ブランドン
今回はちょっと短いのですが、切りがいいところなのでアップします。
あとでどこかの章にまとめるかもしれません。
「ところでお前は外国から来たといったよな? ノーラスには何をしに来たんだ」
ブランドが尋ねた。
「王都に行くつもり。そこで人を探す」
「王都だって? 王都に行く人間がどうしてこんな魔獣の巣窟のような場所で野宿していたんだ」
「なんか道に迷っちやって。夜も更けてきたから仕方なかったんだ」
ブランは顎を撫でながら、いかにも疑わしいという目で私をみた。
「外国からの船はハースの港に着く。そこから街道をひたすら西に向かえば王都だ。道になんか迷うはずはないんだがな」
返答に詰まった。魔道師の大鷲に乗って、異世界からやってきたなんてことを話してよいものかと。信用する、しない以前に、私はブランのことを何も知らないのだ。
「まあいい。人は話したくないこともある。余計な詮索をしてすまなかった」
私の困った様子を、見てブランがいった。
ほっとすると同時に、少し後悔した。隠し事をしたことがなんとなく後ろ暗かったからだ。なぜそんなことを思ったんだろう。
あのキスのせい? だとしたらお笑いだ。彼にとってはあんなことはほんの気まぐれに違いない。
月の光の下で、剣を振るう彼は美しかった。そんな風に男のことを見たのは初めてだった。
アイドルや俳優、そんなものに関心を持ったことは一度もなかった。好きになった男の子はいる。でもそれがそんなに切実な想いだったかと言えば、そうでもなかった。普通の女の子なら、誰かを好きになる。それが当たり前だから、自分もそうしていたのかもしれない。
しかし私はこの男の隣にいるだけで、身体が熱くなってくる。たくましい腕、盛り上がった肩をみているだけで、頬は紅潮し、心臓は動きを早める。そして灰色の瞳で見つめられると、身体の芯がうずくような感覚を覚えるのだ。
二十二歳で訪れた初恋とファーストキス、人が聞いたらお笑いでしかないだろう。或いは同情と憐憫でしか迎えられないかもしれない。それでも私は確かに恋に落ちたのだ。
「そろそろ行くか」
ブランが立ち上がった。
私の初恋は終わりを告げるときが来た。それでも構わない。今は落ち込んでいる暇なんてないのだ。
「王都まではエスコートできないが、エルナスの宿場までは案内できる」
ブランは私を見下ろしていった。
「そのエルナスというところは遠いの?」
「今から歩けば夕刻には着く」
「だったら、方角だけを教えてくれたらいい。あとは自分で行けるから」
これ以上、彼に甘えたくはなかった。自分の目的を見失うのが怖かった。
「遠慮することはない。俺もそこに向かう途中だった。それに道すがら色々聞きたいこともある」
今度は有無を言わせないような調子だった。こうなれば腹を括るしかない。
「わかった。でも一つだけ約束してほしいんだ」
「約束?」
「あのね。さっきのキス。あれ初めてだったんだ」
彼は何も言わずに私を見つめている。
笑われるんじゃないかと不安だったけど、少し落ち着けた。
「凄く驚いたけど……嫌じゃなかった。でも約束して欲しいんだ。もうあんなことしないって」
「禁欲の誓いでも立てているのか? それとも夫のある身なのか?」
「どっちも違う。あっ、でも禁欲の誓いはそうかも……つまりその恋愛禁止なのよ。今は」
「何なんだ、そりゃ?」
ブランはここで初めて笑った。
「私がここに来たのは掠われた妹を探すためなの。王都に行くのはその手掛かりになる人に会うため。だからその……恋なんてしてる暇はないの」
「何かあるとは思っていたが、そういうことだったのか……」
ブランは大きくため息をついた。背を向けて腕を組み、しばらく何かを考えているようだったが、意を決したように振り向いた。
「俺の祖父さんがこんなことをいった。『処女を落とすときは堅固な城を攻めるつもりで掛かれ。力攻めは下策、時を待て』とな。城を落としたいだけなら無理やりにでも攻めれば良い、だが手に入れた城を治めたいなら、流血はできるだけ避けろということだ。俺は急ぎはしない。それにお前が妹を探すまで、男にかまけている暇はないというのもわかる。すぐにでも手伝ってやりたいところだが、俺には今はやらねばならないことがあってな。エルナスまで送ってやることしかできない。だがそれは一時の別れだ。俺もすぐに王都に行く」
ひょっとしてこれって告られているんだろうか。鈍い私には納得のいく答えを見つけることはできない。それでも私はここに初めて心の支えを手に入れた気がした。
「行くぞ、ナツミ」
歩き始めたブランの大きな背中に飛びつきたい衝動を抑えながら、私はあとを追いかけた。