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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
美月編
70/88

決意

 

 1

「お前が私を逃がしてくれればいい。二人で王都に行き、王の心臓を手に入れよう」

 ガランドの瞳に一瞬希望が差したが、すぐに首を振った。

「やはり無理だ。王宮は歴代の大魔導師たちの手で幾重にも結界が張られている。特に王の屍体が置かれている場所には血の封印が施されているのだ。開けるためには王家に連なる者の血が必要になる」


 なるほど、長い間魔獣と戦ってきた経験は伊達ではないという訳か。魔獣を率いて、王都ごと攻め落とせばなんとかなりそうだが、そんなことをすればたちまち羽化してしまい、美月を殺すことになる。


 ——こりゃ、詰んだな……


 ロールプレイングゲームで詰まったときの梓の口癖を不意に思い出して苦笑した。

 それを聞いた美月はコントローラーを取り上げて、こう言ったんだっけ。

「思考の隘路にはまり込んで、視野狭窄に陥ってるんだよ。一度、視点を変えてみれば、見えなかったことが見えるもんだよ」

「あいろ?きょうさく?」

 目を白黒させている梓を尻目に美月は窮地を脱出してみせる。

「美月は顔だけじゃなくて、頭もいいからな。普通、絶対に友達になりたくないタイプ」

「あら、そうなの?」

「だって私が霞んでしまうじゃない」

「何よそれ」

 大笑いしている二人を見ながら、私も声をだして笑っていた。


 幼い頃の美月はほとんど友達のいない子だった。孤高でどこか神秘的なところのある美月に他の子は近寄りがたい雰囲気を感じていたのだろう。

 しかし梓はスルスルっといつの間にか、美月の心の内側に入り込んでしまった。

 美月が消えたいま、梓はどんな想いでいるのだろうか。


 ――内側からか…………なるほど、その手があったか!


 どうやら梓はとんでもない閃きを私にもたらしてくれたようだった。


「ひとつ名案を思いついたよ」

 私はガランドに微笑みを向けた。

「名案だって?」

「残念だが、教えることはできない。何も言わずに私に任せてくれ」

 実行すれば多くの命が失われる。ガランドに関わらせたくはなかった。


「まさか魔獣の王に自分の娘を託さねばならんとはな……しかし、命を張ってまでリアナを守れってくれるのは、俺以外ではお前しかいない。頼んだぞ」

 ガランドは深く追求することはしなかった。


「聞いていいか? リアナというのは母親の名前だったはずだ。なぜそう呼ぶ?」

「この子にも同じ名を付けたのだ。母親のように気高く、美しい娘に育つようにとな」

「恨んではいないのか?」

「なぜ恨む? 私の妻はそういう女だ。情で信念を曲げるようなことはけしてせぬ」

「しかし、美月は自分の娘なんだぞ。 それを自ら進んで人身御供にするなど母親の所行ではあるまい」

「もし、リアナがそうしなければお前はあとどれくらいの人を殺した? 自分の娘を犠牲にしても止めなければならない。妻はそう考えたのだ」

「それではあまりにも美月が不憫ではないか……」

「俺もそう思った。だから激情にかられ師を殺めた。しかしな。師もリアナも正しい選択をしたのだ。だが、お前には償ってもらうぞ。どんなことしてもこの子を守れ。心臓を手に入れてこい」

 私はまた多くの命を奪うことになる。しかし、躊躇いはなかった。


 2

 ガランドが部屋を出て行くと、私はごく少量の魔精気を断続的に開放した。予想が正しければ、すでに魔獣となっているあいつが嗅ぎつけてくるはずだ。かつて私が取り込んだ魔精気の中でもっとも鼻の利くあいつが。

 二晩過ぎても反応はなかった。少し絞りすぎているかもしれないと考えだが、すぐに思い直した。やりすぎて他の魔獣まで引きつけては元も子もなくなる。

 辛抱強く待ち続けた三日目の夜、遂にやつは現れた。


 窓の隙間から白い煙が洩れはじめると、やがてそれは雪の精のような少女の姿を取った。

「ずいぶん、危ないところに呼びだしてくださるのですね。表は聖騎士だらけ、罠かと思いましたよ」

 薄く笑うと、ティロロは跪き恭しく言った。

「お待ちしておりました」

「誰かと思ったよ。かわいい姿に化けたものだな」

「森で迷って死にかけているところを見つけたのですが、思わぬ拾いものでした。魔精気の収まりもいい。今度は思う存分暴れてごらんにいれましょう」

 可憐な少女は冷酷な表情を浮かべた。


 ティロロは私にとって特別な存在だ。私は空間に漂う他の魔精気を取り込み王となったのだが、彼女(性別のない私たちにそう呼ぶ意味はあまりないが)は最初期に取り込んだ魔精気であり、私の核を構成する一部なのだ。当然、共有している情報も多い。肉親を持たない私たちだが、ティロロはそれに近い存在かもしれない。もっとも右手が左手を愛することがないように、私たち相互には姉さんが美月を思うような感情はない。


「すでに多くのものが依り代を手に入れています。我々の同類たちの出来損ないの子孫が密林のあちこちをうろついていますからね。すぐにここを出ましょう」

 ティロロは立ち上がり、私の手を取ると呪文を唱え始めた。


「よせ!お前を呼んだの脱出するためではない」

 詠唱を止められて、ティロロは不思議そうに私を見た。

「いったい、どうされたのですか?」

「実はお前にやってもらいたいことがあるのだ」


 私の話を聞き終えた後も、ティロロは釈然としない様子だった。

 無理もない。私は彼女に、王にならないことを宣言したのだから。

「あなたの帰りを皆がどれほど待ち望んだことか。彼らを裏切れというのですか?」

 ティロロは詰るような口調で詰め寄った。

 エルナスで私が消滅したあと、残されたものたちは依り代を捨てた。そして虚しく漂う魔精気として時を過ごしていたのだ。

 肉体は牢獄ではあるが、この世界では私たち魔精気が安定して存在するためには必要なものだ。形を持たない意識だけの存在はすぐにでも無に溶け込んでいきそうに不安定だった。一度でも外殻を持った経験をしたものなら、なおさらのことだろう。

 しかし、王威を失った彼らが魔獣のままでいることは、ただひたすら人に狩られるだけの存在でしかない。じっと息をひそめて彼らは私の帰還を待ち続けていたのだ。


「お前たちにはすまないと思っている。しかしこればかりは如何ともしがたいのだ」

「その娘はあなたのなんなのですか?ただの牢獄ではありませんか?」

 ティロロの哀訴に私はただ首を振ることしかできなかった。

「仕方ありません。あなたの指図とあればやるしかない。必ず手に入れて戻ります」

 これ以上、説得しても無駄なことをティロロは悟った。


 私は項垂れているティロロに歩み寄ると、細い肩をかいなで包んだ。

 形の良い顎を人差し指で持ち上げると、桜色の唇に自分のそれを重ね合わせた。

 一瞬、ティロロの体がビクンと震えた。

 きっと、この依り代にとっての初めての経験なのだろう。心は乗っ取られても、体には彼女の記憶がかすかに残っている。それがこんな反応を引き起こすのだ。

 背中に回した手が私をきつく掴んだ。


 唇を離すと、私はほんのりと上気した彼女の頬をそっと指でなぞった。

「私の魔精気をお前に送り込んだ。王気を纏ったお前は魔獣を率いることができるはずだ」


 一礼すると、ティロロは再び霧となり、元来た窓の隙間に吸い込まれていった。


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