ」


 そんな特技があるなんて本当は聞いた事はございません。彼から仕事についての話をされた例はありませんもの。ですが先生ならそのくらい出来そうな気がしませんか?


 彼らもあっさりとわたくしの嘘を信じたようで、ゴクリと唾を飲んでいます。こういうチャチな苛めをする方々って、どうしてこうも攻められるのに弱いんでしょうね。

 そんなにバラされるのが怖いなら最初からしなければいいのに。


「さてどうしましょう? 今回の件、シメオン様に伝えた方がいいかしら?」

「えっ!?」

「団長としてやはり団内の事は把握しておきたいでしょうし……」


 ちらりと女性を見ます。彼女がここで頷くのなら、わたくしは即引き返して先生のお耳に入れます。

 が、彼女はオロオロするだけで首を縦には振りませんでした。大事にしたくはないという感じかしらね。その気持ちもよく分かります。面倒ですよね色々と。


「彼女の意志を尊重してわたくしは何も言わないと致しましょう。優しい方で良かったですわね。では護衛さん、今後わたくしがこちらへ参りました際には、彼女の様子を確認していただけます? もしそれで同じような事が有れば皆さんのご実家へ……という可能性がある事を心に留めておいてくださいな」


 先ほど「平民風情が」というような事を口走っておいででしたので、彼らは貴族階級なのでしょう。

 でしたら其方から攻めるという方法もございます。伊達にわたくし、筆頭公爵家に産まれたわけではありませんのよ。

 こんな時に家の威光を使わずして、いつ使うというのです。


「それでは皆様、ごきげんよう」


 随分と時間を食ってしまいましたわ。この後まだレオナルド王子とお茶会があるというのに。

 優雅に一礼してわたくしは、身を翻してさっさと歩き出しました。護衛さんもそれに倣う。


「お見事ですお嬢様。彼らにはお嬢様が鬼か悪魔に見えたでしょうが、俺には女神様に見えます」

「あらそうですか。鬼か悪魔……覚えておきましょう」

「え、いやそれより後の方を記憶しておいてもらいたい……!」

「本当に、女神のような働きをしたというのに、鬼か悪魔だなんて」


 さり気無く。本当にさり気無く、あの女性と護衛さんの接点を作って差し上げたこの上なく優しい配慮をした主に向かって、なんと失礼な。


 それにしても、またつまらぬ雑魚をやり込めてしまいましたわ。


 やれやれと溜め息をつきつつ、なにやら言い訳を連ねている護衛さんを無視して王子の元へと急ぐことにしました。



あとはアップするだけという所で、陸〇に胸熱になってしまって遅くなりました…

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