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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
奴隷の島編
65/88

七人衆

 1

 二人の名前はメイファとカレン、ダークウッドに住む姉妹だ。

 彼女たちの兄がある日、背の高い男とその娘と思わしき少女に森の中で出会った。男はひどい怪我を負っていた。兄はウッドエルフらしい気さくさと親切心で二人を自分たちの村に案内すると申し出た。怪我人を連れて可憐な少女が歩き回れるほどダークウッドの森は甘くない。少女はあまり気乗りしない様子だったが、結局は申し出を受け入れた。

 二人を村に連れ帰ると、村長はメイファとカレンに世話をするようにと命じた。森で難渋している者を見かければウッドエルフであれ他の種族であれ、手を差し伸べるのが彼らのモラルであり、ポリシーだった。だから姉妹は何の疑問もなく素性も定かでない二人を自分たちの小屋に連れて行き面倒をみた。

 男の傷は深かった。全身に大やけどを負い。呼吸も途切れがちだった。生きていることすら不思議なくらいなのに、二人は何日も森の中を歩いたという。

 少女の方は驚くほど無口だった。いや無口というよりもただの一言すら発することはなかった。魂をどこかに置き忘れてきたように虚ろな表情を浮かべているばかりだった。


 男は三日もすると起き上がり、村を出て行くと言った。

 姉妹はもう少し養生したほうが良いと引き止めた。ここに連れて来られたときからすれば、だいぶ良くなったとはいえ傷は癒えたわけではない。しかし、彼はかぶりを振った。

「俺たちがここにいては村に災いが降りかかる」

 しかし、そのときには災いはすでに足元まで来ていた。村のあちこちから悲鳴があがるのが聞こえた。表の様子を窓から伺うと、白い甲冑に身を包んだ聖騎士たちが目に入る村人を誰彼構わず殺していた。

「もう俺は一緒には行けない。ここからはひとりで行きなさい」

 男は少女に言った。

 そしてメイファとカレンにも逃げるように残すと、騎士たちの注意を引きつけるように大声で叫びながら小屋の外に飛びだしていった。

 メイファとカレンは森の中を逃げ場を求めてさまよっているところを騎士団に捕らえられた。少女がどうなったのかはわからない。途中ではぐれてしまったのか、それとも最初から別の方角に逃げたのか、混乱の中で二人の記憶は曖昧だった。

 ただ奴隷船に乗せられる前に聖騎士たちから尋問を受けた。繰り返し尋ねられたのは少女が何処に向かおうとしているかだった。彼女たちは知らないと答えるしかなかった。

「あの男の人がガランドという名前だとその時はじめて知ったのです」

 少女たちの話は私をダークウッドへ急き立てるのに充分な内容だった。


「話を聞いた時にはぶったまげたぜ。しかしすぐにこいつは神の引き合わせだと感謝したさ。なにしろあの広いダークウッドで手がかりもなしにお前の妹を探すとなれば気の遠くなる話だ。なあ夏美、この娘たちを連れて帰ろうぜ。彼女たちは森に詳しい。村までの案内役にこれほどの適任はいまい」

 カイルは興奮気味に語った。

 大きな一歩だった。それまでダークウッドに着いてからのことなど何も考えていなかったのだから。


「なつみ……」

 カレンが不意に私の名前をつぶやいた。

「あの人が喋るのを一度だけ聞いたよ」

「それはいったいいつのこと?」

 姉のメイファが驚いて訊いた。

「夜中にあの人が小屋から出て行くに気づいたんだ。気になったからこっそりと後をつけてみると、あの人は月を見上げていた。そしてたしか、こう言ったんだ。『なつみおねえちゃん、たすけて』って」


 胸が張り裂けそうだった。今すぐにでも駆けつけあの子を抱きしめてやりたい。それができないもどかしさに息がつまり、大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。


「聖騎士たちが美月さんの行方について尋問したのは、彼女が逃げるのに成功したからですよ。妹さんはきっと無事です」

 レオが私の背中をさすってくれた。

「そうだよ、夏美。カイルの言うとおりこの子たちはきっと神様がお使わしになったんだ。ダークウッドへ行こう」

 ララノアは励ますように私の両腕を強くつかんだ。


 2

 私たちは港に向かった。空は白み始めていた。もう夜明けだといっても差し支えないほどに。

 昼間、傭兵たちと戦った道を、今度は時間と戦いながら走った。

 サタケが帆を上げてすでにこの島を離れていたとしても文句を言える筋合いではない。それでも私は彼が待っていると思った。根拠などなにもない。実際のところあの男のことなど何も知らない。それでも待っていると思ったのは彼もまた運命が用意してくれた一人だという予感があったからだ。


 港は白く靄っていた。そしてその底に横たわる暗い海には一艘の船も浮かんでいなかった。昨日見た奴隷船も、漁船も皆出払っていた。誰かがそうするように命じたに違いない。

 そしてその誰かは桟橋の袂にいた。一列に並んだ男が六人がこちらを見つめていた。注意深く観察するように身じろぎもせず、私たちの様子を伺っている。


「きっと七人衆でしょう。サランの姿はないようですが」

 レオが小声で耳打ちした。

 なるほどどの男も立派な身なりをしている。色とりどりの光沢のある生地に花や動物を金糸で刺繍した緩やかなガウンを羽織り、宝石を体中の至る所に付けていた。金があることを誇示したいのか、使い道に困っているのかは知らないがひどく悪趣味にみえた。

 彼らは部下も護衛の兵士も連れていなかったし、自身も武器を所持していなかった。


「用があるなら早く済まして、先を急いでいるの」と私は言った。

 余計なことに関わるのもうたくさんだった。

 しかし、彼らの表情からは敵意も憎悪も読み取れなかった。


 列の真ん中に立ち、白い布包みを提げた男が口を開いた。ゾウのような皺が顔中に刻み込まれている。きっとゾウと同じくくらい長生きしているのだろう。紫色のターバンの額には子供の握りこぶしほどもある真紅のルビーをはめ込まれていた。とっくに光を失ってしまった小さな目と対象的に宝石は弱い太陽の光にもキラキラと輝いていた。


「そんなに引き留めはしないさ。邪魔をするつもりは毛頭ない。知っているかどうかわからないが、我々はこの島を預かる七人衆だ。是非とも君に会いたかったんだ。だからこうやって夜明け前から待っていた」

 男の唇はほとんど動いていなかったが、声ははっきり聞こえた。

 もちろん額面通りに言葉を受け取りはできない。


「それはご丁寧なことに。でも見たところ六人しかいないようだけど」

 ターバンの男はぶら下げていた白い包みをこちらに放って寄こした。

 桟橋の上でワンバウンドした包みから中身がこぼれ落ち、私の足下に転がった。サランの首だった。


「餞別だ。これで心置きなく旅立てるだろ」


 意図をはかりかねた。彼らはサランに加勢するために待っていたわけではないらしい。ならばなぜ彼らはここにいるのだろう。


「驚いたわね。その男は死んで当然だったけど、魔獣の餌にされた奴隷たちはその同類に仇を取ってもらったことをどう思うかな」

 私は冷ややかに言った。

 これが彼らの友好の証なら、お門違いというものだ。滅びるべきはお前たち全員なのだから。


「同類と思われるのは迷惑な話だ。我々は屈強な男を正当な代価で銀山に送り込む。しかしその男は売れ残りの奴隷を安く買い叩いて、魔獣の胃袋に送り込む。そこには明確な違いがある。どんな商売にも越えてはいけない一線があるのだよ。我々は内側に留まり、そいつは線を踏み越えた」

 ターバンは今はもの言わぬ片髭の男を顎でしやくった。


 これ以上、議論を続けるつもりはなかった。寄って立つ土台が違うのだ。この世界の哀れな奴隷たちは彼らのエイブラハム・リンカーンやマルチン・ルーサー・キングを待つしかないのだろう。もしくは奴隷を使うことが経済的に引き合わなくなるほど、科学技術が進歩するかのどちらかだ。


「納得したわけじゃないけど、言っている意味は理解したわ。それではひとつ聞かせてもらいたいのだけど、港が空っぽなのはどういうことなのかな?」

 私は腕を組み挑発するように彼を見た。顔に穿たれた灰色の穴でしかなかった男の瞳の色が変わった。


「もうすぐこの島は人が住めなくなる」と、男は言った。

「戦闘用の魔獣を満載した聖騎士の船団がまもなく着くからだ。住民は漁船に乗って夜のうちに避難したよ。我々もそれぞれの故郷に帰るつもりだ」


 意外な事実を突きつけられて私の思考は混乱した。


「この島全体をあの倉庫のようにするつもりなの?」

「あれは卵生のものを孵して育てた魔獣だ。成獣したところではったりくらいにしかならないだろう。騎士団が連れてくるのはあそこからやってきた本物の魔獣だ」

 男は空を指した。

 その先には例の時空の裂け目が太陽がでているのにもかかわらず、今やはっきりわかるくらい鮮やかな暗赤色に染まっていた。


「異端狩が本業の聖騎士団が召喚魔法を使ったというのか?こいつはお笑いだぜ」

 カイルが皮肉交じりに言った。

「そうではない。彼らが連れてくるのは王の降臨に伴い裂け目から引き寄せられた魔獣だ。本来なら王にしか従わない魔獣たちを彼らは操る術を手に入れたのだ。いやひょっとすると、王そのものを意のままに動かすことに成功したのかも知れない。確証はないがね」


 愕然とした。いったい美月の身に何が起こっているのだろう。美月はもう王に体を乗っ取られてしまったのだろうか。それともメイファたちが見た美月は王と分離した後の姿だったのか。ならばなぜ聖騎士団は美月の行方を追っているのだろうか。疑問は新たな疑問を呼ぶばかりで、正しい答えにだとりつけそうな感触はまるでなかった。


「その魔獣を使って聖騎士団は何をやろうとしているのですか?」とレオが尋ねた。

「彼らは大陸に侵攻しようとしている。銀山で得た大量の資金で船を建造し、艦隊を作った。死を恐れない狂信的な騎士が魔獣を押し立てて攻め込めば、戦争で疲弊した諸都市はひとたまりもあるまい。サランはその魔獣の餌になる奴隷を調達する仕事を請け負った。我々が彼を始末した理由はそれだ」

「あんたらはその仕事を断ったの?」

「自分たちの故郷が侵略されようとしているのに、それに手を貸すわけはなかろう。もっとも知らなかったとはいえ、銀山の開発に手を貸し計画を間接的に助けたのは我々だがね」

 大陸では銀が慢性的に不足しているらしい。彼らが奴隷を銀山に送りこんだのもそれを解消する狙いがあったのだろう。


「それで私を待っていた理由とは?」

「我々は私財を投げ打ってでも、それぞれの故郷の防衛に資するつもりだ。腕の立つ傭兵が必要になる。特に魔操剣の使い手がね。どうだろう、我々に力を貸してもらえないだろうか。もちろん、謝礼は望むだけ払う」

 男の後ろの仲間たちが懇願するように私をみた。

「魔操剣を持つ者にとって、魔獣と戦うことは義務だ。しかし、今の私はその義務を果たせない。妹がダークウッドにいるんだ。助けに行かなければならない」

 男はすこし驚いてみせたが、すぐに納得したように何度も肯いた。

「それなら仕方あるまい。君の幸運を祈るよ」

 男たちはそう言い残すと立ち去った。


 3

「一刻も早く王都に報せなければなりません。聖騎士団の馬鹿げた野望をあきらめさせなければ、たいへんなことになります」

 レオが言った。

「今の王に聖騎士団を抑える力はあるまい。それができるのは大教母くらいのものだ」

 カイルか吐き捨てるようにつぶやいた。


 大教母というのはノーラスにおける法王のようなものだ。地上における信仰の頂点に立つ人物で、神の代理人と呼ばれている。

「その大教母というのが、この一件に絡んでいる可能性は?」

 私の問にレオとカイル、それにロジャーの三人は顔を見合わせた。それほど信仰心が厚いように見えない三人ですら、はっきりと動揺しているのがわかった。私のような多様な宗教観が混在する社会で育った人間と違い、彼らノーラス人にとって信仰は精神世界の大部分を占めている。その信仰の象徴である大教母が魔獣を使って他国を侵略することなど思いも寄らなかったのだろう。


「ないとはいえない。教勢の拡大は彼らの使命よ。大陸のあちこちに宣教師を送り込んでいる。イーリンの、街でもたくさんみかけたわ。でも一番手っ取り早い布教の方法は街そのものを支配することよ」

 トトが言った。

 強さを増した太陽とねっとりとした潮の風が空気を重くした。


「いずれにせよ。一刻もはやく報せる必要があるわね。遣いガラスはどうしたの?」

 私はレオに向かって言った。

「遣いガラスは海を越えてはいけません。だから持ってきていないのです」

「だとすれば困ったことになるわね……誰か一人に戻ってもらうしかないかな」

 これから先のことを考えると、戦える者が抜けることは大きな痛手だ。

「問題ないわ。私の大鷲に伝言を持たせる。あとはエミリアがなんとかしてくれるでしょう。でもどうやってこの島をでるかよね」

 がらんとした波止場をみて、トトが言った。


「それなら大丈夫そうだぜ」

 ロジャーが左手の方角を指差した。

 一艘のボートがこちらに向かって来るのが小さく見えた。

 舳先に立っている男がサタケだとわかるほど近づいたとき、私は叫んだ。

「遅刻ってどういうことよ!」

 両耳に手を当てながらサタケが怒鳴り返した。

「悪い、悪い。夜のうちは出ていく船が多すぎて、港に入れなかったのさ。船は東の岬に泊めてある」

「あと二人、客を乗せるのをサービスしてもらうわよ!」

 サタケは耳に当てた両手を広げると、頭上で丸印をつくってみせた。




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