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おしのび

「お嬢様、用意は済みましたでしょうか」

「ええ、もうバッチリ!」


 ああ用意が済んでしまったか。と嫌そうな顔をするオズワルドに、わたくしはこれでもかと爛漫な笑顔を見せる。ええ、嫌がらせです完全なる。


 わたくしは今ターコイズの髪をおろしたままにして、いつもよりもくすんだ色の簡素なワンピースを着用しています。布地もそれほど高価なものではないので、少しごわごわしているように思います。


 お忍びです。忍んで郊外区へとお出かけするのです!

 この王都は大きな円を描くような形をしていて、中心に王城、その周囲を中央区といって貴族階級の屋敷が立ち並び、さらにその外周が中流階級以下の住居区域と商業区域とに別れている造りになっております。

 王城や中央区の高い建物に遮られ、陽があまり当たらない年中薄暗い地域は治安が悪くスラム街と呼ばれているのだそう。そこへは絶対に近づいてはなりませんと、オズワルドに口を酸っぱくして言われたけれど、そもそもわたくし一人でどうやってそこへ辿り着くのかという話ですわ。

 常にオズワルドがわたくしを監視、いえ護衛しているじゃないの。


 今回訪れるのは商業区。

 何故この度城下へ行く許可が下りたのかと申しますと、わたくしの八歳の誕生日プレゼントなのです。何がいいかと聞かれたので、迷いなく商業区へ行ってみたいと答えた次第です。


 だってね、シメオンに教えてもらってしまったんですもの。商業区の道具屋には錬成術に欠かせないアイテムが沢山あると。


 無理やりシメオンと縁を結んだわたくしですが、彼の立場もありますし余り堂々と魔術師団舎へお邪魔するのは難しく、そして用事もないしどうしようかと手を拱いていたのです。オズワルドも全然、全く良い顔しませんし。


 するとなんと、シメオンの方から歩み寄って下さったのです。

 わたくしに宿るごく少量の魔力に気付いたシメオンは、この有効な使い道を示して下さいました。

 極小すぎる魔力故に、前世では魔術学校にすら通えなかった、無いも同然のわたくしの魔力。使い物にならないのなら最初から要らないのに! とずっと思っていました。


 けれど彼は、幾つもの材料を魔力を使って錬成し、アイテムを精製する術があるとわたくしに言いました。それに必要な魔力量は微々たるもので良いらしいので、わたくしにでも素質次第で使いこなせるだろうと。


 錬成術に必要なのはイメージ力と器用さ。わたくしったらそのどちらも兼ね備えていたらしく、とても筋が良いと褒められましたのよ。

 そんなわけで、将来の為にも出来る事は何でも吸収しなければならないわたくしは、錬成術を会得する為現在もう特訓中なのです。


 しかし、錬成に必要な素材というのが、なかなか珍しいものが多くて。植物や金属、鉱石に毒薬……そう簡単に手に入らないのです。


 そして簡単に手に入る素材で作れるアイテムは一通り作れるようになった頃、シメオンがうっかりポロッと、商業区の馴染の道具屋に行けば、錬成に必要な素材が容易く手に入るのだがな、と誰に言うでもなく呟いたわけですね。

 それを聞き逃すわたくしではなりません。その時はシレッと聞かなかったフリをしておいたのですが、八歳の誕生日を迎える際におねだりさせていただきました。


 その素材をプレゼントとして買ってもらえばいいじゃないですか、とオズワルドは眉間に皺を寄せて言ったけれど、やはり自分でお店に行って手に入れたいじゃないですか!


 なので、この度こんな変装をしてまで城下へお出かけする運びとなったわけでございます。

 オズワルドも腰に帯剣はしているけれど、いつもよりラフな格好をしています。

 わたくしの無茶なお願いが通ったのは、両親がオズワルドの実力を認めているからという他に、なんと! 実は! シメオンも同行して下さるからなのです。


 この二人が傍にいて、まさかわたくしに危険が及ぶような事態にはなるまい、と両親は快く了承して下さいました。

 すると弟のアルーシュが「僕も行きたい行きたい行きたいー!!」と駄々を捏ねだしたのですが、さすがに幼すぎるし、アルーシュもとなると護衛を増やさなければならない。そんな仰々しいお忍びはなかろうと、母親に宥めすかされあの子はお留守番と相成りました。


「お嬢様、本当に行かれますか」

「行かれるのですわ。それにしてもオズワルド。そのお嬢様というの、何とかして下さらない? あとその口調も」


 この身から溢れる高貴さは、例え襤褸切れを纏っていたって隠し遂せるものではないとはいえ、そんな堂々と町中で「お嬢様」などと自身の身分を明らかにするような発言は止めた方が良いと思いますの。

 わたくしの方が年下なのに、敬語を使われるのも変だし。


「今日一日は気安く、ルルと愛称で呼んで下さって構いませんわ」


 家族はわたくしの事をそう呼びます。オズワルドももう家族みたいなものですし、まぁ良いでしょう。


「……では、リアと」


 何故外した。ルルで良いとわたくしが上から物を言ったのが気に食わなかったの? なぜその通りに頷かないの。これが反抗期というものかしら?

 分からないけれど、別にそれでも構わないから、とりあえず頷いておきました。


「俺の事も愛称で呼んで下さい」

「そうね。じゃあオズと呼ばせていただくわ」


 お互い、町へ行ったら口調には気を付けましょう、と締めくくって馬車に乗り込んだ。中央区の出口まで馬車で行き、そこでシメオンと合流して商業区へと向かいます。


 さぁって、楽しい冒険の始まりですわ!


 と、勇んで家を出たわたくしは、中央区の出口で出鼻をくじかれました。


「……二人共、即刻フードを被るなり、魔術で別人に成りすますなりしていただけないかしら?」


 この上なく目立つ。そうでした、オズもシメオンも世の女性方を騒がせる美形だという事をうっかり失念しておりました。

 シメオンは今年で十八歳。もうそろそろ大人の完成した体格になろうという、けれどまだ幼さを残した瑞々しさ溢れる美青年。しかも物静かな性格故か、どこか陰のある彼の雰囲気が余計に女心をくすぐって惹き付けてしまいます。


 オズはまだ十三歳なのですが、ホフステン家の血が為せる技なのか、実年齢よりも上に見えます。早晩というのかしら。これからどんどんと逞しくなるであろうけれど、今はまだ成長前の線の細さが全面に出いている美少年。


 そしてそんな二人に隠れて完全に存在がかき消されているわたくし。

 一度この二人は地獄に堕ちてもいいんじゃないかしら。どうしてわたくしが添え物みたいになっていますの?


「妙にコソコソすると悪目立ちするからな。こういう時は堂々としていればいい」

「堂々と顔出しした結果がこのザマでしょう!?」


 通行人だったはずの女の子達が皆こぞって足を止めて、キャアキャアと色めき立ってしまっているじゃありませんか! 人垣が出来てしまっているじゃないですか!

 しかもシメオン貴方、身バレまでしていますけれど!? 

 先ほどから「シメオン様だわ、魔術師団長のシメオン様だわ!」っていう声がそこここから聞こえてましてよ!?


「お忍びという言葉の意味を分かってらして?」

「要は君さえバレなければ良いのだろう? 私は顔が知れ渡っているから遅かれ早かれ騒がれる。君の護衛は選択を間違えたかもしれないがな」


 シメオンは史上最年少の魔術師団長で顔は広く公表されているから、どこへ行ってもこうなるのだという。いえ、絶対それだけが理由ではないと思いますが。

 そしてオズワルドは、確かに町に連れてくるには人選ミスだったかもしれません。けれど


「わたくしの護衛はオズ以外ありえません」


 これでもわたくし、随分とえり好みしますのよ。自分の命を預ける相手ですもの。妥協は許されません。今の所、オズくらいしかそんな人は見当たらないのです。


「まぁ、そうだろうな」


 溜め息交じりにシメオンは言い、オズを見てどこか面白く無さそうな表情で「そろそろ行こう」と身を翻しました。

 わたくしの護衛がオズだと、何か不都合でもあるのかしら?

 けれどシメオンの考えなんてわたくしに分かるはずもありませんので、これ以上は考えないでおきましょう。どのみち、オズ以外の護衛なんて付ける気はないのですもの。


「先生は、よくこちらへいらっしゃるの?」


 わたくしはシメオンの事を先生と呼んでおります。錬成術を教えて下さる師ですから。


「最近は忙しくてなかなか来れなかったがな。だから今日は、私自身の買い物のついでだ」


 そう。多忙を極める魔術師団長様が、わたくしのおでかけなんかに付き合うなんて、それはもう驚きました。

 けれどちゃっかり自分の用も済まそうという事でしたのね。納得です。


「ここから路地に入る。入り組んでいるからはぐれないようにな」


 オズとシメオンがいる状態で、どうやってはぐれるというのかしら。この状態で迷子になれる程、わたくし器用ではありませんわ。


 などと、思っていた時期がわたくしにもありました。


「ここドコですの!?」


 さっきまでシメオンとオズと一緒に道具屋を目指していたはずですのに!

 迷子になりました。わたくし自分で思っていたより器用でした!


 建物がわたくしの住んでいる中央区と全然違っていて、裏道や横に逸れる道が多くて、しかも道の傍にごちゃごちゃと物が置いてあったりして、キョロキョロと見渡している間に、忽然と二人が消えたのです。


 拙い、これは非常に拙い状況ですわ。


 帰ったらオズとお母さまから地獄に突き落とされるような説教を食らうパターン!!



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