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鍵のついた箱


 イーノックが執務室に入って来て、わたくしとオズを視界に入れた瞬間、顔を歪ませました。ほんの一瞬の出来事でしたけれども、わたくしがそれを見逃すはずがございません。

 わざとらしく、にっこりと愛らしい極上の笑みを返して差し上げました。


「イーノック様、お会いしたかったですわ」

「俺もです。あれからずっと気になっておりましたので。お加減が悪くなったり等はありませんでしたか?」


 ほらこれです。この卒がなければ面白味もないこの模範解答な返事。わたくし、この方のこれが気に入らなかったのです。

 なんですの「俺もです」って。思ってもないくせに。気のあるような台詞を吐くのは罪でしょう。そんなにモテたいのかしら? 思わせぶりな態度は時に女性を暴走させますわよ。


「お陰さまで。こうしてイーノック様と再会出来ましたので、今とても気分がよろしいの!」

「光栄です。まさか可愛らしいお嬢様にそうおっしゃっていただけるなんて。俺の方こそ……すみませんもうやめます、社交辞令です! 団長その顔止めて下さい、護衛の方も今にも剣抜きそうに殺気立たないで!」


 イーノックが紳士スマイルでわたくしに接している間、おじ様は声こそ上げないものの、バシバシとご自身の膝を叩いて笑い転げ、オズは護衛魂を発動させて主につこうとしている害虫を駆除せんと今にも飛び出しそうになっています。


「そ、そんな……社交辞令だなんて、酷いですわイーノック様! わたくし、本当に貴方に会いたくて……うぅ」


 口元を押さえて泣き真似してみせます。瞼と肩も震わせて。


「いや微塵もそんな事思ってないでしょ。それ笑うの我慢してますよね」


 あらバレました? もうさっきから我慢の限界が来ていて辛かったのです。

 ぱっと手を離しイーノックの方を向いた、わたくしの顔がとてもニヤけていたのでしょう。彼は口をへの字にぐっと曲げました。

 ふふ、そうそう。貴女はそうやって素直に遊ばれている方が素敵ですわ。弄り甲斐があって。


「なんで俺、年下の女の子に遊ばれてんだ……?」


 わたくしが面白いからです、としか言いようがございませんが。

 精神年齢が成人しているわたくしに目を付けられたのが運の尽きと思って諦める事ですわ。


「いやぁ、お前等面白いな! やっぱ歳の近い奴が集まるのはいいな、うん。イーノックがあんな活き活きしてんの初めて見たわ」

「してません! さっきの会話のどこで俺が活き活きしてました!?」

「わたくし……イーノック様に嫌われてしまったの? もうお嫁に行けないわ……!」

「なんでですか、どこにでも行って下さいよ。あと、別に嫌ってはいません!」


 ぶはっ! とおじ様が噴き出す。

 あれだけ好きに遊ばれて、まだ嫌われてないようです。懐はやはり深い方なのですね、イーノック様って。

 堪忍袋がどの程度の大きさなのか、限界まで挑戦したいような、別にどうでもいいような。


「オズ、もう威嚇するのは止めて差し上げて下さいまし。話が進みませんわ」

「貴女がそれを言いますか」

「ではオズを止めなくてよろしいと」

「すみません、お願いします」


 素直でよろしいこと。

 オズが剣の柄から手を離したのを見て、イーノックはほっと息を吐きました。

 わたくしにもオズがどこまで本気なのか、いまいち分りかねるのです。イーノックに向かって剣を抜く事はないのでしょうが、彼が冗談でそんな事をするのも想像がつきませんし。


「で、俺に何の御用で」

「あら。わたくしちゃんと言いましたでしょう。お礼に参りますと」

「まさかお嬢様自らが来るとは思ってませんでした」

「自分の口で伝えなければ意味がありませんわ」

「俺をからかいたかっただけ、じゃないですよね?」

「ふふっ」

「あ、絶対そうだ。お礼はついでだ」


 本当に楽しい方ですわね。こんなに打てば響く方はわたくしの周囲にそうそういらっしゃらないので、とても新鮮です。

 けれど、このままでは何時まで経っても話が進みません。残念ですが、そろそろ本題に入ると致しましょう。


「この度は助けていただき、誠にありがとうございました。オズ」

「はい」

「つまらないものですが」


 後ろにいたオズが前へ出て来ると、すっと二つの箱を取り出しました。

 一つはわたくしの小さな手にすっぽりと収まるくらいの箱。もう一つはオズが両手で持つくらいの箱。


 今までオズが一体どこに隠し持っていたかというのは、ご想像にお任せします。わたくしの口からはちょっと言えやしません。


 二つの箱をテーブルに置くと、不思議そうに眺めているイーノックに、ニコリと笑いかけます。


「さぁ、どちらかお好きな方をお選びください」

「え、ちょっと待って下さい。お礼ですよね? どっちかなんですか? なんか試されてる気分なんですが。どっち選ぶかで俺の人生大きく変わっちゃったりしませんよね!?」


 人生ですか! それはそれは大きいですわねぇ。

 たった数十分で、わたくしに対する信用がガタ落ちになってしまいましたわ。最初から信用がどれほどあったのかは知りませんけれど。


「イーノック様はどちらの箱もご所望ですか? ならば仕方がありません。その場合、少しばかり大変な事態が巻き起こる可能性がありますが、貴方様が望まれるのならばわたくしに止めることなど」

「じゃあ小さい方で! そちらだけで十分です」

「あらそうですか」


 つまらないわ。もう少し乗って下さったっていいじゃないですか。

 むー、と唇を尖らせながら、小さな方の箱をイーノックへと渡します。


 先ほどから、おじ様がソファに突っ伏してしまっています。笑いを堪え切れていないのでしょう。昔から思っていましたが、おじ様は笑いの沸点がとても低いです。

 対してオズは眉の一つも動かさずに、無表情なままわたくし達を見守っています。こちらの沸点の高さは計り知れません。


「どうぞ、開けてみてください」

「爆発したりしませんよね……?」

「その場合は、後で開けて下さいと言っていますわ」

「あ、確かに」


 どんな納得の仕方ですの。お礼だと言っているじゃありませんか。その気持ちに嘘偽りはございませんのに。危ない所を身を挺して守って下さった方に爆発物を仕込んだりしませんわ。

 ……ちょっと数年後に王都ごと爆発させてしまうかもしれませんが。


 包装紙を丁寧な手つきで開き、中を確認したイーノック様は暫く黙っていました。

 わたくしもそれを黙って見守ります。何が入っていたのかと興味津々なおじ様も覗き込み、オズは知っているのでシレっとしています。


「…………」

「…………」


 沈黙が続きます。堪りかねたのか、チラリとイーノックがわたくしを窺い見てきますが、黙殺します。


「…………」

「あの、これなんでしょうか?」


 箱の中身をわたくしに向け、困り果てたという顔のイーノックがやっと問うて来ました。訊かれたのならば、答えないわけにはまいりません。


「鍵です」

「いえそれは分かるのですが」


 まぁ、なら何が分からないと仰るのでしょう?

 心底不思議そうに首を傾げてみます。


「ちなみに、そちらの大きな箱には何が?」

「あらイーノック様ったら、欲張りさんだこと」


 選ばなかった方の箱の中身まで知りたいだなんて。

 特別ですよ? と茶目っ気たっぷりに言って、オズに開けさせます。

 ぱか、と蓋を開けると、中にはプリティなウサギのぬいぐるみが入っていまして。取り出してわたくしの顔の横に添えてみます。ほらとっても可愛らしいでしょう? わたくしが。


 子供のすることと思って流して下さればよいものを、もの凄く白けた顔をされました。良いではありませんか。わたくし本当にこの国で一番可愛いのに。もちろん自薦です。


「オズ、お願い」


 ウサギのぬいぐるみをオズに渡すと、彼は懐から短剣を取り出しました。イーノックは、え? と目を見開いています。

 が、気にする事もなく、オズはウサちゃんのお腹に短剣をぶっ差したのです。


 ビリビリッ!!


 布が裂ける音がして、中から綿がもりっと出てきました。


「ええええっ!?」


 子供がこの場に居たら泣き叫びそうな衝撃的な場面でしたわね。イーノックもこちらが嬉しくなるくらいの、良い反応をしてくださいました。

 更にオズは気にせず、腹の中に手を突っ込んでゴソゴソと中を漁ります。腹綿が飛び出すのもお構いなしです。見ようによってはとてもグロテスクですわね。


 そしてげんなりとしているイーノックに、中から取り出したものを差し出しました。


「……また鍵!?」


 鍵です。しかも、実は二つは同じものでして、結局どちらを選んでもイーノックにお渡しするのは鍵だったというわけですわ。


 おじ様が片方の鍵を取り上げてしげしげと見つめて、はっと目を見開きました。


「おいこれ」


 驚愕の表情に包まれたおじ様に、わたくしは神妙に頷きました。


「お気づきになられましたか」

「まさかとは思ったが……この鍵、呪われたあの開かずの間の」

「どんな鍵渡してくれてんだ!?」


 あんたお礼しに来たんだろ!? としまいには敬語を忘れる勢いでイーノックのツッコミがさく裂します。


「悪ぃ悪ぃ、何の鍵だか分かんねぇわ」


 あっけらかんと笑いながら、おじ様がイーノックに鍵を返します。


「分からないなら口挟まないで下さい団長! ルルーリア様も、団長の悪ふざけに乗っからないで下さい!」


 だっておじ様が何を仰るのか聞いてみたかったのですもの。もしかしたら、本当に当ててしまうのかもしれないとも思いましたし。

 けれどやはり、鍵だけでは流石のおじ様も分らなかったご様子。


「その鍵が、何を開けるものなのか。今はまだお答えできません」

「はい?」

「イーノック様が、正式な騎士としておじ様に認められましたら、その時に改めてわたくしは貴方様の元へ参ります。そして、その鍵で開けた箱の中身をお渡しさせていただきますわ。それまで鍵は預けておきますので」


 絶対に失くさないで下さいまし。

 本当なら一本はイーノックへ。もう一本はわたくしが保管する予定だったのですが、どちらもイーノックの手に渡りましたので、彼に持っておいてもらいましょう。

 失くしてしまったのなら、その時はその時。イーノックへのお礼品は無かったという事で。そういう運命だったのだと思いましょう。


 なんだかもうわけが分からない。結局あいつは何しに来たんだ? というイーノックと、大笑いしているおじ様に、淑女の礼を取ります。


「それではお二方、失礼いたしますわ」


 そしてそのまま、くるりと身を翻して執務室を出ました。

 やれやれ、一仕事を終えたこの疲労感と充実感は格別ですわね。


 イーノックの予想通り、いえそれ以上の反応に笑いが込み上げてきます。思い出し笑いをするわたくしを見て、オズが珍しく口を開きました。


「本当によろしかったのですか」

「ええ、きちんとお父様の許可もいただきましたもの」


 あの鍵で開ける事が出来る箱は、ヘルツォーク家の宝物庫にあります。大事に大事に保管されている、我が家の家宝の一つ。

 ご先祖様が何か功績を上げた際に国王から賜った、この世に斬れぬものはないという伝説の宝剣だそうです。斬れぬもの云々は眉唾物の話ですが鍛冶屋に見せた所、やはりかなりの業物で鍛え直せば十分使えるとの事でしたし。


「あれを扱えるものは、我が家にはおりません。これまで何代にも渡ってあの剣を手にした方はいないと聞いています。あのまま宝物庫で腐らせておくくらいならば、将来有望な騎士様に使っていただくのがいいわ」

「アルーシュ様が将来剣を持つ事も」

「ありませんわ。あの子は剣を求めません」


 前世では年がいくにつれ剣よりも槍を好むようになりましたもの。わたくしは実際に見た事はありませんでしたが、かなりの使い手になっていたようです。


 宝剣を簡単に他人に渡してしまう事に、抵抗があるらしいオズは未だ納得していないようです。


「でしたら、オズが使いますか?」

「いえ、俺は……」

「ならやはり、イーノック様にお渡しして問題ありませんわね。はい、このお話終わり!」


 ぱんぱん、と手を叩いて強制的に話を終了させます。

 

 きっとオズはわたくしが思いつきでイーノックにあげてしまうつもりなのだと思っている事でしょう。

 そうではありませんと、わたくしの心の内を話しはしません。どう思われようと、わたくしはわたくしのやりたいようにするだけです。



途中、遊び過ぎて微妙に長くなってしまいました

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