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ホフステン家の当主


 第一騎士団の修練場をひょっこりと覗き込むと、数名の騎士の方がまさに訓練中でした。その中でも一際大きな背中を発見し、わたくしは駆け寄りました。


「ホフステンのおじ様!」


 ん? と振り返ったおじ様は、わたくしを視界に収めると、二カッと白い歯を見せて笑い、両手を差し出してくださいました。

 オズと同じ銀の髪と、頬から顎に蓄えられた髭が獅子の鬣のような、騎士団服がパツパツなほど筋骨隆々な大柄なホフステンおじ様に、わーい、と飛び込みます。


「またまた、少し会わない間にまた素敵なレディになられましたな、ルルーリア様!」


 そう言いながら、ガシッとわたくしの両脇を掴むと、そのまま放り投げられるのではという勢いで持ち上げられました。


「きゃああっ!!」


 高い。尋常でなく高い。大きな熊のようなおじ様の頭上に上げられたのです。思わず声も出ようというもの。


「ほうら高い高い!!」

「いやあああっ!!」

「まだまだぁーっ!!」

「ぎゃああああっ」


 左右に揺さぶらないで、ちょっと宙に浮かさないで怖いんですの!!

 制止すらも言葉に出来ず恐々とするわたくしの悲鳴を、楽しがっていると思い込んだおじ様は、がははと笑いながら高い高いを続けています。

 もういっそ気絶したいと思った時でした。


「父上、それは本気で怖がっている悲鳴です」

「なにっ!?」


 がくり、と全身の力が抜けてぐったりとしているわたくしに、漸く気付いたおじ様は慌てて地上へと降ろして下さいました。

 しかし立っていられるわけもなく、支えてくれているオズに身を委ねます。


 ああ、わたくしあのまま一生地に足を付けて生きられないのかと、わりと本気で思いました。


「すみませんねぇルルーリア様。ウチは男所帯なもんで女の子の扱いに慣れてませんで」

「い、いえ……」


 男の子というものはあんな風に父親と戯れるものなのでしょうか? シーザーお兄様もアルーシュも、お父様にあのようなハイパー高い高いをされている所を見た事が無いのですが。


 オズをチラッと窺うと、頭を振られました。そうですわよね、おじ様くらいですわよね。


「俺は大歓迎ですがね。またなんでこんな所へ?」


 むさくるしい所でしょう、とおじ様は修練場を見渡しました。確かにガタイのよろしい騎士の皆様が汗を流して鍛錬に励んでいる所は、夏に来ると暑苦しいように思えます。


「先日わたくしが町へ出かけた際に、こちらのイーノック様に助けていただきまして。そのお礼をと」

「ああ、聞いてますよ。しかし本当にルルーリア様はあのヘルツォーク殿のご息女とは思えねぇ行動力を持ってますなぁ」


 お忍びだと言って少人数で町へ出かけたり、今日もまた修練場まで足を運んでみたり、もしかしたらシメオンの所へ足しげく通っている事もお見通しかもしれません。

 確かにわたくしは、貴族のご令嬢に有るまじき行動を多くとっています。


「どうです。町でも危ない目に遭われたとか。ウチのオズワルドが役に立っていないのではないですか!?」


 ガキンッ!!


 びくっとわたくしが身体を跳ねさせたのは、きっと彼らからすれば随分と遅れての反応だったでしょう。


 気付いた時にはおじ様は、肩から提げていた大剣を抜いてオズの頭上に振り降ろしていて、オズはそれを自身の剣を両手で支えた状態で受け止めていました。

 わたくしにはおじ様もオズも、剣を抜く瞬間を見る事すらできませんでした。そのくらいあっという間の出来事。


「ほお、膝つかなくなったか。よしよし鍛錬は怠ってねぇみたいだな」


 身を屈めてはいたけど、膝を地面に付ける事無く、あのおじ様の剛腕を受け止めたオズ。本当にあの細い体のどこにそんな力が……

 とはいえ、幾らかダメージを受けたようでフラついたオズに駆け寄る。


「オズ、大丈夫ですの?」

「問題ありません」


 おじ様は、まだまだだなぁという顔をして、息子を気にすることなく奥へと歩き出しました。


「イーノックは今巡回に行ってるんでね。少しばかり待ってて下さい」


 まぁ、脅かしてやろうと思って事前に連絡を入れずに来たのが災いしましたわね。まさか留守だなんて。

 今日は特に用事もありませんので、待つことは全く問題ないのですが。


「まぁすぐ戻ってきますよ。それまで不本意でしょうが、俺の相手でもしといてもらえますかね」

「光栄ですわ」


 執務室の方へと通されたわたくしはソファに座り、オズはその後ろに控えています。

 おじ様はわたくしの前にドカリと座るや否や、すぐに足を組んで楽な体勢になりました。


「今日、ルルーリア様が来てくれて助かった。一度話したいと思ってたんだが、俺はあんまあのお屋敷に行けねぇんでね」


 喋り方も先程よりも格段と砕けたものに。子供だからと侮っているわけでも、幼子に対して柔らかく喋ろうとしているというわけではなく、彼の素の口調に近いと思われます。

 一応人目のある所では気を遣っていらっしゃったのですね。ここはわたくしと、身内のオズしかいませんので、気兼ねしていないのでしょう。


 確かにわたくしは、態度や口調など一切気にやしません。


「行きたくない、ではありませんの?」

「ははっ、それもある」


 否定もせずに豪快に笑うおじ様につられてわたくしも笑う。正直な方。貴族とは違い、己の武によって代々認められてきた超絶実力主義なホフステン家の御当主は、取り繕うだとか歯に衣着せるというような物言いは性に合わないようです。


 でも確かに、ホフステンのおじ様にはヘルツォーク家は随分と堅苦しくて居心地が悪いでしょうね。お父様もお母様ともあまり相性が良いようには見えませんし。


「オズワルドの事でしょうか?」

「いや。最初はこいつを公爵家へやるとなった時は正直上手く行きっこないと思ったが、なかなか上手くやってるようで安心してるよ。ルルーリア様はちゃんとこいつの主になってくれてんですね」


 それはそうでしょう。オズワルドはわたくしの護衛ですから。ちゃんとも何もありません。よく分らなくて首を傾げると、おじ様はまた豪快に笑いました。それでいいですよ、と。


「うん、不思議なお嬢さんだ。静の家の人間としちゃ異質かもしれねぇが、俺は好きですよ」


 『静の家』というのはヘルツォーク家の事ですね。色々と呼び方が多くてややこしいのですが、なんやかやと人々はヘルツォーク家とホフステン家を対にしたがるのです。


 剣と盾。政と武。静と動。相容れない存在という意味で、対立関係にさせようとしているのかもしれません。


「俺が気になってんのはシメオン・ファーレルだ」

「シメオン様……ですか」


 予想外の名前に、思わず意味のない返しをしてしまいました。

 我が家とはまた別の意味でホフステンのおじ様と対を為す存在ですわね。

 竜騎士団長は長年空席のまま、この国の団長の座に就いているのは二人だけです。


「ルルーリア様は彼とも懇意にしてるって話だが、俺個人の意見として言わせてもらえば、止めた方が良い。あの男はちっとばかしヤバい」

「それは、どういう意味でしょう」

「勘だ。恨みがあるとか僻みとかじゃねぇよ、そうじゃない。確証はないし俺が勝手に思ってるだけだ。けどあれは、あいつからは」


 ――死臭がする――


 心臓が掴まれたような、強い衝撃が襲ってきました。


 この人は……。これが、ホフステン家の当主であるという事なのですね。

 常に剣を手放さず、戦場を駆け、ここでこうしてわたくしとお喋りに興じていても死を隣に感じ続けている。

 この国の誰よりも他者の血で己を染め、最も死に近い存在。


 この方を敵に回すのは恐ろしい……


 肌が粟立って、思わず腕を擦る。

 すると『死臭』という単語を怖がったのだと勘違いしたおじ様は、眉尻を下げ「悪い悪い」と謝りました。


「どうにもあんた等兄妹と喋ってると、子供を相手にしてるっつーのを忘れちまってな」


 白い歯を見せて快活に笑うおじ様が、急に空恐ろしくなって、わたくしは曖昧に笑みを浮かべる事しか出来ませんでした。


「その仰りようでは、まるでシメオン様が不死者アンデッドのようですわ」


 魔族の中には不死者と呼ばれるものがいます。それは剣で刺しても魔術で焼いても殺す事が出来ないのです。既に肉体は死んでいて、それ故に如何なる攻撃も受け付けないのです。

 倒すには、精霊の放つ術で滅するという方法しかありません。


「いや俺だってあいつが不死者だなんて思ってねぇ。堕ちた奴とは明らかに違うからな。あいつは魔族じゃねぇが……あれが人間だっつーのも釈然としない」


 あの魔力量は人間の身体一つに許容出来るものではない。

 それは彼が魔術師団に入団した当初から言われていた事です。


 彼がその気になれば、それこそこの王都どころか周辺都市も一度に全て吹っ飛すのも簡単でしょう。

 それが本当にただの人間に可能なのか、と。この国の始まりまで遡ってもそれ程までに魔力の強かった者はいなかったのです。


 けれどきっと、おじ様が危惧しているのはそこではないのでしょう。何が、と正確に正体に気付いているわけではないようですが、直感してしまっている。

 シメオンが魔族に堕ちるのはもう少し先ですが、もしかしたら既に傾きかけているのかもしれません。それにおじ様は勘付いたのかもしれません。

 わたくしには普通にしか見えないのですが……

 そしてやはり、ホフステン家侮りがたし。


 とにかく近い将来、シメオンが魔王として魔族の頂点に君臨するという事は絶対に伏せておきましょう。


「イーノック・ラプラス、入ります」


 あら、なんて良いタイミングで。素晴らしいわ、将来の騎士団長様は。空気が読める男ですわね!



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