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勇敢な追跡者の物語  作者: tori
白い呪術師編
43/88

救出

 私は正しい方向に向かって歩いているのだろうか、それともまだ迷走し続けているのだろうか。

 壁を乗り越えてくる魔獣の兵士は半獣半人の姿をしていた。その体は鋼の装甲のような黒い鱗でびっしりと覆われていた。驚くべきはその首から上だった。獅子の頭をしたものもいれば、馬や牛、蜥蜴や鳥のものもいた。彼らが手にしている武器はその頭と同じくらい種類があった。槍や剣は言うに及ばず、斧や弓、ハルバートを持つものもいた。   

 坂を転げ落ちるように退去していく外壁の守備兵を獣人たちは背後から襲い始めた。反対側の坂からは王都の槍隊がそれを迎え撃つべく進軍を開始した。

 両者が激突し、王都に着いたとき、外門から見渡したのどかな草原は瞬く間に血の海と化した。


 私たちは戦闘を避けながら、迂回して西の端にある居住区が見えるところまでたどり着いた。そこで馬から降りて望見してみると、ウッドエルフの集落はすでに魔獣に占拠された後だった。

 ここから見る限りではウッドエルフもその死体も見当たらない。彼らがすでに退去したとわかり胸を撫でおろした。

 しかし幼子と老人を伴っている。まだそんなに遠くまでは行ってないはずだ。周辺を捜索してみよう、そう思ったとき、小さな影が三つ居住区の門に忍び寄るのが見えた。


「ヨシュアですよ」レオが袖を引いた。

 彼らは門の辺りに屯している獣人に矢を放った。矢は硬い鱗に跳ね返された。獣人はヨシュアたちの方に向かって走りだした。それでもヨシュアは逃げないで二の矢を番えはじめた。

「まずい」私がそう言うより早くウルスラは手の中で剣をくるりと回すと、疾風のように馬を駆った。焦ったヨシュアの矢は今度は獣人の肩越しに逸れた。

 獣人の大斧がヨシュアの頭上に振り下ろされる瞬間、ウルスラが駆け抜け様に剣を一閃させた。虎の頭が大きく宙に弧を描いた。


「その剣、すごいわね」私が声をかけると、ウルスラは照れくさそうに笑った。

「極北の地で取れる希少な鉱石を使って、ドワーフが鍛えた剣なの。魔操剣ほどではないけど、斬れ味はなかなかのものでしょ」

「ドワーフなんてこの世界に居るんだ」

「彼らは北の大山脈の向こうに移住してしまって、今では見かけることはないわ」とウルスラは言った。

 この世界はまだまだ私の知らないことばかりだ。亜人たちのある者は南に向かい、またある者は北に向かったということなのだろうか。

 ヨシュアたちを馬に乗せると、私たちは居住区を離れた。少し離れたところにララノアたちが隠れている窪地があるらしい。ヨシュアはそこに魔獣たちを近づけないために、居住区に向かったのだと説明した。


「少しでも魔獣たちを遠ざけておきたかったのです。あの窪地以外に隠れる場所はありませんから……それに俺はもう逃げないと決めたんです」ヨシュアはチラッとウルスラを見た。

「仲間を守ろうとする気持ちは大切よ。でもあの戦い方は感心しないわね。無謀すぎるわ」とウルスラは嗜めた。ヨシュアは神妙な面持ちで彼女の言葉を聞いていた。

「もっとも、私が言うべき言葉ではないわね」 

 ウルスラは弾けるように笑った。ヨシュアは女神様を仰ぎ見るように、眩しそうにその笑顔を見つめていた。


 窪地は居住区から一キロほど離れたところにあった。なるほど隠れるには好都合な場所かもしれない。遠くから見渡す分には平坦な草地が広がっているように見えるだけだ。しかしいったんここが戦場になってしまえば、もう逃げるところは何処にもない。


「夏美、レオ!……それに王女様まで」

 窪地の縁からララノアが這い出してきた。革のベストにスカート、膝上まで覆うブーツを履いたララノアはインディアンの娘みたいだった。彼女の胸に掛かっているナラの実のネックレスを見たとき、自分の選択が間違いではなかったことを私は確信した。

「でもなんでここにいるの?」とララノアは言った。

「君たちみんなを助けに来たんだ」

「船に乗らなくていいの?」

「船はまた探せばいいさ。それより居住区の人は全員無事?」

「何人かは別の方角に逃げたけど、ほとんどの人はここに隠れて居るよ」とララノアは言った。


 ウッドエルフたちは水のない池の底のような場所に肩を寄せ合っていた。まるでそこが自分たちの墓穴であるかのように、息を潜め、希望のない目でこちらを見上げていた。

 ぐずぐずしている暇はなかった。私は窪地の縁に立つと、呼びかけた。

「もうすぐここも戦場になります。王都に避難してください」

 反応がない。十七年前の惨事を誰もが忘れていないのだ。

「あなたたちの心配はよくわかります。でも王都はウッドエルフを受け入れます」

 一人の男が立ち上がった。

「そんな保証がどこにある? 俺の兄貴は人間どもの矢に殺されたんだ。そんな目に会うくらいならここで隠れている方がましだ」」

 同意を求めるように男は周囲を見回した。やがて彼に従う声があちこちから聞こえだした。

「保証なら、ここに居るわ。私が居れば城兵が矢を射かけることはないわ」

 ウルスラが言った。

「あんたは王女様なんだろ? そんな人がどうして俺たちの心配をするんだ? おかしいじゃないか! 俺たちは人間も人間の王も信用していない」

 男が言い返した。

「いい加減にしろ! この人は危険も顧みずここに来てくれたんだ。お前にだってそれがどんなにたいへんなことかわかるだろ」

 ヨシュアが、男に向かって言った。

 ウッドエルフたちはお互い顔を見合わせ、囁きあっていた。彼らも態度を決めかねているようだった。


「わしはこの王女の言葉を信じる」

 小さいウッドエルフの中に埋もれていた老婆が杖を支えに立ち上がった。

「わしらの祖先は人間に追われるようにノーラスから南のはてのダークウッドに安住の地を求めた。しかしそこも魔獣の巣窟となり、わしらは再びノーラスに戻った。しかしどこにも安心して住める場所などなかったよ。人間たちはわしらを捕らえて、鎖に繋ぎ朝から晩まで働かせた。わしの両親は隙を見て、わしと兄たちを逃がしてくれた。死ぬような思いをしてたどり着いたのがこのザルンじゃった。そこでわしたちはあの男に会ったのじゃ」

 そこでホルスは一息ついた。


「あの男?」ウルスラが訊ねた。

 ホルスはまるで昨日の出来事を思い出すように、二百年前の事を再び語り始めた。

「アルダリスじゃよ。腹を空かせたわしら兄弟にアルダリスは食い物と寝る場所を与えてくれた。そして言ったのじゃ。『共に魔獣と戦おう』とな。二人の兄は戦に志願して死んだ。魔獣の王を倒しザルンに凱旋したアルダリスはわしを見つけると、馬から下りてわしを抱き上げた。『お前は夫をとり、子をたくさん産むが良い。そしてここをウッドエルフの安住の地とせよ。それはお前の兄たちが血で購った権利なのだ。未来永劫、その権利が守られることを約束する』アルダリスは誓約してくれたのじゃ。しかしアルダリスが死ぬとその墓の土も乾かないうちに、わしらは城壁の外に追い出された」

 すすり泣きがあちこちから聞こえた。ウルスラは両の拳を握りしめて、俯いていた。

「王女よ。お前はあの男によう似ておる。生き写しじゃよ。だからもう一度、信じてみようと思う。この通りじゃ、わしの子供たちを助けてくれ」

 ホルスは深々と頭を下げた。

 

 もう否という者は誰も居なかった。ウッドエルフたちは窪地から出ると王都に向かって歩き始めた。ここからはまだ十キロはある道のりだ。戦場になる前に無事たどり着けるだろうか。私は主戦場となっている東の方角を見た。

 そこでは一際大きい獣人が槍兵たちを蹴散らしながら前進していた。牛の頭を持ったその獣人はクレタ島の迷宮の怪物を思わせた。

「魔獣の将帥です」とレオが言った。

 すると、角笛が朝の野原に鳴り渡った。

「騎士たちが突撃するんだわ」ウルスラが言った。

 馬が土をかく音が地鳴りのように響いてきた。ランスを水平に構えた騎士たちは魔獣の群れに一直線に突っ込んでいく。

「あの中にブランも、居るのかな」

「いえ、魔装剣使いの騎士は最後に突撃するのよ。重騎士が開いた血路を通り、魔獣の将帥に斬り込むの」

 私のつぶやきにウルスラが答えた。

「将帥を倒せば戦いに勝利できるの?」

「将帥を失った魔獣たちは一気に士気を失い逃走しはじめるはずよ」とウルスラは言った。

 私たちは再び道を急いだ。


「たいへんです! 魔獣の騎兵がこちらに向かってきます」ヨシュアが反対側を指した。

「なんてことなの……」ウルスラの声は震えていた。千や二千なんて数ではない。

「ノーラス軍の側背を突くつもりでしょう。槍兵が壊走している今、あれの攻撃を食らったらひとたまりもないわ」ウルスラが言った。

「その前に私たちが踏みつぶされてしまう。ウルスラ、あんたはみんなを連れて行って。私一人でどれだけ時間を稼げるか分からないけど、こうなったら一人でも二人でも良いから、王都に彼らを届けて欲しい」

 私は背中の剣を抜きはなった。

「いくらなんでも無理よ。相手は騎兵よ。逃げられるわけがない。潔く戦うしかないわ」 

 ウルスラの言うとおりだ。今度ばかりは覚悟を決めるしかない。

 気がつくと周りのウッドエルフたちも弓を取っていた。

 ふとレオを見ると、ララノアの手をしっかりと握っている。この子たちだけでも助かって欲しい。逃げろ、そう言って背中を押してやりたい。しかし、魔獣の騎兵たちは目前に迫っている。


「ごめんね。レオ」

 それしか言えなかった。だがレオの目は私の方を向いていなかった。彼はしきりに鉛色の空を見まわしている。

「レオ、聞いてるの?」私は少し苛ついて言った。

「もちろん、聞いていますよ」レオは相変わらずの上の空で答えた。

「だったら、ちゃんとこっち見なさい」

「申し訳ありません。でも、そろそろかなと思って」

「そろそろ?」

「僕が何の手も打たずに、こんな危険な場所にやって来たと思いますか?」

 レオはようやく私を見て微笑んだ。







 



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