表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇敢な追跡者の物語  作者: tori
奴隷の島編
63/88

魔力

 漁師たちの話では倉庫は島の反対側にあるらしい。波止場で水揚げされた奴隷は一旦そこに運ばれ、買い手が決まるまでそこに押し込められる。逃亡を防ぐため厳重に傭兵たちが警戒しており、関係のない者は近づくことすらできない。人質を隠しておくにはもってこいの場所だ。カイルがそこに捕らわれている可能性は高い。

 問題はどのルートを取るかだ。

 浜沿いに島の周囲を行く方が距離はあるとは言え、道が平坦なぶん楽なのだが、途中にいくつか集落があるらしい。敵と遭遇し、戦闘になった場合は住民まで巻き込む危険がある。それだけは避けたかった。これは私たちとサランの喧嘩で、島の人たちには関係のない話だ。

 結局、選んだのは島の中央にそびえる高い山を越えるルートだ。距離は短くなるが、険しい山道を越えなければならない。しかし、さすがに人家もなく、敵と遭遇した場合でも気兼ねなく戦える。

「無辜の者まで巻き込まぬことは賛成だが、隠れるには好都合の場所だ。伏兵に気をつけなればならないぞ」とロジャーは忠告してくれた。

 相手が余程のぼんくらでないかぎり、こちらの動きを見張っているはずだと彼は言った。そして彼の警告どおり敵は待ち伏せていた。


 伏兵は山のあちこちに配置され、私たちは何度も戦闘を余儀なくされた。うんざりするほど何度もだ。

 十人ほどがひとつのグループになり、山道のわきの林から斬り込みをかけてくる。私とロジャーが中心になって防戦し、トトが魔法で蹴散らした。

 彼らは形勢が不利とみるやすぐに退却し、長く留まって戦うことはしない。こちらも殺傷が目的ではないから、深追いはしなかった。戦闘力を奪えばそれでよく、トトも相手を気絶させる程度の威力に魔法を抑えているようだった。

 斬り込み隊が退くと、今度は弓兵が矢を射かけてきた。遠目から放物線上に撃ち込まれる矢というのは攻撃の範囲が広く厄介だったが、トトがその都度魔法のシールドで防いでくれた。

 魔導師が味方にいることで戦いが楽になることをあらためて実感した。


 意外な活躍をみせたのはララノアだ。魔法の傘の下、彼女は曾祖母から譲り受けた弓で林の中の弓兵を次々と射倒した。

 ウッドエルフは森の狩猟民だ。人間よりはるかにすぐれた視力と手先の器用さで、素早く狙いをつけると獲物を仕留め、すぐに次の矢をつがえる。精密な機械のように黙々と矢を放つ姿は普段の彼女のキャラクターからはまるで想像できなかった。

 ララノア自身は居住区に生まれ育って森の生活を知らないが、ハンターとしとの本能はDNAレベルで刷り込まれているのかもしれない。


 間断のない攻撃をなんとか退けて、倉庫を見下ろせる丘についたときには陽はすっかりと落ちていた。眼下には広々と開けた野原の一画を切り取るように、黒い木造の倉庫が何十棟も並んでいる。そのなかに月明かりにも鮮やかな緑の屋根はすぐに見つかった。


「ここで少し休もう」

 私は皆に言った。

 昼間からの戦闘の連続で疲れきっていたし、慌てたところでこちらの動きはつかまれている。敵は十分な迎撃態勢で待ち受けているはずだ。激しい戦闘になることはまちがない。その前に少しでも体力を回復しておきたかった。

 私たちは思い思いに草の上に腰を下ろした。不気味なくらい静かな夜だ。海から吹き上げてくる風が心地よい。加熱したエンジンをクールダウンさせるにはもってこいの場所だ。


「まるで人影がみえませんね」

 レオが緑の屋根に顔を向けて言った。倉庫の並んでいる付近には見張りの姿さえない。漁師たちの話では警戒は厳重なはずだ。罠の匂いがぷんぷんした。

「きっと、建物の中に潜んでいるんだ。あいつらは卑怯者だから待ち伏せが得意なんだ。まともに戦ったら勝てないってわかってるのさ。出てきたらボクが弓でみんな倒してやる」

 ララノアは敵の弓兵から回収した矢を器用な手つきで使えるものとそうでないものに選り分けていたが、レオの言葉には手を止めて、勇しい目を向けた。

「でもなんでだろう……山の中には五十人くらいはいたはずだよ。それだけの人数がいるのに、彼らは兵力を小出しにして、その都度叩かれるという戦略的に一番まずい策を取った。たぶんトトさんの魔法で戦えるものは半分くらいに減っているはずだ」


 たしかにレオの言うとおりだ。倉庫の中にもそれなりの人数が待機していると考えて間違いない。待ち伏せ組と合わせて攻めてこられたら、凌ぎきれたか怪しいところだった。


「いや、一気に来て貰った方がこちらには好都合だった。そうなればトトの魔法でケリをつけることができたからな」

 寝転んで干し肉を大きな歯で引きちぎっていたロジャーが身を起こした。

 そして彼は肩で荒い息をしているトトの顔の前に肉片を差し出した。彼女は青白い顔を軽く微笑ませただけで首を振った。

「魔力は持ちそうか?」

 干し肉を引っ込めてロジャーが聞いた。

「自分が思っていた以上に衰えているわね。魔力がぜんぜん安定しない。娘時分ならこれくらいでへばりやしなかったのに」

 トトは苦笑した。

「あんたはよくやっている。たいしたものさ。しかし、連中は魔法を見ただけで逃げだすような素人の寄せ集めじゃない。よく訓練されているし、経験も積んでいる。そして狙い通りあんたからたっぷりと魔力を引き出した。まったく厄介な連中を相手にしたもんだ」

 ロジャーの言葉にトトは小さく相槌をうった。

「ここで一息つけるのはありがたいわ。どこまで回復できるかはわからないけどね。悪いけど少し眠らせてもらう。ほんの少しでいいの」

 トトは力なく笑うと横たわり、目を閉じた。

 想像以上にトトは疲弊している。私たちだって疲労はしているが、気力まで失っているわけではない。しかし、目の前のエルフは花が萎れるように生気そのものをなくしているようにみえた。


 ロジャーは物音を立てないように静かに立ち上がると、大きな体を丸めて後ずさりしながらその場を離れた。

 巨躯に似合わない細やかな心遣いのできる男だ。

 この世界で出会った騎士たちは皆、やさしかった。堂々として自信に満ち溢れていた。騎士という尊厳ある地位がそうさせるのかもしれない。しかし、ロジャーから受ける印象は少し違った。彼は私と同じ目線の高さでものを見ているような気がする。

 たとえばブランと私の間には埋められない壁があった。身分なんて考えは嫌だが、やはり王族と日本でも下層ランクの育ちの私では振る舞いの一つ一つに違いがある。何不自由なく伸び伸びと育った彼には人の目など気にしないおおらかさがあった。嫌味に作用すれば、鼻持ちならない傲慢さにみえたかもしれないが、彼はそれを理性と知恵で魅力に変えていた。

 しかし、ロジャーからはなぜか私と同じ匂いを感じるのだ。抑圧されたものの哀しみをたたえた瞳に私はほっとするような懐かしさと、親しみを覚えた。


「そんなに魔力を消費していたなんて知らなかったわ……私は彼女がかなり抑えた魔法を使っているのだと思っていた」

 少し離れたところに座っているロジャーの横に私は腰を下ろした。

 私には魔法のことはわからない。知っているのは派手で豪快で一撃で敵を殲滅するエミリアの魔法だけだ。それに比べるとトトの魔法はずいぶんと地味にみえた。私はそれを彼女が魔力を抑えながら戦っていたのだと思っていたが、彼女のいうとおり、トトはもう魔導師としての盛りを過ぎてしまったのかもしれない。だとして、彼女に何の罪がある。二十年も魔法などと縁のない平和な暮らしを送っていたのだ。

 私はローランのことを思った。彼もまた私の戦いに巻き込まれ命を落とした。もし、彼があのまま聖都の戦いに向かっていたらどうだっただろうか?

 死に場所を探しに聖都に行くと彼は言ったが、彼は生き残ったんじゃないだろうか。そこでなら彼はアマイモンにタイマンを挑むような無謀な真似はしなかったはずだ。

 トトがそうならない保証はない。結果的にはローランは戦士としての誇りを取り戻したが、トトが死ねば子どもたちは母親を失うことになる。


「魔法というのは連続使用が一番堪えるのさ」と、ロジャーが言った。

「でかい魔法をドカンと使えば魔力を大きく消費するが、十分な回復速度があれば深刻な事態には至らない。しかし短時間で魔法を多用すると回復速度が鈍りはじめる。十ある魔力を五くらいの状態で使い続けることが魔導師にとって一番つらいらしい。それこそ身を削っているようなものなのさ。そしてそれが連中の狙いでもあった。いわゆる魔導師殺しと言われる戦術だ」


 なるほど、彼らの中途半端な戦い方には違和感があったが、明確な意図があったのだ。

 しかし、それがわかっていてどうしてと言いかけて、自分たちには時間がないのだということにい気がついた。サタケの船が待ってくれるのは夜明けまでだ。魔法なしの戦闘を続けていたら私たちはいまだに山の中で立ち往生していたことだろう。


「おそらくあの漁師たちも俺たちを山道に誘い込むための罠だ」

「最初からわかっていたの?」

「なんとなくな。きっと小金をつかまされたのだろう。だがな、だからといって島の人間を俺たちのケンカに巻き込んでいいって話じゃないんだ。命を落とさないまでも怪我でもさせられたら、たちまち釜の底が干上がってしまう」

 ロジャーはそんな暮らしを知っているのだと私は思った。


「私に魔導師と組んだときの戦い方を教えて」

 トトの負担を少しでも軽くしたかった。

「簡単さ。できるだけ魔法を使わせないことだ。いいか、魔法は今晩の飯にありつけるかどうかすら怪しい貧者が手にした一枚の金貨だと思え。使えば状況は一変する。だがその瞬間から元の文無しに逆戻りだ。懐が暖かれば余裕が生まれる。その余裕が戦いを有利に運ぶのさ」

「私達の世界にも貧すりゃ鈍するということわざがあるんだ。ここから先は私たちでなんとかしよう」

「もっともいよいよってときは切り札を使わなければならないがな」

 ロジャーはトレードマークの口ひげを指で撫でた。

「来てくれて、ありがとう」

 私は彼の大きな背中に顔を埋めた。ローランと同じ匂いがした。


「見て!誰かいるよ」

 ララノアが立ち上がった。人影がいくつかこちらに向かって歩いてくる。紛れもなくその中の一人はあの用心棒だった。あの男が傭兵の隊長に違いない。男は途中で立ち止まると、こちらを見上げた。


「おまえたちの力はようくわかった!これ以上戦ったところで、お互いなんの得もありゃしねぇ。どうだ、ここらで手打ちにしようじゃねぇか」

「仲間を解放してくれたら、私たちは黙って立ち去る。それだけだ」

 私は立ち上がって怒鳴り返した。

「いいだろう。あいつは返す。ただこちらの顔も立ててほしい。まあ、こちらというか俺の雇い主の顔だ。あんたらに舐められっぱなしじゃ他の奴隷商人の手前、立場がない。どうだ、あのウッドエルフをサランに引き渡してくれないか?それでお互い遺恨を残さない。大人の解決ってやつだ」

 背筋に悪寒が走った。サランはまだララノアのことをあきらめていなかったのだ。

「お前なら自分の妹をあのエロオヤジの妾にするか?答えはくそっくらえだ!」

 男は仕方ないというように首を振った。

「たしかにそりゃねぇな。しかし、ウッドエルフは俺の妹じゃねぇ」

 用心棒は指笛を鳴らした。扉の軋む音が夜の静寂に響き割った。

 手前の倉庫の大扉が一斉に開かれたのだ。


 耳をつんざくような咆哮とともに、黒い奔流が倉庫から押し出されてきた。犬だ。あの公園で私を襲ったのと同じやつだ。しかし、今度は一匹ではない。五十?百?いやもう数えている余裕などない。三つの倉庫から吐きだされた犬たちは一塊となってこちらに殺到してきている。

 目の前の光景に気をとられていると、頭上でバラバラっという音がした。降りそそぐ矢の雨を見えないバリアが弾き返していた。いつの間にか背後を弓兵に取られていた。


「どうやらのんびり魔力を回復している暇はなさそうね。人間ならここで弾切れってところだけど、生憎私は伊達に長いことエルフをやってるわけじゃないのよ。それを今見せてあげるわ」


 短い呪文がトトの唇から吐き出された。今や銀色に彩られた瞳が輝いた瞬間、押し寄せる犬どもの目の前に炎の壁がたちふさかった。

 無理をしないでとはとても言えなかった。そしてエミリアがトトを自分の代わりに選んだ理由がわかった気がした。この偉大な魔導師を一瞬たりといえども疑った自分を恥じた。


「犬ころどもが怖じ気づいてる。いまだ!」

 ロジャーは盾を担ぎ直すと雄叫びをあげて突進した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ