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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
奴隷の島編
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旅の仲間3

 次の日の朝、トトは留守中の指示を子供たちに細々と与えた。


「ニワトリ小屋は毎日注意深く観察しておくのよ。様子のおかしいニワトリが見つかったら、すぐに別の小屋に移すこと。困ったことが起きたら、川向こうのベルナルドさんに相談しなさい。それでも解決しそうにないときは、メイジタワーに遣い烏を飛ばすのよ」

 二人の娘は母親の言葉を真剣な面持ちで聞いていた。

 名残は尽きそうになかったが、トトは三人の子供たちにキスすると、大鷲に跨がった。


 二羽の大鷲はノーラスの澄み切った空を一路王都を目指した。

 私はエミリアの腰につかまりながら、昨日トトが言ったことを考えていた。ソロンはトトとリアナの父だった。つまり彼は自分の娘と孫を犠牲に捧げたのだ。

 エミリアの話ではリアナの決意をソロンは知らなかった。身籠もった女たちの中にリアナを見つけたとき、ソロンは覚悟を決めた。

 呼びかけに応じて進み出たリアナに、ソロンは何も言わなかったという。彼の心情を推し量ることなど誰にもできないだろう。


 トトがその事実を知ったのは事件の五年後のことだった。彼女はノーラスを魔獣の王が襲ったとき、アルバートと二人で大陸を旅していたのだ。自分がそばに居れば絶対にそんなことをさせなかったと悔やんだ。いつかリアナの娘を取り返すとトトは誓った。


「私と父はそりが合わなかったのよ。エルフの人間に対する態度は二種類あるの。ひとつは、人間を忌むべき存在と見做し、一切の交わりを絶つべきだと考えるもの、もうひとつは、神が作った失敗作である人間を憐れみ、正しい道に導くのが選ばれた種族であるエルフの使命であると考えるもの。父は後者だった。エルフの神官という地位を捨て、人間社会に接触を持ったのもそういう理由からなのよ」


 トトはそういう父に反発を覚えて、早くからその元を離れた。彼女は人間の猥雑さと卑小さを愛した。放浪の騎士たちに加わり、辺境を旅した。


「私の魔法はエミリアのような正統なものではないのよ。すべてを実戦の中で学んだ。でも皮肉なものね。蔑んでいた人間のエミリアが父の魔術を受け継いだのだから」

 トトは朗らかに笑った。


 2

 出発の日の朝、カイルは五、六人の男たちを引き連れてやってきた。

 それぞれが、大きな木の箱を担いでいた。

 彼らはそれをレストンの隠れ家に運びこむと、カイルに別れを告げた。


「達者でな、カイル」

「お前みたいな最高のイカレ野郎はいなかったぜ。また連るめる日を楽しみにしてるぜ」

「くたばった連中の仇をとるまで帰ってくるんじゃねぇぞ」

 カイルは別れの言葉を口にする男たちと拳を合わせ、抱擁を繰り返した。

 赦免された金狼たちは魔獣との戦いで大半が命を失った。彼らはその生き残りなのだろう。


 まだ彼を全面的に信用しているわけではなかったが、私は少しだけカイル・ハイデンという男を見直した。ろくでもないゴロツキたちだが、少なくとも彼は仲間には愛されている。誰の心も寄せ付けないような冷たい男という私の印象を多少改める必要がありそうだ。


 カイルはララノアの腕を折ったことを真摯に謝罪した。彼女がそれを受け入れたかどうかはわからないが、カイルが同行することは納得してくれた。なにしろララノアには敵意を燃やす新しい対象ができたからだ。

 エルフのトトの存在はどうやらカイル・ハイデンより彼女にとっては癪の種らしかった。トトの挨拶も無視して、レオの背に隠れるという徹底ぶりで、私にはなぜ彼女がそこまでエルフを嫌うのか見当もつかなかった。

 もっともトトはさすがに大人の女性で、そんなララノアの態度に気を悪くすることもなく、終始笑顔で対応していた。


「鎧櫃なんて持ち込んでどうするつもりだ?」

 部屋に積まれた木箱を見て、レストンが言った。

 ホッケーマスクを外し、曲がった鼻を晒してるカイルは酒場の用心棒のように見えた。

「よくぞ聞いてくれた。サーウィリアム。我が旅の仲間のために、俺は鎧を用意してきたのだ。なんせ彼らの格好ときたら、まるで物乞いのようだからな」


 確かにそう言われても仕方ないほど私は薄汚れていた。

 王宮ではブランの立場を考えて、ドレスのようなものを着ていたけれど、今はこの世界にやってきた頃のトレーナーとジーンズに戻っている。その一張羅もかなりくたびれて果てていた。


 カイルは木箱を開けると、レオとララノア用の鎧を取り出した。

 レオの鎧は細かい鋼鉄のリングを編み込んだチェーンメイルで、ドワーフの手になるものだ。特殊な鋼と製法で作られたドワーフ製の鎧は今では新しいものは手には入らない。既存のものはかなりの高値で取引されているとレストンが説明してくれた。

 ララノア用のものは水牛の皮をなめした鎧で、所々に螺鈿をあしらってあった。

 どちらもレストンが唸るほどの値打ちものだった。


「さすが、金満家のハイデンのどら息子だ」

 レストンが感心しているのか揶揄しているのかわからないような口ぶりで言った。


「金狼を立ち上げたときに、集めたものだ。他にももっとあったんだがな……いや……それより、夏美には取って置きのブツを用意したんだ」


 夏美なんて馴れ馴れしく呼ばれるいわれはないが、今は旅立ちの前だと思い、ぐっと堪えた。


「私の分まであるんだ。でも気持だけもらっておくよ。これがあるから」

 私は笑顔を引き攣らせながら、自分の着ているチェーンメイルを指差した。

 正直、カイルの贈り物の鎧なんぞ着たくはない。

「何を言ってる。お前は今や王都で評判の女騎士なんだぞ。それに相応しいものを身につけなければならない」

 カイルはやけに強引だった。


「いや、そんな評判知らないから……それにこれはレオのお祖父さんから貰った貴重な品なんだ」

 かなり傷んでいるとはいえ、老ハイマン公の鎧は私のこれまでの戦いを支えてくれたものだ。


「カイルの肩を持つわけではありませんが、敵と正面からぶつかる機会の多い夏美さんはもっと重厚な鎧を身につけるべきですよ」

 レオが思わぬ方向から後押ししてきた。


「そうは言うけど、私の場合物理的な防御力はあんまり意味がないんだ。そっち方はベルが担当してくれるからね」

「甘いな夏美、剣の魔獣が防御に使う力も魔精気を消費するのだぞ。賢い魔操剣使いは、できるだけ力を節約して戦うものだ」とレストンがさらにカイルに加勢する。どうにも形勢が悪い。

「でもこれは老ハイマン公の……」

「それならハイマン家にとっては家宝だろう。それは本来、跡取り息子が受け継ぐべきものだ」


 確かにカイルの言葉は正論だった。


「わかったよ。カイル。ありがたく頂戴しておくよ」

 渋々、彼の好意を受け取ることにした。

「なあに、こいつを見ればお前も気に入るはずだ」

 カイルはやけに立派な木箱から鎧を取り出した。

 度肝を抜かれたというのはこのことだろう。お色気を売りにしたB級ファンタジーの女戦士が着るような大胆な露出の鎧だった。これで日本刀でも持てば格闘ゲームの女キャラでも通用しそうだ。


「カイル、これって下はないの?」

「そりゃあ女鎧だからな。下には膝上丈のブーツを履くのが正式な着こなしだ。俺は抜かりのない男だから、それも用意してある」

 カイルは別な木箱に手を伸ばした。


「冗談じゃないわよ。こんな大胆なカットの鎧を着られるわけないでしょ」

「バレーボールやっていたんなら、人前で生足をさらすのは慣れているだろう」

 エミリアがしれっと言った。

「いやいや、それとこれとは話が違うよ。第一、こんな露出の多い鎧って実用的でないよ」

「防御はベルセリウスが担当するんじゃなかったのか?」

 エミリアのツッコミに私はぐうの音も出なかった。


 3

 波止場にはウルスラとヨシュア、ロイスが見送りにきてくれた。

 それぞれがそれぞれのやり方で別れを告げ合った。

 運命はある日、私の首根っこをつかみ無理やり冬の海に叩き込んだ。しかし、悪いことばかりではなかったと思う。

 今、私には仲間が居る。もし彼らのうちの一人でも欠けていたら、私は海の藻屑となって消え失せていたことだろう。


「夏美と一緒に戦いたかった」

 ウルスラは私の首にしがみついて泣いた。

「今、ウルスラが王都を離れたらたいへんなことになるわよ」


 ウルスラの父、アーロン王は決断を下した。ブランを王太子から退け、ウルスラを王太女に任じた。始祖アルダリスの遺訓を盾に反対する小評議会を、王はウルスラがしかるべき王族か、有力な諸侯の息子と結婚するまでの仮の地位とすることを条件に納得させた。


「やることはたくさんあるわ。何から手を付けていいかわからないくらい。でもウッドエルフのことは心配しないで。彼らの新しい居住区を建設する計画なの。城壁の中は教会の反対で無理だったけど、今度はすぐに避難できる場所よ。ヨシュアには私とウッドエルフの連絡係をお願いしているのよ。彼は有能だわ。信頼できるものが周りにほとんどいない私にとってはありがたい存在よ。それから、お兄様は相変わらず目を覚まさない。でもメイスターたちが珍しく本気を出しているの。今までの保身第一の彼らからは考えられないくらいにね。その証拠に教会には内緒で、メイジタワーと連絡を取り合っているのよ。信じられる?……それから」


「業務報告は終わり。ウルスラなら大丈夫だよ。なにも心配していない」

 まだまだ何か言いたそうなウルスラの口を塞ぐと、私はその掌にウサギのキーホルダーが付いた鍵を握らせた。

「これは?」

「私の家の鍵だよ。これを持っていて欲しいんだ」

「そんな大切な物いいの?」

「ああ、向こうで、なくしたらたいへんだからね。大家からがっつり弁償させられる」

「夏美が帰ってくるまで、大切に預かっておく」

 彼女はそう言うと、私の後ろに回った。

「屈んでちょうだい」

  ウルスラは私の後ろ髪を両手ですくい取った。

 こちらに来てから、一度も髪を切っていない。短かった私の髪は肩まで伸びていた。彼女はその髪を束ねると、胸のリボンをスルリとはずして括った。

「ポニーテール?」

「そう言うんだ。とっても凜々しいわ」

 私はなんだか照れくさかった。こんなときに親友になんと言えば良いのだろうか。

 でもそんな必要はなかった。

 ウルスラは私の耳元に口を寄せると囁いた。

「エミリアから聞いたんだけど、日本には原宿ってところがあるんでしょ? 帰ったら絶対に一緒に行こうね。だから絶対に帰ってくるんだよ」

 王女殿下はそういうと、私の頬に口づけした。


 皆に最後の別れを告げて、私たちはカイルが手配した漁船に乗り込んだ。

 帆柱を背にした男が片手をあげて私たちを迎えた。きれいに刈り込んだ髪と手入れの行き届いた口髭、最強の盾が旅の仲間の最後のピースだった。


「レストンの爺さんから聞いたぜ。なにやら面白いことをやらかそうとしてるらしいじゃないか」

 ロジャーはトレードマークの口髭を撫でて、ニヤッとした。


 "俺は別れの愁嘆場は苦手だ、ここで失礼するぜ"と、ふて寝を決め込んだレストンを思い出して、私も笑みがこぼれた。


「残念だけど、あんたみたいな高い騎士様を雇う余裕はないのよ」

「そのゴージャスな脚に免じて、安くしておくさ」

「恥を忍んで、こんな鎧を着た甲斐があったというものね」

 私は手を差し出し、彼はがっちりとその手を握った。


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