今世こそ
少し短いです
王都の中心に坐する王宮、その一角に都の中でも最も高い塔があります。
その天辺には巨大な鐘があり、そのすぐ下は人が数人は立っていられるくらいの広さがあります。
わたくしは、そこに登って街を見下ろすのが大好きなのです。
遥か高みから見下ろすと、住居や王宮ですら小さくて、ちょこちょこと動く人間なんて蟻みたいにちっぽけな存在にしか見えなくて、なんだか自分が神にでもなった心地になるからです。
と、それは半分冗談なのですが。
ここからだと、王都の外れにある神殿までよく見渡せるのです。
王都を挟むようにして、太陽の昇る東側には光の精霊の神殿。対を為す様に西側には闇の精霊の神殿があります。
十四歳の誕生日、わたくしは闇の精霊であるジェイドに呼ばれました。
いえ、今にして思えばもっと前からそのような前兆はあったような気がします。
とにかく、はっきりとジェイドの声を認識したのは、その時。
闇の神殿に行かなければと繰り返すわたくしを、ただ事ではないと家族が神殿に連れていくと、そこにはもう神官達が勢ぞろいで待ち構えていました。
そしてジェイドの眠る奥の間へと通されました。
ガランとした何もない空間でした。ただ一番奥の壁に巨大な何かの図のような模様が彫られていて、その中に宝石が幾つも散りばめられていました。
模様の真ん中に手の平にすっぽりと収まるサイズの黒曜石のような、漆黒の玉がはめ込まれていたのを覚えています。
その玉に触れた瞬間に、わたくしの周囲は真っ黒なもやに覆われました。しかしその靄は徐々に固まって次第に人型へと変化したのです。
艶やかな黒髪に真紅の瞳の十歳にも満たないくらいの男の子でした。肌は青白く、黒尽くめの服を着ているせいで更に際立っていました。
耳がピンと尖っていて、目の瞳孔も猫のように縦長で、人間に限りなく近い姿をしているけれど明らかに違う生き物である男の子。
わたくしが呆然としていると、ニコリと笑って「ずっと待っていた」と抱き着いてきたのです。
これがわたくしとジェイドの出会い。
こうしてお話しても、特に感動的でもなんでもありませんわね。
けれど自分でも不思議なのですが、ジェイドに「ずっと待っていた」と言われた時、ああ、と納得したのです。
わたくしはずっとずっと、この子を待っていたのだと。この子に会う為にこの世に生まれて来たのだと、あの時唐突に理解しました。
ジェイドのあの小さな身体をを強く抱きしめ返した瞬間、泣いてしまいそうなくらいに心満たされた。
この子はわたくしの半身なのだと、そう思いました。
ジェイドがいてくれるなら他には何も要らない。それほどまでに強い衝動が全身に掛けるようでした。
それからほぼ六年、わたくしとジェイドは片時も離れる事無く一緒でした。
決して楽しいばかりではございませんでしたよ。後半はほぼ魔物や魔族と正に命を削る戦いを続けておりましたし。
ジェイドと正式に契約して巫女となり、精霊の力の使い方の修行だの、各地へ慰問やお祈り、魔族討伐やらで飛び回っていましたし。
今思うと……休みなんてありませんでしたわね。わたくしよく根を上げなかったものだわ。
それもまた、ジェイドがいたからこそです。あの子の為の努力なら苦ではありませんでした。
『ルル!』
そうわたくしを呼んで、いつだって傍らに寄添っていてくれたあの子を。わたくしだけを必要としてくれたジェイドを。
この国は消耗品として使い捨てた。
たった七体しか存在しない精霊だと崇めるようなフリをしながら、魔族共を滅する力だけを搾取して、力が弱まるとそれがさも当然のような顔をして切り捨てた。
『大丈夫だよ、ルル。怖くなんてないよ。悪い奴等は僕がみんなやっつけるからね』
守り人と離され二人きりになった時、もう既に力なんて殆ど残っていない状態になっていたあの子は、それでもわたくしを安心させようとそう言って抱き着いて来たのです。
そしてジェイドはその言葉の通り、わたくしを守る為に最後の力を使い切って消失してしまいました。
ジェイドがこの世から消えてしまった事実を受け止められないままに、わたくしはジェイド消失の罪を被せられて投獄され、世界を呪いながら闇堕ちしました。
闇堕ちして以降の事は正直いろいろと曖昧です。記憶も飛び飛びですし、どこか他人の行動を第三者的に見ているような感覚もあったり。感情も人間が憎い、死んでしまえという負のものしか残らず、それ以外の喜怒哀楽は全て削ぎ落とされていましたね。
高笑いしながら王宮を炎の海に沈めた事と、光の精霊ウィスプを消失させたことは良く覚えていますけれど。
考えてみますと、わたくし一人の力でウィスプを消失させられたというのは、おかしな話だと思うのです。魔王シメオンに力をいただいていたとはいえ、精霊に適うはずがありません。
おそらくですが、ウィスプもまたジェイドと同じ状況に陥っていたのではないでしょうか。国を守る為にと魔族を殲滅する事を余儀なくされ、力の大半を使い切っていた状態だったからこそ、わたくしでも勝てたのではと。
本当にどうしようもないですわね、人間という生き物は。
前世でわたくしが斬首されて死んだ後、光と闇の加護を失くしたこの大陸は、自然界の均衡が一気に崩れて、滅びへ向かうスピードを加速させて……
きっとそう遠くない未来に魔が満ちて、生きしと生けるものはいなくなる死の大陸と化したでしょう。
けれどそれで満足するわたくしではございません。この目で見なければ。
この国が崩壊してゆく様を。ジェイドを消失に至らしめた者達総てが苦痛に歪む姿を、他ならぬわたくし自身の目で見定めなければ気がすみません。
前世では、わたくしの身体の限界を度返しした膨大な魔力を使ってもまだ目的を達成できませんでした。
わたくし一人では成し遂げられなかった。となれば、今世では他者を巻き込むまで。
大きな力を持った者達を、何が何でもわたくしの計画に引きずり込んで、目指せ国崩し! です。
わたくしの定めたタイムリミットはウィスプが異世界から巫女を連れて帰って来るまで。
「今度こそ……」
「何か、仰いましたか?」
わたくしの呟きは風に掻き消えて、傍に控えていたオズには聞こえなかったようです。笑顔を作って「いいえ」と返す。
「そろそろ行きましょうか」
今日も今日とてわたくしは目標の為頑張りますわよ。
今から騎士団の修練場にお邪魔しに行くのです。何をしにって、そりゃあもちろん目的は、先日のお出かけの際に助けていただいたイーノックへお礼をしに……というのは勿論建前で。お邪魔しに行くのです!




