とある村、魔獣
「少し前から村のはずれの洞窟に強力な魔獣が住み着いて、時折外に出てきては村の住人を襲ってくる。男衆で討伐、できなくてもせめて村の近くから追い払えないかと試みたものの、手も足も出ずに怪我人が生まれただけだった。都市で依頼を出そうにも二束三文の報酬しか払えず、そんな依頼を受ける人が居るはずもなく……。」
"たまたま"立ち寄った村で村長から聴いたのは、割とよくある話だった。可哀想だな、とは思っても、一々手を貸していてはキリがないような。そもそも立ち寄った、程度の村で、命の危険を犯してまで手助けをするような人は普通はいない。しかし、一緒に旅をしている少女は二つ返事で応えた。
「なら私たちが退治してくるね!困っている人がいたら助けなくちゃね!」
連れの僕の意見をきくことも無くそう言う彼女を、呆れの混じった目で見つめていると
「いいじゃん、もしかしたら魔王の手掛かりが掴めるかも知れないし。上手くすればネッドの使役魔獣に出来るかも知れないよ!」
「うん、僕も文句は無いよ。そもそも君が引き受けるのは話を聴き始めた時から分かってたし。ただ、色々と確認してからでも遅くないよね。」
近くの洞窟に大人の男数人よりも強力な魔物がいて十分な報酬が受け取れない、ということしかわかっていない。魔獣が具体的にどんな姿でどんな能力を持っているのか。報酬が無いにしても、何らかの援助は受けられるのか。そもそも、村長の話は本当の事なのか。確認するべきことは沢山ある。しかし彼女は
「いいじゃん、困ってる人たちは放っておけないよ。それに魔獣ならなんとかなると思うし。」
そう、確かに『洞窟に住んでいる』魔獣ならなんとかなるだろう。彼女は魔獣に対して恒常的に有効な光魔法を得意としているし、僕は魔獣に関しての知識は人並み以上に持っている。村の近くにある洞窟に住んでいるような魔獣で、強力な魔獣なんてほとんどいない。討伐に行った人たちは怪我をしたものの、死んだ人はいないらしいこともそれを裏付ける。それに……。
結局、魔獣のいる洞窟まで来た。討伐に赴いた男たちの話によると、体長3mほどのシルバータイガーだろう、ということが分かっている。シルバータイガーはその名の通り銀色の毛並みの虎の姿をしていて、素早い動きと機動力が売りの魔獣だ。死角からの不意打ちで急所に牙を突き立てて獲物を狩る。わざわざ洞窟に住む、と言うことは母親だろう、と思うのが普通である。
「子供がいたらどうしよう。」
「大丈夫、心配しなくていいよ。」
「そっか、ネッドが契約すれば、殺さなくてもすむか。」
子供とはいえ、成長すれば人を襲う。魔獣を殺すことに迷いがあるのが、なんとも彼女らしくて好ましくもあり、心配でもある。
「それじゃ入ろうか。分かってるとは思うけれど、静かにね。匂いで気付かれる可能性も高いし、待ち伏せには特に警戒してね。」
洞窟のなかは光るコケが生えていて、なんとか視界はなんとか確保できる。魔獣さえ居なければ幻想的ですらあるこの光景を、しばらく眺めていたいと思った。彼女の光魔法で視界をしっかりと確保するのも手ではあるが、気づかれる可能性が高まる以上、愚策だろう。
「…………。」
無音の中、ゆっくりと歩をすすめる。しばらく奥へ行くと、唸り声が聴こえてきた。
「グルルルルル……。」
「ネッド!」
既に警戒されている為、声を発する彼女。すぐに目を閉じ、一歩下がる。その直後、とじた目が赤みがかった白色を映す。
「フラッシュ!」「ギャッンッ」
光を放つその魔法は、魔力を多く込めれば目くらましになる。こちらからの不意打ちが無理だった場合にそうすることは事前に決めてあった。
「よし、怯んでる。まずは脚を狙って機動力を奪おう。」
そう言ってその場で暴れているシルバータイガーの左前脚を狙って剣を振り下ろす。彼女は右前脚を切りつける。シルバータイガーの毛皮は硬いものの、上手く傷つけることに成功する。
「いい感じだ。このまま慎重に剣で戦おう。」
「わかった。」
彼女の光魔法は有効だが、いざという時のために精神力を温存する。前脚を傷付けた以上、予想外の動きをされて怪我を負うこともないだろう。
半刻ほどの時間が過ぎ、その間一方的にシルバータイガーを相手取ることが出来た。傷だらけになったシルバータイガーは一度大きく唸り声を上げると、抵抗を止め首を差し出してきて、目を閉じる
「魔獣なのに、潔いんだね。」
彼女はそう呟くとシルバータイガーに近付く。注意しようかとも思ったが、シルバータイガーは動かない。
「ゴメンね。」
彼女はシルバータイガーの首に剣を振り下ろした。