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異質な共犯者


 随分と長い時間、呆けたまま先生を見つめていたように思いますが、先生はただ黙ってわたくしを見返していました。

 冗談だ、という事もなく、返事を急かす事もなく。


 ですので彼が至って真面目に質問し、そして正直な回答が返って来るものと信じているのが伝わって来ました。

 何も彼はわたくしにかまを掛けようとしているわけではないようです。


 もしかしたら、先生はわたくしの時間が巻き戻ったこの事実に関係しているのではないかしら? 何らかの答えを持っているのでは?

 そういう考えに至るまでに、一体どれだけの時間を費やしたでしょうか。確実に数分は掛かりました。


「女の子はマセているとはいえ、君はあまりに子供らしくない。不審がられていないのは、兄上が規格外な方だからだろうな。感謝するといい」


 あらまぁ。お兄様の年齢に見合わない腹黒人格破綻者っぷりがこんな所で功を奏するだなんて、この世の中何が何に作用するか分らないものですわね。


 「あのシーザーの妹ならば」という納得のされ方で、わたくしの子どもらしくない言動は黙認されていたわけですのね。


「では先生には、わたくしは何歳くらいに見えますかしら?」


 相手に自分の年齢を言い当てさせるなんて、くだらない真似だとは思うのですが、これは以前から少しばかり気になっていたのです。

 二十歳だった頃よりも今のわたくしは子供っぽい。けれども十歳にしては大人びている。だったら今のわたくしの精神年齢はどのくらいが妥当なのでしょうと。


「私はその答えを知っていると思うよ」

「え?」

「二十歳で君は死んだ。……いや、殺されたと言った方が正しいか」


 わたくしは咄嗟に立ち上がり、後ずさって先生から距離を取った。

 なんですの、なんなんですのこの人は。


「貴方……貴方も、ですの? ……ああだから、だからですのね」


 わたくしはずっと心に引っかかっていた疑問を一つ、解く事が出来ました。

 もやもやとしたものが晴れていくような気が致します。


「先生の口調がやたらと老成していたのは、そのためだったのですね!?」


 十代の若者の口調ではないわ、とずっとずっと思っていましたのよ!

 ああ、謎が解けてスッキリですわ。そう、そうだったのね。彼もまた実際の年齢よりも長い年月を"生きて"いるからなのでしょう。

 もしかしたら、わたくしよりも長い長い年月を、彼はこうして辿り続けているのかもしれません。


「今は真面目な話をしていたと思うんだが」

「あらわたくしが、真面目に考えていないとでも?」

「そうか。真剣にそんな事を考えていたのか」


 と、何故か真顔で納得されてしまいました。いやだわ、わたくしのお頭の具合がとても悪いと思われてしまったかしら。まぁいいのだけれど。


「えぇと何のお話だったかしら? 先生もわたくしと同じという事でしたわね」


 でなければ、あんな明確な答えを出せるなんてあるはずがない。わたくしと同じ、時間を逆行した者でなければ分かるはずがありません。

 あの、絞首台に上がったわたくしを実際に見ていなければ……


「君と同じではないけれどね。きっと私と君の過去は交わらない」

「先生、言葉遊びはまたいずれ」

「ああすまない。煙に巻こうとしているわけじゃないんだ」


 曖昧な表現でぼかして、わたくしを混乱させる作戦かと思いきや、先生に全くその気は無かったようです。それにしては本当に焼きたてのパンくらい、ふんわり具合な発言でしたが。


「君が経験した過去を、多分私は知らない。私が知っているのは、君が知らない過去だ」

「それはつまり」


 えぇと、どういう事なのでしょう?

 わたくし、それほど頭の回転が早い方ではありませんのよ。ですので、ばしっと、ストンと直球で答えていただけないものかしら。


 先生もまたわたくしのように、シメオン・ファーレルという人生を一度終え、何らかの理由によって時間を遡って今ここにいる。

 けれど先生の経験した一度目の人生は、わたくしが経験したあの一度目の人生は全く別物だと、そういう事なのかしら。


 昔、そのような書物を読んだことがありますわ。世界は可能性の数だけ存在するのだと。

 数多の人が、数多の選択を行い織りなされてゆく世界。もしもあの時、あの選択をしなければ。別の選択をしていればきっと人生は違ったものになっていただろう。そのような考えに囚われるのは何ら珍しい事ではないでしょう。

 その選択を分岐点として、無数の可能性の世界が枝分かれしてゆく。


 そうして別たれた世界を旅する物語を読んだ事があるのです。


 もしかしたらわたくしと先生も、ただ自分の経験した世界を逆行しただけのつもりが、あらゆる可能性の一つの世界からここ辿り着いたと、そういう壮大な話なのかしら。


 自分が、時間を巻き戻して子供の時分に逆行した時に、これほどまでに驚くことなどもうこの先ないだろうと思っていたわたくしですが、まだまだ考えが甘かったようです。

 今正に、驚きすぎて話に半分以上ついていけておりません。


「はっきり言って、私はここについてほぼ無知に等しい。手持ちのカードは数える程もない状態だ」


 反応の薄いわたくしの答えを待つのを諦めたのか、先生は池を見つめながら話し始めました。


「だが世界なんてものは、そう簡単に激変するものではない。同じ人間達が同じ環境で生きているのであれば当然なのかもしれない。そんな中で君は、とても異質だ」

「いしつ」

「悪い意味で言ったのではない。未来を変える可能性を持っているという事だ」


 それこそが、わたくしが成し遂げたい事に他なりません。それが出来なければ、わたくしが今こうして生きている意味が無い。

 また、十年後に前と同じ道を辿るのであれば、そうなるしか道はないというのであれば、あの子をもう一度失うくらいならわたくしは……


「それで最初の質問に戻るが」

「あ、はい」


 自分の世界に入りかけていたわたくしを、強引に先生が戻す。

 最初の質問とは一体なんだったかしら?

 もうわたくしの小さく可愛らしい頭の中はぱんぱんで、色々と情報が零れ落ちてしまっているように思います。


「君は今、何回目だ?」

「二回目ですわ」


 ここだけ聞いていれば、なんとも間抜けな感じのする応答ですが、時間を巻き戻しているだなんて突拍子もない話ですのよね。


「回数を尋ねるという事は、先生はもっと多くの生を繰り返しているのでしょうか?」


 先ほどもチラリと考えた疑問です。彼のこのどこか泰然とした態度のせいか、ものすごく多くの時と経験を積んだ方のように思えてならないのです。


「最早、数えるのが馬鹿らしくなる程度には、な」


 諦念……なのでしょうか。いえ違いますわね、達観でしょうか。

 本当に、わたくしなどでは遠く及ばない、人の身には悠久とも言えるくらいの途方もない時の流れを、先生は渡って来たのかもしれません。


 彼の美しいアイリスの瞳の揺れは、感情の波というにはあまりにも静かすぎました。大凡、そういったものは今までの生の中に置いて来てしまったかのよう。


「それは、貴方の意志だったのですか?」

「さて、どうだったろうな。君がここにこうしているのは、君の意志か?」

「……分りません。そうであると、信じたいとは思っています」


 だからと言って、わたくしがもう一度人生をやり直したいと願ったとて、それがどうして叶えられたのかは未だに分らないままです。わたくしにそんな能力が備わっていたとは到底信じられませんし。

 一体どんな力が作用したのか、もしかしたら死に際に見る長い長い夢の中に居るのではと、今でもたまに思ったりもするくらいです。


 「私も同じだよ」と先生は笑いました。先生でも分らない事はあるのですね。


「ですが、何故急にわたくしの望みを叶える手伝いをするなどと仰ったのです?」


 そもそもの話、今まで二年程ずっと黙っていたというのに、どうしてこんな手の内を晒すような事をしたのかしら。

 その上、わたくしに手を貸すだなんて。数えきれない程の生を歩まれたのなら、きっとわたくしがどんな末路を迎え、どんな思いを抱いているか僅かなりとも見聞きしているはずでしょうに。

 そんなわたくしに加担するという事が、どのような結果を生むのか、その答えを導き出せない方ではないはずです。


「ここは、私が幾度となく経験してきたどの世界とも違う。君が団長の授与式に現れるなんて初めてで、本当にあれは驚いた。あまりにも違い過ぎるので、今までずっと様子を見ていたんだ。君の出方も気になったしな」

「それで、様子見はもう済んだと?」

「ああ。ここで私がすべき事は大凡掴んだ。君に手を貸す事こそが私の望みを叶える事に繋がる」


 なるほど、そういう事ですのね。手伝いをするだなんて言うから何かと思えば。先生の望みとやらが何かは存じ上げませんが、それを叶えるためにわたくしを利用すると、そういう解釈でよろしいかしらね。


 なんだってよろしいわ。なんにせよ、わたくしはこの国で一番の魔術師の力を手に入れたという事なのですから。

 利害関係の一致というものね。


「先生、これからよろしくお願いしますわ」

「頼まれよう」


 お互い、悪戯めいた笑みを浮かべながら立ち上がりました。随分と長い休憩を取ってしまいましたわ。


「ではまず先生、今頃わたくしの姿が消えて慌てふためいている護衛さんに、わたくしを拉致した旨の謝罪をお願い致しますね」

「昼食に誘っただけなんだが」

「それで彼が納得するかは、先生の説明次第ですわ」


 



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