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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
奴隷の島編
62/88

奴隷の島3

 酒場を出ると、すでに日は高かった。もう昼近くにはなっているのだろう。見通しの悪い狭い通りは人影もまばらだった。派手に宣戦布告したからには、いつ攻撃を受けたっておかしくはないのだ。ここからは一瞬たりとも気を抜けない。


「戦の前に腹ごしらえしとこうじゃないか。腹を減らしていては力も湧くまい」

 知らないうちに肩に力の入っている私の緊張を緩めるようにロジャーが言った。

 確かに空腹だった。最後に食事をとったのはレストンの隠れ家でだ。漁船の上は揺れが激しくて、とても何かを食べようなんて気にはならなかった。

「でもどこで食事をとるつもり?」

 ここら一帯は敵のホームグランドだ。

「ここから少しばかり行ったところに焼いた魚を食わせる店がある。来しなに目を付けておいたのさ」

 ロジャーはこちらの返事も待たずに大股で歩き始めた。


 通りを抜けて波止場とは反対の浜に出ると、漁網が竿に干されていた。その脇には釣り船がうつ伏せに並べてある。どうやらこちら側の浜は漁に使われているらしい。

 浜の真ん中あたりでは、簡単な日除けの屋根の下で女がふたりレンガを組み上げたオーブンの上で獲れたての魚を焼いていた。その手前で褌一つの赤銅色の漁師たちが車座になり酒を飲んでいる。


「此処なら見通しも良いから、奇襲を受ける心配もないだろう」

 ロジャーはそう言うと、うちわを忙しく動かしている女に銀貨を放り投げた。

「適当に見繕ってどんどん焼いてくれ」

 漁師の女房らしい色の真っ黒な女たちは見慣れない銀貨に目を丸くしながら、トロ箱の食材をオーブンに忙しく並べはじめた。陶器の壺に入ったエールを手にすると、私たちも漁師たちの反対側に車座になった。若い方の女が焼き上がるそばからこちらに運んで来て手渡す。魚だけでなく、イカやエビもある。粗塩をまぶして焼いただけの簡単な料理だが、材料が新鮮なだけあってどれもうまい。


「これは一つの選択肢として聞いてほしいのですが」

 腹も膨らみ、食べる手が落ち着いたのを見計らってレオが言った。

「カイルをこのまま置いていってはどうでしょうか?」

「見捨てるということ?」

「サランがカイルを捕らえたのはララと交換するための手札としてです。僕たちがサタケの船に乗ってここを立ち去れば、カイルを捕らえている意味はなくなります」

「その場合、カイルはどうなるわけ? 奴らはハイデン公を恐れてなどいないって言ってたよ」

「人質としての価値がなくなれば解放するはずです。わざわざカイルに危害を加えてハイデン家の遺恨を招くことはしないでしょう」

 確かにレオの言う通りかもしれない。ハイデン公だって息子を殺されれば黙ってはいないだろう。愛情云々より面子に関わる問題だからだ。


「なるほど、それなら余計な流血沙汰も避けられて万々才かもしれないわね……でも却下」

「何故ですか?」

「説明しないとわからない? カイルはろくでなしかも知れないけど、私たちは彼を仲間として受け入れた。私は仲間を見捨てない」

「でも夏美さんは酒場で奴隷商人の手を借りようとしたのは間違いだと言いましたよね? 借りてはいけない手があるのだと。僕に言わせればカイルとその仲間のやったことは奴隷商人以下の所行だと思います」


 レオはやはり私がカイルを仲間として受け入れたことを納得していなかったのだ。そして恐らくだが、ララノアのことがなければ彼は私が奴隷商人に対して過剰に反応しているように思っているのかも知れない。奴隷の解放を歴史の偉大な進歩だとする社会に育った私と彼の間には微妙な意識のズレがあるのだろう。


「少なくとも彼は謝罪したわ。それに犯した罪の償いとして北の流刑地での労働を命じられた。結果的には王都を魔獣から守る戦いに志願することを条件に赦免されたけど、その戦いで多くの金狼が命を落としたと聞いたよ」

「でも彼が命を落としたわけではありません。それに夏美さんに協力を申し出たのも下心があってのことかもしれません。謝罪だって本心からのものか怪しいもんですよ」

 レオは容易には譲らなかった。もちろんカイルを置いていくつもりはなかったが、もしそれをレオに納得させることができなかった場合は、決断しなければならない。


「ねえレオ、ボクはもうカイルのことはそんなに怒っていないよ」

 重い空気を振り払うようにララノアが明るい声で言った。

「だってあの出来事のおかげで、こうやって夏美やレオたちと知り合うことができたんだしね。すべての出会いは神様が用意してくださるものなんだ。カイルがこうやって仲間に加わったことも神様のお導きだとボクは思うよ」

「ララが許すとかそういう問題じゃないんだ。彼が信用に値するかどうかということを言ってるんだよ。それは今後の旅に関わることだし、はっきりさせておきたいんだ」

 強い調子でレオに言われて、ララノアは悲しげに俯いた。


「俺には実際のところカイルがどう思ってるのかはわからん。ただ奴は奴隷商人ではない船を探すことに拘りはじめた。船の上ではそんな話はしていなかったのにな。それであの運び屋を見つけたんだ。奴隷商人の船に便乗すれば三分の一の金額で済むのに」

「そんなたくさんお金を彼に預けなかったわよ」

「足りない分は身銭を切ったんだろう」

「なんでまたそんなことを?」

 レオが訊いた。

「そりゃあ、ウッドエルフの姉ちゃんに気を遣ったんだろう」

 ロジャーはそう言うと、エールをぐいっと飲み干した。

「レオ、もうこの話題はこれで終わり。その賢い頭でカイルを救い出す方法を考えてちょうだい」

 私はサラサラの黒い髪をなでまわした。

「最初に言ったように僕は一つの選択肢を示しただけです」

 レオは口を尖らせてそっぽを向いた。なんだかんだ言っても私の従者はまだ子供なのだ。


「もしかしてあんたらサランと揉めている人たちかい?」

 隣で酒盛りをしていた漁師の一人が尋ねた。

「何故そんなことを知ってる?」

「いやなに、サランの手下が来て余所者が船を出せと言ってきても断るようにと釘を刺していったのさ」

 この分だと島のあちこちにすでに手が回っているに違いない。

「できれば他の人間は巻き込みたくないんだ。もう食事も済んだし立ち去るつもりだ」

 私の言葉に漁師たちは「別にあんたらをどうこうしようってつもりはないんだ」と口々に言った。

「サランみたいな異教徒にデカい面されて、こっちは腸が煮えくりかえってる。むしろあんたらを応援したいくらいさ」

「あなたたちはノーラスの人間なの?」

「ここは元々聖騎士団の領地だからな。だが、騎士団は奴隷商人どもにこの島を下げ渡したのさ。まったく迷惑な話だぜ」

 憤懣やるかたないという様子で漁師の一人が話した。

「なんでまたそんなことを?」

「さすがに表だって奴隷の売り買いをするのは気が引けるんだろう。異教徒の奴隷商人を使って、その上がりをピンハネする方が見てくれはいい」

「この島にも騎士団の連中はいるの?」

「いるにいるが、今は皆出払っている」

 そいつらもダークウッドに向かったのだろうか。やはりなにか大きな動きがそこで起こっているのだろう。


「それでさっきの話なんだが、あんたの仲間ってのは波止場の倉庫に捕らわれているんじゃないか。海の向こうから連れてきた奴隷はそこに押し込められるからな」

「なるほど、そうかもしれません。サランの倉庫はどれかわかりますか?」

 レオが訊いた。

「似たような建物が波止場に並んでいるが、サランの倉庫は緑色の屋根だ」

 漁師たちはそう言うと、激励の言葉を口にして、漁に戻って行った。

 


「夜明けまでにカイルを助けないと船に間に合わない。正面からかち込みをかけるしかないね」

 私は同意を求めるように皆の顔を見た。

「こちらは魔操剣使い二人に魔道師が一人、相手の戦力はわかりませんが、傭兵といってもおそらくは対海賊用のためでしょうから、十分勝算はあるとい思います」と、レオが言った

「ボクも弓で援護射撃するよ」

 ララノアもホルスから譲られた弓を得意げに掲げて見せた。


「魔導師さんにひとつ確認しておきたいことがある。あんた、実戦の経験はどの程度あるんだ?」

 渋い表情を浮かべていたロジャーがトトに言った。

「ロジャー、失礼よ。彼女の実力は大魔導士エミリアのお墨付きよ」

「悪いが俺は大魔導士エミリアのことは知らない。いいか、実戦経験のない魔導師は役に立たない。立たないどころか味方の足を引っ張ることもある。お互いのためにもどの程度の経験があるか確認しておく必要がある」

 ロジャーの言葉にもトトはまったく動じている様子はなかった。

「あなたの言う通りね。高速詠唱も身につけていないど素人は論外として、状況に応じた魔法の使い分けもできない魔導師は味方を窮地に陥れる。でも安心して、私はそれなりに修羅場はくぐってきているから」

「例えばどんな修羅場を?」

「ミュロスやアルドナといった辺境で魔獣を狩った経験がある」

「そこらなら俺も嫌と言うほど回ったが、エルフの女魔導師の噂なんて一度も聞かなかったぜ」

「少しの間ブランクがあったのよ」

「ブランクねぇ。いいか、エルフというのは滅多なことで人間と一緒に戦うことはしない。辺境で魔獣と戦ったエルフの魔道師は俺が駆け出しの頃に活躍していた銀眼の魔女しかいない」

 年齢から考えて、ロジャーが駆け出しの頃というと、二十年ほど前だろうか。となると銀眼の魔女の正体の察しも付くというものだ。

「そう呼ばれていたの?」

 笑いをかみ殺しながら、私はトトに訊いた。

「たしか一緒に魔獣狩りをしていたラーソンという騎士がそんな名前を付けたのよ。魔法を詠唱するとき、瞳の色が銀色に変わるからって、気がつくとそんな二つ名がまかり通ってしまっていたわ」

 トトはちょっと困ったような表情で答えた。

「ラーソンって疾風のラーソンのことか? てか、あんたが銀眼の魔女ってことはないよな。ありゃもう二十年も前の話だぞ」

「ごめんなさい。こう見えても三人子どもがいるのよ。上の子はこの坊やよりも大きいわ」

 トトはレオを見て言った。

「こりゃあ、驚いたぜ。バリャドリーの奴が生きていたら、驚喜しただろうな。駆け出しの頃、早く名を挙げて銀眼の魔女と組めるような騎士になりたいと言ってた。奴は一度だけあんたを見たことがあるらしい。恐ろしく強く、美しかったと酒を飲む度にあんたの噂をしていたよ」

「もし今の私を見たら、彼はがっかりするかしら?」

 トトは微笑みを浮かべて問うた。

「美しさのほうは少しも錆びついていないと保証するぜ。さて強さの方も見せて貰おうじゃないか」

 ロジャーは微笑みを返すと、盾を背負った。

 



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