これまで
ではここで少し、わたくしが生きた二十年の軌跡についてお話を致しましょう。ついでにこの世界についてもいろいろお話させていただこうかしら。
といってもわたくし、実は理路整然と起承転結つけてお喋りするの苦手でして、結構話があっちこっち行って分りにくい事になると思うけれど、まぁその辺は深く考えずふんわりと雰囲気を感じ取るくらいに受け取ってもらっていいと思います。
その程度で全然問題ないと思います。
まず、この世界の構造について語るのに、欠かせないものが幾つかあります。
一つは魔術。これは素質のある限られた人しか扱えない大変便利であり厄介なものです。魔力の有無は生まれながらの先天的な素質によって決まります。後天的な努力では魔力は身につかずどうにもなりません。
魔術というのは例えば指の先から炎を出すとか、水を一瞬で氷に変えたり、指定した場所に雷を落とすだとか、己の意思で自然現象を操作出来る事象を現した言葉です。
魔術無くして文明の発展はなかっただろうと言われる程に、わたくし達の生活水準の向上に役立っている力でもあるのです。
そんな魔力がある者はその正しい使い方を学ぶべく魔術学校へ通うのが義務付けられています。
魔力というのは時に暴走し、自らや他者を傷つけてしまうものだからです。また、魔力に溺れた者の末路はロクなものがありません。
魔力が暴走すると理性は崩壊し、ただ目に映る物を衝動的に破壊するだけのケダモノになり果てるのが殆ど。こういった者達は死した後も死霊となって人々を襲い続けます。アンデッドなどとも呼ばれますね。
ちなみに動物が魔力を暴走させると魔物と呼ばれます。
理性を残したまま、自ら望んで魔に堕ちる事も稀にあります。そういう者を闇堕ちといい、堕ちた人達はもう人間とは全く別箇の存在として見られ、魔族と呼ばれます。
魔術を駆使する魔族に対し、魔力を持たない人間はあまりにも非力です。武力に長けた人達も勿論多くいますが、魔術を使われちゃ一溜りもありませんし、死霊に至っては幾ら剣で斬って物理的な攻撃を加えても彼等はもう死んでいるのだからダメージを与えられずお話になりません。
そこで頼りになるのが精霊の存在。精霊は五大元素、つまり火・水・風・木・土と、あと光と闇の七体がいます。
彼等はその身に人とは比べ物にならない程の力を有し、気に入った者を見つけると気紛れに力を貸してくれたりするのです。
精霊に気に入られた者は、彼らと契約しその力を貸してもらいます。そういう者は巫女と呼ばれ、世界各地に点在するそれぞれの精霊を祀る神殿に属する事になり、至る所で悪さをする魔族のところへ派遣されて退治する役目を担います。
しかし精霊というものは実に気紛れで、常に人に力を貸してくれるわけではないし、有する力が減ると自動的に永い眠りに就いてしまうものなのです。
なので七人の巫女がいつもいるとは限りません。数人同時に巫女が存在する時代もあれば、一人もいない時だってあります。
かれこれ十年ほど前、魔術師歴代の中でも一二を争う魔力の持ち主であるシメオンという男が闇堕ちしました。これは世界を震撼させました。
だってこの男が一度術を使えば、都市が一つ簡単にこの世から消えると言われるくらい、実力のある男だったのです。その人が魔族に転じてしまった。
それだけでも恐怖なのに、魔術師達が彼に魅入られたかのように次々と闇堕ちしていったのです。
魔力によって人は生かされ、そこから魔族が生まれて精霊と巫女に倒されて。
そうして成り立っていたこの世界の均衡が、雪崩が起こるかのようにどんどんと崩壊していきました。
唯一頼りになる精霊と巫女は常に在るとは限らず、また、その精霊の力を持ってしても倒す事の叶わない魔王シメオンという存在。
精霊の守護によって豊かだった大地は魔に染まり徐々に枯渇していく……。
世界が崩壊しかねない危機的状況に陥った時に、精霊に選ばれ巫女となった者が、民衆の期待を一身に背負う羽目になったのです。
はい、その巫女こそが闇の精霊に愛されたこのわたくしであるわけです。ここ最重要ポイントですよー、テストに出ますのでマーカーで印いけといてくださーい。
この時点で目を覚ましていた精霊はジェイドだけ。なので巫女もわたくし一人。
たった十五歳で全世界の人々の希望を一身に背負わされたわたくしは、それはもう身を粉にして働きました。
休息なんてものは存在せず寝る間も惜しんで重労働。しかも気を抜けば殺されるという恐怖と常に隣り合わせで精神的にも追いつめられ……。
いつ過労死してもおかしくない状況でした。しかも見返りもない。人々が巫女に顧みる必要なんてないのですから。当然なのですよ。
精霊と契約したのだから。魔族と戦う力を有したのだから。命を賭して戦い、国を、大陸を、世界を守るのが当然だと。
誰も口に出しては言いません。どこへ行っても感謝の言葉と激励をいただきます。けれど皆、心の底では、無意識下ではそう考えているのです。いえ考えるまでもなくそういうものだと誰しもが当然のように思っているのです。
それでも精霊と巫女の存在は、何よりも優先されるべきものである事に違いはありません。
最初はわたくしとジェイドにも大勢の守り人がいました。国の中でも選りすぐりの精鋭達が盾となって下さいました。
最初のうちは。
敵は無尽蔵にやってくるけれど標的はわたくし一人。
いくら精霊が強大な力を持っているからといって無限ではない。昼夜問わずの攻撃をたった一人で相手していればいずれ力が尽きる。
ジェイドに消耗が見られ、このままでは精霊が眠りに就いてしまうかもしれない。そんな時でした。
皆が焦りを感じ始めた時、計ったようなタイミングで現れたのがトモヨさんという異世界からやってきた女性でした。わたくしと対を成すように光の精霊の加護を受けた彼女。
どうやら光の精霊は自らの対を探すべく異世界へと飛んでいたらしく、そこで見つけたトモヨさんを巫女としてこちらに連れててしまったわけです。
人々は歓喜しました。光の精霊ウィスプは、他のどの属性のものよりも魔族や魔物に強い力を発揮する最強と言われる精霊。
魔に最も近いとされる闇の精霊ジェイドなどよりも、よっぽど期待出来ると皆が喜んだ。
そして、いつ巫女との契約を解いて眠ってしまうか知れないジェイドとわたくしを、簡単に切り捨てたのです。
まず、わたくし達に付けていた守り人達を全員ウィスプとトモヨさんへと移しました。
弱ったジェイドと、元々非力なわたくしは、それでも変わらず襲い掛かってくる魔族達に二人で応戦する事を余儀なくされたのです。
それでも、わたくし達を守ろうとして下さった方々は大勢いました。けれど彼らは上位の魔族に適うだけの力を持ちえておらず、共に戦えば大勢の犠牲を出してしまう。
それは嫌だとわたくしとジェイドは二人で戦う道を選びました。
けれどその判断が間違いだったのです。
ジェイドの力が尽き、あの子が眠りに就くまで。それまで頑張ろうと決めたわたくしのその考えが間違いでした。
あの子は、眠りに就くという選択をしなかった。自分の力の一滴が枯れるまでわたくしを守る為に身を挺して戦ってくれた。
あの子は自分の回復よりもわたくしを守る方を取って力を使い果たしてしまった。それはつまり存在の消滅を意味し、人で言うなら死。あの子はわたくしの為に死んでしまったのです。
闇の精霊ジェイドが消えてしまった。わたくしの対。唯一だったあの子が。その絶望を感じる暇も与えられずわたくしは拘束されました。
この世にたった七体しかいない貴重な精霊を消失させた罪人として。
は? と思うのはわたくしだけじゃないはず。
いやいやいや、お待ちなさいなとツッコミを入れたくなるじゃないですか。
投獄され、査問会に掛けられる事になったわたくしは、自身がその後どうなるか手に取るように分りました。
形だけの査問会などせず、さっさとすればいいのです。どうせわたくしを処刑する事は決定事項なのでしょう。
わざわざ時間を延ばすのはわたくしに恐怖を与えたいからかしら。けれどジェイドを失ったわたくしに、死の恐怖など最早ありませんでした。
来る日も来る日も牢の中でただただ祈るようにこの世界を呪うばかり。
国王を始め皆が、巫女であった時はやたらと絡んできて無責任に頑張れと、魔族を滅せよと。魔族とはいえ元は人間だった人達を殺せと平気で言う。
そしてわたくしの力が弱まった途端見向きもしなくなったかと思うと、トモヨさんが現れ彼等はそちらに飛びついた。当然とはいえその無神経さには言葉を失ったものです。
わたくしの周りには誰もいなくなった。誰も想像すらしなかったに違いない。
ジェイドが目の前で消えた時の身を引きちぎられるような己の半身を失った喪失感。
かつてわたくしを守護してくれていた方々は皆、光の精霊の巫女に取られ、用済みとなったわたくしに誰も見向きもしなくなり。
卑屈にもなろうというものです。
毎日毎日、呪詛を吐き続けるわたくしのところに現れて手を差し伸べてきたのが、なんと諸悪の根源である魔族の長。魔王と恐れられる男、シメオンでしたの。
甘言で悪に誘い込むとかそんな訳ではありません。表情筋死んでんじゃないの大丈夫? って言いたくなるくらい徹底的な無表情を貫く男が、無言で手を伸ばしてきました。
膝をついてただただ、世界の死を望んでいたわたくしと彼は少し対話をした、ように思います。
何を語りかけられ、何を喋ったのかはほぼ覚えておりませんが、差し伸べられた手を牢の格子越しに取った瞬間、わたくしは闇堕ちしました。
それからはもう早かった。闇の精霊が長らく憑いていたわたくしは、そもそも魔に堕ちやすかったらしいのです。
精霊の力の代わりに膨大な魔力を与えられ、惜しみなくそれを使いまくりました。精霊が使っているのも魔力みたいなものだから、耐性のある身体に魔力は馴染みました。決して副作用が無かったわけではありませんが、自暴自棄になっていたわたくしは自分の身体がどうなろうと構いやしなかったのです。
わたくしは首都のど真ん中に居たわけですから、手始めに街を火の海に変えて城に押し入ってやりたい放題。
人の死を見ても、それが例え浅からぬ仲だった人達だったとしても、あの時のわたくしは何も思いませんでした。何の思い入れも抱きすらしませんでした。恐ろしい事に。あれが堕ちるという事なのでしょう。
高笑いしながら逃げ惑う人々を眺めながら、わたくしは気づいてしまいました。気付いてしまったのです。いいえ、最初から分かっていたのに、わたくしはずっとずっと目を逸らし続けていた事実。
憎い。ジェイドを利用するだけ利用して、力が弱まった途端に簡単に切り捨てたこの国も、わたくしと同じ立場でありながら大事に大事に皆に守られて何もせずにいる光の精霊と巫女も、わたくし達を見捨てて彼女の守り人になった人達も、みんなみんな、憎くて堪らない。お前達のせいでジェイドは――
けれどそう。ジェイドが消えてしまった本当の原因は、彼らの言う通りわたくしにある。わたくしなんかを守る為にあの子は力尽きて消失してしまった。
わたくしが、この国の皆がジェイドを殺したのだ。
過ぎた時はどんなに悔いても戻らない。あの子は生き返らない。高笑いする以外どうしろというの?
魔王に与えられた魔力が尽き、そしてもう攻撃する気力も失せて呆然と立ち尽くすわたくしを、「許さない」と人々が取り囲んだ。それぞれ手に武器を持って。
そしてそのまま断頭台へと引き摺り出されたのです。
集まった民衆に石を投げられ、あらん限りの罵詈雑言を浴びせられました。
今か今かと皆がわたくしが死ぬのを待ち望んでいる。
まったく、死にゆく乙女にそんな恨み言を声を大にして言わなくたっていいじゃないって笑っちゃったわ。
確かにわたくしの所業がいかに非道であったか承知している。
彼等の救世主たるトモヨさんに対して、わたくしはその痛みを誰よりも理解しているにも拘わらず、彼女に宿る精霊を消滅させた。それに留まらず、直接手を下したのは魔王とはいえ国王達の死に携わっていたのだから、わたくしが殺したと言っても過言ではありません。
彼等がわたくしを許せないのは当然だし、世界を滅ぼす引き金を引いたわたくしを一度殺したくらいで気が済まないのだってちゃんと解かっているわ。
わたくしは皆を恨んだから、逆に恨まれる道を選び取った。意識していたわけではないけれど、そういう最後を選択してしまいました。
それでいいと思っていました。何が間違っているのと本気で考えていました。
けれど違いました。そうではありませんでした。
わたくしは下手を打ったのです。もっともっと上手に生きなければならなかったのです。
ああ口惜しい事。今更こんな事に気付くなんて。だからわたくしは、大きな力を与えられながらも王都を焼くだけしか出来なかったのです。
もう失敗しない。だから
もし、もし人生をやり直す事が出来るなら、今度こそはちゃんと世界を滅ぼしたい。
あの子の居なくなってしまった世界を、わたくしからあの子を奪ったこの世界を、あの子を見殺しにしたこの世界を、綺麗に滅ぼしてしまいたい。
シリアスな雰囲気はこれにて終了となる予定です