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路地裏の騎士


 迷子の心得その一!

 慌てず落ち着くこと。息をすってーすってはいてー

 うう、吸い過ぎた……


 迷子の心得その二!

 周囲の状況を良く確認すること。

 右よし、左よし。上見て下見て……細い入り組んだ迷路のような薄暗い路地である事を再確認。

 気が滅入るくらいにどこ向いても変わりばえのしない景色です。


 迷子の心得その三!

 警備兵に泣きつけ。近くの警備兵の駐在所に行って身元を伝えて、家へ送ってもらう。

 ……どこに駐在所があるのかも分からないのですが。そもそも自分がどこにいるのかも分からないから迷子なのに、近くに何があるかとか把握出来ていたなら苦労はしないという話です。


 迷子の心得その四!

 不用意に動かないこと。

 とは言え、ここでずっとオズ達を待つと言うのも辛いものがあります。

 ここに居てそれなりに時間が経過していると思いますが、オズ達がやって来る気配は全くありませんし。

 

 何一つとして迷子の心得が役に立たないというこの現状。無事に今日中にお屋敷に帰る事が出来るのか不安で仕方がないのですが。

 

 あ、そうですわ。方向転換すればいいのではないかしら。

 どんどんと前へ突き進めば更に未開の地へ向かうのと同義。ならば今来た道を辿って戻ればよろしいのよね。


 わたくしったら頭が真っ白になってそんな簡単な事にも気づかなかったなんて。相当にテンパっていたのね。


 というわけで、くるりと後ろを向いて、サクサクと歩き出す。

 けれど、どうしてでしょう。さっき通ってきたはずなのに、また違う所を歩いているような気がしてなりません。


 どれも同じような建物の裏側の壁に、陽の光は遮られて昼間とは思えないくらいに薄暗くて、景色が記憶に残りにくいせいでしょう。

 更に悪いのは、一体どんな風に建てたらこんなに入り組んで枝分かれした路地が出来上がるのか……商業区そのものが迷路になっているのではと思えるくらいに複雑な通路になっています。


 残念ながら、前世での記憶もこの路地を前にしては何の役にも立たない。

 公爵家のご令嬢であり、闇の精霊の巫女という稀有な存在であったわたくしには、このような場所は無縁だったのです。


 それにしても、本当にこちらで良いのかしら。行けども行けども開けた場所にも出なければ人にも出くわさないのですが。


 オズは一体何をやっているのかしら。たとえわたくしが自らフラフラと居なくなったとしても、瞬時に察知して見つけ出してくれればいいものを。

 シメオンもシメオンですわ。魔法でパパッと失せ者探しをやってのけてこその魔導師団長でしょうに。


 などと八つ当たり上等なわたくしが、身勝手にプリプリと怒っていた時でした。


 後ろからガシっと肩を掴まれたのです。


「キャアッ!!」


 反射的に振り返りながら思い切り手を振り払う。

 ついでにしゃがみ込んでギュウっと瞑ったわたくしに、驚いたのはむしろ相手の方でした。


「うわっ、ごめん。驚かせた!」


 ん?

 予想していたのは、怖く怪しいおじ様の不気味な声だったのですが、耳に届いたのはまだ少年のような若々しい、そしてこちらに対する気遣いが感じ取れるものでした。


 身を竦めていたわたくしは、恐々と顔を上げました。


 見上げると、しゃがんでいるわたくしを覗き込むように身を屈めていた少年の顔が間近にありました。

 遠くにある青空を映し込んだようなスカイブルーの髪と、金の瞳が鮮やかなあどけなさの残る少年でした。

 オズと同じくらいかしら?


「た……助けて下さい!」


 わたくしはさっき彼にビビった事などおくびにも出さず、その腕にすがりついて懇願しました。

 公爵家の人間としてのプライドなんてこの際、その辺にある生ごみのゴミ箱に投げ捨てたってよいです。


 やっと出会えた、しかもまともそうな人に縋らずにいられましょうか!


 しかも彼は、なんと騎士団見習いの隊服を着ているのです。心寂しい幼気な美少女であるわたくしにとって、これは神の救いとしか思えませんでした。

 今の今まで神などこれっぽっちも信じてやしませんでしたが。


「あ、やっぱ迷ってたんだよな? どんどんスラム街に歩いて行くからどうしようかと思った」


 なんですって!?

 来た道に戻っていたはずが、見当違いな方向へと向かっていたというの……?

 恐ろしいわ、路地裏とはなんと方向感覚の狂う所なのかしら。


「どこから来たのか覚えてる?」

「どこから……」


 どこ、なのかしら?

 首を傾げると、少年もとても困った顔をしました。

 この際もう元の場所に戻る事は諦めましょう。兎に角わたくしの身元を明かして屋敷に連絡を取るか、中央区まで送って下さればもういいです。

 オズもきっとある程度探してわたくしが見つからなければ一旦屋敷に戻って来るでしょうし。


「えっと、わたくしは――」

「あぁ? なんだこのガキども」


 わたくしの背後から、ガラガラの枯れたような男性の声がしました。

 ぞわりと背筋が凍る。振り返らなくたってもしかしなくとも、今度こそ出くわしてはならない類の方のようですわね。


 即座に少年が私を後ろに引いて、自身が前に出ました。さすがですわ! か弱い少女を守る為我が身を立てにする。騎士の鑑というものです。


「ニイチャン、てめぇにゃ用はねぇな。そっちのお嬢ちゃんだけ置いて尻尾巻いて逃げな。見逃してやるよ」


 まぁ……なんというお決まりな台詞を……。

 物語などで良く出て来る三下のチンピラが良く使うような台詞ですわね。まさか生でお聞きする機会に恵まれるだなんて、全くもって嬉しくありません。


「こんな可愛い女の子を置いて逃げるなんて、出来るわけないだろ」


 まぁ! なんて女心を心得た台詞を……!

 やりますわね、騎士見習いさん。わたくしでなければきっと恋に落ちていましたわ!

 しかしまさか、こんな乙女小説のヒーローのような台詞を生で仰っていただく機会に恵まれるだなんて、人生二度目になると何が起こるか分からないものですわね。


「一緒に逃げるに決まってる」

「あっ、テメェ!!」


 ですよねー。なんか男の人の後ろからわらわらと数人の人相の悪い厳つい人達がこちらへやって来ていましたものね。

 騎士見習いとして帯剣しているとはいえ、複数人を一度に相手にするのは至難の技でしょう。オズでもなければ、怪我じゃ済まない可能性も。


 そんなわけで、わたくしは腕を引かれてその場から逃げ出す事になりました。


「とにかく大通りに出よう!」


 そう、それがよろしいですわね。逃げるにしろ人の目があった方が良いでしょう。

 今日はこの服装で本当に良かったですわ。

 デザインもシンプルで軽いしとても動きやすい。いつもの数倍走りやすいです。


 しかし普段から運動なんてしておりませんおで、すぐに足が悲鳴を上げました。息苦しいし、胸……肺? がとても痛い。


 わたくしの速度が落ちれば、腕を引いてくれている少年に如実に伝わります。気遣うように後ろを振り向いてわたくしの様子を確認していただくのはとてもありがたいのですが、もうそろそろ限界です。

 足がもつれて来ました。箱入りのご令嬢に、屋敷の廊下よりも長い距離を走らせるのが間違っています。


 いえ、そんな事を言っていられる状況ではなかったのは百も承知ですが。


「もう少しだから頑張って!」


 もうかなり頑張った後なのですが! という文句を返す余裕すらなく、はふはふと陸に上げられた魚のように息を切らせるしか出来ません。


 しかし少年の言う通り、少し前方が明るいです。そこにさえ出れば、と何の保証もなくそう思いました。裏路地さえ抜けてしまえば、と。


 けれどわたくしは失念しておりました。いえ、分かってはいなかったのです、スラム街がどういう所なのかという事を。


 それは王都の闇を集めて塗りつぶしたかのようでした。


 路地と何も変わらない薄暗い通り。ゴミが散乱し、ネズミや虫が湧いている。道端に座り込む人達も薄汚れ、妙に痩せこけている。


 まばらに行き交う人達は、路地から飛び出してきたわたくし達に緩慢な動きで目を向けたのですが、スラムの空気そのもののようにその目は淀んでいました。


「身形の良いガキじゃねぇか」

「裏から出て来たぞ」

「あー? ならワケ有か」


 なんのワケですの!? 確かに時間を逆行して二度目の生を歩んでいるという、人には言えないワケなら有りますけれど!

 この方達が言っているのはそういう事ではないですよね。

 

 わたくしに分かるのは、大通りに出ても状況は良くなるどころか、悪化の一途を辿ってしまったかもしれないという事でした。


「おい、いたぞ!」


 わたくしの後ろから、先ほどの男達がやって来る足音が聞こえてきます。


 万事休すとはこのような状況を言うのでしょうね。なんて冷静に解説している場合ではございません。どうしましょう、これはもう逃げられない。

 騎士見習いさんだけならまだしも、わたくしはもう体力の限界です。


 どういたしましょう、わたくしはこんな所で死ぬのも、この人達に良い様にされるのも真っ平ですわ。


 騎士見習いさん、貴方だけでも逃げて! なんて殊勝な事は欠片も思っていないので絶対に口にしません。わたくしは我が身かわいい。

 だから、彼にはわたくしの為に頑張っていただかなくては。


「少しだけ、時間稼ぎをお願いできます? その腰にある剣が飾りでないのならば」


 少年を挑発的に見上げると、彼は驚き、そしてすぐに屈託なく笑いました。


「我が剣で御身をお守りしましょう、お姫様……てね」


 あらノリの良い方ですわね。

 すらりと剣を抜くと、隙なく少年は身構えた。


 それを見計らってわたくしは肺がいっぱいになるまで息を吸い込みました。


「オズ!! 早く迎えに来て下さいまし!!」



あれ、お出かけ編今回で終わるはずだったのに…

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